井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

さようならは、言わない

2015年05月16日 | 日記

冬物を何点かクリーニングに出そうとしていた手が止まった。

紺の太い毛糸をざっくりと編み込んだ、ヨージヤマモトのベストに、ちらりと

白い短い毛がついていたのだ。

一瞬、時間が止まった。

10年前に見送った愛犬の毛だった。

“ふたり”を送り出して、その二人目の子の毛だった。

葬儀を終えたその日に、私はその子にまつわるありとあらゆるもの、食器から

首輪、キャリーバッグ、上着、リード・・・・すべてを処分したのだ。

冷たい、という人もいたが逆である。思い出の品が胸を噛んで痛すぎたので

手放したのだ。

それでも、カーペットや床の思わぬところに毛が残っていて、

最後の1本がなくなるまで半年はかかったような気がする。

共に暮らしていた家も土地も捨てて引っ越した。

毎日散歩した道を歩けば姿が浮かび、見上げた眼の色を思い出し、

胸が張り裂けた。

だから、そこを去った。

でも、むろんそれで思いは消えはしない。

今でもずっと共にある。

そして、10年ぶりにあらわれた一本の毛。

そのベストはクリーニングに出すのを止めた。

一生、洗わず手元に置いておく。

抱きしめた体温がまだそこに陽だまりのように残っている。

彼らにさようならは、まだ言わない。

一生きっと言わない。