物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

第九か紅白か

2012-12-31 20:23:45 | 日記・エッセイ・コラム

今日は12月31日の大晦日である。夜はNHKの紅白を見るかそれともベートベンの第九交響曲を見るか、That is a question. なのである。

紅白を見るのが普通であるが、第九を聞きたいという気持ちもある。いままで、第九をやっているのを聞いたことはないのだが、毎年今年こそは第九をと思いながら、なかなかこれを果たせていない。

このごろはテレビによっては裏番組を録画することもできるようなこともできるはずだが、私の家ではそんな装置は持ち合わせてはいない。だから二者択一である。

いま、子どもが紅白の番組のスイッチを入れた。

知人というか親戚の女性が教会で先日チャリティでコンサートを開いたのだが、昨日そのDVDを送ってもらったので、子ども夫婦と私たちで見終わったところである。

明日は新年である。このブログの読者の方々にも新しい年がよい年であるようにと願っている。

明日はこのブログは都合でお休みにするが、その後も数日は続けてブログをお休みにするかもしれない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

自然数のべき乗の級数の和4

2012-12-30 14:33:18 | 数学

自然数のべき乗の級数の和の求め方についてエッセイを書いていると、ブログ「自然数のべき乗の級数の和3」で述べたが、それが完成しないうちにまた別の方法についてのエッセイを書き始めていた。

それが昨日参考文献を除いておおよそできあがった。それは「数列の和」というサイトで知った、微分を使って求める方法である(「数列の和」で検索をするとそのサイトを見つけられる)。このサイトに説明があるのだが、私の理解できない箇所があって、そこを?にしていたのだが、そこを自分なりに考えて解決をみたのである。

だから、まったく新しい考えというわけではない。それにしても説明をしてくれている「数列の和」のサイトの関係者には申し訳がないが、どうも説明のある箇所が釈然としないと思った。

まだ補遺が書けないために完成をしていないエッセイとこのエッセイを共にいつかサーキュラー「数学・物理通信」に発表をしたいと考えている。このブログにコメントをよく下さるN先生から教わったベルヌーイ数を用いた方法と自然数のべき乗の級数の和の求め方には少なくとも3つの方法があることがわかった。

これはまったく私がその論文を見たことがないのだが、このブログでも触れたことのある、その当時高校生だったある方が自然数のべき乗の級数の和の求め方を少なくとも4つ見つけて、その年の文部科学省だかの科学技術賞か何かを受けたと数年前に新聞記事で読んだ。だが、その論文がどこに発表されたかは存じないので、その中の2つを私がようやく再現できたのだろうか。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

12月29日

2012-12-29 15:01:58 | 日記・エッセイ・コラム

私の亡くなった母はゲン担ぎをする人であり、9のつく日に旅行に出ることや餅つきをすることを嫌った。これは迷信にしかすぎないが、それでも生前それに逆らうことは控えてきた。

今日は29日であり、もし生きていたら100歳を越える母なら、今日餅つきをすることを憚ったであろう。だから、多分明日の30日かまたは昨日の28日に餅をついたであろう。木の臼で餅つきをしたものである。

このごろは餅をつく機械ができているようで、一種のイヴェントとしての餅つきは別として家庭で餅をつくのはもちつき機でつくのが普通となっている。私はその餅つき機を見たことがないのだが、便利な時代である。

私には今年の年末の非常事態でいつも聞いているNHKの外国語の講座も聞くことができなかった。多分、子どもが東京に帰ってしまうまではそういう事態が続くだろう。そんな訳でその他のしなければならなかった予定が大幅に狂っている。

それらの多くは年明けの平常に復するまでにはまだしばらく時間がかかるだろう。E大学に取りに行く書籍の受け取りも越年してしまった。なにせ12月22日くらいから私の日常生活のリズムは狂ってしまった。いわゆる非日常モードに突入している。

