まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

戦争を全肯定するグループディスカッション

2013-11-14 09:55:26 | 教育のエチカ
先週の 「戦争と平和の倫理学」 では、まず戦争に対する倫理学の3つの立場を紹介しました。

1.戦争を全肯定する立場            ex.戦争賛美論
2.戦争を部分肯定/部分否定する立場   ex.正戦論
3.戦争を全否定する立場            ex.絶対平和主義

いずれも、ロゴス (言葉=理性) を用い、論拠にもとづいて、
戦争を肯定したり、否定したりする営みです。
倫理学の歴史のなかでは2の立場に立つ思想家が圧倒的に多いですが、
1や3の立場の人も少ないながら、まったく存在しないわけではありません。
で、先週の授業ではまずはこのうちの1の立場、戦争を全肯定する戦争賛美論について、
その論拠は何だと思うか、みんなに予想してもらいました。
これは相当難しいお題です。
2の部分肯定の立場に立ってみて、どういう条件を満たしていたら正しい戦争と言えるだろうか、
ぐらいだったらまあ誰でもある程度は予想を立てることができます。
しかし、現代日本に生きる大学生にとって (いや彼らよりも歳を取っていればよけいに)、
戦争を全肯定する論拠を考えつくというのは至難の業となることでしょう。

私の授業の常として、ひとりで考えるのが難しい問題であればあるほど、
グループディスカッションをやってもらうことになります。
教室を見渡してざっと計算し、70人前後の出席者を16のグループに分けることにし、
端から順番に1~16の数字を言っていってもらい、4~5人のグループに分かれてもらいました。
この授業の最初にやったグループディスカッションでは、
近くに座っている者どうしでグループを組んでもらいましたが、
そうすると友だちとか知り合いばかりのグループになってしまいます。
はじめのうちはそういうグループ編成のほうが話しやすくていいのですが、
この授業がめざしているのは、友だちどうしとはまったく異なる、
名前も知らない初対面の人間とも意見交換ができるコミュニケーション能力の育成ですから、
じょじょにグループ作りの方法も変えていかなくてはなりません。
今回はグループとして意見をまとめたり合意を形成したりという課題ではなく、
できるだけたくさんアイディアを出せばいいというお題でしたので、
初めて知らない人との話し合いに挑ませるにはうってつけの題材だったのではないでしょうか。
(受講者の皆さん、私は実はこんなことまで考えているのだよ!)

まずは個人でワークシートに、「戦争を全肯定する論拠にはどのようなものがあると思いますか。
思いつく限りたくさん挙げてください」 に答えてもらったあとグループディスカッションの開始です。
グループディスカッションに入る前にこんな話をしておきました。
「今回は知らない人とグループを作ってもらいました。
 仲のよい友だちといくらおしゃべりができてもそれはコミュニケーション能力とは言いません。
 一般社会で求められているコミュニケーション能力とは、
 仲のよくない人、知らない人ともきちんと意見を交わせる力のことです。
 多くの人は知らない人と話すのは苦手だしイヤだろうと思います。
 今の段階ではそれが当たり前だし、それでもかまいません。
 しかし、卒業して社会に出るまでには、
 知らない人とも話せるコミュニケーション能力を身につけなければなりません。
 そのためには今から少しずつ自分にちょっとだけ負荷をかけ、
 まだできないことが少しでもできるようになるよう努力してみてください。
 積極的に意見を言ったり、みんなの意見をまとめたり、話せない人に話を振ってあげたり、
 何らかの形でグループの議論に貢献できるよう意識してやってみてください。」
ここまで釘を刺した上でグループディスカッションに入ってもらい、
最後にワークシートで、自分が議論に貢献できたかどうかを振り返ってもらいました。

結果から言うと半数以上の人はうまく貢献できなかったと振り返るのですが、
現段階ではそれで全然かまいません。
少しずつ慣れていってくれればいいのですし、
今回はできなかったけれど次回にはと思ってもらえれば御の字です。
それに、この授業だけでコミュニケーション能力が身につくなどと、
自分の授業に対して甘い幻想を抱いているわけでもありません。
それでも逆に言うと、半数近くの人は話し合いに貢献することができたと答えてくれており、
特に3年生になると、去年からの私の授業でもう慣れてきていますから、
率先してファシリテーター役を務めてくれたりしているようです。
ディスカッションに関わる感想をいくつか拾ってみましょう。

