389)糖尿病と糖質制限・ケトン食とSGLT-2阻害薬

図:尿中のグルコースの再吸収を行うSGLT-2(sodium glucose cotransporter-2;ナトリウム・グルコース共役輸送体-2)を阻害して尿中にグルコースを排出して血糖を下げるSGTL-2阻害剤が糖尿病治療の新薬として最近使用されるようになった。SGLT-2阻害剤が血糖コントロールや体重減少に有効であることは、糖質を取らない糖質制限や超低糖質ケトン食が血糖コントロールや体重減少に有効であることを証明している。したがって、SGLT-2阻害剤を使って食事から摂取したグルコースを尿中に排泄するのであれば、始めから糖質を摂取しない糖質制限やケトン食を行えば、SGLT-2阻害剤を使う必要はない。また、ケトン体は糖尿病合併症を改善する作用や酸化ストレスに対する抵抗性の増強や寿命延長作用やがん予防効果などの様々な健康作用が報告されている。食事からの糖質摂取を増やしSGLT-2阻害剤で血糖をコントロールすることは、薬を一生飲み続けなければならないことを意味しており医療費の増大を招く。また食事から摂取した栄養素を尿中に排泄することは食料の無駄でもある。糖尿病でも糖質制限やケトン食を実践すれば薬が不要になり医療費を減らせることが指摘されている。SGLT-2阻害剤を画期的な薬と賞賛する意見もあるが、私にはこれが全く理解できない。SLGT-2阻害剤は今まで開発されてきた多くの医薬品の中で、最も無駄で馬鹿げた薬だと思っているのは私だけではないと思う。

389)糖尿病と糖質制限・ケトン食とSGLT-2阻害薬

【がん患者にインスリンを使うとがんの進展を促進する】
私はがんが専門で、大学を卒業して35年間ずっとがんの臨床(外科、漢方、補完代替医療)と基礎研究(病理、生化学、分子生物学)を行ってきました。
糖尿病は専門外ですが、今の糖尿病治療はがん治療の妨げになっている場合が多くあります。
がんの患者さんでもインスリン注射やインスリン分泌を刺激する薬を勧めている場合が多いことです。
インスリンががん細胞の増殖を刺激することはがんの研究者であれば常識です(375話参照)。
糖尿病治療を受けている患者さんががんになったら、インスリンを増やさない方法(糖質制限やメトホルミン)で血糖をコントロールする努力や工夫をすべきだと思っていますが、そのような考えは糖尿病専門医の間には全くないようです。
最近、当院に来院されるがん患者さんでインスリンを使っている方が増えているように思います。糖尿病の患者数が増えており、糖尿病はがんの発生も再発も促進するから当然のことかもしれませんが、安易にインスリンに頼った糖尿病治療が行われているようにも感じています。
いままでインスリンを使っていた糖尿病の患者さんががんになって私に治療を求めて来られた時、私は糖質摂取を減らす糖質制限を行ってインスリンの使用を中止する方向で血糖のコントロールを行うように指導し、糖尿病の主治医と相談するように言います。そして、がん治療の目的で、低糖質ケトン食と、インスリンを使わずむしろ抗がん作用のあるメトホルミン(インスリン感受性を高める)を使った治療をベースにした治療を提案します。
しかし、ほとんどの場合が、主治医から猛烈に怒られて帰ってきます。「糖質制限は糖尿病治療として認められていない」「糖質を十分に食べて、上昇する血糖はインスリンで下げるのが糖尿病の治療として確立されている」「あなたの糖尿病はインスリンを使わないと血糖をコントロールできない」「ケトン体は体に悪い」などと説教されて私のところに報告にきます。
しかし、私の経験では、今までインスリン治療を行っていた糖尿病患者さんが、糖質制限を行うとインスリンを使わないでも血糖値が良好にコントロールできるようになるのがほとんどです。
インスリンを使わないで血糖が正常になると、ケトン食を中心にしたがん治療が行えます。2型糖尿病の場合、ケトン食が有効であることは多くの研究で明らかになっています。
ケトン食はがん細胞の解糖系やインスリン/インスリン様成長因子-1シグナル伝達系を阻害することによって抗がん作用を発揮するので、インスリン注射を行っている限り、ケトン食の抗腫瘍効果は得られません。