「け」と「はれ」という語でいえば、「はれ」に突入してしまったのだ。こんなことは何年も経験したことがなかったので、ブログですら書かない(むしろ書く暇がない)日が数日続いた。昨日か一昨日からブログだけは元のモードに戻ったが、その他はまだ非日常モードである。

とはいうものの、午前中は高井の里の丈が渕公園まで水を1ヶ月ぶりに水を汲みに行った。午前中は晴れて天気がよく、暖かだったせいか水を汲みに来た人がたくさんで、待ち行列ができていた。しかし、これで正月の水も用意ができた。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

年賀状を書いて

2012-12-28 14:39:29 | 日記・エッセイ・コラム

12月24日から25日にかけて年賀状を書いてあわてて25日の朝に年賀状をポストに出しに行った。これは元旦に届くためには25日までに出すようにとの郵政局の要請があるからであった。

それで昨年来た年賀状を見ながら、年賀状を書いたのだが、外国旅行をしきりされている方が2名か3名あった。これらの方々は経済的に裕福なのであろうが、それだけではなく外国に関心がある方たちなのであろう。

私は外国語の学習はある程度一生懸命にしている方だが、経済的な事情もあり、なかなか外国に旅行するということにはならない。そればかりではなく、自分でもっている課題もあるので、それらを片付けたいという思いも強い。いきおい外国に出かけるということがほとんどない。

因果な性であるが、これは自分自身のせいであるから、誰に文句をいうこともできない。子どもなどは毎年夏に国際会議に参加のために外国へと出かけている。これは研究発表の場としての国際会議ということもあるので、おそらくは多分これからも続くことであろう。

昔は為替レートで1ドル=360円のいういまから考えると極度の円安であったために、外国へ旅行をしようとすると一年分の給料を貯めてもまだ外国に行く旅費には足りなかったとかいう。それを考えると円高は必ずしも困ったことではない。

先日、World Scientificというシンガポールにある出版社が本を12月31日までに注文したら、40%の割引するとかのメールをくれたが、残念ながらその機会を利用するための資金がない。買いたい本が数冊はあるのだが。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

こどもの帰郷

2012-12-27 15:31:27 | 日記・エッセイ・コラム

普通の家庭では子どもが年末に帰郷するなどということはそれほど珍しいことではないが、私の家ではこのところ何十年もそういうことがなかった。

これは親子の不仲とかんぐる向きもないわけではないだろうが、そうではない。その代わりに両親である私たちが12月には東京に出向いて、子どもたちと会うという方針でやってきた。

今年は珍しく子ども中の一人が帰郷するということで、大掃除に精を出して行った。だから、この仕事場にやって来ても大掃除でブログで呟くこと暇などはない。昨日は昨日で一日中また自宅で大掃除である。

ということで子どもの帰郷が今朝に実現をした。だが、なかなか母親というものはそうなると忙しいものである。先日、とてもおいしいドイツワインを三越で買えたので、今日まだそれが残っているかと三越を訪ねたが、もちろん残ってはいなかった。売り場の方によるとドイツワインはなかなか固定客の顧客がいてすぐに売り切れるのだという。

これは私のお気に入りのモーゼルワイン(緑色の瓶)であったが、安いとはいえないけれどお手ごろの価格であったし、ピーロートワイン(青色の瓶)の同じ等級のワインとの見比べると格段にさわやかでおいしいワインだった。(注)

それでも同じモーゼルワインを1本だけ買ってきたが、その味はどうであろうか。夕食が楽しみである。

デパートのワイン売り場は売らんかなのフランスワインとイタリアワインで一杯であるが、ドイツワインは少ない。

(注) ちなみにラインワイン(ラインガウもラインヘッセンも)は茶色の瓶である。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

