物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

Portemonnaieの語感

2021-06-30 17:40:45 | 本と雑誌
これはフランス人がもっている、このPortemonnaieに対する語感ではなくて、私の持っている語感ですが。

monnaieは硬貨等の小銭の感じがしていて、お札入れというよりは小銭いれのような感じがしています。

しかし、これは私の間違った語感だろうと思います。

辞書を今見たら、貨幣とかの意味が最初に来ている。三番目くらいに小銭という意味もある。英語のmoneyに対応した語といっていいだろうか。

ちなみにporterは「持ち運べる」とか「携帯する」というような意味である。

「R氏退職記念文集」がほぼできあがった

2021-06-30 14:53:17 | 本と雑誌
「R氏退職記念文集」がほぼできあがった。

編集者のUさんのご尽力で「R氏退職記念文集」が思っていたよりもかなり早くほぼできあがった。

さて、いつ発行することになるだろうか。

今日は6月30日なので、明日から7月になる。それで実質的に6月で編集があがったことになる。

6月は「数学・物理通信」を11巻3号、4号を発行し、かつ「R氏退職記念文集」の実質的な編集が終わったので、なかなか我ながらよく働いたものだと思う。

オリンピックをどうしても開くのなら

2021-06-29 12:34:07 | 本と雑誌
オリンピックをどうしても開くのなら、直前まで緊急宣言を続けておくべきだったのではないか。

宮内庁長官の発言が話題になっていると聞くと、だれでも科学的な観点からはオリンピックの開催はコロナ感染増を招くと思っているだろう。

そして、国民のコロナ疲れもある。しかし、オリンピックを開くことを強行するのなら、その直前まで緊急宣言を延長すべきであったろう。

テレビや新聞のニュースを見る限り、宣言解除後に東京では徐々に感染拡大が起こっていると思える。それにまたオリンピックなら、ますますコロナ感染は拡大するであろう。

ワクチンは65歳以上の高年齢の人々には7月末までの接種はほぼ終わるだろうが、65歳以下はまだまだワクチン接種は行き届かない。

財布はPortemonnaieかGeldbeutelか

2021-06-29 11:18:28 | 本と雑誌
先週の木曜日の夜のオンラインのドイツ語のクラスでいくつかの形容詞を使って文章をつくれと言われた。宿題として言われていたのだが、だいたいクラスのメンバーはだれも宿題をまじめにやったりしない。

それで即席でつくるわけであるが、leerという形容詞があったので、

Mein Geldbeutel ist immer leer.  (私の財布はいつも空っぽだ)

といったら、先生のR氏からGeldbeutelは今の若い人が使っているが、普通はそういう語を使わないとの注意があった。そしてフランス語から来たPortemonnaieが使われていたという。

お前はフランス語もできるから、これをホワイトボードにその綴りを書けと言われた。それでPortmonnaieと書いたのだが、eが落ちていたらしくPortemonnaieと直された。

ちなみに、der Geldbeutelであり、das Portemonnaieである。

(2021.7.1付記) B"orseという語も財布という意味ではあるが、辞書によれば古語だとあった。むしろ今では株式の意味に使われているかもしれない。

もう一つ財布という意味のドイツ語があると思うのだが、思い出せない。なんでも「札入れ」というような感じの語だったと思うのだが。

(2021.8.18付記)札入れはGeldscheineだったかなと思いだした。いま辞書を引いてみたら、Geldscheineはder Geldscheinの複数でこれは紙幣を意味するので、財布ではなかった。ちなみに硬貨はdie M”unzeという。

いま上に付記を書いた後で、die Brieftascheという語を思い出した。これが普通は「札入れ」であろう。直訳すれば、手紙袋だが。これがHandtascheなら女性のもつハンドバッグである。

昔のメモ

2021-06-28 10:41:44 | 本と雑誌
昔のメモとはいっても今年の5月21日のドイツ語のメモである。

 Mein Engel, mein alles, mein ich.
   -erheitre dich -bleibe mein Treuer einziger Schatz, 
   mein alles, wie ich dir.