【飢餓やケトン食によるケトン症と糖尿病性ケトアシドーシスは全く異なる病態】
医者の中にもケトン体が体に悪いと思っている人がまだ多いのですが、飢餓や低糖質食によって上昇するケトン体は生理的なエネルギー源であり、最近ではグルコースよりも毒性が少なく健康的であることが明らかになっています。(385話参照)
以下の表に示すように、インスリン分泌がある状態での飢餓ケトン食ではケトン体の値は最大で7~8mM/Lまでで、血液の緩衝作用で血液のpHを正常に保つことができます。糖尿病性ケトアシドーシスはインスリンの分泌が全くない状態で、300mg/dl以上の高血糖と25mM/L以上の高ケトン血症が起こるので、血液のpHが7.3以下(多くは7以下)の酸性血症(アシドーシス)になります。
通常のケトン食ではケトン体はせいぜい1~3mM/L程度です。このくらいでは血液が酸性になったり、体に毒性を示すことはありません。最近の研究では1mM/L程度の血中濃度のケトン体が遺伝子発現への作用など多くの健康作用が報告されています。

表:糖尿病生ケトアシドーシスはインスリンが分泌されない状況で発症し、血糖値は300 mg/dL以上になりケトン体の血中濃度は25mM/L以上になって血液のpHは7.3以下になってアシドーシス(酸性血症)になる。一方、飢餓やケトン食では血糖値は正常範囲に維持され、ケトン体濃度は8mM/Lを超えることは無い。ケトン体が8mM/L以下の場合は、血液の緩衝作用によって血液が酸性になることはない。
 
【糖尿病に糖質制限やケトン食は安全で有効】
糖尿病の食事療法を言えば最近まではカロリー制限食しか認められていませんでした。しかし、糖質制限食の有用性を示す証拠が蓄積され、米国糖尿病学会の2011年のガイドラインでは、カロリー制限食と糖質制限食がともに糖尿病食事療法の選択肢として推奨されています。
米国糖尿病学会が2013年10月に出した成人糖尿病患者の食事療法に関する声明では、適切な三大栄養素比率は確立されていないことを明言するとともに、糖質制限食を有効な食事療法と認めています。
糖質制限食に対する米国糖尿病学会のレビューでは、糖質制限が血糖管理や脂質管理に対して有効であると報告しています。(Diabetes Care 35: 434-445, 2012年)
英国糖尿病学会も食事療法に関するガイドラインを改訂するに当たって糖質制限食を選択肢の1つとして認める記載をしています。(Diabet Med  28: 1282-1288, 2011年)
このように、糖尿病治療における糖質制限食の有効性が世界的に広く認められつつあります。
また、ケトン食も糖尿病治療に使用されて、有効性が報告されています。
以下の論文は糖質制限やケトン食を糖尿病・肥満治療に取り入れているデューク大学医療センターWestman博士らの2008年の論文です。これは原著論文ではなくCommentary(論評や解説という意味)として発表されており、糖尿病治療における糖質制限を取りまく状況を簡潔にまとめており、本文は1ページ程度の長さなので、全文を翻訳しておきます。
 