懇親会

2012-12-23 20:27:52 | 日記・エッセイ・コラム

昨日の懇親会はなかなか議論が活発だった。それにK1さんのギターの演奏があったりして、なかなか雰囲気がよかった。たかが音楽ではあるが、やはり音楽である。

料理は私たちがシェフと呼んでいるK2さんが主につくってくれた。マカロニグラタンは熱いときに食べるとなかなかおいしかった。飲み物ははじめビールで乾杯をしたが、あとは私たちの購入していたワインを飲んだが、この2本目のモーゼルワインをシェフのK2さんがこれはいいとほめてくれたので嬉しかった。

これはたまたま安売りコーナーに出ていたドイツワインを妻が見つけて勧めてくれたものであり、もちろん私のお気に入りのモーゼルワインであった。値段がわからなかったので、売り場の方に聞いたら、それほど高価ではなくお手ごろ価格であった。

(2012.12.27付記) 今日またワインを三越の探しに行ったと今日のブログで書いたが、22日に旨かったワインは2009年産のモーゼルであり、本当の売値は4~5000円はするものを安く提供していたのだと売り場の方がいう。あまり多くドイツワインが売れるわけではなさそうであるが、通の固定客がいておいしいドイツワインはすぐに売り切れるのだという。

懇親会では肉もかなり用意したが、それほどには食べられずまるまる一つの袋が残った。でも肉が不足するのはおもしろくないので毎年十分に用意をしている。

コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

自然数のべき乗の級数の和3

2012-12-21 12:02:30 | 数学

「自然数のべき乗の級数の和2」という題で数日前にブログを書いたのだが、これを続けて追究している。本文の部分は完成して補遺の部分にとりかかっているのだが、そこでまた大きな障害にぶつかっている。

それは自然数の10乗の和を求めることを示したいと思って書いている部分である。それも私の提唱する方法で。ところがどうもそう簡単ではなさそうなのである。その点の検討が必要なのとHさんの素朴な方法が実際には思ったよりは有用そうなのである。

だから、私がのぼせあがっていたのが、少しのぼせ上がりが落ち着いてきた。私が考えていたのは、数式処理ソフトとか普通の数値計算ソフトとかを総動員した、自然数のべき乗の級数の和を求める、いわゆるコードができないかと考えていたのだが、それが思っていたほど簡単ではなさそうでさる。

しかし、アルゴリズムははっきりしているので、そのコードはできるはずである。Hさんの方法でも私の方法でも。

しかし、それ以前に例題として自然数の10乗の和を求めることをきちっと書きたいと思っている。しかし、これは実は私の手に余ることだったのだろうか。まだなんともいえない。

(付記) コード(code)とは何か。ここではある目的の結果を求めるためのを一連のプログラムを意味しているのだが、普通の辞書には載っていない。情報学辞典か何かで探さないとでて来ないかもしれない。もっとも情報学辞典をもっていないので、本当にそれに出ているのかわからない。IT産業等でこのコードという語はjargonとなっているのだろうか。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

頭のいぼ

2012-12-20 13:02:45 | 健康・病気

頭にいぼができていたので、それを取る処置を午前中に近所の皮膚科でしてもらった。ということでここ数日はアルコール厳禁ということである。

これはアルコールを飲むと血液循環がよくなって該当箇所に水泡ができたりするということかららしい。今晩は南堀端のフランス料理店アミティエでの忘年会である。もっとも参加者はドイツ語のクラスの生徒の数人である。教師のR氏を含めても6人くらいの小さな集まりである。

このころは忘年会も縁が遠いが、私などはあまりアルコールを飲むことがそれほど好きではないので別に忘年会がないことも別に寂しいと思ったこともない。しかし、土曜日にはまた別の懇親会というか忘年会がある。

そちらもまだアルコールを飲めないかと思ったが、そちらは医師の先生の許可がでそうであるが、それでもあまり飲まない方がいいらしい。

土曜日の忘年会は仕事場でするので、日頃付き合いのある方々が集まる。こちらは一人の年長の方々が身体的な都合で来れなくなった。その一人はNさんだが、交通事故による脊椎の損傷を受けて自宅療養中である。自宅でも這って移動しなければならないとのメールを受け取っている。

