大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

読んだ本-「日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条」(山本七平著:角川oneテーマ21)

2015-10-27 05:03:17 | 日記

だいぶ古い本です。初出は「野生時代」1975.4月号~1976.4月号ということですので、40年前のもの、ということになります。新書版の形としても「2004.3.10初版発行」ということですので、10年以上たっており、その間に「30版」を重ねている、ということです。帯に「15万部突破!!日本文化論の新古典」とありますが、なるほど多くの人に読み継がれていくだけの内容のあるものだと感じました。

山本七平氏の著書ではありますが、多くは小松真一氏の「虜人日記」の紹介です。
「虜人日記」の著者の小松真一氏は、軍人ではなく、陸軍専任嘱託として徴用され、ガソリンの代用となるブタノールを粗糖から製造する技術者として、昭和19年1月、比島(フィリピン)に派遣された方だそうです。すでに敗色が濃く、任務とされた仕事をできる状態でもない中、兵士とともに敗走を続けて捕虜となり、その記録をルソン島の収容所の中で記した、とのことです。戦場の中にいて辛酸をなめながら、「軍人ではない」という境遇、科学者としての視点から、「戦争」そして「日本人」とな何か?ということを自らに問うようなものとして描いています。
その小松氏の説くところを、「戦後30年」の時期に山本氏が紹介して、30年たった当時においても変わっていない(反省していない)ということが言われているのですが、全く同じことは、さらにそれから40年経った今においてもあてはまってしまうように思えます。その意味でタイトルが「日本は何故敗れたのか」ではなく「日本は何故敗れるのか」になっているのか、と(そうなのかどうかはわかりませんが)思わされます。

数多くの興味深いことが書かれている(その意味で一読の価値のあるものです)のですが、とてもすべての紹介をできないので、特に興味深く感じたところを一つだけ紹介します。
山本七平氏自身、「砲兵少尉としてマニラで戦い、捕虜となる」経験を持つ人で、「私の中の日本軍」などの著作のある方です。その上で、次のように言います。

「日本軍について、私はすでに多くを語った。とは言え、知り得たすべての面に触れたわけではない。しかし、意識的に『この面には触れまい』と、故意に何かを避けた記憶はない。」「私が小松氏の『虜人日記』を読んで、・・・思わず考え込んでしまったのが、次に掲げる数章である。私は、自らの内心を精査してみて、意識的にこの問題を避けたおぼえはない、と誓言できる。だが、自分の書いたものを徹底的に調べてみて、この問題に、今まで一言半句もふれていないことも、また、否定できない。」
ここで自問している「この問題」というのは、捕虜収容所の中において、従来の軍隊的規律(上下関係を含めて)が崩壊していく中で、新たな暴力的支配を行う勢力ができた、という所の問題です。「親分」ができ、食料を独占し、それを餌に強い者を集め、さらに「いやらしい連中はこの親分の所へ自然と集ってい」き、これに従わない者へのリンチがなされ「全くの暗黒暴力政治時代を現出した」ということです。この新たな支配は、日本人捕虜の内部では克服できず、アメリカ軍が上から強制的に一掃するまで続いていた、ということです。
ここでの「問題」は、一方でこのような暴力支配を生み出すこと自体の問題ですが、そうであるとともに、他方で他の人々が「かくも唯々諾々と暴力の支配を受け入れて行ったのだろうか」ということの方に深刻な疑問があります。山本氏は、「この問題」を受けて、次のように言います。
「ここは実に奇妙な『社会学的実験』の場であり、われわれは一種のモルモットだったわけである。一体、われわれが、最低とは言え衣食住を保障され、労働から解放され、一切の組織からも義務からも解放され、だれからも命令されず、一つの集団を構成し、自ら秩序をつくって自治をやれ、といわれたら、どんな秩序を作り上げるかの『実験』の場になっていたわけである―別にだれも、それを意図したわけではないが。」
それが「どんな秩序」だったのか、すでに述べたとおりですが、あらためて山本氏の文章を引用します。
「それはどんな秩序だったろう。結論を簡単に言えば、小松氏が記しているのと同じ秩序であり、要約すれば、一握りの暴力団に完全に支配され、全員がリンチを恐怖して、黙々とその指示に従うことによって成り立っている秩序であった。」
ということです。
「この問題」は、「近代日本の文化」(程度)の問題としてとらえられています。それは、山本氏が、日本軍について多く論じながら「この問題」を正視してこなかった、ということ・・・それだけ根の深いものだということ・・・への反省、を含めてのことです。
繰り返しになりますが、このような「反省」が、もっと痛切になされなければならなかったのに十分にできなかったこと、このことが「戦後30年」も経た時点でなされていない!ということが指摘されていたわけですが、それから40年も経た今においても同様の問題を抱えている、というように思わざるをえない現実が多くあります。「日本はなぜ敗れるのか」・・・あらためて考え直さなければならないのでしょう。
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読んだ本-「新・自衛隊論」(自衛隊を活かす会編著:講談社現代新書)

