物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

knowhowの継承

2018-08-31 12:25:50 | 数学
陶芸家に弟子入りすると、それなりのknowhowの無意識または意識的に技術の継承があるだろう。また、歌舞伎の世界でもおよそ芸事の修行にはそういうものが必要であるだろう。

一方、物理数学とか応用数学の分野ではどうであろう。この分野でも日本の書籍文化は圧倒的であり、いい書籍はもう汗牛充棟であるのかもしれない。しかし、それでもまだ技術の伝達が十分とはいえないのではないか。

それは私などがいろいろ応用数学のテーマについて解説を書いて教育用の用にあてようとする理由である。研究はだいたい1回ぽっきりのことであり、それで教育よりも研究が重要視されるのは当然である。

いままで誰もうかがい知ることのできなかったことを人類が知りえたということは貴重であり、それはなにものにも代えがたい。

一方、教育は代々にわたって受け継がれていることであり、ある意味ではいい研究者で、かつ、いい教育者の下には特別な知見が存在していると思われる。

そういうものがどういうものかはその大学で学ばなかったものには推測や想像ができないようなものもある。

そういう一例として、たとえば、京都大学の数学研究者であった、溝畑茂先生の「Stokesの定理は微積分学の基本定理の一般化である」というような所見がある。溝畑茂先生に学んだ人にそういう知見が根づいているのを感じる。もっとも最近では溝畑先生の微積分の本からそのことを学ぶこともできるらしい。

もう一つの例は、これは私には先生の固有名詞をあげることができないが、大阪大学の初期のころに学んだ人には「複素解析で解析接続の方法にどういうものがあるか」ということが鮮明に残っているのではないかということである。そのことを私はかすかに今村勤『物理と関数論』(岩波書店)とか後藤憲一、山本邦夫、神吉健共編『詳解物理・応用数学演習』(共立出版)からうかがい知るだけである。

その詳細はいままでのところ私にはわかっていない。

(2024.4.5付記) 
二つ書いておきたい。

一つは「Stokesの定理は微積分学の基本定理の一般化である」という所見が溝畑先生の独自の見解であるかのように書いたが、その後、知ったのは微分形式を学んだ方々には常識であったらしい。

もう一つは「複素解析で解析接続の方法にどういうものがあるか」についてである。これについての問題意識が大阪大学理学部の初期の卒業生に濃厚にあったのは確かだと思うが、それをはっきりと例を豊富には書籍に書いて下さってはいないと思われる。

最近の本としては松田哲『複素関数』(岩波書店)と金子晃『関数論講義』(サイエンス社)に解析接続の方法の例がかなり書かれてあるという指摘をしておきたい。

このころには小さい秋を

2018-08-30 15:53:45 | 日記
話題にしてきたが、今年は小さな秋の話題も出せないくらいに暑い。それでも夕方は暗くなるのが早くなっているし、秋もやってこないわけでもなさそうだ。

E大学に勤めていたころは大学の構内の木々にいる、ツクツクボウシが「つくつくぼうし、つくつくぼうし」と鳴き始めると「ああ、今年も夏が終わるな」と感傷的になったものだ。

そういう年を何年も経て、そのうちにその1階にある研究室から突如して、9階の研究室に移転したが、そこで8年か9年過ごして、定年退職を迎えた。それが2005年の春だった。

3月に定年になったのだが、研究室の整理ができず、4月末までの猶予をなんとかもらった。それも私一人では片付かなかったろうが、事務の方の手助けと妻の手助けを受けてようやく5月の連休が始める1週間ほど前には片付けることができた。

なにせ私の研究室を継ぐ人はまったくいなかったので、自分で開いた研究室を自分で閉じるという、その片付けがあったから、時間がかかったのである。

現在では大学の研究費はプロジェクト研究等の費用は出るが、普通の研究の経常費とかとても少ないから日本の研究は急激に落ち込んでいるといわれる。

そういうことをいう人もいないくらいに、大学の研究者も隘路に押し込まれている。心寂しい財政状況である。数十年前の研究の遺産で、ここ数年は日本人のノーベル賞受賞者が続いたが、これは数十年先にはもうそういうことはまったく望めないだろう。

国の財政がとても厳しい時代だし、大学生の数もぐんぐんと減っている時代である。研究者を目指しても一度外国に研究に出ようものなら、帰ってきたときにはもう大学とか研究所には自分の席はないとか聞くと、これでは日本の学術研究の将来は開けるはずがないとまで感じてしまう。