Has carbohydrate-restriction been forgotten as a treatment for diabetes mellitus? A perspective on the ACCORD study design.(糖質制限は糖尿病の治療法として忘れられてしまったのか? ACCORD研究デザインの展望。)
【要旨】
医薬品による糖尿病治療が始まる以前は、糖尿病の主な治療法は糖質制限食であった。この論文で我々は、現在の糖尿病治療においても糖質制限食を取り入れるべきであることを主張する。
 【イントロダクション】
20世紀の初め、糖尿病に対する治療法がまだ無かったころ、医師は糖質を制限する食事を推奨していた。その当時の標準的な内科学の教科書であった1923年発行の「オスラー内科学書(第9版)」には、摂取カロリー比で脂肪が75%、タンパク質が17%、アルコールが6%、糖質は2%の食事が推奨されていた
1日の推奨カロリー摂取量は1795 キロカロリーであった。
インスリンが1921年に発見され、経口糖尿病薬が開発されてからは、多くの医師は血糖値をコントロールするために薬物療法を重視するようになり、食事療法は次第に糖質の量が増えていった。
糖尿病に関する大規模臨床試験 ”ACCORD”(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)の研究グループは、中間解析の結果から、この研究における強化インスリン療法(intensive insulin therapy)の群を中止すると発表している。その理由は、この強化インスリン療法の群(厳格なコントロール)では、より厳格でない2つの通常のコントロール群に比べて死亡率が極めて高かくなっていることが判ったからである。
このACCORD試験の主任研究者や他の専門家は、この結果が予想外の驚くべき結果であると述べており、2型糖尿病患者における厳格な血糖コントロールは望ましくない可能性を示しており、より有効な方法を見つける必要に迫られている。 
【考察】
糖質制限と糖尿病の関連を十分に認識しておれば、この結果は当然のことであり驚くべきものではない。むしろ、この結果は予想できたことだと言える。
死亡率が上昇したのは厳しい血糖コントロールによるものではなく、厳格な血糖コントロールを達成するために使用した方法にある。
糖質の多い食事を摂取し、上昇した血糖を正常値に早く戻すために強力な血糖降下作用による治療を行うと、一時的に低血糖状態になることは避けられない。
我々の臨床経験では、高糖質の食事を摂取するように指導され、強化インスリン療法による厳格な血糖コントロールを目標とした治療を受けている患者では、しばしば低血糖症状を起こしている。
重度の低血糖は死亡率の上昇と関連している
低血糖リスクのない血糖コントロール法はいくつかあり、その一つが糖質制限である。
2型糖尿病というのは基本的には糖質の利用が低下していることであり、血糖を正常値にコントロールするために糖質摂取量を減らすという方法は病態生理学的に極めて理にかなっている。
糖質の多い食事と強力な薬物療法の組合せで低血糖症状を起こしていた患者が、糖質制限の食事による治療を受けてから低血糖症状を全く起こさなくなった症例を数多く経験している。 
さらに、糖質制限を長期に継続した場合の有害作用もなく、むしろ最近の研究では心疾患や代謝性疾患のリスクを低下させるなどの様々な健康作用が報告されている
他の研究者の臨床経験や論文として発表されている臨床試験の結果に基づいて、我々は糖尿病の治療に糖質制限を使用している。
診療が終わって帰宅途中に我々はいつも次のように思っている。「糖質制限の臨床効果は極めて大きくそして明白なのに、なぜ他の医師は理解できないのだろう」。一方、糖尿病患者には、この糖質制限は容易に受け入れられている。それは、食事中の糖質が血糖を高め、糖尿病は高血糖によって起こる病気であるから、食事中の糖質を減らせば糖尿病は起こらないと納得できるからである。
食事中の糖質を減らすことによって、1日に150単位のインスリンを使っていた患者が8日間でインスリンを使わないで血糖を正常にコントロールできるようになることを数多く経験している
糖質制限は血糖値を下げる効果が著明であるため、低血糖を避けるために糖質制限を始めた最初の日にインスリンの投与量を半分に減らさなければならない。
このようにして数週間が経過すると、ほとんどの患者はインスリンを使わないで血糖値を正常にコントロールできるようになり、肥満した患者は体重が減少し、患者はもはや薬を購入する必要がないので、お金を節約できる。
このようにして費用をかけないで糖尿病を治療することは、医療費を減らすことができ、保険会社は医療費や長期におよぶ合併症に対する補償の費用を減らすことができると、容易に想像できる。
結論:
最近のACCORD試験を含めて、糖尿病に関する最近の主要な臨床試験において食事療法への関心は低いが、糖質制限が体重減量と低血糖を起こさない良好な血糖値のコントロールが達成できると言うことを忘れてはいけない。
2型糖尿病の治療における、近年の「高糖質食をベースにした薬物治療」とインスリン発見前の古い時代に行われていた「医薬品を使わない糖質制限食による治療」を比較する臨床試験を緊急に実施する必要である。
糖質制限の重要な利点の一つは、薬さえ使わなければ低血糖を引き起こすリスクが全くないことである。
肥満や糖尿病の治療における糖質制限の有効性は十分に実証されており、今までの臨床経験をもとに、その作用メカニズムの研究や、住民の健康や健康政策におけるリサーチなどを緊急に実施する必要があると我々は確信している。
 
