こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

人間社会は気力が萎えることが多い

2024年02月29日 | 日々思うこと、考えること
朝のうちは薄曇りだが、夜には雨になるという。
今日も肌寒い日となりそう。

つい先日、能力より気力ということを書いたが、このところ肝心の気力の萎えることばかり。
職場では検査技師が人手不足で疲弊しているが、技師の人事に医師は口を出すことができないので黙って見ているしかない。
それでも、患者さん(病理では組織検体)はひっきりなしにやってくる。
技師としては私に対しても不満があるようだが、どうしようもない。
臨床へのサービスを先延ばしにするのがせいぜいだが、これでも医療の質の低下となる。
患者さんのために頑張る気力が萎えてしまう。

税金のこともそうだ。
お金の算段で頭を痛めているところで、裏金蓄財の政治家のことを聞かされると、釈然としない。
いよいよ、岸田首相自らが政治倫理審査会に出席する。
自民党総裁ということでの出席だろうが、これはもう捨て身の作戦といえる。
あと1年半待てば、日本人があれもこれも忘れてしまうし、野党はバラバラのままで、総選挙には勝てるだろうに今の時期にケリをつけてしまおうというのはある意味潔い。
どこまで正直に話ができるかということが問題だろうが、彼自身はそれほど傷が深くないのでなんとか乗り切るに違いない。
他の5名も同様になんとかかんとか乗り切るのだろうが、今回のことを国民はどこまで覚えていることができるだろうか。
受けて立つからには愚直に対応してもらいたい。

アメリカの大統領選挙、共和党はいよいよトランプが指名を獲得する勢いのようだが、民主党の方も特定の支持候補なしという人が13%にも上ったということで、分断だがなんだかわからないが、米国も混沌としている。
パレスチナガザ地区でのイスラエルによる報復は相変わらず続いているし、ロシアによるウクライナ侵攻もいっそうおさまる気配はない。
それぞれの出来事には裏があり、そのまた裏の裏まであるだろうから、真の理由など簡単にわかるわけがない。
大なり小なり気力の萎えることのあるのが、人間社会というものなのだろうか、だとするとずいぶんと面倒くさい。
あの時ああしていれば

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裏金にしても統一教会問題にしても

2024年02月28日 | 日本のこと、世界のこと
いつもより1時間ほど早く起きたら、ドジャース大谷翔平のオープン戦初戦を観たら故障前と変わらない完璧なホームラン、今シーズンが今から楽しみ。
少しずつ気温は上がってきているようで、寒さで頭痛がするようなことはなくなった。
まだ水曜日、というかもう水曜日、うかうかしていると今週も終わってしまう。
年度末というのは、年末以上に仕事の終わりが厳しくなる。
これは役所仕事に合わせるからで、患者さんはもちろん、研究とかそういったものもそんなタイムスケジュールでは動いてくれないのに厳しいものがある。
とはいえ、どこかで区切りをつけなくてはならないというのも事実であって、痛し痒しだ。

自民党の裏金問題は、なんとかうやむやにしようとする政治家とこれを明らかにしなくてはならないと頑張っている政治家のせめぎ合いがあるようで、政治倫理審査会自体が開催されないでいる。
全てを白日のものとに曝け出す以外に挽回のチャンスがないということがわかっていないようで、愚かとしか言いようがない。
次の選挙まで隠し通したらなんとかなるだろうと、たかを括っているのだろうが、それらの選挙区の選挙民も舐められたものだが、所詮そんな程度なのだろう。

プーチン大統領は、政敵を排除した上で、次の選挙での圧勝を演出したいらしい。
実際、プーチン支持者は少なくないようだが、反プーチンはプーチン以外の人に投票することで意思を表明するべきだろう。
それは日本の選挙でも同じで、もはや自民一党独裁という時代に終止符を打たなくてはならないのではないか。
日米安保は堅持するという確証さえあれば野党だって支持していいのではないか。

