まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

Q.哲学者は実験とかするんですか?

2011-05-16 18:58:32 | 哲学・倫理学ファック
今までのブログを読んでくれていれば、もうこの問いの答えは明らかだろうと思いますが、
念のためお答えしておくことにいたします。

A.哲学者は実験はしません。
  実験によって答えを出せるのであれば今ごろ実証科学になれていたはずです。

もとはといえば、哲学とはすべての学問のことであった、
そこから実証科学がどんどん独立していってしまい、
実証によって答えを出せない問題だけが、現代の哲学に残されたのだ、
という話をずっと書いてきました (「Q.どこからが哲学なんですか?その2」)。
したがって、哲学は基本的に実験はしません。
というより、できないのです。
実験では答えが出せないような問題ばかりを扱っているからです。

質問のなかには 「Q.心理学と哲学のちがいは何ですか?」 という問いもありました。
この問いを例に取りながらもう少し説明してみましょう。
心理学もずっと長い間、哲学のなかに含まれていました。
心理学は psychology (サイコロジー) と書きますが、
この言葉の元になったのは psyche (プシュケー) というギリシア語です。
この語はもともと 「息」 を意味していて、そこから 「生きること」、「いのち」 を意味するようになり、
さらには 「魂」 や 「心」 を意味するようになりました。
古代ギリシア時代の頃から人間は、息や生命や魂や心に関心をもっていましたから、
そういう psyche について考える psychology という学問が生まれたのです。
アリストテレスも 『気息論』 とか 『霊魂論』 と訳されるプシュケーについての本を書いています。
哲学の歴史のなかでずっとこのわけのわからないプシュケーについて考えられてきました。
カントも有名な 『純粋理性批判』 のなかで 「純粋心理学」 について論じています。
これは 「心理学」 と訳されていますが、私たちが現在想像するような心理学ではなく、
霊魂は死後も存続するのか否かといったことを考える学問でした。

その後約100年ほどして、19世紀の後半になってやっと、
死んだらどうなるかみたいな実証できないことで悩むのではなくて、
観察や実験によって実証的に心について研究していこうという試みが始まりました。
これが成功を収めて、心理学も実証科学となることができたのです。
実験心理学の祖と言われているヴィルヘルム・ヴントは大学では哲学の教授でした。
しかし、彼はそれまでのような自分の頭だけで考える哲学的な (形而上学的な) 心理学を批判し、
実験によって実証的に研究を進めていく心理学を推し進めようとしました。
彼は1879年にライプツィヒ大学に 「心理学実験室」 を公式に開設し、
このときが新しい意味での心理学の誕生した瞬間とされているそうです。

したがって心理学と哲学のちがいは何かというと、

A.心理学は心の問題を実験や観察によって究明していく実証科学です。
  哲学は心の問題も扱いますが、扱うのは心の問題だけではありません。
  また、心の問題を扱うとしても実験や観察によってではなく、
  ただ思考によって捉えようとする学問です。

ということになるかと思います。
実験によって究明するということは、逆にいうと実験できないことは扱わないということです。
どんなに心に密接に関係する問題であろうとも、実験によって実証できないのであれば、
実証心理学の対象とはならないのです。
実は、心の働きそのものを観察や実験で捉えるというのは意外とできません。
そこで現在の心理学は、心ではなく、行動のみを対象にしている場合が多いです。
人間が頭の中でなにを考えているか感じているかというのは捉えにくいので、
外から見てはっきり捉えられ記録できる人間の行動のみを扱っているのです。
私は現在の実験心理学のほとんどは 「心理学」 という名にふさわしくないのではないかと思っています。
「心理学」 と言われると人間の心の中がわかるようになるのではないかと勘違いして、
多くの若者が心理学にあこがれているように見受けられますが、
あれは誇大広告であって、本来は 「人間行動科学」 と名づけるべきなのではないかと思うのです。
心理学というのは人文系の学部のなかに置かれている場合が多いですが、
私に言わせればあれは自然科学にほかなりません。
正確に実験をして、データを取り、データ分析をして、言えることだけをきちんと言うという、
非常に理系的な学問ですので、
人間について興味があって人の心がわかるようになりたいなんて思っている、
ざっくりした文系人間には向いていませんので気をつけてください。
どんなに面白いテーマを抱えていても、心理学の先生に、
「それは実験によって証明できないから卒論テーマにはなりません」 と、
門前払いを食らわされることになるでしょう。
そういうときは哲学の先生の下で人間の心について自由に思考をめぐらせたほうがいいかもしれません。
実験もデータ分析もしなくて大丈夫ですよ。


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2 コメント

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哲学と看護理論について (airi-mama)
2011-05-17 21:51:23
先生には2年前の教員養成講習会で教えていただきました。現在は、仕事をしながら大学院で学んでいます。先生の意見をお聞きしたいのですが、看護理論の根本には哲学があると言われていますが
本に出てくる内容を読んでも哲学と看護理論の関連性がよく解りません。先生はどのようにお考えですか?とりとめのない文章で申し訳ありませんが、説明お願いいたします。
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ちょっとお待ちを (まさおさま)
2011-05-20 16:16:09
airi-mamaさん、ご質問ありがとうございました。
どうお答えしようか、ちょっと悩んでいます。
どう答えるにせよ、長めの論文になってしまうと思いますので、このコメント欄ではなく、
記事の形で 「哲学・倫理学ファック」 のカテゴリーの中でお答えしようと思います。
私の頭の中が整理されるまで、しばしお待ち下さい。
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