「グループディスカッションでは、あまり発言することができなかった。最初に考えた意見だけ述べて、あとは周りの方の話を聞くだけになってしまったので、班に貢献はできなかったと思う。班の方や、違う班の方の考えを聞いて、自分は1つの角度からしか考えられてないと感じた。次回は様々な角度から考察するように心がけたい。」

「今回のディスカッションでは、自分の意見は伝えられたが、その後の討論に主体的に参加できなかった。自分の主張だけはちゃんと伝えられたのでよかった。」

「グループ活動では、人の意見を聞くことはできますが、そこから新たな自分の意見を生み出すのが大変でした。そこをクリアしないと議論の発展は望めないので、頑張りたいです。」

「自分から積極的に発言できたと思う。また、グループで話し合う中で一人では思いつかなかった新しい発想を思いつくことができたのはよかった。グループディスカッションはあまり得意ではなかったが、今回を機に好きになれそうだと思えた。次回は話を人にふったりできるようにしたいと思う。」

「意見をまとめる人がいて、発言する人がいないとグループの話し合いは進まないので、少しでも思ったことを発言することによって、グループ活動をスムーズに進めていくことができ、話し合いに貢献することができた。」

「他の人が意見を言いやすいように相づちを打ったり、積極的に話をふったりできたと思います。自分からファシリテートできるともっと良かったかも知れません。」

「誰も発言しないときに、質問したり意見を出して、討論する雰囲気を出せたので良かった。2人なかなか話せない人がいたので (世界史が苦手だったらしい)、もっと出来事などは分かりやすく詳細に言うべきだったと思う。」

「自分が思いつかなかった点を深く掘り下げて質問した。できるだけ皆がそれぞれの意見を理解できるように気を配った。」

「ディスカッションでは他の人と違う意見を出したことで、『これは勝っても負けても成り立つか』 という話し合いが進んだと思います。次は自分の考えにもっと根拠を持って臨みたいと思います。」

「グループディスカッションでは、どうまとめていくかの提案ができて、席が中央だったこともあり、周りの意見を集約するようなことができた。」

「初めてということもあり、発言を促される立場になった。しかし、話し合いを進める人もいれば、それに乗っかる人も必要だと思うので、一応の役割を果たせたと思う。もし、次のグループで、話し合いを進める人がいなければ、自分がその役割を担ってみたい。世の中には色々な人がいるので、その場に合わせて、臨機応変に役割を変えていけるようにしたい。」

なお、最後の方はこんなことも書き足してくれていました。

「グループワークの際に、『グループの話し合いがうまくいくように、自分の役割を果たすことが社会人への一歩』 というようなことをおっしゃっており、このグループワークの方法は、学校の現場 (授業) でも使えると思いました。この一言があれば、話し合いが活性化されると思います。」

教育効果というかこちらの意図というか、そこまで理解していただけると教員としてはありがたいです。
さて、この論題でディスカッションをしたことについて次のような質問をいただきました。

「普通に考えたら、戦争は全否定すべきものなのに、なぜ全肯定する立場になったときの論拠の話し合いにしたのですか?」

この問いに対してはすでに他の何人かの方が答えてくださっていたので、
まずはそれを紹介しておきましょう。

「自分の考えとは異なる立場で考えることによって、戦争と平和の倫理学に対する多面的な見方ができるようになったと思う。」

「自分は基本的に戦争を否定する立場であったので、全肯定の論拠をあげるのが難しかったです。ただ、自分とちがう立場の考え方がどのようなものなのかを知ることができ、戦争について広い視野から考える契機になりました。」

「戦争全肯定論を考えるのは難しかった。普段、自分と反対の立場に立って物事を考えたり、意見を言うことはほとんどない。だが、反対の立場の考え方を知ることで、真の自分の立場の意見の論拠も考えることにつながり、良い方法だと感じた。」

特に最後の方のお答えと関連して、
もう一度シラバスの 【授業概要とねらい】 のなかの以下の一文を確認してもらいたいと思います。

「価値判断を下すためにはその論拠を明確にすることが必要であり、
 しかも自分とは異なる立場に立つ人の議論もきちんと理解した上で、
 それに的確に反論できなくてはなりません。」

というわけで、次の時間 (て、もう今日か) ではさらに、
自分で出してみた論拠に自分で反論するということもやっていただきます。
そうやって少しずつロゴス (言葉=理性) を鍛えていっていただければと思います。


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