野党議員が増えたら増えたで、不祥事も増えるだろうが、もはや自民党に自浄作用を期待するのはできない状況では、致し方ないように思う。
とはいえ、今の代議士の任期満了は令和7年の10月。
今はまだ令和6年の2月で、あと1年半もあったら飽きっぽい日本人のことだ、多くの人は統一教会のことも、裏金のこともすっかり忘れてしまていることだろう。
大量の不祥事が大量すぎて何が何だか分かりにくくなってきているというのはどうにかならないか。
株価の上昇も政治のおかげではなさそうだし

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必要なのは能力よりも気力

2024年02月27日 | 生き方について考える
今日も快晴だが、空気は冷たいまま。
そうはいっても、陽の光をたっぷり受けたら地面はずいぶん温まるに違いない。
今年は閏年で、2月は29日まであるがそれでも残り3日。
時間があっという間に過ぎていく。
あれほど先のことと思っていた還暦祝いの同窓会も今週末に迫ってきた。
世話人会の仲間たちの協力のおかげで準備万端、あとは当日を迎えるだけだ。

毎日、時間は猛烈なスピードで過ぎて、止まるところを知らない。
やらなくてはいけないこと、考えなくてはいけないことが大量にあり、整理が追いつかないように感じるのは、実際にそうなのかただ単に認知力が低下しているからなのか。

ただ、後者である場合、それは私に限ったことではないわけで、高齢の政治家、企業家はいくらでもいて、実際見ているだけで怪しげな人はいる。
そうしてみると、必要なのは能力よりも気力なのかもしれない。

父が亡くなった時もそうだったが、先日亡くなった叔父も最期は生きようとする気力が見えなかったといとこが言っていた。
もう十分生きた、と思って亡くなるのが穏やかな死というものかもしれない。

今の私が心の底から生きたいと思っているのかどうかよくわからないが、とりあえず、人からの頼まれごとがあるうちはそれらをうっちゃるわけにはいかないので、それらは済ませようと思う。
やる気を失わない

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公私の境目というものをどう認識したらいいのか

2024年02月26日 | 電脳化社会
久しぶりの晴天だが、北風がつよく気温はあまりあがらないらしい。
昨日は不覚をとって久しぶりに記事を落としてしまった。
朝から細々したことが続き、コストコに行ったり、元町に行ったり、さらに夜には同窓会の準備会で渋谷まで行ったりと、まとまった時間が取れず、大河ドラマの録画を見終えたら、”アストリッドとラファエル”が始まり、寝ぼけながらも最後まで視てその後寝てしまった。
このような場合、公私ともに忙しくと言っていいのだろうか?

私は固有の存在だが、私に接する人は職場や地域の人がいてその人たちの前にいる場合が公的な私となる。
SNSが発達した今は、そういった場での私も公的な私となる。
匿名であれこれ書いている場合は、公私ともに存在はないが、私の場合たまに自身の写真や氏名がわかるようにしているので、このブログでの私は8割ぐらい公的な私ということになる。

どこからどこまが公的で私的であるのかよくわらからない。
噂話なんていうもののその始まりが私的なことを自分の中で抱え込んでいられずに誰かに言ってしまうことであるのはよくある。
こういったものとSNSとの違いもよくわからなくなっている。
ブログは匿名性は高いが、XやFBだと実名で書いている人も割合多い。
それぞれの人が公私を使い分けているのだろうが、気にしていない人もいるように見える。
SNSでの立ち居振る舞いというのはまだまだ発展途上で、これがいいというのはないし、そう言ったものが定着するということは永遠に来ないような気がする。
露悪的にならない

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戦争が終わらないままに2年

2024年02月24日 | ウクライナ侵攻
真冬の寒さが続いている。
ウクライナへのロシアの侵攻から2年、かの地の寒さは日本どころではない。

あの日のエントリーで、私はプーチン大統領によるウクライナの陵辱であること、中国が何もしないことへの失望、そして民主主義国家群による経済制裁の必要性などを書いた。
これまでに、ウクライナのみならず、ロシアでも数多くの人の命が失われているが平和への進展はない。
夜、ウクライナの人が身を寄せている施設の近くを車で走っていたら、それらしき人が表に立っていた。
節目の日に何を思っているのだろうか、その立ち姿から気持ちはうかがいしれなかったが、自分がその立場にあったとしたらと考えるといたたまれない気持ちになる。
プーチンは一体いいつまで戦争を続ける気なのだろう。
早くやめてくれないか。
ウクライナ7万人・ロシア35万人