これはどういう文脈だったか覚えていない。自由に訳をつけてみてください。

発音をつたなくカナでつけておくと

 マイン エンゲル、マイン アッレス、マイン イッヒ
 ーエアハイテレ ディッヒ、ーブライべ マイン
 トロイア アインツィガー シャッツ
 マイン アッレス、ヴィ イッヒ ディア

(注)ドイツ語ができる人は発音のカナは無視してください。



 

Gl”uck und Glas

2021-06-26 11:29:34 | 本と雑誌
Gl”uck und Glasと来るとつぎのようなドイツのことわざを思い出す。

       Gl”uck und Glas, wie leicht bricht das !
  幸せとガラスはんと壊れやすいことか

これは数日前にヘルマン・ヘッセのGl"uckとは愛だという名言を書いたので思い出した。


ある独和辞典に載っている果物

2021-06-26 10:34:55 | 本と雑誌
昨日はドイツ語におけるObstとFruchtとの違いの問題についてわかっていることを書いた。

しかし、ある独和辞典に載っている果物をここに載せるが、そこにはあまり私たちの感覚と違いがないような気がするのだが。

主な果物
-e Ananas パイナップル -r Apfel リンゴ -e Apfelsine, -e Orange オレンジ
-e Aprikose アンズ -e Banane  バナナ -e Birne ナシ -e Erdbeere イチゴ
-e Pampelmuse グレープフルーツ -e Kirsche サクランボ 
-e Melone メロン、ウリ -r Pfirsich モモ 
-e Pflaume, -e Zwetsche  プラム
-e Wassermelone スイカ -e Zitrone レモン

これらの果物の文法上の性別はモモのPfirsichが男性であるほかはすべて女性名詞であることを今知った。これらは単数をあげてあるので、複数では語尾が つくことを注意しておく。普通には複数で呼ばれることが多いかもしれない。

イタリア語かスペイン語だろうが、MandarineとかMandarinoもあるかもしれない。

この中にはぶどう-e Traube, (pl) -n が載っていない。ドイツ人には食べるぶどうはあまり関心がないのかもしれない。 ワインをつくる原料としてのブドウには関心があるけれども。

Traubeと一字違いに-e Taubeがある。これはハトのことで、この語は大学生のころに読本のドイツ語で覚えて数少ないドイツ語の一つである。

ObstとFruchtとはどう違う

2021-06-25 11:22:18 | 本と雑誌
昨夜は1週間に1回のzoomによるドイツ語のクラスであった。

ここで、今まで聞いたことがない話になった。これはドイツ語で果物を意味するObstはリンゴ("Apfel)、ナシ(Birnen)、桃(Pfirisiche)の3つであり、他の果物はObstとは言わない、S”udfr"uchte(南の果物)だという。こういう話はどこでも聞いたことがなかった。40年以上のドイツ人のR氏とのつきあいだが、こういうことを聞いたのははじめてだった。

もちろん、ぶどう(Trauben)とかイチゴ(die Erdbeeren)とかはドイツに昔からあるのだが、それらは普通にはObstとしては思われていないらしい。

KさんからObstとFruchtの違いを聞かれたR氏は明確には答えられなかった。

Trauben(ぶどう)はもちろん果物として食べるブドウ(Esstrauben)もあるが、それよりもワインをつくるブドウ(Weintrauben)というのが主である。

独独辞典にObstとFruchtの違いが明確に述べられているかと調べたが、あまり明確ではない。

Obstの説明はこうである。die mst s"ussen und saftigen Fr"uchte (von B"aumen und Str"auchern), die man (roh) essen kann, wie z.B. "Apfel, Bananen oder Pfirische. 

(たいてい甘くてジューシーな果実(木とか灌木からとれる)、生のまま食べることができる 。例えばリンゴ、バナナ、桃のような。)

ではFruchtの方の説明はどうか。das mst an B"aumen und Str"auchern w"achst, gegessen werden kann und mst s"uss schmeckt: "Apfel Bananen, Erdbeeren und Orangen sind Fr"uchte.

(たいてい木や灌木で育ち、食べられて、甘い味がする:例えばリンゴ、
バナナ、イチゴやオレンジはFr"ucteである) 

どうも区別がよくわからないが、独和辞典にこんな表現が出ていた。

Danke f"ur Obst und S"udfr"uchte. (まっぴらごめんだね)

(注)柿は最近ではder Khaki カキとして、果物店で売られている。あるドイツ人は柿はスペインから来たとか言っていたが、たぶん日本からスペイン経由でドイツにも入ったのではないかと思われる。


H"urdenlaufかHindernislaufか

2021-06-24 09:57:42 | 本と雑誌
障害競走という語に対する、ドイツ語を調べてH"urdenlaufに行きついたのだが、今朝、妻に障害走をスマホで検索してもらったら、Hindernislaufというのもあることがわかった。

というかスマホにはHindernislaufしかでて来ない。あわてて独和辞典を引いたら、どちらもあるらしい。

我ながら情けなかったのは障害と見たとき、Schadenという語しか思い浮かばなかったことである。ドイツ語の語彙に対して、日本語訳が思い浮かび、その逆も逆あるが、どうも障害の意味の広がりをつかまえきれてない。




