こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

古い友人を連れて夜桜見物

2024年04月03日 | わたしのこと
午前中の曇り空は、昼過ぎには雨になるそうだ。
天気予報通りに進んでくれたら、帰宅時にはおととい職場に置いていった傘が役にたつ。
昨日、大学時代の友人が、所用があって大船に泊まるのだが会えないか、と連絡してきたので、わが家に招待した。
出席番号が近くて顔はよく知っていたが、彼は相撲部で私はバスケ部で接点といえば、麻雀。
麻雀というのは不思議なもので、出前で頼む食事は同じだし、たまに徹夜するので意外と思い出は多い。
大学卒業後は全く会うことはなかったが、このブログを始めてからしばらく経ったところで、コメントを入れてくれる様になって、ブログを続けるのに挫けそうになった時には何度か励ましてくれた。
今は、あまり読んでくれていない様だが、フェイスブック経由で連絡を取っている。

家では、妻も一緒に、夕食をしながらどうでもいい話をしていたらあっという間に夜も更け、段葛の夜桜を見ながら駅まで送った。
職場や学会関係での”やむを得ない付き合い”から離れての会話というのは気楽で、日頃のストレスの解消となる。

今朝も段葛を歩いたら、昨日よりも多くの花が咲いていた。
人もずいぶん出てきていて、つくづくみんな桜が好きだと思う。
東京の目黒川の桜の取材で、ある外国人が、「二週間前にきたら全く咲いておらず、再来日した」という話をしていたと、妻から聞いた。
桜の美しさに魅了されるのは万国共通。

世界中に桜を植えたら、もっと平和になるはずだ。
山桜も美しくなってきた
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数日間休みます

2024年02月07日 | わたしのこと
朝のうちは雲が多かったものの、電車に乗っているうちに空は晴れた。
やっぱり陽の光はありがたい。

公私いろいろあって、ブログ書きの時間が充分取れそうにないので、少しの間休むことにしました。

今回はスランプではないので、ご心配なく。
週明けには再開できると思います。
しばしお別れ

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私はどう進化していったらいいだろう

2023年12月08日 | わたしのこと
今日で60歳。
朝、出がけに妻と息子が祝ってくれた。
先週末に食事会を開いてくれたので、今日は普通の朝を迎えるものと思っていたのでびっくりした。

これが還暦というものかと思うとそれなりに感慨がある。
ずいぶん長く生きてきたものだ。
まずは私を産み育ててくれた両親と、妻とそしてこれまで私に関わってくれたすべての人に感謝しよう。
もちろん、このブログを読んで応援してくださっている読者の方々にもお礼を申し上げる。

高血圧の薬を飲んでいて、あとは腰痛と、奥歯の治療中であることを除けば今のところ健康に問題はない。
よその国からのミサイルが落ちてきたり、交通事故か通り魔にでも出くわしたりしなければ、まだしばらくは生きながらえることができるだろう。

齢を重ねるというのは、死に近づくというわけではない。
80歳で死ぬということが決まっていればそうなるが、寿命というものは人それぞれのものだから、また1年生き延びた、といった方が適切だ。
かといって、そんなにたくさん残っているわけでもなく、もう一周生きるということはない。

その延びた命を生かすも殺すも私次第。
子供二人は自立してくれたので、放っておいていい。
妻とは互いに誠実に裏切らずに暮らしていったらそれで十分だ。
あとは、社会的な自分の役割で、それこそがいわゆる”晩節”となる。
幸か不幸か晩節を汚すことになるような枢要な地位にはいないが、かといってまだ何もしていないわけではない。
今日も仕事だし、それは明日からもしばらくの間続く。
そんな私の命は私だけのものか。
存在意義がどうとかいうことではないが、人様に使ってもらえる部分はないだろうか。

処理能力の衰えを経験でカバーして仕事をしている。
その経験をどう次世代に残すかの一つは、拙著の第二版の出版でできたと思う。
あとはどうしたら病理医の働きやすい環境を構築していくことができるのかということだ。
そんなことを考えながら生きることが私の次の人生の命題なのだろうと思っている。

頑張ろうと思っても若い人と同じような頑張りはできないので、違った意味での頑張り方を模索するのも良い。
ゆったりした生き方で

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12/8. 76.3Kg

このあと人生何周できるか

2023年12月03日 | わたしのこと
来週、還暦を迎えるということで、今日は家族がお祝いをしてくれた。
取り立ててそんなことしなくてもいいと思っていたのだが、一生のうち2度とあることでは無いのでありがたく祝ってもらうことにした。

