持続的燃焼

くすぶっていれば、やがてメラメラ

那覇の道

2012年07月25日 | 昨日の風
沖縄の道路について思い出したことを一つ。
那覇の近くで三車線の国道では、[自動車・二輪車][自動車(二輪を除く)][自動車(二輪を除く)]となって、左端の車線を走るような表示があった。道路標識ではなく、歩道橋に着けられたものだったので、これは法で示されたものにも思えず、条例で決めただけの拘束力のないものなのか不明だったが、どうやら取り締まり対象になるらしい。
なんでも、第2、第3車線を400m以上走ると捕まるんだそうだ。

で、第1車線はと言えば、客捜しの挙動不審なタクシーやら島速度のオジィの軽自動車やらで、実用的に死んでいる。まったくもって、白バイの狩り場でしかなかった。これ、せめて原付のみにすれば、那覇の渋滞緩和にもなるだろうに、沖縄県政府の政策の失策に思えた。そんなわけで、沖縄本島南部は結構走りづらかったというのが事実である。

順不同な思い出話である。画像はもう少し北の海辺。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルート東海岸

2012年07月25日 | 昨日の風
思い出したことを忘れないうちに書いておく。

☆旅芸人
九州の東側で北上したのだが、2桁国道でも進んでいる感じがしなくて長く長く感じられた。
感覚としては、3号線で熊本まわりの福岡経由で北に向かった方が速いんじゃないかというくらいだ。
そんな宮崎と言えば、国道端のちょっとした飯屋や風呂屋に併設された芝居小屋で、旅の一座が公演してまわっているという、昭和後期の本州にさえ記憶にない(中国や東北ではあったらしいが)芸能の形態が、平成の初め頃にはまだ認められたのが印象に残っている。それが今回、あれはどこだったかと思いながら走ったが、国道が郊外バイパス化で新ルートにまわされていたせいなのか、昔ながらのドライブイン的なものが廃墟化していたせいなのか、目に入ってこなかった。
場末の温泉地に行けば、今でもやってるのかなあ。どこかで、そういう旅の一座が大集合!みたいなポスターを見かけた気がする。

☆ゆずり車線
時折国道が2車線になり、まあ小さいバイクなのでと左車線を走っていくと、車はそのまま追い越し車線をダラダラ行く。数キロ行くと、また1車線に戻ってしまうのが、左車線がなくなる右合流だったりする。これは低速渋滞が解消されない道路の構造の問題だわ。幹線国道を流さないような設計が駄目駄目だな。

☆異空間延岡
延岡市内では、ピースサインを受けまくった。忘れられた昭和のバイク習慣がそこに残されていたよ・・・
この頃ピースサインなんて北海道にでも行かないとやられないよなあ。
また、やたら目に付いた自転車屋。人口より多いんじゃないかと思うくらいの自転車店の数(そんなわけはない)だ。
延岡なんて旭化成の城下町で、みんな足でたったかたったか走ってるかと思ったら、自転車がブームNOWなんだろうか。
この町だけは、国道沿線の他の町とはガラッと違った印象を受けた。

と、宮崎のことを思い出しつつ、画像は鹿児島県内のものだったりする。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

8bit感

2012年07月25日 | 昨日の風
ちょっと前に戻って、今月の未使用画像の消化をしていこう。

船が古くていろいろ装備が不調だったり撤去されていたりだったが、避難図など何面かの画面がリピートするCG図は動いていた。
長距離フェリーにありがちな現在地を示す航路案内図が表示されるものは、水平線が見えるばかりでどこにいるか不安になる乗客には僅かな楽しみなのだ。残念ながら動いていなかったけれど。
携帯電話のナビ機能も、測位はできても電波が来なくて地図が表示されなかった。ナビはバイクに積みっぱなしで車両甲板は入れないし。
結局、GPSコンデジの内蔵地図が、時折見える離島を知るのになんとか役だった。

しかしこの8ビット感あふれるCG、なんとも懐かしい80年代の香り・・・これパソコンで作ってないよな~。きっとCRTに原画をトレースしたサランラップを貼り付けたマイコンで作って、PAINT実行してるだろ~。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする