物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

Selected Papers II by C.N. Yang

2013-05-31 10:53:47 | 学問

最近Selected Papers II by C. N. Yang (World Scientific, 2013)を購入して、Yangの論文のコメントを中心にして読んでいる。

この中にMy Experience as Student and Researcherというエッセイがあり、その中で彼の研究生活で得た、教訓をところどころ箇条書き風に述べている。全部で12または13個あるのだが、それを数日かけてここに紹介してみたい。

(1) On the one hand our intuitions are extremely important. But on the other hand one must constantly absorb new concepts to revise one's intuitions.

(2) Discussions with classmates offer opportunities for deep understanding.

(3) It is very common for a graduate student to feel discouraged in looking for a good problem for his/her thesis work.

こういう教訓を書く前にはそれぞれの話がでているのだが、それはここでは再現できない。

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先人の知恵を学ばず

2013-05-31 10:32:42 | 日記・エッセイ・コラム

大上段に振りかぶった話を書こうと思っているわけではない。

なかなか私たち凡人は先人の知恵を学べないものだという感を深くしている。

そう思う具体的な見聞があるのだが、あまり具体的に書くとその人を非難するような感じを持たれてもいけないので、抽象的な話になる。

頭の鋭い人なら何でもないことについて、私などがこのブログで書いていたりするのも世の中の人には私と同様に平凡で、なんでもないことの理解に苦労している人がいるであろうと思うからである。

大学の固体物理学でたとえば逆格子などという概念が出てくるとブログ「逆格子は難しいか」などのアクセス数が増える。また、「電磁気の多重極展開」のブログなどもある時期になるとアクセスが増す。

それはある時期が決まっていて、その時期をすぎるとアクセスがほとんどなくなる。

ここはブログであるから、それらの説明などはできないが、何を見れば詳しい説明があるかというようなことをできるだけ述べているつもりである。

これらは研究者向けではなく、一般の初学者向けのガイドの助けになればと思ってのことであり、したり顔をしてはなもちならんやつだと思われる方もおありだろうが、ご寛容をお願いしたい。

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東海の科学史10号

2013-05-30 13:13:38 | 学問

論争相手のAさんから「東海の科学史」10号を送ってもらった。

Aさんの私の論文の批判が載っており、2回にわたって私が書いたことにAさんが反論されている。

Aさんの論文は昨晩一通り目を通したが、すぐわかるところでもちょっといくつかの点で食い違いがある。また私が十分にわからないところもある。それらは少しづつ解明をしていきたい。

私とメールのやりとりがある、Nさんの「戦前の武谷三男 - 中間子論を中心に -」も載っている。

Nさんの論文は彼の原稿が出来上がったときにNさんから送ってもらったので、すでに意見を述べている。

Kさんの「科学の常識を疑う」というエッセイに狼に育てられた少女という話はまことしやかに語られているが、虚偽だという。

また、ブラウン運動は水の分子運動によって、花粉が運動するのではなく、花粉からしみ出した微粒子が動くということが本当だと書いてあった。

こういうことを科学者だからといって、誰でも知っているわけではない。

上の2点についてはきちんとした論文がでているのだというが、残念ながらその文献が示されていない。

その分野の専門家にとっては周知のことで当然であるかもしれないが、やはりきちんと文献を上げておいてほしかった。すべてのことを一人の人間が知ることはできないのだから。

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入梅

2013-05-29 13:36:35 | 日記・エッセイ・コラム

梅雨に入ってどうも湿度が高くなった。気温はそれほど上がってはいないが、湿度が今までとは違っている。

今年はどうも入梅が10日前後早くなった。それでも窓を開けていると、騒音はしかたがないが、風が吹く抜けてなんとかエアコンなしで過ごせる。

最高温度は毎日20度を越えるようになってきて、ときには真夏日の25度を越えるようになった。それでも湿度が高くなければ、なんとか過ごせるが湿度が高くなるとエアコンなしでは生活ができなくなる。

数学・物理通信3巻3号をそろそろ発行しようとして、最後の読み直しをしていたら、私の書いた箇所にちょっと疑問ができてきた。それでそこをどう処理しようかと昨日から考えているが、いいアディアがない。