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寒い一日、頭をからっぽに

2024年02月23日 | 日々思うこと、考えること
みぞれまじりのとても寒い一日。
景気がどう、政治家がどう、というようなことを書いていたが、さて自分はどうだろうと振り返ると、それほど大したことはない。

生きるということはなかなか難しい。
毎日毎日深く考えずに書いていないか、今日はちょっと考えないで過ごそう。
休みだし

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日本のデフレのどこが悪いのか?

2024年02月22日 | 日本のこと、世界のこと
昨日からの雨はいっそう強くなって久しぶりに長傘を持って出てきた、置き忘れには注意しよう。
気温は6、7度と低いが雪になることはなさそう。

日本に来る観光客の数がコロナ禍前の水準に戻ったというニュースが流れていた。
故安倍元首相が観光立国を目指すといっていたのを聞いたときには、この国のどこにそんな価値があるのだろうと思っていたが、まさか、この国の安全、物価の安さまで売り物になるとは思っていなかった。
惜しむらくは故人がテロで亡くなったということだ。

インバウンド景気で一部の観光地では食費が高騰しているという話を聞くが、私の住む鎌倉ではそんなことはない。
ラーメンは1000円で、これにトッピングをつけて、1200から1300円といったところで美味しいラーメンが食べられる。
イタリアンにしても居酒屋にしても飲みすぎなければ一人3000〜4000円あれば楽しく過ごせる。
ニューヨークやハワイでハンバーガーが高いといっても、この間由比ヶ浜の近くのハンバーガー屋で食べたハンバーガーのセットは米国の半額以下で十分美味しかった。

デフレは悪いし、給料が20年だか30年ほとんどあがらないでいるのは悪いことなのだろう。
確かに保険点数がぐっと上がったという話は聞かないから、医者の給料もほとんど上がっていない。
それでも、高齢者がどんどん増えていて医療費全体は上がっているわけで、医者の給料を上げている場合ではないということになる。

先日、ダイソーの創始者の方が亡くなったという訃報があった。
百均の商品というのはどれもよくできていて、数年にわたって使えるようなものではなくても、大事に使ったら1年は保つ。
たったの100円で1年保つというのはすごいことで、かちは100倍以上ありそうだ。
一昨年買った毛玉取りは今年も活躍している。
百均がデフレの代名詞、といっても100円で売れるものを500円1000円で売ったら、それはぼったくりだ。
適正価格で物を売るのがデフレと言ったらそれは違うのではないか。

給与水準を上げるのがインフレの目標というのはわかるが、今の日本のデフレというのは悪いデフレなのか、ふと考えてしまう。
給料はもちろん上げてほしいがその分税金や住宅ローンの利上げで取られてしまうようでなんだか釈然としない。

ところで、日本の国会議員の歳費というのは、シンガポール、ナイジェリアについで世界3位、各種手当を入れると世界最高というのは一体どういうことなのだろう、さらには脱税まがいのことを平気で行っている彼らに普通の給与所得者の生活感覚がわかるとは思えない。
ちなみに、米国の下院議員は昇給に反対していて、2010年以来給与水準は変わっていないそうだ。
別に給料を上げたい政治家ばかりではないらしい。

経済の素人が偉そうなことをいっても仕方ないが、なんだか、国民はそこそこ真面目にやっているのに、失政が今の日本を生み出したように思う。
それはやはり市民感覚のない2世議員を生み出してきたせいもあるように思う。
使うべきところには使う