2015-10-21 06:27:47 | 日記
編著者の「自衛隊を活かす会」は、正式名称を「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」という、2014年6月に柳澤協二(元内閣官房副長官補・防衛庁運用局長)を代表、伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)、加藤朗(桜美林大学教授)を呼びかけ人として発足した会だそうです。
元幹部自衛官や安全保障論の専門家の協力のもとに、「できるだけ現場から、具体的であって、かつ理性的であって、論理的なかたちで問題提起を続けていきたい」として活動しているとのことで、本書に寄せられた諸論稿は、それに沿ったものとなっています。

安保法制をめぐる論議の中で、安保法制が「違憲だ」「立憲主義を脅かすものだ」として反対することに対して、「入口論」「形式論」だ、と批判する意見がありました。私は、この批判は当たらないと思います。本書の中での言い方で言えば、
「日本という国はどういう国であって、どんな形で国を守り、あるいは世界の平和に役立っていく国であるべきかという国家像と、そういう国家像をもとにした平和戦略、安全保障戦略が求められている」
ということなのだと思うからです。

その上で本書では、「国際的な安全保障環境の変化」についての分析と「具体的な事例」に即した検討がなされています。

「国際的な安全保障環境の変化」は、安保法制を必要だと主張する人々がさかんに言っていることですが、アメリカの力の後退が、軍事的な面だけでなく政治的にも、そして経済的にも明らかになっている中で、主体的に「安全保障」をどう考えるのか、ということが肝心なのに、むしろ「アメリカとの関係」でしか物事を考えることができない形で「安保法制」として方針が出されていて、その方が「国際的な安全保障環境の変化」に対応しきれていないのではないか、と思わされます。
そのような意味で、中心的な著者である柳澤協二氏(イラク戦争時の内閣官房副長官補)が、次のように告白していることは、おおよそ推測できたこととはいえ、ショッキングでした。
「アメリカがああいう戦争を始めてしまった。そしてアメリカが決意した以上、誰もそれを止めることはできないというのが、私を含む政府の当時の認識でした。開始した以上はしょうがない。だから何とか手伝うことを考えないといけないということでやってきたのです。しかし、それはあくまでもお手伝いなので、私は正直に言えば、同盟の文脈でアメリカに対するアリバイ作りができれば良いぐらいの感覚でやっていました。」

「具体的な事例」については、政府が挙げていた「15事例」への丁寧な検証がなされています。具体的な検証まで紹介することはできませんが、その検討の基本的な姿勢については、単に安全保障論だけでなくさまざまな問題に関する検討にあたっての姿勢の問題として参考になるように思ったので、長くなりますが、引用・紹介します。
「具体的な事例を並べて議論する目的がどこにあるかというと、そもそも憲法解釈を変えなければいけないという立法事実を確認する作業が不可欠だからです。その点でまず、ここで言われている想定そのもののリアリティがどうなのかという検討が必要です。そして、仮にそういうことが一定の蓋然性をもって予測される時に、政府として全体の対応方針はどうであるのかを検討しなければならない。政府の対応の中には外交的なものも、軍事的なものも入ってくると思いますが、その中で特に自衛隊の活動に対して法律的な不足があるのかどうかということが大事です。法律的な不足があるのだというところまで来てようやく、その次の段階で、その法律を追加することは憲法解釈の変更なしには不可能なのかどうか、つまり憲法解釈の範囲でやることでは不足なのかどうかが問題になってきます。そういう議論を厳密にしていかなければなりません。」


