「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

春眠や宇宙の果てに鈴ひとつ 八島 敏

2019-04-25 05:31:35 | 日記
 私は、書かなきゃ。詠まなきゃ。通年そう思って、寝る前に水を飲んで尿意を目覚まし時計の代わりに起き、四時にはパソコンの前にいる。今朝は弱い雨が降っていて、静かで、宇宙の果てに連れて行ってくれる掲句は起きていて夢心地な感じがする。「鈴ひとつ」と、視覚として詠まれた鈴に「処処啼鳥を聞く」という、鳥の声の源の発見が思われた。「鈴を転がすような声」という美しい声の形容と、宇宙のさえぎる物の何もない広さが、春の駘蕩とした気分にも繋がってくる。この鈴は夜明けとともに囀りとして目覚めを促してくるのでしょう。「春眠」から派生した「朝寝」の季語もあり、まだ宇宙に居たいような作者が思われもします。(博子)

白檀の香にさそはるる春障子 日野紀恵子

2019-04-23 06:25:51 | 日記
 「白檀の香」と「春障子」の、ほのぼの感のバランスがとても良いと思ったが、「さそはるる」には沢山の意味があり少々難儀した。<外的な働きとして白檀の香があって春障子の部屋に居る>と読むと、作者は不法侵入者みたいになる。<春障子の部屋にすでに居て、白檀の香に心を惹かれている>と読めば、香道の席に香を聞いている作者が見えて来る。草木が育ち明るく春らしくなった柔らかな光の届く部屋に高貴な香り。ゆったりと流れる時間まで感じられて癒されました。(博子)

春月や文字現るる漆紙 原田健治

2019-04-21 05:15:47 | 日記
 柔らかく、かすんで見える春の月の艶っぽさと、その下に配した「漆」も又、艶やかさを連想させる二物衝撃の句。人の暮らしに上にいつも月があり、四季を通じて詠まれる月の、春の朧な月は、歴史を過去へと立ち返るに充分な趣を携えて、漆紙のフレーズを受けている。漆は紙にしみこむと、細菌による腐食から紙を守り、土の中でもその効果は変わらず、千年前の人が書いた文章が現代に「文字現るる」と、その保存力の高さは絶大だ。作者は秋田の方なので、私の思い浮かべる多賀城跡から出土した漆紙文書とは違うかもしれないが、その驚きは共有できるかと思う。「ぼんやり」と「はっきり」の組合せでもあったのかと、つくりの見事さを思う句だった。(博子)

春隣床に広げし水墨画 塗 守

2019-04-19 04:45:54 | 日記
春の気配と、水墨画のモノクロームの世界に雪景色を語らせた句。「床」「水墨画」に「雪舟」を連想しました。雪舟が幼いころに禅僧になるために入った寺で、修行はそっちのけで、好きな絵ばかり描いて、腹を立てた住職が柱に縛りつけたが、可哀想に思って夕方本堂を覗いてみると、少年の足もとで一匹の大きな鼠が動き回っており、噛まれては大変と追い払おうと近づくと、それはこぼした涙で、足を使って描いた鼠だったというお話です。作者にとって、雪舟が縛られた柱は冬であり、寒さに拘束されていて、水墨画を描いて過ごしていた時間が「広げし」と、たくさんの作品を表現したものかと思いました。作者は、詠むことも、描くことも大好きなのですね。与謝蕪村のような方ですね。(博子)

啓蟄の蛸壺浜に積まれけり 成田清治

2019-04-17 04:15:40 | 日記
啓蟄は三月六日ころで、冬眠していた蛇や蛙などが暖かさに誘われて穴から出てくるころとされるがまだ寒く、浜ならば、なおさら寒そうだが、そんな中に啓蟄を感じに作者は出掛けたのだ。「啓蟄や」とすると、その日の意味としての空気感が漂うが、「啓蟄の」と、体感の浜の景だ。蛸壺に、首の部分のくびれた単純な素焼きの壺を想像して『積める?。崩れない?』と思ったが、最近の蛸壺は円筒状で口を見せて積んであり、穴が重なっていて向こう側が見える。出て来るのは風くらいだ。そんな現実の啓蟄が詠まれたかと思う。「作者こたつを出づ」で、蛸壺のたくさんの筒「穴」を捉えた俳人らしさ存分の句。因みに、今年はこの日気温15°(履歴平均8°)暖かかったのですね。(博子)