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不適切であっても

2017-03-15 14:28:51 | 政治
処世術は、この世 (現実) の内容からなっている。今だけ、金だけ、自分だけの内容で、利己主義である。だが、個人間の利害対立により団結できない。
職業には貴賤がないが、人生には貴賤がある。処世術にたけた人間の行為は、不適切であっても、違法性がない。法の網の目を潜り抜ける方法にたけているからである。これは天皇の行為の真逆であって、純粋な人間の行為とは言えない。処世術の方向は、純粋の逆を向いているので、その達人は純粋でなく、処世術の追究には行き止まりがある。我々は、この世の心配りだけでは、精神的に閉塞する。
哲学は、非現実の内容からなっている。個人個人で内容が違うから、個人主義が必要である。世界観に基づく個人意見には、個人判断があるので価値が有る。永遠の内容を達成するために、利己の壁を越えて大勢の人が団結できる。’今だけ’ ではなくて、’永遠に’ である。’金だけ’ ではなくて、’目的の為に’ 金が必要になるのである。’自分だけ’ ではなくて、’万人のため’ である。
現実のみを知る人間は、哲学ができない。非現実の内容を受け入れる余地が脳裏にないから、無哲学・能天気でいる人間は英米の高等教育を受けると挫折する。留学にも魅力を感じない。目先・手先の判断ばかりで、究極の理解には無関心でいる。これでは、人を感心させるには至らない。力の結集もおぼつかない。自分だけに戻ってしまう。
我々日本人は英語をも勉強して、非現実の内容をも考えられるようにしよう。そして、世界に向かってこころを開こう。



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