この論文で言及しているACCORD(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)試験は複数の心血管リスクを有する2型糖尿病患者を対象に、厳格な血糖コントロールを目指した強化療法によって心血管イベントが抑制できるかどうかを検討する目的で行われました。
すなわち、ヘモグロビンA1c値が6%未満を目標とする強化療法群とヘモグロビンA1c値を7.0~7.9%を目標とする標準療法群に無作為に分けて追跡したら、平均3.5年の追跡で、強化療法群の方の死亡率が明らかに高かったので、強化療法群の治療の継続を中止したというのが、2008年2月の出来事で、これに対するコメントという内容で2008年4月にこの論文が発表されています。
ACCORD試験は、「血糖値を降下させればさせるほど循環器疾患の発症リスクは抑制できる」という仮説から、強化療法群に良好な結果を期待していたところ、中間解析で標準治療群に比べて強化療法群では1年間で1000人当たり死亡者3人の増加、死亡率20%の上昇に相当する結果だったので、患者の安全性を考慮して、強化療法群は中止になったのです。
多くの研究者はこの結果は予想外だとおもったのですが、この論文の著者のWestman博士は十分に予想できたと言っています。その根拠として、糖質を摂取して血糖を強力に下げる治療を行えば低血糖になるので、それが死亡率を高めているという考えです。
糖質を摂取しなければ、血糖は上がらないし、血糖を下げる治療が必要ないので、低血糖にもならないし、薬代も節約できると言っています。そして、インスリンを使っていた糖尿病患者に糖質制限による食事療法を行うとほとんどの患者でインスリンを使わなくても血糖を正常にコントロールできるようになるといっています。
 
【ケトン食は糖尿病の改善効果が高い】
以下の論文は前述のデューク大学医療センターのWestman博士らの研究で、2型糖尿病の治療におけるケトン食の有効性を報告しています。
 
