内的自己対話-川の畔のささめごと

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冊封体制とテロリズム ― 現代世界を読み解く二つのキーワード

2019-01-07 23:16:55 | 雑感

 テロリズムが、現代世界、ことに二十一世紀の世界の特徴的な現象の一つであることは今さら言うまでもないだろう。テロリズムは、事典類によると、例えば、次のように定義されている。

特定の政治的目的を達成するため、広く市民に恐怖をいだかせることを企図した組織的な暴力の行使。右翼、左翼の政治的団体や、愛国的・宗教的集団、革命勢力などのほか、軍隊や情報機関、警察などの国家組織によっても行なわれる。種々に定義され議論があるが、テロリズムの語が生まれたのはフランス革命期の 1790年代で、山岳派のマクシミリアン・ロベスピエールによる恐怖政治をさして用いられた。これは国家による国内の敵対勢力への暴力(白色テロ)の意であるが、20世紀には政治的要求や体制の打倒を目的とした国家に対する暴力(赤色テロ)の意味で使われることが多くなった。直接の攻撃対象だけでなく、大衆の恐怖心を暴力によってあおるものであり、その恐怖心を目的とする度合いにおいて古来の戦争やゲリラ戦と区別される。軍事的な勝利が見込めない場合においても、政治的目的のために実行される。ハイジャック、拉致、誘拐、爆破、自爆などの手段がとられ、心理的な効果をねらって多くの市民が行き交う公共の場や、経済的・政治的な要地が攻撃の対象とされることが多い。(『ブリタニカ国際大百科事典』)

 この定義によれば、テロリズムは、もともとは、過激派・原理主義信奉者による公権力に対する暴力的攻撃のことではなく、国家による敵対勢力への暴力を意味していた。この意味でも、現代世界からテロリズムが一掃されているとは言えないだろう。それどころか、その手段は巧妙化していると言ったほうがいいのではないだろうか。
 他方、冊封体制とは、近代以前の中国とその周辺諸国との政治的従属関係を指す術語である。『日本大百科全書』は、西嶋定生著「六~八世紀の東アジア」(『岩波講座 日本歴史2』所収、1962、岩波書店)に基づいて次のように説明している。

近代以前の中国とその周辺諸国との関係を示す学術用語。冊封とは、中国の皇帝が、その一族、功臣もしくは周辺諸国の君主に、王、侯などの爵位を与えて、これを藩国とすることである。冊封の冊とはその際に金印とともに与えられる冊命書、すなわち任命書のことであり、封とは藩国とすること、すなわち封建することである。したがって冊封体制とは、もともとは中国国内の政治関係を示すものであり、これを中国を中心とする国際関係に使用するのは、それが国内体制の外延部分として重要な機能をもつものと理解されるからである。
 周辺諸国が冊封体制に編入されると、その君主と中国皇帝との間には君臣関係が成立し、冊封された諸国の君主は中国皇帝に対して職約という義務を負担することとなる。職約とは、定期的に中国に朝貢すること、中国皇帝の要請に応じて出兵すること、その隣国が中国に使者を派遣する場合にこれを妨害しないこと、および中国の皇帝に対して臣下としての礼節を守ること、などである。これに対して中国の皇帝は、冊封した周辺国家に対して、その国が外敵から侵略される場合には、これを保護する責任をもつこととなる。このような冊封された周辺国家の君主は、中国国内の藩国や官僚が内臣といわれるのに対して外臣といわれ、中国国内の藩国を内藩というのに対して外藩とよぶ。そして内藩では中国の法が施行されるが、外藩ではその国の法を施行することが認められ、冊封された外藩の君主のみが中国の法を循守する義務を負うことになる。

 これは近代以前の中国の歴史をその直接の対象とした記述であり、現代世界とは、一見何の関係もない。しかし、冊封体制の原理は、現代中国のアジア近隣諸国に対する態度だけでなく、アフリカおよび南米におけるそれを説明するのにも一定の有効性を持っているのではないだろうか。