物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

昨夜の「数学白熱教室」

2015-11-28 13:15:15 | 日記
NHKのEテレの「数学白熱教室」第三回を見た。いつもの通りで途中で少し眠ったようだが、多分後半の重要なところは見た。

フェルマーの定理から、谷山・志村・ヴェイユ予想へと話が進む前の数論と方程式の解の話もおもしろかった。よくわかったというわけではないが、不思議なものがそこにあるという感覚は感じ取れた。

ワイルズともう一人の研究者のフェルマーの最終定理の解決も実は谷山・志村・ヴェイユ予想の解決であり、それとフェルマーの定理とが密接に関係しているという話も興味深かった。またこれはフレンケルが現在研究しているラングランズ・プログラムの一例になっているという。

もともとフェルマーの定理はピタゴラス数の拡張として考えられたとの説明は数学がどうやって広がっていくかを示した話であったと思う。ピタゴラス数として3,4.5のつぎは13,12, 5であるが、そこらあたりまでなら誰でも知っているだろう。だが、それ以上にもピタゴラス数はある。

谷山さんは自ら命を絶った数学者であるが、彼は不思議な予想能力があった人だったという。志村さんは今でも生きていて、ちくま学芸文庫に数冊本を書き下ろしている。

でも妻によれば私の眠っていたときの話は素数にある種の対称性があるという話だったという。そういう話だとフレンケルさんの話でなくとも誰か数学者が本に書いて会ってもいいはずだと思う。だからどこかで数学の本で読むことができるかもしれない。
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雑談会の準備

2015-11-27 11:46:40 | 日記
明日の雑談会の準備をしようと昨日していた。どうも私は関心がどんどん広がる傾向にあるようだ。ニュートリノ振動だけ話せばいいはずだが、どうもそのための必要以上の知識を話さないといけないのではないかと思ってしまった。

ちょっとそのことを朝食後に妻に話したら、必要最小限のことだけでいいのにと言われた。その通りである。しかし、いつも私には必要と思われることが少しづつ広がる。

ニュートリノに3種類あるということからはじまって、それとダブレットdobuletを組んでいる、レプトンを紹介したくなり、そうすると6つのクォ―クを紹介したくなり、ゲージ粒子を紹介したくなる。

それだけではない。力の強さがちがう4つの相互作用について話したくなり、また量子力学の基本法則について話したくなり、はては物理学の現在普通の大学で教えられている物理の内容の細部ではないが、一応の目次的な内容の紹介をしたくなるというわけで教師を何年もしていたという性(さが)はこんなところにも及んでくる。

それをどこかで断念する必要があるのだ。そうしないとニュートリノ振動の肝心のところの説明ができない。それはそうなのだが、やはり気にかかるところである。
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どうしたものなのか

2015-11-27 11:22:23 | 日記
昨日ブログを書いたつもりで書かなかったようだ。このことを今日今やっと気がついた。

最近、人の名前を忘れる。妻の友人の名前を忘れる。いつも名前を聞いているのに忘れてしまっていることが一度や二度ではない。

こうやってだんだん認知症モードに入っていくのかもしれない。最近のNHKのテレビで認知症が予防できるとかなんとかいった放送が数回あった。

ドイツ語でもほぼ土曜と日曜とを除いてNHKの放送を聞いているのだが、昔はよく覚えていたと思う語を忘れてなかなか出てこないということがある。

人の名前は日頃つきあいのある人はもちろん忘れないが、一年に一回くらい会う人の名前を忘れるということがある。それとか都市の名前とか固有名詞がいけない。頭の中で忘れた固有名詞をそれを再度聞いた時にくり返すようにしている。そうしないと頭の回路が弱くなるのである。常に頭の中の回路を強くつながるようにしなくてはならない。
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高等学校の基礎解析

2015-11-25 17:06:23 | 日記
ちくま学芸文庫に収録されたこの『高等学校の基礎解析』と『高等学校の微分・積分』は三省堂の高校数学の教科書であったという。それがなぜこのちくま学芸文庫に収録されたのか。もともとの高校のテキストがやはり評判高かったことを示しているのだろう。

