物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

私の日常にしていること

2017-06-07 12:54:09 | 日記

毎日、何をしているか。暇を持て余してよからぬことをするのではないか。これは多分に私に対して他人が考えることである。

それで自分のやっていることをふり返ってみよう。毎日、朝は大体において午前中に新聞を読む。これはかなりの時間をとる。最近はもう見出しをみてこれは読まないと先に決めてしまうところも多い。

それから、仕事場に来てお昼前からお昼過ぎにかけてブログを書く。これはテーマが見つからないときも何か書く。これにはかなり時間がかかる。

それからNHKのラジオのドイツ語講座とフランス語の講座を聞く。それぞれの放送時間は15分である。フランス語の講座は聞けないときが多い。それにブログを書いている途中で放送が始まったりすることもあるので、そのときはあまり集中して聞けない。12時からはラジオ体操をする。

午後の再放送についてもほとんど同様である。午後に時間があれば、数学エッセイの原稿を書いたり、居眠りをしたりする。

そうこうするうちに、夕方になると7時前には帰宅をする。夜はテレビを見たり、本を読んだりするが、テレビは意識して切って読書をするように努力をしている。大体、11時ころから12時または12時30分まで本を読んで就寝する。

これが大体の私の毎日である。そういう日常で私のしていることは

第一に 3か月毎のサーキュラー「数学・物理通信」の発行である(注)。これは2009年12月からはじめた。通巻50号はすでに過ぎた。

第二に、雑談会という会を毎月(8月を除く)開いている。これは月に1回だが、第4土曜の午後の3時間ほどをこれに使っている。これは私自身や友人たちがあまり人と話をする機会が減ったということでの集まりである。これもすでに70回を越えた。世話人の N さんの提案で毎回誰かが報告者となるのだが、報告者がいなくて本当の雑談になることもある。

第三に、木曜の夜はドイツ語の夕べがあり、そこで数時間ドイツ語を話す。もっとも私は黙って他の人がドイツ語を話すのを聞いていることが多い。これは私には話題がないこととと十分なドイツ語の話す力がないことによる。

第四に、その前にいつも木曜には前回の会合の要約のドイツ語をlatexでまとめている。この作成には大体2時間くらいかかるが、A41枚から多くても2枚くらいの分量である。

もっともその蓄積はかなり多くなっているが、その資料をきちんとUSBメモリーに保存しているかどうかは最近ではどうもあやしくなっている。これはドイツ人の R 氏が定年退職したら、単語集を編纂でもして生計の足しでもできたらいいのにという私の考えからはじめたことである。もっともこの資料は数回後のドイツ語の夕べでの復習材料となってもいる。

第五に、一年ほど前までは火曜日の夜は2時間のテニスに出かけていたが、昨年の5月末でこれはやめてしまった。

第六に、妻と一緒に市民コンサートに音楽を聞きに数か月毎に出かけていたこともあったが、これは経済的理由で最近やめた。毎月数千円の支出が家計に重くのしかかるようになってしまったから。

第七に、「ドイツ語圏とその文化」というサーキュラーをこれは不定期刊行で発行しているが、これは本当に気が向いたらであってあまり熱心に発行してはいない。それでも6号くらいはすでに発行したろうか。

(注)サーキュラー「数学・物理通信」はメール配布(無料)である。私の知人・友人等へメールで配布されている。また名古屋大学の谷村省吾さんのサイトにそのバックナンバーがある。インターネットで、「数学・物理通信」で検索すると到達できる。


結城浩さんの仕事のしかた

2017-06-07 11:58:23 | 日記

たまたま県立図書館に本を返しにいって、『数学ガールの誕生』(ソフトバンク・クリエイティブ)を借りてきた。

これは基本的には結城さんのどこかでの講演の記録だが、おもしろいのはその後に参会者との質疑応答がある。それがおもしろい。というのは結城さんの仕事のしかたがわかるからである。

結城さんは一つのテーマについて本を書こうと思ったら、そのテーマにについての本を30冊ほど読み、それらから自分の理解できたことをほぼ3冊分の本の原稿に書き、それを1冊の本にまとめると答えている。

これはなかなかできないことであるのに、すごい努力である。当然のことではあろうが、自分の理解できたことしか書けないといわれる。

私が『四元数の発見』(海鳴社)を「数学・物理通信」に連載をはじめたときはまったく四元数についてわかっていなかった。

もちろん、四元数がどのような考えから考え出されたかについての、一つの手がかりはつかめていたけれども、堀源一郎さんの書いた『ハミルトンと四元数』(海鳴社)の第2章のハミルトンのノートの訳の内容が把握できなくて、私が愛数協の機関誌「研究と実践」にすでに書いていたことしか自分の知っていることはなかった。

その後、この堀さんの本の第2章を解読できたのは奇跡としか言いようがない。大体、私にそんなことができたとは今でも信じられないくらいである。私は自分の頭の悪さを自覚しているから。

もっともこの解読を評価してくださったのは四元数と八元数の物理への応用を専門にしておられた M さんくらいで他の人からはあまりけなされたこともないけれども、ほめられたこともない。

いやいや、またまた道をはずしてしまった。自分の本のことを書くつもりはなかった。結城さんの仕事のしかたについて書くのが私のしたいことであった。結城さんは最近では「ベクトル」とか「三角関数」とか「式とグラフ」とかの高校数学から大学数学へかけたテーマも扱うようになっておられる。

以前は「フェルマーの最終定理」とか「ゲーデルの不完全性定理」だとか「ガロア理論」とかいうちょっと私の手の届かないようなテーマを手掛けており、いわばグレート・ストーリ・テラーであるといってよい。

こういうテーマなら確かに30冊の本を読んだり、原論文にあたったりしなくてはいけないだろう。結城浩さんは得難い貴重な数学についての著作家であろう。こういう人が出てこられたということは日本の文化の大きな成果でもあろう。

こういうすばらしい人と私が競争するなんてことは考えられない。私などは小さなテーマのエッセイを書くので精一杯である。

(注)はじめに書こうと思った結城さんの仕事のしかたについてにあまり書けなかったので、ぜひ続編をこのブログに書きたい。