老年になると思わぬことで怪我をする。自転車で車にぶつかったり、転倒による怪我などそういう傷害には事欠かない。

私も8月から9月にかけて肩を痛めて整形外科に通ったりしたが、幸いなことによくなっていまに至っている。このときはもう回復しないかと危ぶんでいたが、そのうちになんとか治ってしまった。もっともパソコンでキーボード入力は腕とか手によくなかった。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Apaiser

2012-12-19 13:01:40 | 外国語

apaiser(アペゼー)とは人を落ち着かせるという意味らしい。先日NHKの教育放送でフランス語の講座を見ていたら、ある日本人をフランス人の女性が評価する言葉がこのapaiserであった。

この放送は再放送なので前にも見たのだが、すぐに忘れる方なので覚えてはいなかった。こんな言葉はかなりのフランス語を学んだ人でないと知らないのではないか。この中には大学の仏文科出身の人たちはもちろん入らない。そういう人は現在仏文学とかには関係がなくとも、私たち素人とは違ってある種の専門家といっていい。

ところが、この語は平和paix(ペー)という語と関係があるという。paixは女性名詞でla paixであるが、この語は広島の平和公園Le parc de paixなどいうときの平和だから、フランス語を学び始めた約50年前から知っている。

だが、そういうことを言われてはじめてやっとapaiserという語が頭に入るようになった。しかし、フランス語の語彙を私は2000語も知らないと思うので、なかなかこんな言葉を知らなくてもしかたがないだろう。朝倉季雄先生の「フランス語単語集」(白水社)だったかが2000語の収録だったと思う。

一番熱心に学んでいるドイツ語にしても、知っている語彙は3000語くらいであろうか。もっともそれであまり知的ではない日常会話なら、もちろんこれはブロークンということではあるが、それほど意思疎通に困ったことはない。たとえば、ドイツ国内を一人で旅をするくらいなら、なんてことはない。

それが少し込み入った話になると途端に口ごもってしまうのだから、人間の言いたいことというか表現したいことはその幅の広さがとても広い。

私は思考がやはりドイツ語風ではなくて、あくまで日本風なのである。だから、当然意思の疎通が十分ではなくなる。初級からはなれて中級または上級の会話のレベルに達することが如何に難しいかを示している。

それでも日夜研鑽には励んではいるが、考えずに素直にドイツ語に反応して受け答えができるにはまだまだ遠い。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

中島みかん

2012-12-18 12:48:32 | 日記・エッセイ・コラム

今年も中島みかんを食べている。しかし、1回目の一箱の早稲のミカンを11月の末に食べ終わって、2回目の中早稲とかのミカンの一箱を食べ終わろうとしている。

今年は早稲のミカンの方はあまりおいしくなかったが、この中早稲はなかなかよかった。食後に小さなミカンではあるが、2つくらいは簡単に食べてしまう。甘くて酸味があまりなく、すっぱいことに弱い私には言うことがない。

しかし、ミカンもそれをどこかの会合に妻が出かけるときに10個くらいをもっていくらしいので、妻と私だけが食べている訳ではない。また、子どもに何かを送ってやるときに箱の隅に数個を入れてやることもしているらしい。母親というのは細かな心遣いまで大変である。

八幡浜の真穴ミカンが最高だというし、それもそうだろうが、私は広島の大長ミカンが最高だという意見を依然として変えてはいない。さすがに松山ではお店でも大長ミカンを見かけることはほとんどないが、お店に並んでいるときには特別な値段がついていることが多い。それくらい大長ミカンはおいしいのである。

大長に近い、今治市の島では昔の関前村岡村のミカンもおいしい。もっとも岡村のミカンや大長のミカンを松山では見かけることはない。今治ではそれでも時々は見かけることができるのであろうか。