人生の節目というものいろいろある。
年齢的な区切り、結婚などイベントの区切り、仕事の区切り等々いろいろだ。
年齢による区切りは七五三、成人式ときて次は還暦となる。
年に"つ"の付く子供は弱いから、成人式は一応大人になる区切り、ということで、それを過ぎるとあとは還暦まで特段のことはない。

今度は逆にいよいよ身体が弱っていくので、古希、喜寿、傘寿、米寿と区切りがまた増える。
実際にはこの間に、就職、結婚などのイベントが入り、それに付随した区切りが入る。

12年で人生一周とするならば、これまでで五周。
この先、あと何周することができるだろう。

今日のお祝いは、都心のホテルで、先日85歳の誕生日を迎えた母のお祝いと一緒にした。
久しぶりに家族みんなで集まり、たくさん食べてたくさん喋った。

無事これ名馬で

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わずか10日でも貴重な時間だった

2023年09月27日 | わたしのこと
少し蒸し暑い。
頭にはまだ薄いモヤがかかっていて、時差ボケが解消されないでいる。
それでも、帰ってきたら待っていた膨大な量のメールと仕事をこなさなくてはいけない。
娘の結婚式にかこつけての夏季休暇に費やした日数は10日。
この10日間はとても貴重だったと振り返りながら思う。
貴重という場合、”何が、どう”貴重だったのか。

この夏、私はこの休みのために相当根を詰めて働いた。
9月に入ると心配してくださるコメントをいただくほどに精神的にも肉体的にもへとへとだった。
まるで1500メートル走のラスト200メートルのような気持ちだった。
この10日分の時間、それがあれば仕事は多少捗っただろうが、心はダメになっていたかもしれない。

帰ってきても周りはなにも変わっていなかった。
合わない人は相変わらずそこにいたし、誰かがややこしい問題を片付けてくれているわけではなかった。
でも逆にいえば、私が生きて帰って嫌な思いをする人はいるし、問題は早く片付けてほしいだろう。

休む前に思った、プラスマイナスゼロということがきわめて明確になった。
プラスマイナスゼロというと、苦あれば楽あり的な考えをしてきたが、そうではなく、価値のあることないことは表裏一体であるとも考えられる。
休んだことで得たことはなにか、休んだことで失ったことはなにか。
それぞれを書き出してみてもいいが、またそれらには細かいプラスマイナスが付随していて、一概にどうとはいえわない。

ムキになってそれらを整理しようなどとはせず、心の中で穏やかに清算していけば、最終的には良い意味でのプラトーに達して落ち着くだろう。
あれこれ言わないで

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休みをとって心の手当

2023年09月14日 | わたしのこと
湿度がまた高くなった。
夜明け前の少しの間涼しかったが、日が高くなり、瞬く間に暑くなった。

先日、人間の嫌なところを喉元に突きつけられるようなことがあり、今とても辛い。
こういうのはこれまでの人生でほとんど無かったことで、正直参っている。
これまでどれほど周囲の人に自分が愛され、守られ、大事にされてきたかを思い知った。

ともあれ、相手ものっぴきならないところにまで陥ってしまったのだろうから、そう追い込んでしまった私にも非があるに違いない。

幸いやっと夏期休暇。
少し休んで心の手当ができる。

休みが明けたからといって、一度壊れてしまったものが元に戻るわけはないし、この先の仕事のスケジュールもパンパンで、消えてくれるわけではない。
それでも、多少のんびりしたらリフレッシュできるだろうし、私自身に変化が起こるかもしれない。
それとも、この歳になったら変わることなどできないか。

休みの日はブログのための時間がなかなか取れないのだが、これまでもなんとかやりくりしてきた。
でも、今回はブログもちょっとお休みすることにする。
シリーズもの書き溜めておいたこともあったが、今回はそんな時間もないし、あたかもそこにいるかのようなことを書くのも読んでくださっている方への裏切りにも思える。

アクセス数とかランキングが下がるだろうけど、そもそも私はブロガーというわけではなく、このブログで小遣いを稼いでいるわけでもないので、そんなことどうでもいい。
それにしてはランキング用バナーを消せば良いじゃないかということになるが、そうするとコロとナイトの痕跡がなくなってしまうので、寂しいのでしばらくそのまま。