だが、そういう政策をとっているのが現在の政府と与党なのである。安倍首相は20年後、30年後には日本のノーベル賞を100人規模にしたいとか口では言うが、やっていることは全くの逆である。

また、そういう辛口の意見を表明する人も極めて少なくなってしまった。残念なことである。

8月も終わりに

2018-08-30 15:36:45 | 日記
近づいてきた。もう明日で8月も終わりだ。今年は暑かったり、大雨が降ったりした。

それで最近知ったのだが、大雨の世界記録はフランスのレユニオン島で24時間の雨量がなんと1,870mmだという。レユニオン島はインド洋に位置するフランスの海外県だという。マダガスカル島の隣の島だという。

こんな雨量の世界記録のときには人はどう対処できるのだろうか。

反核運動と科学思想

2018-08-29 12:19:19 | 日記
「反核運動と科学思想」は菅孝行さんが1982年に書いた論文である。それを『日本の原爆文学』15(ほるぷ出版。1982)を図書館から借りて帰って読んだ。この論文を優れたものとして、勧めてくださったかたがあったからである。

例によって、武谷の文章の批判があった。どうも私にはその批判は当たっていないのではないかと思われた。菅さんは私と同年の1939年の生まれで、劇作家であるらしい。

原爆を落とされる恐れを武谷はもたないので、広島と長崎の原爆の悲惨さに冷淡だというのである。それは違う。武谷の書いたものには爆撃機がただの1機だけ飛んできても、原爆を落とされるのではないかと恐怖心にかられたと書いてある。

どうも想像力がないのはそういう非難を書いた人たちではないのか。著作集に収めるにあたって、文章は書き替えなかったが、原爆をつくってもそれを都市に落とすのはどうかというような感じの注を編注としてつけ加えられている。それは原爆をつくったほうの科学者の反応ではあるが、原爆をつくることそれを実際に落とすのはやはりちがうのだということを冷淡と思われる武谷でも感じている。

やはり、武谷の書いたものを細かく読んでいないと、菅孝行さんのような反応になる。それは唐木順三の反応でもあった。

そのほかの点でもちょっとおかしい点があるが、それは9月末に締め切りの徳島科学史雑誌への投稿論文に書きたいと思っている。

もっとも「革命期の思惟の基準」だけからはこのようにしかとれないのであろう。そういうことは武谷には容易に想像できたであろうに、それでもそのままにしたのは大きな理由があったろう。

私にしても武谷のその内面を想像するしかない。




Gell-Manの伝記

2018-08-28 10:51:57 | 物理学
『物理学天才列伝』下(講談社ブルーバックス)のGell-Manの項をようやく読んだ。場の理論的にはどうかわからないが、20世紀の中期は実に素粒子物理学においてはGell-Manの時代であった。

そういうことがようやく了解できた。これは昨夜12時少し前から読みだして、2時間ほどで読んだ。伝記の作者はなかなかむつかしいことを書かないで一般の人が分かることだけを書いて話をつないでいくのだから、やはり芸がいる話である。

しかし、そういう芸ができないと科学者の伝記は書けないのだと思う、たしかに一般の人にわかるように話の筋をうまくつないでいるのは確かである。

ファインマンの伝記部分では量子電気力学に貢献した、ほかの他の人のこともかなり書いてあり、ファインマンだけには偏ってはいない点でなかなかよいとは思ったが、ゲルマンの部分にはそれはちょっとお添えのようであった。

朝永さんの返答

2018-08-27 14:53:35 | 物理学

先日、雑誌「窮理」の10号が出た。 

その中に原康夫さんの朝永振一郎さんとのやりとりのいくつかが記されたいたが、その中で先日にはふれなかったことをここで書いておきたい。

これは何かの機会に原さんが朝永さん宅にいくことがあったときに、朝永さんに質問したときの返答である。原さんは朝永さんの著書「『量子力学』II(みすず書房)の前半は後半ほどには興味深くはないですね」と尋ねたという。

そうすると朝永さんはそれはそうだと答えたという。それは「前半はSommerfeldの著書に沿って書いたからという」のである。原さんはいう。朝永さん自身が量子力学の理解が難しかった個所は、朝永さんの独創的な説明があるが、理解のやさしいところはSommerfeldの本に沿った説明をされたのだろうという。


朝永の『量子力学』ではいわゆるDiracのhが使われてないために式がとても見にくい。これをどうしてDiracのhを用いて書き直さないのか不思議に思っている。いま英語版も見てみたが、修正されてはいない。


