蝶が顔を目がけて飛んできた。思いがけず交わすことがで
きた。そんな俊敏な自分の動きに戸惑っていたら、何と自ら
も蝶だったのだ。こんなふうに真っ先に荘子の「無為自然」
「一切斉同」の説話である「胡蝶の夢」と能の舞台が浮かん
だ。中七の「ぶつかつて来る」の措辞には、蝶よりももっと
固形の体躯をもつ甲虫の類が似合うのかも知れない。合致す
るのが兜虫。あの昆虫の王様は、羽化の際に体が真っ白にな
る。白い翅を持つ飛翔体が顔にぶつかる瞬間われに返った。
その刹那、翅がふたたびぶつかってくる。堂々巡りの夢とな
る。こんな決して目覚めない物語を思ってしまう。今度はマ
ウリッツ・エッシャーの錯視絵が浮かんできた。春という、
ぼんやり、曖昧の季節にあって、この物語に終止符を打てる
のだろうか。夢という絶対的な孤独が不思議な充足感を生み
出している。夢を写生した一句だ。(石母田星人)
きた。そんな俊敏な自分の動きに戸惑っていたら、何と自ら
も蝶だったのだ。こんなふうに真っ先に荘子の「無為自然」
「一切斉同」の説話である「胡蝶の夢」と能の舞台が浮かん
だ。中七の「ぶつかつて来る」の措辞には、蝶よりももっと
固形の体躯をもつ甲虫の類が似合うのかも知れない。合致す
るのが兜虫。あの昆虫の王様は、羽化の際に体が真っ白にな
る。白い翅を持つ飛翔体が顔にぶつかる瞬間われに返った。
その刹那、翅がふたたびぶつかってくる。堂々巡りの夢とな
る。こんな決して目覚めない物語を思ってしまう。今度はマ
ウリッツ・エッシャーの錯視絵が浮かんできた。春という、
ぼんやり、曖昧の季節にあって、この物語に終止符を打てる
のだろうか。夢という絶対的な孤独が不思議な充足感を生み
出している。夢を写生した一句だ。(石母田星人)