そんなわけで、完全に休みというわけにはいかずメールは時々見るだろうが、業務はずいぶん減るだろう。

もはや身も心もへとへとで、リフレッシュしたい。
しばし、さようなら。
今日は休み中の手当て

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この不眠もやっぱりコロナのせい

2023年09月07日 | わたしのこと
北上中の台風13号が、太平洋高気圧のせいで西寄りに進路を変えて、週末の学会がどうなるかちょっと心配だ。
電車が止まるほどにならなければいいのだが。

もう夜は窓を開けて寝ているが、未明に目が覚めてしまい、またもやあれこれ考えだしてもう2度と眠れなくなってしまった。
こんなに暗くてもリスがあちこちを走り回る音や、秋の虫はともかく、どういうことかセミがないていたりと賑やかで、やがて東の空が明るくなってきたら、早起きのガビチョウがけたたましい声で鳴き出した。

そんな様々な自然の音を聞いていても一向にあれこれの考えは消えることなく、余計に増幅される。
いっそのことそのまま起きてしまえばよかったのかもしれないが、長丁場の仕事のことを考えると少しでも体を休めておきたい。

結局ほとんど眠れないまま、いつも通りに目覚ましに起こされた。
以前はちょくちょく飲んで、お互いの愚痴を言い合っていた病理医の仲間とも、コロナ禍のせいでほとんど会う機会がなくなってしまった。

飲む機会が減るのは、経済的にも悪いことではないのだが、そこから得ていたものも案外多かったのではないかと思う。
一度途切れた付き合いは

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出張はつまらない

2023年08月31日 | わたしのこと
昨夜は駅の近くの飯屋で、一人酒。
店の中には、サラリーマンの3人組、中年の男性2人、ほかに初老の夫婦とあとは一人飯の人が男女5人ほど。
3人組のうち、どうやら一人が単身赴任で、東京からやってきた同僚か後輩相手二人を相手にメートルを上げていて、会計はもとよりお土産まで持たせていた。ああいうのも軽費で落とせるのだろうか。
それにしてもずいぶん嬉しそうに見えたのは久しぶりに人と話しながらの夕飯だったからだろうか。

私より少し後から入ってきた中年男性のうちの1人が生活習慣病のようで、もう1人に向かってあれこれ健康談義をしているのだが、なにせ、酒をガブガブ飲みながらなので、説得力がない。
こういう人が不摂生の挙句医療費を使っていくのだから、世の中一体なんだかなと思う。

テーブルを一つ置いた隣に座っていた男性は、松重豊風に孤独のグルメをやっていた。
ホテルに戻るとロビーにはジャニーズタレントの写真の前に徳川家康のハリボテがあり、これだけ撮ろうと思ったが、周りに誰もいなことを幸いスタンドにセットして自撮りした。
こうして振り返ってみると、酔っ払いというのはつくづく間抜けだとわかる。
出張は仕事で行くのだから1人が当たり前だが、ずいぶんつまらない。
孤独が嫌いなわけではないが、嫌いなことが好きになってもいいものだろうか。
せいぜい妻と仲良くしているのがいいだろう。
もう9月

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自分の思いを表すのは難しい

2023年08月10日 | わたしのこと
お盆休みが始まるということで、通勤電車は通勤客、学生の代わりに、観光客で混んでいる。
運行ダイヤはいつも通りで、駅で並ぶひとも顔見知りが多く、そのうち、何人が休みでいないのかなどはわからないから、変化は感じられない。

このところ、ブログを書いていて”これ”というテーマが浮かばない。
時事問題、スポーツのことを取り上げて書くというのもなんとなくつまらない。
時事問題として、日本政治の体たらくぶりをあげつらったところで、虚しくなるばかりだし、このところ起こっている犯罪はどう見ても以前と様相を異にしていて、触れるとこちらの頭までおかしくなりそうだ。
それに、プーチン大統領も、トランプ前大統領も、習主席も最近マスコミに出なくなっている、みんな夏休みというわけでもあるまいに。
スポーツといえば、ここのところ応援していた大谷翔平だが、ポストシーズンへの進出が絶望的となった現状では、興味も急速に萎む。
他のスポーツにしても、それほど詳しくないので入れ込むことはない。
夏の暑さで庭仕事もままならない。

講演や依頼原稿が増えているが、これをブログに書いてもしょうがない。
私が、糖尿病や循環器を専門とする内科医でもだったらそんなことを書いたら読者が少しは増えるのだろうが、病理医ではそんなこともできないし、私の専門領域は狭い。

