大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

読んだ本―「文系の壁―理系の対話で人間社会をとらえ直す」(養老孟司:PHP新書)

2015-08-31 16:40:43 | 日記
養老孟司が「若い世代の人たちと議論をした」対談集です。

「いわゆる理科系の思考で、文科系とされる問題を考えたらどうなるだろうか」という問題意識を背景に話をされた、ということで、帯には「文系が意識しづらい領域を、4人の理系の知性と語り合う」とあります。なるほど、「理系」的素養のほぼまったくない私としても、面白くよむことができました。体系的にはわからないながら、断片的な問題意識として面白いと思ったところを以下に挙げます。

「文系の人は、自分のわからないことを言葉で解決しようとします。たとえば、独楽は回っているから倒れない、自転車は走っているから倒れない、ということを『理屈』だと思い込んで納得し、それで解決済みにしてしまう。回っている物が何故倒れないのか、走っているとなぜ倒れないのかは考えようとしません。」(森博嗣)
面白い言い方だとは思うのですが、これについては「そうかなぁ?」と疑問に思います。少なくとも挙げられている例については、「理系」「文系」の問題ではないのではないかと思います。ただ、「文系」が対象とする「社会」は、人間がつくっているものなので、外在的に「なぜ?」という問題をたてにくい、ということはあるのかもしれません。その意味では、「文系」がそのようにとらえられている、ということを踏まえて意識して考えるべきことではあるのでしょう。

「ルールというのは、本来は笑うためにあるんだと思うんです。ルールに従っていれば楽に生きられるんだけど、ルール自体には大して意味がないし、なんとなく決まってたりする。真っ当な理屈がついているので、サイエンスと言う名前になってるんだけど、けっこういいかげんなルールも多い。『従っている俺たちってバカだよな、アハハ』というぐらいがちょうどいいと思うんですよ。」(藤井直敬)
「僕が『国家が不自然だ』というと、『国家は間違っているのだから批判すればいい』と捉えるひとがいるかもしれません。だけど、間違っていると言ったところで、人間と言う生物の習性がかわるわけではないでしょう。だったら、『一見不自然に思える国家と言う概念を作ってしまう』ということを、人間の習性、自然現象だと考えた方がいい。『自然現象が間違っている』と批判するより、その自然現象をうまく利用してみようということです。」(鈴木健)
これには養老孟司が、「僕は一言、『あるものは、しょうがない』と言います。存在しているものに対して、けしからんと言ってもしょうがないですよ。これは博物学の基本的な原理です。」と答えています。社会的な問題については、現実としてあるものに対して「けしからん」と言って変えていく必要があるわけですから、この考えがどこまで適用可能なのか、には留保が必要だと思いますが、考え方としては面白いですね。現実にある、ということをまず肯定的にとらえて、その限界を含めた問題点を「なぜ?」と考えるべき、ということなのでしょう。そういうことを当たり前のこととしてできるかどうか、というところに違いがある、といえるのかもしれません。

もっとも、「理系」と言われるものの中でも、「実験室」系と「フィールドワーク」系とでは全然違う、とか、実学系と理念系では違う、とかの違いがあり、こちらのほうが「文系と理系との違い」より大きかったりする、と言う指摘もあって、「理系の壁」の前でたじろぎがちな私としても、違う角度から考えるべきであることを感じさせられました。。

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日調連研究所会議

2015-08-27 16:36:05 | 日記
昨日・一昨日と日調連の研究所会議に出席してきました。

日調連の研究所については、副会長在任時に担当していたのですが、今度はそのつながり、というわけではなく、一部門の研究員としての出席です。私の部門は、「土地境界問題に対する土地家屋調査士の関与のあり方」についての直近の課題に理論的な基礎を与えるべきものです。「研究成果」と言うよりも「具体的提案」としてまとめるよう、あまり時間をかけずに進めて行きたいと思っています。その意味では、「研究員」というよりは「検討委員」的な役割として考えています。