ようやく、手がかりがつかめそうだ

2021-06-23 16:11:29 | 本と雑誌
ようやく、手がかりがつかめそうだ。

いや、小著『四元数の発見』(海鳴社)第6章第3節の直交補空間のところが、前からいかにも唐突でなんとかならないかなと思っていたのだが、どう書き換えたらいいかわからなかった。

それが先日読み返していたら、どう書きなおすべきかが少しだけ見えて来た。

すでに閲読者だったKさんが指摘してくれていた。その部分をうまく書き換えることができなかったので、そのまま補注として書いていたのだった。

要するに四元数をベクトル空間として見て、それからその四元数のベクトル空間としての直交性の定義がそこでされてないことが、この部分の書き方がどうも唐突であることの原因であったらしい。

この原因は、ポントリャーギン『数の概念の拡張』(森北出版)を読んで、四元数が計量(ユークリッド)ベクトル空間として解釈できるとの説明があったのだが、そこが長い間理解できず、空白としてなっていた。

本を書いた最終段階では結局はそこをなんとかわかったのだが、そのわかる時期がとても遅くて本全体がほぼできあがっていたころだった。その影響がここに現れている。




「数学・物理通信」を2号発行した後は

2021-06-23 14:03:02 | 本と雑誌
「数学・物理通信」を2号発行した後はいつも空洞のようになる。

大したこともしていないのだが、発行するまでに、かなり気持ちの緊張があるのだと思う。今日はそれである。

先ほどはNHKのラジオドイツ語のテクストにあるクロスワードパズルを解いた。もっとも辞書片手にである。もっとも辞書はあまりうまくは使えないようになっている。

ドイツのケルンで有名なビールがケルシュK"olschとか呼ばれることを常識として知っていないと簡単には解けない。

大抵1か所か2か所難しいところがある 。今回は露 -r Tauであった。この語はまったく知らなかった。Morgentau朝露というところに出て来た。

岩崎英二郎他編の『ドイツ語基本単語5000語』(白水社)にもちゃんとこのTauは出ていた。

Zweifelとは疑いで、

2021-06-23 10:46:54 | 本と雑誌
Zweifelとは疑いで、verzweifelnは絶望するを意味する。

まず、Zweifelだが、「疑い」にも二つのものの間で戸惑うというような意味があるのだろうか。

verという前綴りはアクセントがここの部分にはないので非分離の前綴りだが、verにはわるいことが結果として残るというイメージがあるのだとどこかで聞いた覚えがある。

versclhafen寝過ごすだとか、versp"aten遅刻するだとか、vers"aumen逃すだとか。それからverzweifelnに戻れば、疑いがいつまでも残って最後に絶望するということになるのだろうか。

amibiguitetyとかambivalentとかあいまいなとか二律背反のとかいうのも同じではなかろうかなどと素人の考えである。



Kleine Kinder kleine Sorgen, grosse Kinder grosse Sorgen

2021-06-22 15:44:31 | 本と雑誌
ドイツのことわざはいう。

 Kleine Kinder kleine Sorgen, grosse Kinder grosse Sorgen
 
 (クライネ キンダー、クライネ ゾルゲン、グロウセ キンダー グロウセ
  ゾルゲン)

と。

 子どもが小さいときはその心配はそれほど大きくはないが、子どもが大きくなってくるとその心配も大きくなってくる。

これはどこの国でもそうであろうから、実はドイツ語圏に限ったことではない。

先刻、ようやく

2021-06-22 15:38:17 | 本と雑誌
先刻、ようやく「数学・物理通信」11巻4号を発行した。

今月中に発行ができればいいとは考えていたが、今日発行となった。
これで肩の荷が下りた。あまり気にしないことにはしているが、やはり気にしていないと言いながら、気にしていることは確かなのだから。

今号はちょっと3次方程式と4次方程式の解法に焦点をあてた。あまり私の得意ではないところにのめり込んでしまった。

これは行きがかり上しかたがなかった。まあ、こういうこともあるだろう。

Sch"one Sp"urche

2021-06-22 12:38:15 | 本と雑誌
昨夜のNHKの「旅するためのドイツ語」から、

 Gl”uck ist Liebe, nichts anderes.
    Wer lieben kann, ist gl"ucklich.      (Herman Hesse)

 (グリュック イスト リーベ、ニヒツ アンデレス
  ヴェア リーベン カン、イスト グリュックリッヒ) 

   幸せとは愛である、その他の何ものでもない。
  愛することのできる人は、幸せである。 (ヘルマン ヘッセ)

なかなかいい言葉ですね。
 Gl"uckは幸せという名詞ですが、gl"ucklichは幸せなという形容詞です。  

(注)カタカナの発音はドイツ語を知らない方のためにつけている。
 ドイツ語に堪能な方は無視してください。