まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

Q.この授業では倫理学者の名前を覚えたりはしないのですか?

2016-09-07 19:20:09 | 哲学・倫理学ファック
今日の質問は郡山の看護学校でもらったやつだったように思います。

まあ、郡山でも白河でも (そして相馬でも福大でも) 答えは変わらないのですが、

詳しくはこんなふうに聞かれていました。

「Q.高校の時の倫理とは全く違うものに思えてきた。

   この授業では倫理学者の名前を覚えたりはしないのでしょうか?」

1回授業を受けただけで私の授業のアウトラインをおよそつかんでいただけたようで、

たいへん頼もしいかぎりです。

もはや答えるまでもないかもしれませんが、授業の進め方や単位の取り方に関わる質問ですので、

いちおうガイダンスのつもりでお答えしておきましょう。


A.はい、この授業は高校の倫理とはまったく違います。

  この授業の単位を取るために倫理学者の名前を覚える必要はありません。


高校のときの倫理という科目は倫理学者の名前を覚える授業だったという印象ですか?

ぼくが高校のときに受けた倫理 (当時は倫理・社会) はそんな感じじゃなかったですけどね。

まあ、当時はセンター試験の前身の共通1次試験というのが始まったばかりの頃で、

まだそれほど暗記・詰め込み型の授業にする必要がなかった、いい時代だったのでしょう。

今はたぶん思想家の名前やそのキーワードとかをたくさん覚えさせられているのかもしれませんね。

センター試験に対応するとなるとそうせざるをえませんし、

それに倫理を専門的に学んできている公民科の教師って少ないですから、

そういう先生方にとっては暗記型の授業のほうがやりやすいのかもしれません。

とにかく、君たちがこれから受ける授業は 「倫理」 ではなく 「倫理学」 ですから、

名前がちょっと違っている以上に、中身はまったく違います。

「倫理学」 ではただ既成の倫理を学んだり覚えたりすればいいのではなく、

倫理に関して学問する、つまり、倫理について問うことを学んでもらわなくてはなりません。

それはさらに言い換えれば、倫理を疑うということです。

ですので、倫理学者の名前を覚えたり、

その倫理学者の思想を鵜呑みにするだけでは倫理学にならないのです。

もちろん私の授業のなかでも倫理学者の名前はそんなに多くありませんが、時々ちらっと出てきます。

たしか前回の授業ではソクラテスの名前が挙がっていたと思います。

「汝自身を知れ」 という言葉をソクラテスが哲学・倫理学の使命だととらえていたこと、

それがどういう意味だったのかということを紹介させていただきました。

せっかく紹介したので覚えておいてもらえると嬉しいですが、

別にそのことを覚えているかどうかは私にとって重要ではありません。

大事なのはその言葉に触発されて、では自分とはどういう存在なのかを皆さん自身が考えたり、

人間とはいかなる存在であるのかについて思いを馳せてくれたりすることなのです。

看護学校の専門の授業でもやはりいろいろな専門用語を覚えなくてはいけないのでしょうね。

この授業ではその手の暗記は必要ありません。

あれ?

そう聞いて今一瞬すごく気が楽になりましたか?

でも倫理学ってそんなに楽な授業ではありませんよ。

毎回自分で疑い、自分で考えてもらわなくてはなりませんからね。

先輩たちに最後の回に感想を書いてもらうと、

毎回頭をフル回転させなければならなくて大変だった、苦しかったと書いてくる人がほとんどです。

倫理学者の名前を覚えなくていいというのは全然楽なことではないのです。

答えのない問題について、それでも自分なりの答えを出すために一生懸命考える。

しかもテーマが死とか病とかばっかりですから、精神的にもけっこうキツイはずです。

というわけで、この授業では倫理学者の名前を覚えたりはしなくていい半面、

自分の頭でいろいろ考えて、それを言語で表現してもらうことになります。

最後の最後に、苦しくて大変だったけれどたくさん考えることができてよかった、

という感想を皆さんからいただけるような授業にしていきたいと思います。

最後までがんばってついてきてください!

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