日調連研究所の体制については、まだまだ弱いものなのですが、この数年で以前に比べればだいぶ整備されてきた、と言えると思います。
その組織体制としての特色は、「研究員」を調査士会の内外から選任して、その自律的な展開に委ねている、というところにあります。これは、「研究」ということが、組織執行そのものと直接関係のない性格を持つものであることから、当たり前と言えば当たり前のことなのですが、今後の日調連の組織的な展開を考えるときに、今一度とらえ返しておく必要のあることなのだと思います。

組織の運営、というのは、実にさまざまな「雑用」をこなしていくこととしてあります。ここで「雑用」と言うのは、その質的な意義を低いものとして言うわけではなく、量的な多さ、種種雑多性を表現するものとしていうものです。この「雑用」をこなしていくだけで結構大変なものなので、それをやっていると、将来を見据えて考えたり、新しいことを切り拓いて行こうという推進力を働かせることが、なかなか難しくなってしまいがちです。
このような状態を克服するためには、まず「基本的な方針」の問題がありますが、その上でさらにそのための組織的な体制が必要、ということを考えることが大事なのだと私は思っています。つまり、組織執行ということとは直接関係ないところで、一定のテーマそれ自体について考えたり動かしていくものを、組織体制の一環として整備して機能させていく、ということが必要になる、というようなことです。

「日調連研究所」は、まだ未成熟で未分化ですけれど、そのような組織的なあり方の方向を示す意味を持つものなのだと思いますので、その意味においても有意義な成果を残せるようにしていかなければならない、との思いを持って、久しぶりの東京から帰ってきました。



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「境界紛争事件処理マニュアル」を読んで

2015-08-20 18:28:13 | 日記
「境界紛争事件処理マニュアル」(境界紛争実務研究会編:新日本法規)という本がでています(7月17日発行)。
このような、土地境界に関わる本が多く、出版される、ということは、とてもいいことだと思います。特に、本書は、そのタイトルにあるように「境界紛争」に関する「事件処理」をどのように進めたらいいか、ということに関する「マニュアル」であり、実際に事件に直面した時に繙いて役立つものとして意義のあるものだと思います。
どんな本でもそうですが、とにかく一定の事柄に関する事実や考え方をまとめる、ということにはそれ自体としての意義があります。そして、その意義をさらに豊かなものにするのは、そこで示された内容を更に発展させるための作業を執筆者や読者が行っていくことによってできることなのだと思います。土地境界問題などの私たちの業務領域に関する諸問題について、多くの本が出され、多くの議論がなされて内容が発展していく、という姿を全体として作っていきたいものだと思います。
そのような意味合いにおいて、本書を読んで気になった点について書きます。