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松岡直武さんを偲ぶ会

2015-10-17 19:38:56 | 日記
松岡直武さんを偲ぶ会開催されました。

松岡直武さんは、2005ー2011年に日調連の会長を務められた方です。新しい会員の中にはまったく知らない、という方もあろうかとは思いますが、大分では、日調連会長退任後に大分会の研修会に講師としてきていただいたので、ご存知の方も多いかと思います。
大分にきていただいた翌年初頭に急逝され、私としては惜しんでも惜しみきれない思いを抱かされました。
ご逝去から3年を経ようとすることする今、「偲ぶ会」が開催される、ということで、私も出席した次第です 。

松岡さんの日調連会長時代、私は大分会の役員として、日調連bの理事として親しく接しさせていただきました。とは言え、その関係は「良好」というものではなく、緊張感を孕んだものであった、と思います。「あいつは何なんだ?」と思われた、ということを、後年ご本人から聞いたこともあります。
しかし、松岡さんの日調連会長退任後には、大分会の研修会に講師としてきていただき、日調連会長在任時には話せなかったことを含めて、その思いを伺うことができ、ある程度納得させられたところがあったことを含めてその偉大さに心を打たれた思い出があります。(全面的に賛同はできないまでも、の上での話ですが・・・)。

松岡さんのご逝去から3年を経ようとする今、「偲ぶ会」が開催され、故人との思い出を多くの方が語られる中で、「松岡さんの追求したことはDNAとして受け継がれているだろう」と言われていたことを、私としては痛い思いで受け止めました。
当時、私は松岡さんの取られた「現状追認」の姿勢について、責任ある立場からするとやむを得ないのかと思いながら見ていましたが、なんらの逡巡もなく当たり前のことのようになってしまっている今、原点に帰って考え直さなければいけないのではないか、ということをあらためて思わされました。
松岡さんは、その当時の出来る限りの範囲の中で、「専門資格者としての調査士」ということを追及されていたのだと思います。遺された私たちは、その思いを、足らざるところの克服を含めて追求していかなければならない、という思いを、この会を通じて抱かされました。そのような意味を含めていい会だったと思います。
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ラグビーワールドカップ

2015-10-15 18:40:22 | 日記
ラグビーワールドカップの一次リーグ戦が終了し、日本は初戦の南アフリカへの歴史的勝利をはじめとする3勝をあげたにもかかわらず準々決勝に進めない、という結果になりました。残念なことですが、これまでの日本の実績からすれば、最高と言っていい成績だと言えるでしょう。

私は、観るスポーツとしてはラグビーが一番好きで、・・・と言う割にはリアルタイムにではなく中継番組を録画して朝観る、というスタイルで観戦しています。ニュージーランド、オーストラリアなどの強豪のレベルの高い試合もいいですし、それに次ぐレベル同士の白熱した試合にも相応の面白さがあります。

ラグビーを見ていて昔から感心するのはレフェリーの判定に文句を言うこともなくスムーズにゲームが進行することです。私には何がファウルだったのかよくわからないまま進むことがよくあるのですが、不利な判定を受けた方、特に一時退場処分になった選手が素直に従う姿に感心させられます。私にはできないだろうな、とも思いながら。
このようなプレーの姿勢というのは、接触が激しく速いスピードで展開するラグビーの性格から求められるものなのだと思います。その現実的な必要性を「精神」にまで高めているところにラグビーの特色がある、と言えるのでしょう。レフェリーの判定に「権威」を持たせて、それに無条件に従う、という姿勢をとることに独自の価値を持たせている、ということなのかと思います。
しかし、今回のワールドカップを観ていると、単なる「精神」の問題として問答無用に推し進められているわけではない、ということがわかりました。レフェリーの判定は無条件に正しいものとして尊重されるわけですが、それを単なる「権威」にのみ立脚するものではなく、実際の正しさに裏打ちされたものにする努力がなされています。
それは、新しいテクノロジーを駆使した「事実認定」の厳密化です。密集の中のボールの行方、特にランディングされたかどうか、というようなことは、もうどうしてもわからないのかと思っていたら、さまざまなアングルでの撮影がなされていて、ビデオを見れば誰もが納得できるような形になっています。「権威」や、それに従うという「精神」性だけに頼るのではなく、あくまでも「真実の追求」をする、という姿勢を、私はとても好ましく思います。