瀬戸内海に浮かぶ島は海が比熱が大きいので、季節も穏やかで冬でも天気のいい南側の斜面などでは本当に暖かい。そこに植えられたミカンがおいしいのはうなずける。

これは急に話が飛ぶが、ライン河河畔のブドウ畑でもラインからの反射光とか太陽の直接の日差しや適当なラインからの湿度でいいブドウができて、それだからいいワインができると聞いている。

ラインガウだとかヨハネスベルク(ヨハネスベルクはワイン酒場の町として有名なリューデスハイムに近い)だったかのブドウ畑は南向きの斜面にブドウ畑が広がっており、いいブドウがとれる。私のお好みのドイツワインはしかしラインワインではなく、モーゼルワインであるが、最近ではあまりこれらのワインを賞味する機会が減っている。

これは本質的に私がアルコールファンではないことが原因である。そろそろ忘年会のシーズンである、気のあった仲間とまた白のモーゼルワインでも飲むことにしようか。それと朝鮮の白酒マッコリもあれば、最高であろう。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ブログの管理

2012-12-17 10:55:43 | デジタル・インターネット

ブログにはもちろん私が書く記事があるが、それだけではなく読者の人のコメント欄がある。

このコメント欄は大抵の場合は問題がないが、それでもあまり私から見て望ましくない、まったくブログとは関係のないコメントがある種の広告として入ることがある。

そのときにはそれがあまり悪質なものでなければ、削除の措置をするが、いわゆる良序公俗に反すると思われるようなものの恐れがあれば、指定をしてアクセスというか投稿禁止の措置をとっている。

それ以外にこれはいわゆる良序公俗に反するわけではないが、ある種の言いがかりをつけられることも私は好まない。その種類のことは一番頭が痛いが、本人は言いがかりだとは思われてない場合もある。

それで多くのコメントを削除するということも起こりうる。いまのところはそういう措置を取らざるを得なくなった例は1件だけであり、それほど困った事態が起きたことはない。

昨年だったか1週間か10日ほどブログを自主的に停止するという事態があったが、その後は都合が悪いコメントは強制的に削除をする方針である。

もちろんブログへの批判をまったくさせないという意味ではないが、その批判があったとしても理性的 (vernunftig: 実は理性的という語よりもvernunftigの方が先に頭に浮かんだ) なものであることをお願いしたい。

それからトラックバックという欄もあるが、これもときどきCMの類や公序良俗に反するものがトラックバックされる。これもコメント欄と同じ措置をさせて頂いている。もっともある時期にこういう措置を頻繁にとるとその後はそういう類のものが一時的に少なくなるから不思議である。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

自然数のべき乗の級数の和2

2012-12-15 12:03:12 | 数学

この題で現在エッセイを書いているが、そろそろ終わりにできるかなと昨日くらいから思い出した。それで昨夜は整理した原稿のプリントアウトを自宅に持ち帰り、夕食後にテレビのニュースを聞いたりたりしながら、読んでいるうちにこたつでうとうとと眠ってしまった。

11時前に眼を覚まして、金曜の夜に見ることを楽しみにしているNHK教育の佐野元春の「シンガーソングライターズ」を見てから、この原稿を見返し、それに補遺の原稿を書き、参考文献をつける箇所を指定して、2時過ぎに就寝した。

これで明日は補遺の原稿を入力してこの原稿は完成だなと思って寝たのだが、朝方にどうも例題をつけたほうがいいなと思いついた。

それで原稿の完成はまたお預けだが、私に体には幸せな気分に満ちている。どうしてなのだろうか。今回は原稿書くのに苦労をした。

はじめに書いた原稿をこの原稿を書く契機を与えてくれた、名古屋のHさんに手紙とともに送ったのだが、その原稿が気に入らなくて結局は全面的に書き換えた。

どうも考えがまとまらず、空回りする期間があったが、それでも次第に私の頭の中で形をなしてきて、それをパソコンに何回か入力して、プリントしては読み返すという作業が延々と続いた。