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自分に負の感情を起こさせる人とは距離を取る

2024年02月21日 | 人間関係
真冬並みというにはちょっと高めだが、昨日の気温よりもずっと低いのはわかる。
空は厚い雲に覆われていて、車窓には時折小さな雨粒がつく。

人付き合いのことを調べたり、考えたりしている。
自分に負の感情を起こさせる人とは距離を取る、という言葉がある。

自分に負の感情を起こさせる人、とはどんな人のことだろうと、そんな人を思い浮かべてみると、自分の周りにもそんな人が何人かいた。
その人のことを考えると心がざわついて嫌な気分になる。
その人のことは考えないようにして、別のことを考えるし、なるべく接触を避けることとなる。

新聞やテレビにもそんな人がいる。
不正や横暴をしている政治家、犯罪者などはその最たるものだ。
来る日も来る日もそんな人たちのニュースを見聞きしていたら国民全体の元気がなくなる。
だから大谷翔平と吉高由里子(あくまでもファンというだけ)の話だけでよくなる。
すなわち、誰もが興味の範囲内でしか情報を得ることはなくなり、視野はとても近視眼的になってしまう。
そうなると、自分に負の感情を起こさせる人であっても、付き合わなくてはならず、ある意味清濁合わせ飲むという姿勢が必要だ。

こんなこと考えるの人間だけだろうと思うが、まったく面倒な生き物だ。
犬や猿や鳥もそれぞれの関係に悩んで生きているようだったら多様性があって面白かっただろうし、人間だけがそれほど悩むということもなかったように思う。
広い宇宙には、犬、猿、鳥の姿をした生物がいるだろうが、彼らはそれぞれの関係に悩むことはあるのだろうか?
鬼の社会はどうだろう?

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夜中についスマホに手が伸びてしまうのは人間との親和性の高さのため

2024年02月20日 | 電脳化社会
昨夜は、風と窓をたたく雨粒のせいで、夜中時々目が覚めた。
結局、一晩中大嵐だったみたいだが、日が上がってからは風はピタリとおさまった。
気温は18度と、季節感という言葉そのものが失われてしまったようで、もう地軸が動いてしまったのではないかとも思える。
だが、夜には10度を切るほどまでに下がり、このまま真冬、というか本来のこの時期の気温に戻るらしい。
どんな格好をしたらいいのかよくわからず、長袖シャツの上にダウンジャケットを着て出てきた。

昨晩は仕事で頭が疲れてしまったのか、そんなことはなかったが、いったん目が覚めてもすぐ寝たらいいのについ枕元にあるスマホに手が伸びて、しょうもない時間を過ごしてしまうことがある。
私に限らず多くの人がそんな経験をしていると思うが、それはスマホと人間の親和性の高さのせいだと思う。
人間は自分に身の危険が無いかを常に注意しながら生活している。
そうはいっても結構ぐっすり寝てしまうから、大したことないといえば大したことはないのだが、少なくとも覚醒している時はこまめに情報を集めながら生きている。

情報源の最たるものが、新聞、ニュースだったが、いまやそれはスマホに取って代わられた。
そして、多くの人がスマホにすがって生きるようになってしまった。
私も、わざわざスマホの画面を開く必要などないのに、時計を見て、天気を見て、ついでにグーグルの提供するニュースを眺め、そのうちのいくつかを開いてしまうし、だれかのブログを開いて読むこともある。
そうしてあっという間に2、30分すぎて、あわてて寝ようとするがそう簡単にはいかないで、結局1時間ほど睡眠時間を無駄にしてしまうことも少なくない。

スマホを枕元から離しておけばいいのだが、災害時にはぐれてしまうのが心配で、それはそれで簡単なことではない。
そんな不安心理を突いてくるという点でもスマホとの人間の親和性は高いといえる。
死ぬまで縁を切ることができないとなると、付き合い方を考えるか、それともすでにそこにあるものとして自然に受け入れるか、それが問題だ。
無ければ無いで困る