こうして、ブログのテーマを考えてみると人間というものが、社会との関わりの中でしか生きることができないのだと感じる。
テーマがあってもそれを上手く書くのは難しい。
(蛭子さんの心象風景)
嬉しいこと、悲しいこと、困ったこと、生きていたらそんなこといくらでもあるのに、それらを文字としてただ垂れ流すのは簡単だが、適切に表出するのはどうしたらいいのだろう。

このところ、そんなことがしばしば頭をよぎるのはなぜか。
認知能力が衰えてきたからなのか、やっと文章力の無さを自覚するようになったからか、それともただ単にブログに書ける情熱が薄まってしまったのか。
周りに気を使いすぎか

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眩しい夏の太陽にサングラス

2023年08月01日 | わたしのこと
8月初日は恵みの雨。
夜中の雷雨は相当なものだったとかで、雷嫌いの妻は寝不足だとぼやいていた。
仕事でヘトヘトだった私はそんなことつゆ知らず、羨ましいほど熟睡していたそうだ。
とはいえ、睡眠時間は6時間足らずで、それほど眠ったわけでは無い。

先日、何年かぶりにサングラスを買った。
いつのまにか昼間の太陽光が眩しく感じられるようになっていた。
とくに夏の日差しは目に刺さる。

これは羞明というもので、そろそろ白内障を発症したのか、それとも顕微鏡とPCのせいでドライアイが進行したのかわからないが、サングラスが必要なまでに眼も歳をとったようだ。

サングラスを使う人は自分の表情を知られたくないからだ、などという人がいるが、あれは違うとこの歳になって思う。

夏になったり、観光地に行ったりした時にサングラスを買っていたが、安物だったせいか、どれもすぐに飽きて使わなくなった。
同じことの繰り返しで、これまで買った全部を合わせたら結構な額になるだろう。
今度は少しいいものを買ったが、これはもう医療費に近い感覚だ。

明日には猛暑が戻ってくるそうで、このお湿りも今日1日限り。
また、サングラスのお世話になる。
車の運転はメガネ

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体は正直、無理せずゆっくりした生活を

2023年06月06日 | わたしのこと
最近、電車の中で再びマスクをつけるようになった。
というのも、乗ってしばらくすると空調の風で喉が痛くなり、やがて咳が出てしまうためで、やれやれといったところだ。
そんなわけで、マスクフリーにしたいのだが、結局つけている。
喉の痛みもさることながら、このところ、血圧もやや高めで不気味だ。
寝つきは悪くないのだが、いったん夜中に目が覚めるとその後なかなか眠れないのも困る。

どうやら最近体が黄色信号を出しているような気がするが、こういう時はどうしたらいいだろう。

仕事を休むわけにはいかないので、ほかのところでリラックスしよう。
新しい仕事はそろそろ断ってもいいかもしれない、もうリミットに達している。
ブログ書きもちょっと負担になるので、どの程度書くかはコントロールした方が良さそうだ。
書くならいいものを

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エスカレーターで危機一髪

2023年05月17日 | わたしのこと
梅雨が近づくこの頃、近所の二階堂川には蛍が舞い始める。
昨晩は、鎌倉に帰ってから娘婿を連れて蛍狩に出かけた。
とてもたくさんの蛍を見ることができて彼も満足していたようで、いい思い出ができた。
喜んだ彼は地方に出張している娘に写真を送っていた。
蛍はイタリアで何かのイベントの時に見たことがあるが、あれは点滅していなかったから、ここの蛍とは違うんだろう、といっていたので、それは本物の昆虫か?と尋ねたら、キョトンとした顔をしていた。
もう少し英語力があったら考えを伝えることもできたのだが、面倒になって途中でやめてしまった。

昨日、あわや大事故、ということがあったので、今日はその話。
出勤時、2時間足らずの遠距離通勤の終点近く、勤務先最寄りの駅で電車を降りた。
病院まではこの後、まだバスに乗らなくてはならず、その発車時刻まであと3分というところ。
微妙なタイミングだったのでエスカレーターの階段を歩いて上がることにした。