Diracの寡黙とGell-Manのライターズ・ブロック

2018-08-27 13:51:29 | 物理学

これらは天才的な学者であった、二人の家庭環境から来ているらしい。

Diracの父親はスイス出身のフランス語教師であり、夕食のときにDiracにフランス語を話すように強制したために、英語でもDiracはほとんど話さないようになったと言われている。

誰かがフランス語圏からDiracに会いにやってきたときに、フランス語をDiracが解しないと思って一生懸命に英語で話そうとしたとかいう話があり、そのあとでDiracがランス語が話せることを知っておどろいたとか読んだことがある。またフランス語で書かれたDiracの論文もあったはずだ。

同じようにGell-Manも心理的要因から文章が書けなくなるという症状をもっていたらしい。卒業論文は完成するどころか、書き出すこともできなかったというから、Gell-Manのライターズ・ブロックは重症である。そういう病気があるとは私自身は聞いたことがない。

Yale大学では大学院には進めなかったので、MITに進んだという。そこで、Weiskopfにつく。
Wesikopfからは実践的な物理学を学んだという。「数学的洗練さよりも、証拠と一致するかどうかを重んじろ。できる限り単純さを追い求め、決まり文句やもったいぶった言い方は避けろ」

これはなかなかいいアドバイスである。こういうアドバイスをする人はその当時はほとんどいなかったのではないか。私などが育ってきた研究雰囲気と似通っているが、それは横道にそれる。

Gell-Manの優れた点は問題の表面的な細部に惑わされずに、「分析的な目」で、その裏に隠されたパータンを見抜く才能にあったという。

ただ、列伝の著者も彼が少し嫌な性格の持ち主であったことをほのめかしているようだ。


アンソニー・トウ教授に文春がインタビュー

2018-08-26 09:30:03 | 日記
彼は中川智正さんが刑務所にいたとき何回も面会に行ったという、アメリカの毒性学の権威である。そのインタビュ-記事が出ている。中川さんとの英文の論文も書いたという。

中川さんの生前には面会の内容を出版しないようにとの要請が中川さんからされていたという。それでトウ教授は出版を控えていたらしい。

それでも先日の中川さんの刑の執行でその約束を守らなくなくてもよくなったので、出版をしたらしい。そのうちに日本語訳も手に入るようになるのであろう。

トウ教授は中川さんは聡明な方であるから、その論文の執筆はそれほど苦労しなかったというようなことを述べていた。

今朝起きてみた特記すべきニュースである。


徳島科学史研究会の講演はおわったが、

2018-08-25 22:16:54 | 日記
つぎは論文の執筆である。こちらのほうが大きな問題である。9月末までに原稿をつくらなければならない。講演はそのときがよければ、いいのだが、論文は後にまで残るから大変である。

武谷批判もあるが、これはあまりにも武谷はあまりにも科学主義だというものだ。どうもそうではないらしいというのが八巻さんや私の考えである。

科学至上主義だというのは金山浩司さんを筆頭にする人たちであり、塚原さんもそうであるかもしれないが、塚原さんは一面では武谷におおいに共感を覚えると言っている。

それが本当だと思う。武谷は文学にも音楽にも理解や造詣の深い人であり、単なる科学至上主義者ではない。

もちろん、運動のある段階では科学至上主義に見える振る舞いをしたり、ヒューマニズに訴えてみたり、なかなか一筋縄ではとらえられない。


今日は徳島科学史研究会

2018-08-25 11:01:38 | 日記
が午後にコミセンである。お昼過ぎには出かけるつもりである。ノート型のパソコンをもっていかねばならない。

これは皆さんがパワーポイントで発表するのが普通となっているからである。参加者はあまりおおくはないが、それはしかたがない。

夜は南堀端のアミティエで懇親会をする。最近の数年間は松山で総会をするときには懇親会場にはいつもアミティエをつかっている。

生誕百年のファインマン

2018-08-24 17:40:21 | 物理学
雑誌「数理科学」の9月号に江沢洋先生が「ファインマンの物理学」を書いている。それで知ったことを一つ。

ファインマンは若いころ原爆の開発に加わった。そしてそのことで苦しんでいたというのだ。

ファインマンと言えば、その物理学の特異さで有名だし、道化師のようなところもある。また、『ファインマン物理学』6冊(岩波書店)でも有名である。

この原子爆弾を開発したという、心の重荷は1945年から1947年に量子電磁気学研究をするようになるまで彼の研究を妨げていたという。

広島にもファインマンは訪れたことがあると聞いているが、そのときに平和記念博物館をファインマン夫妻が訪れたかどうかは大学での私の先生の一人である、故人のS先生からは聞いたことがない。