些細なことかもしれないが、自分としてはなんだかすっきりとしない。

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現状を調べる

2013-05-29 13:18:25 | 日記・エッセイ・コラム

なんでも(現場に行って)よく実情を調べる。これがものごとの出発の基本であろう。

これは別にテレビの探偵もので、ベテランの刑事がよく語る、「現場百遍」などと同じことだが、今朝新聞を読んでいて、それを痛感した。

これはアフリカのスーパーにはアメリカやヨーロッパの企業の製品は並んでいるが、日本の製品はほとんど並んではいないと、あるアメリカの企業コンサルティングの人が言っていると書かれていた。

現状を知る。そこからなんでも始まる。その後、そのコンサルタントは「アフリカの現状をよく知る人をスカウトするとか、地元の人に権限を与えて任せること等が大切と」その記事にあった。

これは武谷三段階論でいえば、まず「現象論をきちんとはっきりとせよ」ということにあたる。その次の段階をどうするかははっきりとはしないとしても。

また、森永ヒ素ミルク事件では被害の現状を保健婦さんが足を運んで調べた。これにあたる。その結果が公衆衛生学会での丸山報告となった。それで専門家レベルでも森永ヒ素ミルク事件が問題として再度クローズアップされた。

それ以前の段階では一度専門家たちにも見放された森永ヒ素ミルク事件が再度問題とすることができたのはこの現状を知るという、試みが地道にされて、この現状の事実は誰もひっくり返すことができなかったからであろう。

科学の問題は客観的に決着がつく。そうでなければ、それは科学的な問題ではない。

信条以前に科学の問題を論じよう。信条はその後でと白熱バークレイ講義で物理学者のムラ―教授が言われるのはそのことを指していると思われる。

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森永ヒ素ミルク事件

2013-05-28 10:53:24 | 社会・経済

5月25日(土)に森永ヒ素ミルク事件の被害者の援護をして来られた方の話を伺った。

1955年8月に乳児に原因不明の病気が広がっていたことが明らかになった。これが森永ヒ素ミルク事件が公になる発端であった。そして翌年の1956年6月にこの病気が乳児に飲ませる粉ミルクにヒ素が混入してことが発表された。

このことは不幸な事件であり、死亡者130名、被害者12、131名ともいわれるが、潜在的な被害者も含めるともう少し多い幼児が被害を被っていると思われる。

もちろん、それに抗議する運動は直ちに起こったが、その運動のやり方が悪かったために、まもなくその運動はつぶされてしまった。

それからほぼ10年ほど経った1968年に大阪の養護教諭を中心にして保健師らが調査活動にのりだした。その結果は1969年にその調査結果が公衆衛生学会で報告された。

それから新しい守る会の運動が展開された。以前の抗議運動の反省教訓から「賠償の金はとらない。親の犠牲には目をつむる。被害者の子どもに恒久的な保障を」をモットに運動を展開した。

1973年に国、会社、被害者の子どもを守る会の三者が三者確認書を取り交わすことができた。この結果会社は被害者の子どもを守るための費用を継続的に支出することになった。

これは事件自身は不幸であったが、かなりいい解決法であり、こういう事件の解決の手本ともいえるものであった。

それで、いまでも森永のイメージはまだ十分に回復しているとは言えないまでもその事件の事後処置としてはいいものであり、他の同様な事件の解決策として見倣うところがある。

それにもかかわらず、残念ながら水俣病のようにその被災の基準を巡ってトラブルが絶えない。

なぜ人はこのようないい例を見倣えないのだろうか。もちろん、森永乳業が大きな会社であったというようなこともあるだろうが、こういう解決の知恵を学びたいと話を聞いて思った。

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5月の味

2013-05-27 14:08:21 | 日記・エッセイ・コラム

そそろ5月も終わりに近いが、私には5月の味はえんどう豆の味であり、そらまめの味である。

これは私が5月生まれであることからも来ているであろうが、戦後の食糧不足がちな時期に子ども時代を過ごしたこともあると思う。

獲れ立てのえんどう豆を炊きこんだ豆ごはんは私の好物の一つである。小さいときに母がつくってくれた、サバでだしをとったカレーライスと共になかなか忘れがたい味である。

いまではもう、サバでだしを取ったカレーライスなどあるはずもないが、戦後の食糧不足で腹を空かせていた子どもの一人であった、私にはご馳走はこのカレーと豆ごはんであった。