ちくま学芸文庫では絶版になっていた、有名な書などを文庫に収録しており、これに収録された書はそれなりに評価をされた書ということができよう。

数学関係の書などは有名なものは古本でも高値がついていて、年金生活の私のような老人には手が出ない程高価なものもある。それがこのちくま学芸文庫に収録されれば、安価とは言いかねるが、それでも数万円の値段がついているということはないから、手に入れることがある程度やさしくなる。

いまの高校数学の科目名を知らないので、どういう名前の科目が高校で教えられているのか知らないが、多分いまでは基礎解析とかいう名の科目はないのではないかと思う。

もっともまだ手に入れてはないが、確率・統計の同様の書があるらしいが、数学Iだとか代数・幾何に対するテキストはまだこの学芸文庫に収録されていないのか、インターネットで見ても出てこない。

私はe-Learningのコンテンツを書いたことがあるので、これらの書が参考になるだろうと思っている。

教科書が再録されているだけではなく、指導資料も同書には再録されているところが特徴である。いつかできるならば、ちくま学芸文庫に収録されるような本を書いてみたいものだが、これは夢のまた夢だろう。
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verst"andigen

2015-11-25 12:08:46 | 日記
verst"andigenを辞書で引くと他動詞で(j von et /"uber et)~で「知らせる、通知する」とある。 再帰動詞としては(mit jm)~で「意思疎通させる」と訳にある。

もう何年前か忘れたが、あるドイツ人の若い方が松山にやって来たことがあった。そのときにそのドイツ人と誰かと一緒に寿司を食べに行ったときに私はあまりドイツ語を話せないが、と言ったらドイツ語をverst"andlichなのだねという風な答えをもらった。

このときにverst"andlichというドイツ語がなんとかわかるというふうに理解したが、このverst"andlichが聞き取れるという意味があるのだとは知らなかった。

verst"andlichという語を聞いてからでも あれからでも20年近く経っているかもしれない。いくつかのこういう経験がある。

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『私の1960年代』の拾い読み

2015-11-25 10:56:43 | 日記
昨日、山本義隆著『私の1960年代』(金曜日)を手に入れて少し拾い読みをした。

1968年から69年にかけての学園紛争のことを主題としたものであるが、実はもっと長い時代の考察から成り立っている。簡単に一言で良し悪しをいうことなどできないが、山本さんの強い倫理観は随所に見られる。

ただ、68年の学園紛争はある意味では世界的な流行でもあったが、そのことにはあまり触れられていないように思う。しかし、これはこの書の欠点だとかいうつもりはない。

全部ではないのだろうが、このころ山本さんと一緒に闘った方々のいくらかはすでに亡くなられており、やはりこういう闘いをすることがやはり関係者の健康に影響を及ぼしたのかと思う。どの人も懸命に生きて自分の生きたいように生きたのではあるが、なかなか長生きはできなかったのかもしれない。

もちろん、なんでも長生きだけすればよいというのでもあるまい。だが、長命の日本の現状を見るとやはりなかなか生き難いという気がする。

まだ拾い読みの段階(もっとも後で精読するかどうかもあやしいが)であるから、やはり東大闘争とかの痕跡が社会のどこにも残らなかったように思うので、それをどう考えるのか。

羽仁五郎の「都市の論理」などでも壮大な構想を描いたのだが、それがどれくらい社会に浸透したのかという点ではあやしい。そういう意味ではこれらの闘いはまだ継続中なのかもしれない。
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11月は憂鬱な季節

2015-11-24 13:47:30 | 日記
11月は憂鬱な季節である。日本ではそれほどでもないが、ヨーロッパでは11月は物故の人を悼み、お墓参りをしたりする季節である。秋の木の葉もドイツなどではすでに落ちている。またはもう真っ赤にまたは黄色に紅葉している。

空はどんよりといつも曇っていて憂鬱である。首までどっぷりと曇った雲の中に浸かっているというような気がするくらいである。それでという訳かどうかは知らないが、自殺の多い季節だと毎年ドイツ語のクラスで R 氏が繰り返している。今年はそのことを聞く機会がまだないが、ほぼ毎年このような話を聞いている。12月になればクリスマスや新しい年への期待でその重くるしい気分もなくなってくる。しかし、もう少し11月がある。