結構ナイーブな人だったのだとすれば、平和記念博物館を訪れることはできなかったかもしれない。

2番目の奥さんと結婚していた当時らしく、宮島の厳島神社を夫妻が訪問した時、ファインマンの奥さんが、釣り下げられた灯篭だったかの由来を話をしていたとか聞いたことがある。なかなかいい奥さんだったとはS先生の評価だったが、ファインマンの2度目の結婚はうまくいかなくて、数年で離婚してしまった。


山崎正勝さんの「マンハッタン計画と科学者たち」という記事も読んで考えさせられた。ドイツが原爆を開発する可能性がないと知ってマンハッタン計画から離れた科学者はロートブラットただ一人だったが、それはイギリス人の科学者でロートブラットの先生であった、チャドウイックからそのことを聞いたただ一人の科学者であったという。

他の大多数の科学者には秘密にされていて、知らされなかったという。



体系的な書物を著した人たち5

2018-08-24 15:49:51 | 物理学

和田純夫『物理のききどころ』全6巻(岩波書店)はそういう体系的な書物の一つであろう。私も『量子力学のききどころ』をのぞく5つの巻は購入してもっている。

調べてはいないのだが、和田さんはほかの出版社からもそういう体系的な本を書いているから、そういう
体系的なことに関心をもつ人なのであろう。

数式が読みやすくていいのだが、見開きの2ページで説明をするのはなかなかつらいところもある。

力学、電磁気学、量子力学、熱・統計力学、振動・波動、相対論的物理学の6つの巻である。
 


先制予防原則なんて用語は

2018-08-24 13:29:57 | 日記
最近知ったばかりの語だが、それでも知った後では朝日新聞の数日前に読んだ社説で使われているのをみた。知る前にはその語をみても理解はできなかったであろう。

確かに、新聞記者は新しい概念を知っておくことが必要であろう。もっともそれほど新しい概念なのかどうかは疑問である。むしろ適切な用語が考えられなかっただけである。

武谷三男が農薬の人間への悪影響ないとはっきりしないうちは使うべきではないといい、悪影響が証明されていないからと言って、それは無害であるかのような言説は人体実験であるとまで強い言葉で言い切った。

彼がはじめてこういう状況に接したのは核実験の放射線被害のことであったが、人類が全滅した後になって放射線の被害が証明されるというのは科学の無力を示すものに他ならないと述べた。

独占資本は利益があがるとなれば、まさに人類が全滅の危機に瀕していても利益上げようとするものである。もっとも害がはっきりとしている場合にはさすがに利潤を優先はしないだろうが、害がはっきりしないならば、自分の利益を上げることを優先する。

早口ことば

2018-08-23 15:15:18 | 日記
いま知ったフランス語の早口ことばである。

Un chasseur sachant chasser san son chien est un bon chasseur.

アン シャスーウル サッシャン サシェ― サン ソン シアン エ タアン ボン シャス―ウル

(犬を連れないで狩りのできる狩人はよい狩人だ)

少し練習するとうまく発音できるようになる。

sachantは動詞savoir(知る、できる)の現在分詞である。できるという意味のことばにはフランス語ではpeuvoirとsavoireとがある。「車の運転ができる」とはOn sait conduir. などという。


習得してできるようになったことはsavoirを使う。Je sais nager, mais je ne peux pas nager.

などという。すなわち泳ぐことはできるが、風邪をひいているからいまは泳げないという風に。

表を画像として取り込めるか

2018-08-23 11:19:16 | 日記
数学・物理通信の8巻8号の原稿のつもりである方の原稿をlatexに変えている。ところがこの方の原稿はほとんどが表である。

いままで数日latexの表として表を作成してきたのだが、これだともすごい時間がかかる。もしか、表を画像として取り込むことができると作業は大いにはかどることに気がついた。

そういう考えをもったが、問題はワードの表をlatexにうまく画像としてとりこめるかである。前にもそのようなことをした覚えがあるが、どうやったのかは覚えていない。
それで今日はその可能性を調べることにしよう。

昨日でいちおう8月25日の徳島科学史研究会総会のパワーポイントの原稿をつくったので、ほかの作業をする余裕がでた。

数学・物理通信の発行の準備は6号、7号に関してはかなりできあがっている。ただ、8号に関してはまだまだである。2つのlatexに変換する必要のある原稿が手元にある。

それに処置を決めかねている原稿もいくつかある。