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怒りっぽい人のままで歳をとりたくない

2024年02月19日 | 日々思うこと、考えること
昼間歩きすぎたせいか、昨晩はエントリーを書きながら寝落ちしてしまった。
今朝になってそのことに気がついて、ちょっとまとめて昨日の入力した時間のままアップした。
買い物をしたり食事をしたりしたのも含めて、3時間余り、8キロ近く歩いた。
おかげで、睡眠時間は8時間。
こんなに眠ったのは何年ぶりだろうか。
普段5時間ちょっとしか寝ていないので、これほど眠ったら体が驚いてしまうのではないか。
とはいえ、夜中に2、3分ずつは目が覚めているので、若かった頃の睡眠と質は異なる。

昨夜、妻と喧嘩をした。
門扉の電球の交換をしようとカバーを取ったら、腐食したのか電球が付け根でとえてしまい、妻に手元を照らしてもらおうと手伝いを頼んだら、懐中電灯がすぐに見つからず私がイラついて文句を言ってしまった。
根本的な原因をどこに求めるかは別として、そういったときに声を荒げてしまったことは私に非があり、反省している。
おそらく、職場など別の局面でも似たような行動をとっている可能性がある。

このブログでは私のこういう行動を何度か反省してきたし、ブロ友さんにアンガーマネージメントの重要性を指摘していただてもきた。
その都度色々考えているが、頻度はずいぶん減ったもののなかなか改善しない。
原因の一つは私の”普遍正義”的な思考パターンだと思う。
何でもかんでも、”かくあるべし”というのがあり、それからいったん外れてしまうと我慢がならず、すぐにキレてしまう。
ダイバーシティもへったくれもあったもんじゃない。
とくに相手が自分よりも弱い立場であるとか、自分が絶対的に正しい(相手のミスが明らかである)ときなどはその傾向が強い。

狭量な人間だ。

とはいえ、なんでもはいはい言っていたらいいというわけでもないし、誤りは正す必要はあるし、嫌なことは嫌だとはっきり言わなくてはならない。
それよりも、とにかくキレてはいけない。

アンガーマネジメントで重要なのは、あくまでも怒らないこと。
むかつくこと、おこりたくなることがあってもそこで怒ってはいけないのだ。
何かあるとすぐに能面のようになってしまう人とか馬耳東風といったような人とかいるが、あれはあれでうまい感情コントロール方法なのだろう。
わかっちゃいるけど

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久しぶりに祇園山ハイキングコース

2024年02月18日 | 鎌倉暮らし
2019年の台風で大きな被害を受けて閉鎖となっていた祇園山ハイキングコース。
去年の4月に再異開通していたものの行っていなかったが、材木座の方に用があり、せっかくなのでハイキングコース経由で行くことにした。
東勝寺橋の奥から入る。
少し上がっただけなのにすぐに息が上がる。

このハイキングコースには、子供や犬たちとよくきていた。
妙本寺のところで降りるとゆう選択もあったが、せっかくなので全部歩くことにした。
椿の花が随分たくさん落ちていた。

子供たちが幼稚園に上がる前からだから、25年も前、35歳ごろから比べると体力の衰えはどうしようもない。
犬たちとも、15年以上前からだから随分になる。
途中、たくさんの木が切られていて、風景が随分変わっていたが、見晴台からの景色は健在だった。
山を降り、先日のブラタモリで出てきた元八幡を回って海岸まで行った。
季節外れの暖かさ、というのかこれが普通になっていくのかわからないが、もしそうなったとしたらそら恐ろしい。
みんな楽しそうだった

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尊敬される大人としての政治家はどこにいる?