昔は肉を食べる習慣がほとんどなくて、牛肉をたべることができるのは年に数度のすきやきをするときくらいであった。

2歳から、5歳くらいまで朝鮮の鎮海というところで子ども時代を過ごした。そこは日本と同様に桜の花が春に咲き乱れる、桜の名所である。

戦後、すぐにはここでは桜は日本人の遺物ということで切られたらしいが、実は日本人がここに入植する以前から桜が鎮海にあったということが文書でわかり、また桜が植え直されて、ここは韓国一のサクラの名所となった。

サクラの季節にはここをそれこそ100万のオーダーの人が訪れる。この小さな町はこのときばかりは人で込み合う。

しかし、ひっそりとしている街しか私は知らないので、なかなかこの街をサクラの季節に訪れるという気にはならない。

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惜櫟荘ものがたり

2013-05-27 13:41:23 | テレビ番組

昨晩、BS朝日で「惜櫟荘ものがたり」という放送があった。

これはこのブログでも取り上げた『「惜櫟荘だより」から』と関係がある。この放送ではとても魅力的なことが放送されたらしいが、私は残念なことに昼間の疲れで眠ってしまい、見たのは最初の部分と最後の部分くらいであった。

佐伯泰秀さんが自分のことを「惜櫟荘」の番人と謙遜して言われていたのが印象的であった。

そして、佐伯さんは岩波茂雄がこの別荘をつくったのは岩波文庫の収益をもとにしていたが、自分も文庫書下ろしの時代小説でこの荘を購入し、改装して番人になれたことに少なからぬ、縁を感じていると言われていたが、奇妙に納得した。

荘からは熱海の海がよく展望できるし、この放送が長年の企画の末のことであろうと思われた。

なんでも長期間の構想とか企画の末に実現するのであろう。人間の長期間の持続性をここで思わざるを得ない。

(付記) このマイナーなブログの日曜のアクセスが日曜としては結構な数にのぼった。18件ほどのアクセスがあったことが分かっている。これは新聞の佐伯さんのエッセイが単行書化されたときのアクセス数20と匹敵するものである。

マスコミの威力であろう。

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びあびあ祭り

2013-05-27 13:20:26 | 日記・エッセイ・コラム

昨日、妻に連れられて御荘のびあびあ祭りに行った。これは妻の知人の勧めによっている。

この「びあびあ」というと、ドイツ語のBier(ビアと発音する)と音が似ているので、一種のビール祭りかと思った。

地元の人の説明ではこれは地元の言葉で、獲れたマグロの新鮮なものを意味するらしい。

またびあびあ祭りにはたくさんの人が訪れており、テントがたくさん張ってあり、その下でマグロの刺身や豪快なマグロのたたきやにぎりすしとかを食べている人が多かった。

私たちもマグロを買って、食べようとテントの中の空いている席を探したが、なかなか席がなかった。

しかし、そのうちに食べ終わって席を立つ人があり、なんとか席を確保できた。たまたまこれは別の妻の知人と出会ったりして、数時間を楽しく過ごすことができた。その後、この地に住んでいる妻の知人にその近所を案内をしてもらった。

帰りの松山への高速道路はあまり混んでいなくて、思ったより早く松山近郊まで帰り、そこで妻の知人の畑のレタス菜を妻が摘んだのを、ビニール袋に入れたり、それを車のところまで運ぶ作業をした。

このレタスは普通に市場に出荷できるほどなのだが、品質Aであることを生産者が保ちたいために生産者個人が品質Bと思うものを、知人である私たちにそのレタスの摘果を開放しているからである。

その場でレタス菜の葉をかじって見たが、みずみずしくておいしい。もっとも私にはレタスを生で食べる習慣がない。

その後、帰宅したら、ちょうど夕方の6時であった。今朝起きたら、昨日の畑の収穫に腰をかがめたので、腰が痛くて困った。

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レム睡眠

2013-05-25 12:57:35 | 健康・病気

レム睡眠というのがあるのは知っていたが、このレムがrapid-eye-movementの頭文字remを取ったものとは知らなかった。

これも夢から脳の働きを調べて、人の脳の働きから人がものを言えなくてもその人が考えていることを判断するといった話のときに解説の岡部徹さんが話をしてくれたのであった。

rapid-eye-movementとは睡眠に2種類あり、そのうちの一つである、レム睡眠のときに眼がすばやく動いていることから、その名が出ているという。

レム睡眠のときには脳は休んでいないのだという。そしてこのときに夢を見ているのだという。眠ることは健康のためだけではなく、記憶とかのためにも大事なことだとこれも最近聞いた。