日本でも11月はあまり気候はよくはない。それでしばしば一家心中のニュースが飛び込んできたりする。しかし、気分を変えていつも楽天的にいきたい。明けない夜はないのだし、克服できない障害も待たないのだと自分に言い聞かせたい。

楽天的に生きる人は悲観的に生きる人よりも長生きをするとこのブログにコメントを下さる I 医師などもいつも言われておられる。私などは若いときはいつも悲観的であったが、いつのまにか楽観的になってきている。

これはどうしてなのかわからないが、そういうふうになって来ている。どんなに苦しくてもこの苦しみは後から振り返ればむしろ楽しいとまでは言えないにしても懐かしいものである。気の持ち方は自分の意向で変わるものである。細かなことに拘らないことが必要である。

なんでも生きていくことは必ずしも楽ではない。また、自分の意に反することが多いものである。しかし、それらをむしろ生きがいにしたり、自分のできることに専心したりしているちに人生の見方が変わってくる。人生の目的などはいくら年をとっても分かったりはしないが、人生は生きるに値するということを身に染みてわかるものである。

あれほど苦しく苦しくてたまらなかった辛いことがひっくり返って生きがいになったりする。病気に苦しむ人もいようが、どうせ生きるなら楽しく喜んで生きよう。そう思うこの頃である。

私は名誉心などはとうの昔に捨てたし、自分の自負心も捨てたと書きたいところだが、名誉心は捨てたけれども自負心はまだもっているかもしれない。

しかし、それらももはやどうでもいいとさえ思われる。自分の生きたいように生きればいい。
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自宅で仕事をしようと思ったが

2015-11-24 11:14:59 | 日記
昨夜、自宅で仕事をしようと思って、いろいろ資料と持ち帰ったが、夕食後にテレビを見ているうちに、眠ってしまった。

ということで仕事はまったく進まなかった。大体夜にも仕事をしようと思うのがあまいのだろう。これは友人の K 君のニュートリノ振動のエッセイにもとづいて今週末の雑談会で話をしようと思っているから、それを整理しようと思ったのだが、まったくできなかった。

そして、このエッセイを『数学・物理通信』に掲載するつもりである。もっとも K 君本人の十分な校閲を経た上での話である。その前に話をすることが私の任務である。

あまりニュートリノ振動については知らなかったが、K 君のレポートでおよそのことを知った次第である。

昨夜はもう一つ仕事をしようと思っていた。これは12月に発行を予定している『数学・物理通信』に載せる予定の自著の数学エッセイである。本文はほとんどできているが、数式番号をあまりきちんと考えていなかった。それを整理しておこうと思ったのだが、それはまったくできなかった。
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キウイ

2015-11-23 11:15:42 | 日記
果物の秋というのだろうか。妻が友人からキウイをもらったので、昨晩と今朝の食後に食べたが、これが素晴らしく甘くておいしい。

いままでこのような甘いキウイを食べたことがなかった。大抵、キウイとは酸っぱいものでこれに砂糖を振りかけて食べている。ところがこのキウイはまるで砂糖が前もって振りかけてあるかのように甘い。

昨年は愛媛県でもキウイ農家には災難続きでキウイの木が病気にかかり、それが伝染するので木を全部切り倒さなければならいないキウイ栽培農家もかなりあったと聞く。

折角、何年も手塩にかけて育ててきたキウイの木を切って病気の拡散の防止に協力したキウイ農家は情けなかったであろう。

それはともかく、このようなおいしいキウイは品種改良の結果なのか、それともキウイの実が熟して来れば、どのキウイもこのように甘くおいしいのか知らない。
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ラ・フランス

2015-11-23 10:49:51 | 日記
ラ・フランスというのは果物の名前である。山形県出身の友人の数学者 N さんが今年もこの果物を送ってくれた。なかなか味も香りもいい果物である。