その間に11月末から12月10日までには数学・物理通信2巻6号の発行のための作業とか、その号に載せる、グリーン関数の原稿の最終的に手入れしたりした。

その後にまた、「自然数のべき乗の級数の和」の原稿に戻ったのだが、それがようやく自分でも納得した形をとってきたのはようやく数日前である。そしてそろそろ友人の数学者Nさんと議論できる状況になったかなと思い始めた。

こういう幸せ感を感じたことはあまりない。それは異例のことである。もちろんいつでも原稿を書く仕事が一つ終わるとそのときはしばらくは満足感を得られるのだが、このたびのゆるやかな幸せ感はいままでにもったことがなかった。

それもまだ原稿は完全には書き終わっていないのに。どうしてなのだろう。それはなぜだかわからないが、多分いままで以上に苦労したことがあるからかもしれない。

大体の見通しはずっと以前についていたはずなのに、文章としてはどうまとめたらいいかよくわからなかった。それが作業を通じてゆっくりとはであるが、自分に見えてきた。そういう経験はこれまであまりなかった。

そうはいうものの、私が今回まとめたことなどまったく大したことではない。あくまで自己満足の範囲を出ていない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

シュットレン

2012-12-14 12:54:48 | 外国語

シュットレンを昨夜のドイツ語のクラスで医師の I 先生から頂いた。これは I 先生が先日大阪でやっている、Deutscher Weihnachtsmarkt Osakaに行かれて、買って来られたものをクラスのメンバー全員に下さったのである。

家に帰ってから10時過ぎに妻がおやつに出してくれたが、なかなかしっかりとしたお菓子である。シュットレンといえば、言わずと知れたドイツのクリスマスケーキの一つである。

いま辞書を引いてみると、「干しぶどう・アーモンド・レモンピールなどの入ったパン生地で焼いたクリスマス用のケーキ」とある。辞書ではStolleと単数はなっている。だが、Stollenと複数でいうのが普通でStolleと単数で言われたのを聞いたことがない。

なかなかお腹に長持ちしそうなドイツ風らしい重厚なケーキである。

昨夜はドイツ語の聞き取りで、短い語がたまたま聞こえたので、私は気分をよくしたのだが、もっともこれはテニスでたまたまいいボールを出せたときのようなまったく偶然であるから、次回にもよく聞き取れるかといわれるとまったくその保証はない。

ところで I 先生は大分ドイツ語が聞き取れるようになったらしく、自信を持たれたと拝察している。そんな話を今朝の朝食後に妻としたが、妻がいうにはドイツ語に関心がある、I 先生のような人はとても貴重な人であり、知的な方であると思うという意見であった。まったくそれには異論がない。

そういえば、クラスのメンバーはどなたもなかなか知的な方々である。

ドイツ語といえば、もう40年くらい前に物理学者の玉木英彦さんが「ドイツ語は第2漢文だ」という意見を発表されたことがある。要するに漢文が現在の日本であまり省みられなくなったように、ドイツ語の同じ運命を辿るだろという意見であった。

その後の衰勢を見ていると、時間的なラグはあるが、その通りになってきている。大学の心あるドイツ語の先生方はそのことをもう何十年も前から心配をされてきたが、このところ大学でドイツ語の先生が定年退職されるとその後はドイツ語の先生は補充はされず、専門が他の先生になっていく傾向が強い。

一時のように第2外国語の先生といえば、ドイツ語の先生が赴任してやって来るなどということはまあなくてもしかたがないが、だんだんドイツ語の先生が絶滅危惧種のような様子を見るのは心苦しい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「面積の発見」(岩波書店)