私みたいに眠ることが好きな者には眠るということが健康のためだけではなく、記憶のためにもいいのだと聞くとうれしくなってくる。

つまらないどうでもいいことを私はよく覚えているものだが、それはとどのつまり眠ることが好きだということだろうか。

レムというと、放射線の影響についてのR"ontgen equivalent manのremもあったが、これは最近はSI単位系の使用が一般になって来て新聞やテレビでも使われなくなった。

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クラスが難しくなった

2013-05-24 12:41:16 | 外国語

ドイツ語のクラスで先生のR氏が使う語彙が最近難しくなってきた。

少なくとも私はそう感じている。というのは以前は大抵R氏の話すことは大体分かっていたつもりだったが、最近R氏のいうことが精確につかめなくなった。これは単に私の問題だけなのであろうか。

確かに私たちのクラスは中級のクラスであって、初級のクラスではないが、それでもそれほど上級のクラスではない。だが、R氏が意識的にクラスのメンバーの実力を高めるために少し程度を高めているのだと推察される。

昨晩も彼が大学で受け持つ本来の講義担当以外に5つも余分の講義をしているとの話があった。これは彼の個人的な負担でなされていることであり、そのことで彼の給料が上がったり、彼の業績が評価されるわけでもない。

いや、評価はされても昇進やその他のことにはつながらない。そういう意味である。

もっとも私はちょっと了見が狭すぎるのかもしれない。教育の本当の価値はその教育を受けた学生が数年あるいは数十年経って評価することであり、現在の大学当局の評価ではない。

それはわかっているのだが、ちょっとそれでもR氏の長年の友人でもあるので、彼が壊れてしまわないかと心配である。

R氏が数十年前に松山にやってきた時にはその当時片言でもドイツ語を話す人はいまと比べてとても限られており、Srechstundeという面会時間に彼の部屋まで行って彼と話したりする人はドイツ語を専攻する一部の先生と私ぐらいではなかったろうか。

その当時も今も私のドイツ語は片言の域を抜けていないが、やはり片言でも自分の母語ではない言語で話ができるということは本当はすごいことであろう。

もっとも最近は日本語を流暢に話す外国人がテレビなどにたくさん出てくるので、私などがいつまで経っても片言しかドイツ語を話さないことは努力にかけていると言われても一言もない。

ただ、それは日本という社会にどっぷりとつかって外国人が日本語を話せるようになるのと、そういう環境にはなくて、日本人がいずれかの外国語を話せるようになることは自ずから違うと思う。

もっとも外国語の達人と言われるような人は別に外国に出かけなくても多くの外国語を習得するらしいから、横着な者のものの言い方であり、心ある人から見れば、まゆをひそめるようなことであろう。

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active faultとgeyser

2013-05-24 12:01:38 | 外国語

今日は英語の言葉である。活断層のことを英語ではactive faultと言うと始めて知った。

faultというとテニスの用語でサーブが入らないときにフォールトという。サービスは2球できるが、2球ともフォールトなら、ダブル・フォールトという。

「ニュースで英会話」のテレビの放送を昨晩見ていてfaultが断層だということを知った。すぐにコタツのテーブルの上の学習英語辞典を引いてみたが、断層という訳は載っていなかった。

それでしかたなく、書棚にあった岩波の大英和辞典を引いてみたら、当然出ていたが、もちろん初めの方の日本語訳ではない。

原発が活断層上にある(sit on an active fault)というので、原子力規制委員会がその原発を廃炉を勧告するとかいうようなニュースである。

正しくはもともと活断層上の原発に建設することは法律的に禁止(ban)されているので、それを運転することができない。それで廃炉を勧告されるわけではないが、事実上廃炉を余儀なくされるということらしい。