梨の部類に属するのであろうが、リンゴと梨の中間くらいのとても美味な果物である。毎年これを頂くのだが、まったくお返しをしたことがない。もっとも私の家で妻と私が食するだけではなくて妻が友人に2,3個あげたり、またお隣の家から釣って来られた魚のアジの焼き物を頂いたので、それのお返しに1,2個あげたので、妻と私が食べる分はほんの数個になる。

でもこういうおいしい果物は自分の家だけで食するのは惜しい。多くの人に知ってもらいたいと思う。

いつもラ・フランスを送って下さる N さん、ありがとう。
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3Dグラフィックスのための数学入門

2015-11-21 12:55:52 | 日記
『3Dグラフィックスのための数学入門』(森北出版)というタイトルの本が出た。実際の書籍にお目に買っているわけではないので、どんな本かわからないが、インターネットでの本の紹介を見た限りでは『CGのための線形代数』(森北出版)を改訂したもののように思われる。

私が『四元数の発見』(海鳴社)を昨年出したときにCGの数学を扱ったものとして、『CGのための線形代数』を参考文献にあげておいたが、これには四元数は扱っていないと書いた。これはその通りであった。

その後、私の本の出版からほぼ一年を経て、『3Dグラフィックスのための数学入門』が出て四元数のこととか、球面線形補間のことを取り扱った書が私の本以外にも出版されたわけである。

すでに、金谷(Kanatani)健一さんの『幾何学と代数系』(森北出版)が四元数だけでなく、広くクリフォード代数その他を取り扱っており、私は四元数に特化して、四元数と回転について詳しく取り扱った。球面線形補間も同様に詳しく取り扱った。

もちろん、球面線形補間の説明はすでに金谷(Kanaya)一朗さんが書いた『3DCGプログラマーのためのクォ―タニオン入門』(工学社)があり、さらにDunn & Parberryの『ゲーム3D数学』(オライリー・ジャパン)もあった。

金谷(Kanaya)さんの本を読んでも球面線形補間についてはよく分からなかったし、それは『ゲーム3D数学』についても同様であった。それでそれらを四苦八苦して読んだわけだが、私はCGの専門家ではないので、その道の専門家であったなら、当然知っているようなことがわからなかったのであろう。

しかし、小著『四元数の発見』で球面線形補間について述べた10章は34ページにわたり、私のわからなかったところを詳しく解説した。多分、日本ではここまで詳しく球面線形補間について述べた書はなかっただろうと思う。

先月の10月に出た郡山彬さんたちの『3Dグラフィックスのための数学入門』が球面線形補間とクォ―タニオンについてどのくらい詳しく取り扱っているのかはインターネットでは十分にはわからない。しかし、多分今までの書に比べれば格段にわかりやすくなっているのであろう。

インターネットによれば、『3Dグラフィックスのための数学入門』の5章がクォ―タニオンと回転の章となっている。球面線形補間についてもどう書いてあるかを書店ででも見てみたい。

(注)午後からジュンク堂に行って、『3Dグラフィックスのための数学入門』がどこにあるかを調べたが、なかなか見つからなかった。もうあきらめて帰ろうかなと思って、コンピュータのCGのところを探したらあった。立ち読みであるからしかとは言えないが、第5章はあまりすっきりした書き方とは思えなかった。しかし、苦労してわかりやすくしようと努力しているらしいことはわかった。四元数とかその球面線形補間は分かりやすいテーマではないから誰が書いても難しいのはしかたがない。
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NHK「数学白熱教室」2

2015-11-21 12:39:51 | 日記
NHK「数学白熱教室」2の放送が昨夜あった。かなりの部分を眠らないで見たのだが、ガロアの5次方程式の代数的解の公式がないことの取り組みのはじめの方はみたのだが、やはりおしまいまで眠らないでは見れなかった。終わった後で目が覚めた。

ということで、ガロアの方法が画期的なものだとの雰囲気はわかったが、その解決のしかたの方法までは聞くことができなかった。

でもかなりの時間を眠らないで見ることができたので、先週よりは長い時間見ることができた。いつか自分でこのガロアの5次方程式の代数的解の公式がないことの取り組み方を調べて自分で納得したいと思っている。