The effect of a low-carbohydrate, ketogenic diet versus a low-glycemic index diet on glycemic control in type 2 diabetes mellitus.(2型糖尿病の血糖コントロールにおける低糖質ケトン食と低グリセミック指数食の効果)Nutr Metab (Lond). 2008 Dec 19;5:36. doi: 10.1186/1743-7075-5-36.
【要旨】
目的:食事中の糖質量が食後の血糖値のレベルを決める主な要因であり、低糖質食が血糖コントロールにおいて優れていることが複数の臨床試験で示されている。この臨床試験では、肥満と2型糖尿病をもつ患者を対象に24週間以上の期間における低糖質ケトン食の効果を検討した。
研究デザインと方法:肥満と2型糖尿病をもつ84人の地域のボランティアを無作為に低糖質ケトン食(1日の糖質摂取量は20g以下:LCKD)とカロリー制限した(現在の体重を維持するカロリーから1日500kcal減少)低グリセミック指数食(LGID)の2群に分けた。両群はグループミーティングを受け、栄養補充のサプリメントと運動の指導を受けた。主な評価指標はヘモグロビンA1cの測定による血糖値のコントロールとした。
結果:試験に参加した84人のうち49人(58.3%)が試験を最後まで完了した。両方の食事療法はヘモグロビンA1c、空腹時血糖値、空腹時インスリン値、体重減少において改善を認めた。
LCKD(低糖質ケトン食)群はLGID(低グリセミック指数食)に比べて、ヘモグロビンA1c (-1.5% vs. -0.5%, p = 0.03)、 体重 (-11.1 kg vs. -6.9 kg, p = 0.008), HDLコレステロール値 (+5.6 mg/dL vs. 0 mg/dL, p < 0.001) においてより改善効果が高かった。糖尿病治療薬の処方が減少あるいは不要になった率はLCKD群が95.2%でLGID群では62%であり、統計的に有意であった (p < 0.01)。
結論:2型糖尿病患者に食事の介入によって血糖値の良好なコントロールが達成でき、糖尿病治療の薬の量の減少や投薬が不要にすることも可能であった。カロリー制限した低グリセミック食よりも低糖質ケトン食の方が血糖の改善効果が高く、薬の減少や不要になる割合も大きかった。糖質摂取を制限する食事療法は2型糖尿病の治療として有効である。
 
つまり、1日の糖質摂取量は20g以下の低糖質ケトン食は、低グリセミック指数の食品を主体にしたカロリー制限食よりも血糖値のコントロールが良好で、ケトン食によって95%の患者で薬が不要になるか服用薬が減少したということです。
この研究での超低糖質ケトン食の内容は以下のようなものです。
1)1日の糖質摂取量は20g以下
2)カロリー制限はなし。(好きなだけ食べてよい)
3)動物性食品も制限なし:肉、鶏肉、七面鳥、その他の家禽類、魚介類、卵など
チェダーチーズやスイスチーズのようなハードチーズは1日4オンス( 約113g)
コッテイジチーズやリコッタチーズのようなフレッシュチーズは1日2オンス(約57g)
サラダ野菜(1日2カップ)、デンプンのない野菜(1日1カップ)
水分を多くとるように指導
最初の2週間は水に溶かしたブイヨン(香辛料を加えた牛肉などの煮汁)を1日2から3回摂取(副作用を軽減するため)
カロリー制限した低グリセミック指数食のグループの食事は、糖質からの摂取カロリーを通常の55%に減らし、摂取総カロリーは現在の体重を維持するのに必要なカロリーから500キロカロリーを減らしたカロリーを目標にしています。食品は低グリセミック指数のものを主体にしています。
 
この研究と同様の結果は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校などの研究グループからも報告されています。今年4月に発表された以下のような論文があります。
 
A Randomized Pilot Trial of a Moderate Carbohydrate Diet Compared to a Very Low Carbohydrate Diet in Overweight or Obese Individuals with Type 2 Diabetes Mellitus or Prediabetes.(2型糖尿病あるいは前糖尿病状態の過体重あるいは肥満の患者における中等度糖質食と超低糖質食を比較する予備試験)PLoS One. 2014; 9(4): e91027.
【要旨】
2型糖尿病か前糖尿病状態(ヘモグロビンA1cが6%以上)の過体重および肥満の成人を対象に、糖化ヘモグロビン値(HbA1c)とその他の健康関連の指標を使って、2つの食事療法の効果を比較した。
この研究の参加者を無作為に2群に分け、1群(n=18)は中程度の糖質と低脂肪とカロリー制限した米国糖尿病学会のガイドラインに従った炭水化物カウント食(MCCR)を摂取し、もう1群(n=16)はカロリー制限を行わない超低糖質・高脂肪食(LCK)で食事性のケトン症(ketosis)を誘導することを目的とした。
インスリンを使用している患者は除外し、74%は経口糖尿病薬を服用していた。それぞれのグループは3ヶ月間に13回の面談を行って、食事の情報や行動変化に伴う精神面での対処法などを指導した。
3ヶ月後のHgA1cの平均値はMCCR食(カロリー制限と中等度糖質)では変化はみられなかったが、LCK食(超低糖質ケトン食)群では0.6%の低下を認めた。
LCK食群の44%の患者は経口糖尿病薬を1種類以上中止することができたが、MCCR群で薬を減らせたのは11%であった(p=0.03)。
経口糖尿病薬のスルホニル尿素製剤を中止できたのは、LCK食群では31%で、MCCR食群では5%であった(p=0.05)。
体重減少はLCK食群で5.5kgに対してMCCR食群では2.6kgであった(p = 0.09)。
これらの結果は、超低糖質食は2型糖尿病の血糖コントロールに有効で、糖尿病治療薬を減らせる効果があることを示している。
 