2024年02月17日 | 日々思うこと、考えること
政治家自身によるお手盛りの制度のおかげであったとしても、ルールに従った手順で得たお金ならばそれに対して文句を言うことはできない。
月100万の文書通信交通滞在費の使途がなぜ自由なままなのかはわからないがルール化されていることだから、一般民間人がとやかく言うことはできない。
だが、今回の自民党の裏金問題はインチキだし、年余にわたって行われてきたことで根が深い。

立派な大人、尊敬される大人というのがいない時代になってきている。
それは、インターネットの発達、Chat GPTなどのAIの登場によって年長者の知恵、というものが不要とされる傾向が関係しているのかもしれない。
若い世代は、根拠のあやふやな年長者・先輩の説教を聞く必要はないし、たとえそれがその時もっともらしいことであったとしても、後で調べたら(それは瞬時に調べることができる)不正確なことだったりしたら、次は無い。

大人の代表というのが政治家なのだが、それがインチキをしているのにいけしゃあしゃあと政治家の座にとどまっている。
そしてそれを選ぶ選挙民がいる。
裏金の主な使い道というのが、        
会合費研修会の施設経費懇親費用・小口現金・事務費・車両購入費・書籍代・人件費・通信費・手土産代備品・消耗品費弁当代・リース代・旅費・交通費・翌年以降の派閥パーティー券購入費用        
というものらしいが、このうち、備品・消耗品費など大した金では無いし、もしかしたら高級家具か。
あとは、赤字にしたものなどは、飲み食い、高級車両、接待費であり、そういうのにたかる選挙民がいて、票を取りまとめているのだろう。
小口現金の小口とは何か。

こんなことを大人たちを見ていたら、若者たちが社会秩序を維持しようとすることが馬鹿馬鹿しく感じられるのもやむを得ない。
自民党裏金政治家たちはこのまま逃げ切るのだろうし、次の選挙では必ず当選するだろう。
もう、どうしようもない。

尊敬される大人としての政治家はもうどこにもいない。
そして、そういう大人を知らずに大人になった大人もまた尊敬されることはない。
こんなこと、いまに始まったことではないがそれにしても悲しくなる。
いやになる

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GDPが4位でも幸せな国であったらそれでいい

2024年02月16日 | 日本のこと、世界のこと
昨日、春一番がふいて、4月並みの気温になったところもあったとかで、庭の花たちも元気を取り戻してポツポツ咲き出したものもある。
一転、今日は北風が吹いて気温はあまり上がらないものの、明日からは春の陽気になるという。
まだ、2月中ばというのに、季節の進みは1ヶ月前倒しとなっている。
世界中の富を集めている米国に次いで2位だったのが、躍進著しい人口が10倍の中国に追い越され、ついには先の世界大戦で敗れたドイツにも抜かされた。
ドイツも物価高で大変らしいし、評価には円安の影響もあるらしいので一概にどうこういえないみたいなので、しばらくは様子を見なくてはなるまい。
順位が4位でも何位でも、幸せであれば、それで良い。
水と緑が豊かな美しい国であること、住民のマナーが良いこと、そして何より治安が良いことを考えたら、十分幸せなはずで、これ以上何を求めるというのか、とも言いたくなるが、やはり少子化の問題は深刻で、今以上に幸せな将来像を描くことは難しい。

こんな国になってしまったのは何が原因だったのだろう。
社会は人が動かしているので、国民一人一人に責任はある。
とはいえ、全ての人に責任があるとは思えず、そうするとやはり政治の責任は大きい。
金に汚い自民党に長期間政治を委ねてきてしまったのが悪いのか、お山の大将ばかりの野党をなんとかさせなかったのが悪いのか、投票をあまりしなくなってしまった有権者が悪いのか、おそらくその全部だろうが、それでも自民党の責任が大きいのは間違いない。

一方で、株高は止まるところを知らず、数ヶ月のうちに100万儲けたといって自慢してくる友人もいて、羨ましい限りだ。
アベノミクスのせいなのか、単に米国株の上昇に釣られているのか、中国マネーの流入なのかわからないが、一般投資家の中には”幸せな人”が多くいるようだ。
そうすると、GDPが4位でも幸せな国と感じている人はいて、順位なんてどうでも良いということになる。

人それぞれさまざまであって、幸せになりたいのであればよその人よその国を羨ましがったりせず、自分のいる位置というものをよく自覚し、目の前のそれぞれのことを丁寧に片付けていくしか無いだろう。
プラマイゼロなら万々歳