そういうことを書いた本も通俗書に近い書は数冊持っているけれどもあまりこのことには関心がないので真剣に読もうと思ったことがない。

数学をみんなに分かりやすく教えるということはかなり難しいことであると思う。
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そろそろ『数学・物理通信』の編集だが

2015-11-20 11:47:27 | 日記
どうもまだ『数学・物理通信』の編集に取りかかる心の準備ができていない。原稿は投稿者から十分にあり、私自身の原稿もいくつかある。だから、いつ編集にとりかかってもいいのだが、ちょっとその編集へと心が進まない。

こういうことは私にはめずらしい。大体、投稿者の原稿を編集してそれをサーキュラーに発表するというのは私に与えられた重要な仕事の一つだと思っている。だからおざなりにしたくはないのだが、それでも気が向かないこともあると知った。多分私には初めての経験である。

私の現在の関心事である、「三角関数の還元公式」のはじめの部分が書きかけだのに、どうもそれの完成に時間がかかりそうなのだ。それを中止して編集を進めればいいだけだが、今回はどうもそれができにくい心情なのである。、「三角関数の還元公式」の中間部分はすでに書いてあるのだが、はじめの部分に手間取っている。このエッセイは書きはじめはいつのことだったか。もう1年以上も前のことだったろうか。

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「折々のことば」から

2015-11-20 11:34:09 | 日記
今日の朝日新聞の鷲田清一さんの「折々のことば」から。

(引用はじめ)
ブキッチョっていうのは、その代わりに憶えたらすごいんですよ   下町の匠

器用な人なら省けるところ、すっとまたぎ越せるところが、不器用な人だとそうはいかない。なかなか思い通りにはならないから、道具や材料に聞くしかない。が、そのぶん、物との対話は疎(おろそ)かではなくなる。器用な人よりも文字どおり「物わかり」がよくなる。技が立ち上がる場所がぐっと深まるのだ。町工場に寄り添ってきた作家・小関智弘の「どっこい太田の工匠たち」から。(引用おわり)

とあった。私もブキッチョであり、物わかりがわるいので、この指摘は痛いほどわかる。ブキッチョも自分の特性の一つと思うことが大切である。
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テロリスト捜査の会話

2015-11-20 10:46:44 | 日記
パリ郊外のサンドニでのテロリストの捜査のときの会話が新聞に載っていた。

銃声。「手を頭の上に置け」と男性の怒声が響く。「お前の男はどこだ」。問い詰める男性に「私の彼ではないわ」とおんなの叫び声。「どこだ」「彼ではない」「どこだ」・・・。そんな31秒のやりとりを、フランスのテレビ局が一斉に報じた。

と今朝の朝日新聞の2面にあった。ちょっとテロリストの捜査の会話を不謹慎ではあるが、フランス語の勉強のために訳してみた。このような場合に親称で言うのか敬称で言うのかという疑問があるが、ここはやはり親称で訳してみた。

L'agent de police: Pose les mains a la tete.「手を頭の上に置け」
L'agent de police: Il est ou, ton petit ami ? 「お前の男はどこだ」
La Femme: Il est pas mon petit ami. 「私の彼ではないわ」(注)
L'agent de police: Ou ca ? 「どこだ」
La Femme: Pas mon petit ami. 「彼ではないわ」
L'agent de police: Ou ca ? 「どこだ」

一番初めにNe bouge pas. 「動くな」と警察が言ったのかどうかは新聞では明らかではないが、言っている可能性がある。が、しかしそのことは新聞には載っていない。

アクサンの類はここでは再現できていないことをお断りしておく。私はあまりフランス語ができないので、まゆにつばして批判的に読んでもらいたい。あくまでテロに賛同しているわけではないことを申し述べておく。

このテレビで放映された動画を多分インターネットで見られるのだろうから、私の訳の稚拙さを多くの方が検証することができるかもしれない。もしその場合には実際の会話がどうであったかコメントを下さい。

(注)Il n'est pas mon petit ami. とすべきであろうが、口語的表現ということで n' を省いた。
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