この研究で使われているMCCR (moderate carbohydrate, calorie-restricted)食は、現在の体重を維持するのに必要なカロリーから500キロカロリー少なく食べるようなカロリー制限食で、総摂取カロリーの45から50%を糖質から摂取し、1日に平均165gの糖質を摂取しています。
一方、LCK (low carbohydrate, ketogenic)食は、糖質摂取量が1日20g以下の超低糖質食で高脂肪食です。カロリーは減らさず、ケトン症(血中のケトン体が増える状態)の状態を引き起こすことを目標にしており、この論文の著者の一人がLCK食のクラスで食事法を指導しています。血中のβヒドロキシ酪酸の濃度を0.5から3mMに維持するように、週2回の測定を行っています。
 
インスリンの重要な作用の一つは脂肪分解を阻害することです。この結果、血中のフリーの脂肪酸が減少し、エネルギー源が脂肪酸から糖質に移行します。逆に、ケトン症があるということは、エネルギー源がグルコースから脂肪酸とケトン体に移行していることを示します。
つまり、ケトン症が起こっていることは、脂肪分解が阻害されないレベルにインスリン分泌が抑制されていることを示す指標になっています。この状態のケトーシスはケトアシドーシスとは異なり生理的な現象であり、安全であることが証明されています。
 
2型糖尿病に対する食事療法として地中海料理低糖質食が良いという結果がメタ解析で得られています。以下のような論文があります。
 
Systematic review and meta-analysis of different dietary approaches to the management of type 2 diabetes.(2型糖尿病の管理における異なる食事療法に関する系統的レヴューとメタ解析)Am J Clin Nutr. 2013 Mar;97(3):505-16.
 
2型糖尿病において血糖値や体重や血清脂質を正常化させることが心臓血管系疾患の発症リスクを低下させることが知られています。
そこで、血糖値と血清脂質と体重減少の程度を指標にして、低糖質食(low-carbohydrate)、通常の菜食主義の食事(vegetarian)、完全菜食主義(一切の動物性食品を食べない)のヴィーガン食(vegan)、低グリセミック指数食(low-glycemic index)、高食物繊維食(high-fiber)、地中海食(Mediterranean)、高蛋白食(high-protein)の効果を検討しています。比較対照のコントロール食としては低脂肪食・高グリセミック指数食・低タンパク食などです(試験によって対照は異なる)。
ランダム化試験で6ヶ月間以上の介入が行われた20件の臨床試験(n=3073)を対象にメタ解析が行われています。
その結果、低糖質食(-0.12%, P = 0.04)、低グリセミック指数食(-0.14%, P = 0.008)、地中海食(-0.47%, P < 0.00001)、高タンパク質食(-0.28%, P < 0.00001)で血糖値の良好な改善がみられました。()内の数値は糖化ヘモグロビン値の減少の度合い(コントロール群との差)を示しています。つまり、糖化ヘモグロビンの数値を指標にした血糖コントロールにおいて、地中海食が最も有効で、ついで、高タンパク質食、低グリセミック指数食、低糖質食の順番でした。
体重減少では、地中海食が-1.84 kg (P < 0.00001)、低糖質食が-0.69 kg (P = 0.21で統計的有意差はなし)でした。
善玉コレステロールのHDLコレステロールの上昇は高タンパク食以外の食事療法で認められました。
 
