大分単身赴任日誌

前期高齢者の考えたことを、単身赴任状況だからこそ言えるものとして言ってみます。

読んだ本ー「陰謀論の正体!」(田中聡著:幻冬舎新書)

2014-06-22 05:04:37 | インポート

面白い本でした。

「陰謀論」というのは、世の中のあらゆる事態を「誰それの陰謀だ」とする考え方で、最近では「東日本大震災はアメリカが地下核爆弾によって起こしたもの」としているようなものです。世間の大方の受け止め方は、「いくらなんでもないでしょう!?」的なものになります。

しかし他方、「ケネディ暗殺」とかにまつわるものの場合は、「もしかしたら本当の部分もあるのかな?」と思わされる人が多くなるのかもしれません。

さらには、「アメリカが公式に武器輸出を禁じていたイランに対してCIAが武器を輸出し、その収益をニカラグアの反政府ゲリラ『コントラ』の活動資金にしていた『イラン・コントラ事件』」については、その発覚前に噂されていた時点では「陰謀論」としか見られてなかったけれど事実だった、ということもあります。

ですから、荒唐無稽と思われるようなことでも何でもかんでも「陰謀論」ということで切り捨てるわけにもいかず、「事実は小説より奇なり」ということもあるものとして見る必要がある、ということになります。本書において言われている「目の前に見える現実が、陰謀論に近づいてしまったのだ」ということもあるわけなのですね。

その上で、「陰謀論」を個別的なものとしてではなく「考え方」の問題として考えてみると「すべてはつながっている」という考え方、ということになるそうです。それは、「1.何事にも偶然はない。2.何事も表面とは異なる。3.何事も結託している」として整理されているそうです。

社会の複雑に絡まりあった事象、多くの人々がそれぞれの意思をもって行動し、それが思惑通りの結果を残したりそうでなかったりして構成されている社会の現実について、「さまざまな事象の背後に何者かの企みを透かし見ようとするような考え方」というのは、「陰謀論」とまではいかないものの私たちの周りでもよくあるものです。「裏事情を知って、事情通になった気になる」というもの、「これの裏には、こういう事情があるんだけど、みんなわかってないのよね」と一人だけ賢いかのように思い込む、というのは、よくあることで、鼻持ちならないけれど滑稽で「陰謀論」の亜種的なものとも言えるでしょう。

著者は、「科学実験でも、まず仮説を立ててから、実験をしてデータをとる。データが仮説を裏切るなら、新たな仮説を立てる。だったら陰謀論も、たとえ妄想めいていようとも、まず仮説を立て、その論が成り立つかどうかを確認するための証拠集めをするというのは、間違った手続きではない」とします。そしてその上で、「検証作業の厳密さや、仮説を裏切る事実があれば受け入れて別の仮説を考えるという誠実さがあれば、いいはずだ」とします。

それはたしかにそうで、私たちのまわりのことについて、この「仮説ー検証」のサイクル、ということはもっと意識化されなければならない、と思います。そのような検証をしっかりとおこなっていき、社会の標準的な認識がそれによって形成されていけば、「陰謀論」やそれに類した考え方がはびこるということもなくなるのでしょう。まぁ、それがとっても難しいことで、安易に結論を求めてしまう所から「陰謀論」がでてきてしまう、ということなのでしょうから、そういうことへの注意が必要、というところからも面白く読めました。


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