本書のごく初めの方で(8ページ)「筆界について」と題して書かれているものがあります。この「筆界」については、わが国における土地境界問題の核心をなす概念に関わる問題であり、土地家屋調査士の存在にとって決定的な意味を持つものであるにもかかわらず、これまでさまざまに論じられているものを見ると、必要以上にわかりにくい衒学的とも言うべきものになってしまっていて、「そんなこと言っても現実の問題に対応できるの?」と思わせるような傾向があり、どうにかしなければならないのだと思っています。「筆界」を、その現実的な機能に即して、もっと単純明解に説明していく必要がある、ということで、そういうことを考えているところから、本書ではどんな説明がなされているのか、興味を持って読みました。
結論としては、やっぱり、わかりにくいし、余計わけのわからないものになってしまっているし、そもそも違うんじゃないか、と思える説明もありました。残念です。次のようなものです。
「原始筆界は、明治初期の地租改正の際に役場の担当者の立会いのもと、所有地と所有地の境を確認し、各土地に地番を付け、その地番の界として記入されることとなったものです。」
「ところで、地租改正の際には所有地と所有地の界を所有者立会のもとで確認したものとするものの、そもそも明治初期に土地所有と言う概念が国民一般にあったかどうかの検討が必要です。本来、原始筆界と所有権界は一致すべきものであったとしても、その確認時点で所有者とされる者の主張が本来の所有権の範囲と異なっているとすれば、その前提は崩れることとなります。そして、その範囲に誤りがあるにもかかわらず、それに基づいて原始筆界を定めたとしても、それは本来の筆界ではなかったことになります。・・・原始筆界がその定められた時点ですでに所有権界との間に差異がある以上、その筆界確認のためにはさらにさかのぼって所有権界を求めていくことも必要となると考えられます。」
そんな、地租改正時よりもさらにさかのぼって所有権界を求めろ、と言われても、そんなことできるはずありません。そんなこと言ってると、結局「筆界」って何だかわからないもので、何の役にも立たないじゃん、ということになってしまいます。。
考え方としては、あくまでも明治初期に近代的土地所有権の確立がなされた時に「所有権界=筆界」が形成された、と考えるべきです。もちろん、地租改正時に確認したものを「公図」としてあらわすときに不正確だったり間違えてしまったこともあったとは思えます(こういう間違いもある、ということから「公図訂正」の手続きもあるわけです)が、それは個別的なことです。あくまでも、基本的な考え方としては、当時の所有権界と同じものとしての筆界が画定された、と考えるべきです。
このように「所有権界=筆界」(としての「境界」)という構造が成立していることにより、現実の場面において「所有権界」と「筆界」との相互関係ができることになります。すなわち、土地の所有者や地域共同体において各土地の境界に対する認識があり、それが共有化されている場合には、「所有権界」を互いに確認することは「筆界」を確認することとしての意義をも持つことになります。「所有権界の確認」→「筆界の確認」という流れです。
ところが、今では、土地の所有者や地域共同体において各土地の境界に対する認識を共有している、という前提が崩れてきてしまいました。土地の所有者が近くに居住しておらず、境界がどこであるかはおろか、その土地がどこにあるのかもわからないようなことも出てきています。そして他方、「筆界」というものに対する認識が深まるとともに、筆界を探究するための技術的な条件も飛躍的に向上しました。「筆界」をまず明らかにして、そこから「所有権界」を明らかにする、という回路が必要になってきているし、それが可能になってきているわけです。
そのような情勢の中にあって、その役割を全面的に果たしていくこと、そのための条件を形成していくことが、今の課題です。その課題に答えられるようにするためには、やや迂遠な道のようではありますが、基本的な概念に関する整理をきちんとしなければならない、との思いを強くさせられました。
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大分県の地租改正

2015-08-17 05:36:14 | 日記
全国の土地家屋調査士会には、明治前期の地租改正等の土地法制に関する研究を行い、まとめている会が多くあります。大分会は、この研究への着手ということでは結構早かったのですが、その後進んでおらず、今ではかなり遅れをとってしまいました。どうにかしなければ、と思いつつ今日まで来てしまったのですが、時間が取れるようになったのでボチボチ再開していて、「盆休み」中にだいぶ進めることができました。

内容としては、まずは地租改正の事業推進中の大分県の布告類を拾い上げています。この作業をやっていると、地租改正自体や、そこで決められた「面積」に関すること、そこでつくられた「地図」のことなどについて、新しい発見があって、それなりに面白いのですが、それ以外でも、全く新しい制度をつくる事業を行っていくことの大変さや、それを乗り越えて実現へ向かっていくダイナミズムを感じることができて、なかなか面白いものです。

たとえば、地租改正については、よく知られるように、従来の「物納」から「金納」に変えたところに一つのポイントがあります。これは、「税金は金で払うもの」というのが当たり前になっている私たちにとってはどうということのないことですが、当時の人々にとっては何なのか?どういう風にすればいいのか?どのように課税標準を決めればいいのか?それはどこまで厳密に考えるべきなのか?・・・等々わからないことだらけであったようです。これらの疑問が「質問」として次々に挙げられるのに対して、当時の大分県の役人が結構丁寧に答えている様子を見ると、「一大改革」の大変さを感じるとともに、それを実現するために必要なこと、ということをを考えさせられます。