この論文の結論は「低糖質食と低グリセミック指数食と地中海食と高タンパク質食はいずれも、糖尿病患者における心血管系疾患の様々なリスク要因を低下させる効果があり、このような食事の効果を糖尿病の治療全般において考慮すべきである。」となっています。
糖尿病の治療食として通常行われている食事(低カロリー食で糖質は60%)以外にも、地中海食や低糖質食も有効であるという結論です。(多くの研究は糖質60%の低カロリー食よりも糖質制限食の方が効果が高いことを示しています)
この論文では低糖質食は検討していますが、超低糖質ケトン食については言及していません。しかし、地中海料理をベースにしたケトン食(地中海式ケトン食)が体重減量や心血管リスクの低減に極めて有効でさることが報告されています。(305話参照)
305
 
【ケトン食は糖尿病合併症を改善する】
糖尿病性腎症は、糖尿病性神経障害および糖尿病性網膜症とともに糖尿病の3大合併症の一つで、糖尿病によって腎臓の糸球体が細小血管障害のため硬化して数を減じていく病気で、現在人工透析をうけている患者さんの最も多い原因が糖尿病性腎症からの腎不全です。
通常、このような病変は不可逆的に、血糖コントロールによって進行を遅延させることはできても、病理所見を逆行して正常方向に戻すことはできません。しかし、ケトン食ではこのような病変を改善できる可能性が動物実験で示されています。以下のような報告があります。
 
Reversal of Diabetic Nephropathy by a Ketogenic Diet(ケトン食による糖尿病性腎症の改善)PLoS One. 2011; 6(4): e18604.
【要旨】
強化インスリン療法(Intensive insulin therapy)とタンパク質制限は糖尿病性腎症の発症を遅らせる効果があるが、腎症を改善する治療法はまだ知られていない。ケトン体の3-β-ヒドロキシ酪酸(3-OHB)がグルコースの分子応答を抑制することが明らかになっている。そこでこの3-OHBの血中濃度を持続的に高めるケトン食が糖尿病によって引き起こされる病的過程を改善する可能性が示唆される。
この仮説を検証するために、ケトン食を長期間実施することによって糖尿病性腎症を改善できるかどうかを検討した。
マウスの1型糖尿病のモデル(Akita)と2型糖尿病のモデル(db/db)を使って、糖尿病性腎症(アルブミン尿で確認)を自然発症させたのち、半分のマウスをケトン食に変更した。
ケトン食に変更して8週後にマウスをして、腎臓組織の遺伝子発現の状況と病理学的所見について評価した。
アルブミン/クレアチニン比とストレス誘導性遺伝子の発現で確認された糖尿病性腎症は、2ヶ月間のケトン食で完全に正常化した。
糖尿病性腎症の病理組織学な改善は部分的であったが、これらの結果は、ケトン食によって糖尿病性腎症が改善する可能性を示している。
グルコース代謝の減少がケトン食による改善効果と関連しているかどうかは今後の検討が必要である。
 
