「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

草笛の上手に吹けて結婚す 長岡ゆう 「滝」十月号<滝集>

2015-10-20 03:34:27 | 日記
草笛といえば島崎藤村の「歌哀し佐久の草笛」が私の頭を
よぎる。
 この句は何んのかかわりのないユニークなフレーズを取り
合わせて、ひびきあっている。花嫁修業の一つとして草笛が
あったのであろう。自在に音色を操るのは、かなりの技術を
要し誰にでもすぐに、できるわけではないらしい。どんなに
か時間をついやしたことであろう。それが吹けるようになっ
たのである。「やっと結婚ができる・・」という二重の喜び
が1句となった。
 余談だが、先ごろある公園での吟行の時、大変未熟な草笛
の童謡が流れて来た。投句の刻がせまり来ても句作に集中が
できず「やめて!やめてよ!」と何度か心の中で叫んだので
ある。つい未熟なメロディを頭の中で追ってしまうのである。
樹上のカラスは最後まで合唱していたのには驚いた。
(庄子紀子)

追憶の砂山の唄茱萸熟るる 清野やす 「滝」10月号<滝集> 

2015-10-19 03:46:29 | 日記
 「砂山」の唄は新潟を舞台にした唄である。北原白秋が
講演で新潟を訪れた際、小学校の生徒に約束した歌で、白
秋が新潟を凝縮して作ったのが「砂山」だそうである。
 作者・清野やすさんは、滝誌十月号から掲載されている
「私たちの戦争の記憶」でも紹介されているように新潟の
お生まれである。秋茱萸は十月頃赤く色付いて美しい。先
日、宮城と山形の県境の笹谷峠で秋茱萸を見た。真っ赤に
熟れていた。新潟の茱萸は海沿いに育ち、赤く熟れるのだ
ろう。「砂山」を口ずさみながら懐かしい少女時代を思い
出している。(鎌形清司)

晴天やふぞろいのまま茄子太る 木幡祥子 「滝」10月号<滝集> 

2015-10-18 03:32:04 | 日記
 家庭菜園の景であろう。この連日の晴天に、いろいろな野
菜が旺盛に育っている。中でも茄子の育ちのよいことにおど
ろいている作者、形や大きさは一律でなく、スーパーに並ん
でいるような立派な実りではない。しかし味は負けず劣らず
のおいしさなのである。なによりも新鮮なのである。
 家庭菜園ブームの昨今、種々の育て方は一様でなく、なか
なかむずかしいものである。農家の方々のご苦労のほどがよ
くわかり、葉の一枚をも大事に利用するようになる。
 我家の菜園にも、暑さの大好きなゴーヤ、オクラ、モロヘ
イヤ等が立派に育ち卓をにぎわした。
 掲句「茄子太る」は家庭菜園の成功でもあり、うれしい収
穫なのである。又来年への励ましともなる。(庄子紀子)

指先に脈拍がある吾亦紅 越谷双葉 「滝」10月号 滝集

2015-10-17 03:40:56 | 日記
 最近は計測器が目覚ましい進歩を遂げて、家庭でも簡単に
脈や血圧が測れるようになった。そうではあるが、自分で自
分の指の三本(人差し指・中指・薬指)を反対側の手首の動
脈に当てれば、簡単に脈を図ることができる。つい最近まで
はそのようにして医師や看護師も測ってくれたものである。
 掲句は、久しぶりに野を歩くので、自分の脈を自分の指先
で測って見た。その脈が思いの外強く指先に伝わってきたの
だと思われる。そんな脈の感覚が消え去らない指先を感じな
がら野を歩いた。吾亦紅が静かに、しかし朱を主張して咲い
ていた。(鎌形清司)

甲斐邸の残る石垣合歓の花 佐藤珱子 「滝」10月号<滝集>

2015-10-16 03:56:16 | 日記
 あまりにも有名な伊達騒動。その悲劇(?)の中の一人原
田甲斐は、現在の宮城県柴田町船岡の地に四千三百石を拝領
していた。また、仙台市片平町に原田邸があった。山本周五
郎の小説『樅の木は残った』によって、原田甲斐の評価が一
転した。つまり逆賊から忠臣に蘇ったのである。ともあれ、
事件当時の処置としては、逆賊ということで船岡の領地の建
造物はもとよりその地の三尺(約一m)は取り払われたとい
う。
 原田甲斐のそのような歴史をたどると、元、甲斐邸があっ
た地に、残る石垣、その近くに咲いている合歓の花が時代の
栄枯盛衰を見ているようで、もの悲しい。(鎌形清司)