ちなみに東京では急いでいる人は右側を上る。

私は普段から左肩にショルダーバッグ、右手にお弁当を入れた手提げのバッグを持っているので、手すりを掴むことができないので、そこそこ気をつけて上がる。

ちょうど、同じドアから降りた、高校生か大学生の女の子が左の列にいたが、私と並んだ途端、彼女もエスカレーターの階段を上がり出した。

 おいおい、そっちでは立ち止まっていろよ

と、まるでカンダタのように思い、彼女より少し早めに上がろうとしたら、その暗い気持ちにバチが当たったのか、その途端、靴のつま先がステップに引っかかった。
かがんだ私の目の前に迫る銀色に輝くステップを見て、

 ここに手をついたら一巻の終わり

と咄嗟に思い、もう一方の足で踏ん張り、そのあと、2、3歩たたらを踏んでなんとか体勢を立て直すことができた
一応、紳士らしく彼女に謝ろうと振り返ったら、5、6段下から怯えた顔で私のことを見上げていた。

 ごめんね

とかなんとか言って前を向いたら、もう水平になっていて慌てて降りた。
すっ転びそうになりながらなにカッコつけてんだよ、と自分にツッコミをいれながらそそくさと改札に向かった。
大怪我にはならなかったものの、その時踏ん張った膝や手が一晩経ってもまだ少し痛いし、このところ調子の良かった腰痛も再発。

人生一寸先は闇。
こんなことで生を確かめることになろうとは・・・まったく現実はトホホである。

きのうのこのこと、私のインシデント事例として、原因を考えなくてはならない。

1.私がルール違反をした
エスカレーターは危険なので手すり(移動手すりというそうだ、バンドと書いてあるところもある)につかまって立ち止まっていなくてはいけないのに私はそれを上った。

まあ、これに尽きる。
しいて他に挙げるとすると、

2.つま先が少し長い靴だった
いつもローファーを履いていたのだが、妻が

 学生じゃないんだから、いい加減普通の革靴を履いたら?

というものだから二月ほど前に買ったのだが、どうもつま先の長さの感覚が掴めないでいて、よく躓く。
なら余計に注意したらいいのに通勤時の切迫感はこのことをつい忘れさせるのだ。

3.エスカレーターの階段は普通の階段と違う
この話を妻にしたら、

 あのねえ、エスカレーターの階段は普通の階段と違うのよ。
 止まっているエスカレーターの階段を上る時のことを考えたらわかるでしょう。
 今後はもう2度とエスカレーターの階段を上ったりしないでね。

と、釘を刺された。

4.電車を降りたら先を急がない
途中のターミナル駅でもそうなのだが、乗り換えの時、つい急いでしまう。
考えてみると多くの人は、階段を使うか、並んでエスカレーターを使っている。
それなのに私は、ほぼ毎朝、階段に近いドアまで移動し、階段を一段飛ばしで上がっている。

いつも同じ電車に乗り合わせる人から見たら、

 あの、手提げバッグのおっさん、今日も駆け上がっているよ

ぐらいに思っているかもしれない。
ホームを走るようなことはしないが、階段を急いで上るのも誉められたものではないが、なにせJRが遅れるのが悪い、
といったらもう八つ当たりか。

5.もう一本早い電車で出勤する
これは現実的な解決策だが、学生を避けて出勤時間を少し遅らせているので、そうすると乗り継いだ先が混むので、また悩む。

あれこれ考えても、やっぱり通勤は嫌だ。
とはいえ、この時間がなければブログを書く時間もなくなるわけで、それも困る。

エスカレーターに乗りながら、

 エスカレーターは止まって乗ろう

の標語をみて、これがそもそものルールなのだからと反省する。
ブログじゃ偉そうなことを書いている割にこんなでは全く情けないと感じた次第。

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残りの人生、あと7000日あまり、長いようで短いようで

2023年04月23日 | わたしのこと
80歳をちょっと過ぎたあたりで亡くなる人が最近多い。
いや、日本人男性の平均寿命が84歳だから、80歳過ぎで亡くなるのは当たり前で、こんな言い方をするのはナンセンスで、それよりはかつての有名人がそのぐらいの歳になって亡くなっているということで、いよいよ自分もそういう歳に差し掛かってきているのだと感じる。

60歳前に亡くなるとまだまだ若いのに、70歳前だとまだ若かったのに、70歳を過ぎるともうちょっと長生きしてくれたらよかったのに、と言われるが、80歳を過ぎると、まあねとあまり論評されなくなる。
自分のことを考えると、寿命が最後の4分の1、すなわち第4コーナーをいよいよ回るところだと思うと、ゴールラインが見えてくる。