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タイパもコスパも重要、だけど大切なのは人との繋がり

2024年02月15日 | 電脳化社会
久しぶりに美しい朝焼け。
前線が南下してくるようで、夜には雨が降るらしい。
花粉が飛び始めていて、頭痛、咽頭痛そして鼻水。
薬を飲み始めているものの、なかなかおさまってくれない。

昨日もらったチョコレートは、妻からのも入れ、全部で6個。
ぶうぶう言いながらも貰うと笑顔を作って嬉しそうにしなくてはいけない。
もらって嬉しい人もいるが、そうでもない人もいる。
でも、そんなことを言ったらばちが当たるので、すべて均等にありがたくいただく。

最近、タイパだとかコスパという言葉をよく聞く。
日本人による訳のわからない短縮英単語には辟易するが、なんとなく意味がわかってしまうのが悔しい。
マルチタスクが要求される仕事をしていると、いっぺんに2、3個の事項を考えなくてはいけない。
顕微鏡の横にあるPCを気にしたくはないが、30分に1度はメールをチェックする。
半日も放っておいたら、大量のメールに対してまとまった時間を取らなくてはならないので、こまめに返事をした方が時間的効率、すなわちタイパが良い。

コスパが良いという言葉は、リーズナブルとかお安くとか使う人によっていろいろな意味があり、一概にどうとは決めることはできないが、最近では、良質なものを適切な価格で手にいれることを指しているように思う。
すなわち、安ければいい、というわけではない。

タイパにしてもコスパにしてもZ世代が注目している言葉だというが、そんなこと今に始まったことではなく、それを求めるということは、ずっと昔から行われてきていた。
違うといえばこれらのことをより”合理的な”方法によって求めるようになったことではないだろうか。
ITの発達は止まるところを知らず、今後もタイパ・コスパは向上していくだろう。
一方で、それを使うのはあくまでも人間であって、人間関係が面倒だからと避けないで、その介在を前提として社会を回していかなくてはならない。
今日も電車は遅延して

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バレンタインデーによせて考える人間の生物学的成長と精神的成長

2024年02月14日 | 愛と女性とジェンダーと
バレンタインデー。
駅に着いたら、お目当ての男子が出てくるのを待ち伏せているのか、改札口の前で2、3人の女子が固まって立っていて、通行の妨げとなっていた。
朝は少々寒いものの、昼間は4月並みの気温になるというので、カバンに入れっぱなしにしていたら、手作りチョコが溶けてしまうのではないかと余計な心配をしてしまう。

本人たちは幸せいっぱいで、まさかそんなことになるかもしれないなどとは思わないだろう。
このぐらいの年でのそれは、幸せな思いと共にあるが、それが本当の意味でドロドロになっていく転換点はどのあたりなのだろうか。

中学生でも、ヘタをするといじめにつながるだろうし、高校生ぐらいになるとその他にも色々心配事が出てくる。
18歳以降になると、モテるモテない、というか他人との関係性をどの程度築くことができるかという問題も生じてきて、単にチョコレートをあげるあげないということではなくなる。
職場では義理チョコというのがあるが、あげる方も面倒だろうが、もらう方も面倒になる。

いい加減、菓子屋に踊らされるのもよしたらいいのにと思うが、これで経済の一部が回っているとなるとこの風習を無碍に否定するわけにはいかない。
とはいえ、義理チョコの意義は確実に薄れてきているので、お礼のことで頭を悩まされることがなくなる日も近いような気がする。

妻はミーハーというわけではないが、こういう機会が好きで、今朝も一箱プレゼントしてくれた。
さっそく一粒食べたら、ずいぶんと複雑な味だったが、とても美味しかった。
プロの作るチョコレートは確実に美味しくなっている。
こんな芸術品のようなものを作ってしまう日本のパティシエというのはすごいと改めて思う。

結局のところ、こんなに美味しく進化したチョコレートであれば何歳にになっても食べたいので、結局のところ、ことチョコレートに関して精神年齢は中学生あたりから一つも進歩できないということになるのか。
甘みの恐ろしさ

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