強化インスリン療法やその他の薬物治療が糖尿病の合併症の発症を遅らせる効果はありますが、これらの治療法が糖尿病の合併症を改善しているという確固たる証拠はありません。
例えば、厳格な血糖コントロールが糖尿病性腎症の発症(蛋白尿で検出される)を予防することが1型糖尿病のラットの実験モデルで示されていますが、いったん蛋白尿が起こるともはやその糖尿病性腎症の程度を軽減することはできないという結果が得られています。
このように、糖尿病の合併症(腎症、網膜症、神経症など)は進行性でかつ病理所見が次第に悪化していく病気であり、治療によってその病変を遅らせることはできても、元に戻す(病理所見を軽減する)ことはできないといういうのが多くの研究者のコンセンサスです。
しかし、臨床的な観点から、糖尿病に関連する病変を正常に戻すことは、その病変の発症を遅延させることより、はるかに価値があります。
ケトン体は、遺伝子発現に作用して、酸化ストレスを軽減したり、細胞を保護するタンパク質の合成を促進する可能性が指摘されています。
糖尿病で合併症が発症している患者に、ケトン食で長期間にわたってβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度を高めることによって、糖尿病の合併症を予防したり改善する効果があるのではないかという考えです。
β-ヒドロキシ酪酸がヒストンのアセチル化を亢進して遺伝子発現に作用して、酸化ストレスに対する抵抗性を高めて寿命延長やがん抑制の効果があることは第322話で解説しています。
酸化ストレスやその他の様々なストレスによって誘導される遺伝子発現の異常をケトン食が正常化することによって、腎臓機能を回復させる可能性を指摘しています
 
【SGLT-2阻害薬や画期的な薬なのか、馬鹿げた薬なのか?】
最近、糖尿病の新薬でSGLT-2阻害薬というのが、「糖尿病治療において画期的な薬」というような表現で話題になっています。
SGLT-2はsodium glucose cotransporter-2の略で、「ナトリウム・グルコース共役輸送体-2」と呼ばれるタンパク質です。血液中のグルコースは腎臓の糸球体で一旦は血管外に排泄されますが、近位尿細管にあるSGLT-2というナトリウム依存性のグルコーストランスポーターによって再吸収されます。その結果、正常では尿中に糖はでません。
SGLT-2阻害剤はSGLT-2の作用を阻害することによって原尿(糸球体で濾過されたばかりの尿)の中のグルコースの尿細管での再吸収を阻害して、尿中にグルコースを排泄することによって血糖を低下させる薬です。
さて、糖尿病の患者さんが糖質を1日200g摂取すれば当然血糖が上昇しますが、尿から大量の糖質を「排泄」すれば、血糖を下げることができます。
この「排泄」されたグルコースは食事から摂取したのに、無駄に捨てられただけです。つまり、食事を残して捨てるのと同じで、食物を無駄にしているだけです。
グルコースを尿中に捨てるのであれば、始めから摂取しなければ良い話です
つまり、このSGLT-2阻害薬や糖尿病患者の血糖コントロールや体重減少に有効であることは、糖質摂取量を減らす糖質制限が同様の効果を有することを証明しているようなものです。
糖質を多く摂って尿中に排泄するのと、始めから食事中の糖質を減らすことは、体内で利用される糖質の量の点では同じことです。
ただし、SGLT-2阻害剤を使うことは、糖質を食べる喜びは得られますが、薬を一生飲みつづけ、お金を使うことになります糖質制限すれば、薬代は不要になります。また、SGLT-2阻害剤で尿糖を増やすということは尿路感染症のリスクを高めるなどの副作用もあります。食べた栄養素を尿に捨てるというのは食料の無駄でもあります。(トップの図を参照)
多くの医者はこの薬を「画期的」「糖尿病治療の常識を覆えす」といって絶賛していますが、私は全く馬鹿げた薬だと思います。
古代ローマの貴族が、美味しいものを多く食べるために、食べたものを吐き出しながら、何回も美味しい食事を食べていたというのと同じレベルのことです。糖質制限やケトン食のような糖質摂取を減らす食事療法だけで糖尿病が治り、薬が必要なくなることは本当です。糖尿病のがん患者さんを指導してきて確信を持っています。
なぜ、糖尿病の専門医や製薬会社がこれを認めたがらないのかは、糖尿病患者が減ると困るからであることも明白です。ただ、がんの患者さんには、インスリンを使いつづける治療を減らす努力と理解はしてほしいと思っています。
 

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