人並みに生きて、あと20年。
花見もあと20回程度かと思うと、ずいぶん短い。
あと、7000日あまり、どう生きるかね。
自分なりに有意義に

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それなりに山あり谷ありの私のこれまで

2023年04月05日 | わたしのこと
私が医者になった頃は初期研修制度がなく、医大を卒業後、私は某大学の病理学教室に直ちに入局し、病理診断学を学びつつ、研究もした。
日本育英会の奨学金をもらって大学院に入っていたのだが、大学院の年限(4年)が終わると同時に、外の専門病院の病理医として出された。
まだ、病理専門医の資格も学位も取っていない状態で放り出された。
送りだされたのが専門病院だったから専門医試験に出るような一般的な疾患を経験することできず、感覚を維持するのには苦労した。
学位の方も研究結果は一応そろっていたものの、論文書きを相談できる先輩とは離れてしまい、ずいぶんヒヤヒヤした。
まあ、周りの人のおかげでどちらも無事取ることができた。
結局、この時以来この専門をいまだにしているが、一時期一般的な病理医に戻ったことがある。
その、戻る時にすがったのが当時当代一の外科病理医という先生だった。
当代一なのだが、大学教授は性に合わないと、やめてすでに在野にあって、ひとり病理医(院内でたった一人の代わりがいない病理医)をしていた。

専門病院で閑職に回され、これ以上ここにいても埒が開かない、一般病理医として再出発しようと決心し、その先生のところに押しかけたのだった。
新人時代にお世話になったこともあり、嫌われてもいなかったからだろう雇ってもらえることになった。
丁稚奉公とは言わないが、ヒラでもいいと思っていたが、医長で雇ってくれた。

そんな調子で一般病理医として再生してもらったわけだが、何せ20年近く一般病理からは遠ざかっていたので、最初のうちはあれこれ思い出すのに苦労した。
先生からは、

 「君も、昔取った杵柄でがんばれよ」

と励まされつつ日々勤めたが、厳しい指導でわれながら情けなくなることも少なくなかった。
ある時など、こんなことを言われたことがあった。

 「どうも君の書く診断の下書きを読んでいると、こっちの調子までおかしくなるんだよ」

何のことかあまりよくわからないでいたが、その意味が最近わかるようになった。
無能な人、というかダメな人間というのは思い込みだけで問題を突破しようとする。
私もそんな人間だったかと、懐かしさと、恥ずかしさと共に当時を時々思い出す。
そんな先生だったが、つい先日も花屋の前で偶然あったりなど、ご縁は続いているようで嬉しい(お花見シーズン最後の日曜日は鎌倉名店ごあんない 2023年4月2日)。

この2度目の修行時代(2016年4月〜2017年3月)のことはこのブログにあるが、かれこれ7年前とは、本当に時間が経つのは早い。
当時のエントリーを読み返すと、最初のうちは調子が良かったが、年末になって大スランプになっている。
何があったのだろう、時間を見つけて読み返してみよう。

今は、そんなことがあったなんて嘘のようにほぼ毎日書いていられるというのは幸せなことだ。
疲れてたのかな?でもそれは今も

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今年は日々丁寧に過ごし密度の濃い一年に

2023年01月03日 | わたしのこと
三が日はいずれも晴天。
穏やかなスタートを迎えることができたが、さて、どんな一年になるだろう。

一年・・・ぼんやり過ごしたらあっという間だが、一つ一つのことに丁寧に対処していったら、密度の濃い長い一年にできる。

今年の抱負。
まずは唯一の著書の改訂第2版を出すこと。
去年の暮れから少しずつ根回しを始めたが、色々な人に助けてもらうことになりそう。

次は、当然のことながら診断技術をより向上させること。
独りよがりの診断をしないよう、謙虚に日々の業務に励んでいきたい。

職場の長としては、職員全員が明るく楽しく仕事に取り組むことのできるよう、環境を整えたい。

私の個人的な問題としては、相変わらず気が短いのをなんとかしたい。
マナーの悪い人を見るとつい睨んだり、舌打ちをしてしまう。
車の運転もあれこれ気をつけよう。
アンガーマネジメントは私の人生の課題だが、今年も取り組んでいかなくてはならない。

人間一人では生きていけないということに思いをいたし、日々感謝を忘れず、丁寧に過ごしたい。
密度の濃い、良い一年にしたい。
すっかりリフレッシュできた

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