ラグビーワールドカップは、今週末から準々決勝に進みます。強豪同士の白熱した闘いが楽しみです。
そして4年後の日本開催のワールドカップでは、大分での試合も予定されています。4年後の激闘を楽しみに、それまでは生きていたいものだ、と思ったりもしています。
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「日歯連」

2015-10-12 08:24:14 | 日記
日歯連の「迂回献金事件」で主要な幹部の多くが逮捕され、大きな問題になっています。

ニュースで「にっしれん」と聞くと、「日本司法書士会連合会」の「日司連」がすぐ思い浮かんでしまうのですが、「歯科医師」の方の「にっしれん」です。
この「日本歯科医師連盟」というのは、名前が違い組織が違うのはもちろんのこと、司法書士の日司連とは、その組織性格も全く違うそうです。歯科医師の全国組織は「日本歯科医師会」と言う名前で、これが「日司連」や「日調連」に対応する組織です(強制加入制ではないそうで違いますが)。
「日本歯科医師連盟」は政治団体で、調査士の世界で言うと「政治連盟(全調政連)」に対応するものです。

日歯連のホームページを見てみると、「歯科の現在と未来を見据えた政策展開」「新たな歯科医療政策を!新たな仕組みづくりを!」「連盟活動を通じて歯科界を健全な方向へ導くことが我々の役目です」という見出しが踊っています。
さらに「概要」を見てみると、「本連盟は、会員相互の協力により、政治力を強化し、日本歯科医師会の目的を達成させるために必要な政治活動を行い、国民医療の発展に資することを目的に設立しました。」と、その組織の目的が示されています。

「日本歯科医師会」が「公益社団法人」であるため政治活動ができないので別の政治団体を作っている、ということですが、土地家屋調査士の場合と違うのは、日本歯科医師会自体が強制加入の団体ではない、というところにあると言えるでしょう。「日本歯科医師会の目的を達成させるために必要な政治活動」というような言い方は、この組織性格の違いを背景にしているのかとも思えます。

「日歯連」を見ると、とにかく資金力が強いようで「桁違い」との感を受けますが、それだけの資金力をもってしても政治的に有効な手立てをとることができず、繰り返しの「政治資金法違反事件」をひきおこしてしまう、ということが、「政治」の難しさを示している、と言えるのでしょう。

先に、日歯連が「日本歯科医師会の目的を達成させるため」の政治活動を行うものとされている、ということを紹介しましたが、「日本歯科医師会の目的」というのは、はたして何でしょう?
「日本歯科医師会は、わが国の歯科医師社会を代表する唯一の総合団体であり、医道高揚、国民歯科医療の確立、公衆衛生・歯科保健の啓発及び学術研修事業、ならびに歯科医学の進歩発展を図り、国民の健康と福祉を増進する事業等を行っています。」
とあり、「公益社団法人」であることからここに列挙されている「公益」がその「目的」だということになります。しかし、この「公益目的」というのは、なかなか微妙なものです。日歯連は
「激変する社会情勢や国民のニーズに対応できる歯科医療政策の実現と歯科医業経営の安定を目指し、重要政策として、ロビー活動に力を注ぎ、政策決定に関る政府・政党の主要メンバーへの説明と折衝を役員一丸となって行っています。」
としていて、「目的」が、「激変する社会情勢や国民のニーズに対応できる歯科医療政策の実現と歯科医業経営の安定」に絞られてきています。
ここにも、「政治」の、そしてこの種の政治団体のむずかしさがあらわれています。「激変する社会情勢や国民のニーズに対応できる歯科医療政策の実現」というのは、直接的に公益的な目的です。しかし、「歯科医業経営の安定」というのは、”経営の安定があってこそ正しい歯科医療ができる”という理由がつけられるとは言え、ごく客観的に見れば「歯科医師の私的利害」に関わる者だと見えてしまうでしょうし、それが「規制」に関わることであれば既得権益保持のために規制を守ろうとするものに見えてしまいます。そして、それを豊富な資金力にものを言わせて「政治」的に使っていく、ということになると「公益」はどこに行ってしまったのだろう?ということになります。

このような進め方というのは、短期的にはともかく長期的には決して有効ではない、と私は思うのですが、日歯連事件を見ると、その有効性は短期的にも疑うべきものだと思えてきます。
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