今後の予定としては、この大分県の布告類をまとめる作業とともに、「地券」-「台帳」-「図面」-「地図」の関係を実証的に明らかにしていきたい、と思っていて、今週開かれる「境界鑑定委員会」で具体的な進め方について協議したいと思っています。今後、大分の方にはご協力をお願いすることもあろうかと思います。よろしくお願いします。
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戦後70年

2015-08-15 08:30:26 | 日記
「戦後70年」の8月15日です。

今年「戦後70年」の「節目の年」にあたります。「10年」単位で区切ることに、どれだけの「節目」としての意味があるのか?とも思いますが、「70年」というのが「古来稀」と言われる年月であり、その年月を「戦後」と呼び続けてこられたことに大きな意義があるとも思えます。

その「戦後70年」の機会に、「首相談話」がなされました。

全体として、事前の(と言うか直前の)予想通りのものでした。その意味で「妥当」「穏当」なものだったと言えるでしょう。
その上で、まず思ったのは、「首相談話」という名前にそぐわないその長さ、です。「談話」と言うより「解説」みたいに感じましたし、主体も「安倍首相」というより「政府」やら「国家」という感じを受けるものです。「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「おわび」といった「キーワード」とされるものを、多くは間接表現で使用しているわけですが、人間、言いたくないことをどうしても言わなければならないときには、他のこともいっぱい言って、わけがわからなくしたくなったりする・・・・という感じなのかな、と思います。

全体として10日ほど前にだされた「21世紀懇」の報告書を踏まえたものでした。この「21世紀懇」が「安倍首相が設置した私的諮問機関」であるわけですから、当たり前と言えば当たり前のことですが、形式として「有識者」の進言を受け入れた、というのは(誰の意見も聞かない、ということではない、と言う意味で)妥当と言えるのだと思います。

その上で、いくつか気になる部分もありました。二つだけあげます。

一つは、
「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」
と言っている部分です。
この部分が、安倍首相の一番言いたかったことなのかもしれません。しかし、安倍首相自身が言っているように「歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なもの」です。現実に「謝罪」を必要とする「歴史」があったのだとすれば、その「宿命」については避けようがない、と言うべきなのでしょう。ただ、1000年前の「歴史」についての「謝罪」が求められるようなことは、ほぼないわけです。それは、単に長い年月が過ぎたから、ということではなく、新しい「歴史」が創られてきているから、ということなのだと思います。次世代に謝罪を続けさせたくない、ということは、言うこと(「談話」)によってではなく、歴史を踏まえた現在の実際の行動によって新しい「歴史」を作っていくことによって実現するべきことなのだと思います。そう考えるのでなければ、先の引用部分に続いて言われた次のフレーズに、うまいこと繋がらないように私には思えます。 
「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。」


もう一つは、
「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。」
としている部分です。
この「未来志向」の「積極的平和主義」につなげるものとして、「国際秩序への挑戦者となってしまった過去」への反省も語られている、という構造なのでしょう。しかし、「国際秩序への挑戦者となってしまった過去」への反省が、アメリカ中心の「国際秩序」の側に立つことへの決意表明になったり、「価値を共有する国々とて携えて」と言うことが、「価値を共有しない国々」への対抗関係につなげられるようなことでは、それこそ「歴史の教訓」を活かすことにはならないように思います。
「共有」しているとされる「価値」の中には、「法の支配」も入っています。「立憲主義」や「法的安定性」と言った原則的・基本的なものをしっかりととらえ返さないと、「価値を共有する」と言いながら異質なものになってしまって、かえって不安定化を招くことにもつながりかねません。

土地家屋調査士の世界では、今年を「土地家屋調査士制度65年」とか「表示登記制度55年」とか言いますが、「5年」と言う区切りの悪さもさることながら、それらをも含めて「戦後70年」という日本の国家と社会の全体のなかに位置付けてとらえ返すことの必要性を考えるべき、と思います。
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