もう一つの英語はgeyserである。発音をカタカナでつたなく表すとガイザーである。

これは間欠泉を意味する。この語は「おとなの基礎英語」で出てきた。普通の日常会話でそんなに出てくる語ではないから、知らなくてもいい語ではあろう。

同じ綴りで、ギーザーと発音するときには電気湯沸器と辞書にあった。

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dessin (デッサン)

2013-05-24 11:45:49 | アート・文化

絵を描く人は初歩の段階ではデッサンをする。いまではそうそうたる美術家になっている、妻の高校の同級生の I 君などはデッサンが下手だったらしい。

妻の父が実は高校1年のときにこの I 君を指導したらしい。そのときのことを義父は覚えていてときどきこぼしていたらしい。だが、それでも I 君はひとかどの美術家になった。

いまでは韓国や中国またポルトガルとかのヨーロッパを股にかけて活躍している。その辺が義父にはなかなか理解が難しかったらしい。

アジア人であろうと、ヨーロッパ人であろうと別に分け隔てなく、付き合っているから大したものである。

それとは全く違うが、大学院生のころ京都の美術館にゴッホの絵の展覧会があった。このときに彼の有名な糸杉とかひまわりの絵も見たと思うのだが、よくは覚えていない。

それよりも実に多くの彼のデッサンを見た記憶がある。そして驚いたことにきわめて細かいところまでゴッホがデッサンしていることに圧倒された。

これはどうしてだったろうか。糸杉とかひまわりから受ける私の印象ではゴッホは大雑把な人であるという先入観があったからである。

それは私が勝手な先入観ではあるが、 そこのところが全く予想をいい意味で裏切られたところが意外だった。それでその印象だけが強く残った。

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水曜日

2013-05-23 13:11:29 | 日記・エッセイ・コラム

火曜日は夕食にカレーをつくるから、カレー曜日というのはS & BかどこかのカレーメーカーのCMだったか。

私には水曜日は家に帰ってビールを飲む日であった。このごろはあまりストレスはないので、水曜日でもビールを飲むことは少なくなった。それでも思い出したようにワインを飲むこともあるが。

なぜ水曜日に家に帰って夕食にビールを飲んでいたかというと、水曜日の午後は2時間続けて熱力学の講義をするので、とても疲れるからであった。

そうやって気分転換でもしないことにはとてもやりきれなかった。もっとも熱力学を教えたのは定年前の5~6年間であった。

それまで熱力学を教えたことはない。それで最初の一年は苦労したが、2年目、3年目となるにつれて、私の苦労は減っていったが、それにもかかわらず学生にはなかなか分かってもらえなかった。

水曜日には現在でも特別の経験がある。火曜日の夜、テニスをここ何十年も続けているのだが、水曜日にはラジオ体操をするときに大抵ひざの痛みがある。

火曜日の後遺症ともいえる。木曜日になるとその痛みは和らいでいる。

水曜日は英語でWednesday(ウエンズデイ)という。その由来をあるときドイツ語のクラスの先生である、R氏から聞いた。

ドイツ語にwenden (ウェンデン:向きを変える)という語があるが、それと関係していて水曜日でその週を折り返すから、Wednesdayというのだという。

もっともドイツ語では水曜日のことをMittwoch(ミットヴォッホ)というので、Wednesdayは英語にしか残っていない。

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CMには?

2013-05-22 11:31:44 | 日記・エッセイ・コラム

テレビをのべつまくなく見ているわけではないが、テレビのCMにどうも最近俳優の渡辺謙が頻繁に出て来ているのに気がついた。それくらい旬の俳優さんということになろう。

杏さんもよく出てくるので、妻などは「親子で稼いで」とやっかみ半分に悪口をちょっぴり言っている。しかし、これは別に杏さんと渡辺謙さんの責任ではなさそうである。

先日など私の乗っているワゴンRの新型車のCMにまで渡辺謙さんが出ていたので、私などもトヨタのクラウンの広告に出るのではなかったのとちょっと陰口をたたいた。すみません。渡辺謙さん。

一昔前なら世界に日本の俳優として知られたのは言うまでもなく、三船敏郎さんであったろうが、いまでは世界に知られているのは渡辺謙さんであろう。

私などは大竹しのぶさんがCMに出ていても、あれは誰と妻に聞くくらいである。大竹しのぶさんを知らないはずはないのだが、顔と名前を同期して覚えていられないのである。どこかで見たことがあるなと思うのだから度し難い。

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