2012-12-13 12:54:14 | 数学

武藤 徹先生から新刊の「面積の発見」(岩波科学ライブラリー)を贈って頂いた。これはすでにそういう書物を先生が書かれていると以前に聞いていた。

また、先日には数学・物理通信2巻6号の送付の返事にこの本を送りましたとのメールを頂いた。早速、昨夜深夜の2時くらいまで起きて読めそうなところは読んだ。もっとも私が読んだところは第4章「面積概念の発展」が中心であり、他のところはまだ走り読みにしか過ぎない。

この第4章では積分に話が及ぶだろうと予想していたので、ひょっとすれば、リーマン積分からルベック積分まで話が及ぶのではないかと期待していた。

この期待ははずれたが、積分から微分の概念に進み、かつベクトルの外積(ベクトル積)から、面積にも向きや方向があるという話にまで触れている。

さらに、面積速度一定という法則まで述べている。もっとも面積速度一定というなら、これと同じ内容だが、角運動量保存法則に言及してほしかった。

ベクトルというのは日本語であるが、その英語であるベクター(vector)は運ぶ物という意味だとかで、「伝染病の病原体を運ぶ小動物」という意味だそうである。もっとも近頃のエイズとかインフルエンザとかに見るように人間も小動物ではないが、ベクターであると思う。もっともこの点への言及はない。

コラム「縦と横」では進行方向に対して、右、左が横であると書いてある。物理では横波とか縦波は波の進行方向に対して垂直方向の振動する波を横波(transversal wave)、進行方向に振動する波を縦波(longituidinal  wave)というのはこの定義にあっている。

現在の普通の用語では横は水平方向を、縦は垂直方向というので、そういえば物理を学びはじめのころ、物理の横波と縦波の定義に違和感を感じたことを思いだした。

武藤先生によれば、もともと縦はものの長い方向を、横は短い方向を指すのだという。横断歩道とか日本縦断とかの語はこの定義にしたがったものだという。

なんでもきちんと考えて説明をしてくれる人がいてよかった。

武藤先生が目標とした吉田洋一「零の発見」(岩波新書)のようにこの「面積の発見」が長く読み継がれることを祈ってやまない。

(付記) この書の中心は第2章「面積の発見」であろう。

私はこの章をまだ詳しく読んではいないが、面積の認識が起こってきたのは畑の広さでどれくらいの時間が畑を耕すのにかかるかとか、またはその畑からどれくらいの収穫があるかから、面積という概念や単位ができてきたという。この箇所は別に難しい数学は不要で誰でも読める箇所だが、含蓄が深いと思う。

また、数学もその国を支配するのに必要な技術として開発されたが、後には支配される側も数学を学ぶようになって、支配を断ち切る武器にもなったという史観には著者の面目躍如という感じがする。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

北朝鮮ミサイル発射

2012-12-12 10:52:47 | 国際・政治

いまラジオで北朝鮮(朝鮮人民共和国)が9時49分頃ミサイルを発射したと、政府が発表している。

フィリッピンの近くの洋上に落下したという。発射実験は成功と言っていいのだろう。このことは国際政治の上からも不安定要因となるかもしれない。

日本の国民への被害の報告はいまのところないというから、不幸中の幸いというべきだろうか。北朝鮮はこれを人工衛星の打ち上げだと言っているが、これは人工衛星のためと国際的には思われていない。事実上の長距離ミサイルの開発だと思われている。

もちろん、将来的にはこのような実験は人工衛星の打ち上げにももちろん資するだろうが、軍事的な意味をももっている。だが、それはそれとしてすぐに北朝鮮が好戦的な態度を取リ続けるとは思わない。なぜなら、やはり北朝鮮は小さな国であり、もし大国がその気になって戦争をしかければ、生き延びてはいけないからである。

挑発的な国際政治(そのことがいいとは思わないが)を行うとしてもその影響はそれほど大きなものではない。そこを見誤ってはいけない。日本国内には中国や韓国、ロシアとの国境問題から、軍事的な増強を目指す勢力があり、これは国内重工業の軍事産業と無関係ではない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加