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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

平和憲法

2016-05-23 00:05:22 | 政治
>*アメリカの基地なんか日本には要らない、、アメリカの基地があるから日本は狙われるのだ、、日本は、これ以上の混沌は要らない、、日本の平和憲法を尊守し、武力は捨て、、今の、、現在の平穏を守っていくべきだ、、。

平和憲法は哲学 (非現実) の内容でしょう。現実対応の手順書ではないでしょう。

>それが、国際的に尊重され、大いに発展、進歩する日本の社会になる、、。

その内容は努力目標ですね。国際的な話し合いが必要になりますね。

>武力を持ち、隣国と刺激しあい、、紛争国家の仲間入りするから、、平穏が乱れるのだ、。

そうですね。お互い様ですね。話をまとめる自信はありますか。

>日本の平和憲法を守ろう、日本の平穏を守ろう、、!

無哲学・能天気な日本人は、哲学 (非現実) を処世術 (現実) の口実・方便として利用しているのでしょう。それは自己利益の増大のみを図る処世術でしかないでしょう。
非現実を現実の内容に変換する方策をお持ちですか。それとも、他力本願・神頼みを狙っているのですか。

>そして、世界に尊重され、、世界の真の平和に貢献できる国にしよう、!

頭でっかちの思いつく曲学阿世の方法では、世界に通用しないでしょうね。唯我独尊で孤軍奮闘して自己満足する。相手と世界観比べの話し合いができない。世界の孤児か。哀しからずや。

>日本人の血となり肉となっている日本国憲法が世界に通用する時代を創ろう、、!

世界観の欠如、自分さえ善ければ、相手を説得する力に欠けている。相手との大同の成立に力を入れるのではなくて、自分の小異を強調してうぬぼれる。修身教育の成果であるか。出世欲の表れか。


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平和憲法

2016-05-23 00:05:22 | 政治
>*アメリカの基地なんか日本には要らない、、アメリカの基地があるから日本は狙われるのだ、、日本は、これ以上の混沌は要らない、、日本の平和憲法を尊守し、武力は捨て、、今の、、現在の平穏を守っていくべきだ、、。

平和憲法は哲学 (非現実) の内容でしょう。

>それが、国際的に尊重され、大いに発展、進歩する日本の社会になる、、。

その内容は努力目標ですね。相手国との話し合いが必要になりますね。

>武力を持ち、隣国と刺激しあい、、紛争国家の仲間入りするから、、平穏が乱れるのだ、。

お互い様ですね。話をまとめる自信はありますか。

>日本の平和憲法を守ろう、日本の平穏を守ろう、、!

無哲学・能天気な日本人は、哲学 (非現実) を処世術 (現実) の口実・方便として利用しているのでしょう。それは処世術でしかないでしょう。
非現実を現実の内容に変換する方策をお持ちですか。それとも、他力本願・神頼みですか。

>そして、世界に尊重され、、世界の真の平和に貢献できる国にしよう、!

頭でっかちの思いつく曲学阿世の方法では、世界に通用しないでしょうね。唯我独尊・孤軍奮闘・自己満足。話し合いができない。世界の孤児か。哀しからずや。

>日本人の血となり肉となっている日本国憲法が世界に通用する時代を創ろう、、!

世界観の欠如、自分さえ善ければ、相手に対する説得力がない。大同の成立に力を入れるのではなくて、自分の小異を強調する。修身教育の成果であるか。うぬぼれの強い性癖か。







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問題がある

2016-05-20 02:22:50 | 教育
> 「学校教育には問題がある」という事はわかる。しかし、「では、どうするか?」という思考、行動に結びついていない。

同感です。「どうする」は意思 (will) の内容に対する疑問で、意思は未来時制 (future tense) の文章内容です。日本語には時制 (tense) がないから、日本人は意思を表せない。
意思 (非現実) を日本語で無理に表現しようとすると、「そんなこと言っても駄目だぞ。現実にはそうなっていない」と反論されて、それでおしまいになります。

> まさに、この状況こそが、「考えさせない教育」によって大人になった自分の現実なのだ。問題意識発では思考は働かない。問題意識で留まる事も「考えさせない教育」の効果なのだろう。

同感です。問題には答えが必要ですね。そうでなければ、いつまでたっても問題解決にはならない。
考えの内容は非現実です。日本語は現実の内容しか表現できないから、非現実の内容は ‘うそ’ になります。これでは、議論ができません。

> この負の連鎖を自分達の世代で食い止めたい。

同感です。それには時制ある言語を使った考え方の練習が必要でしょう。その言語は英語です。英語は考える力を我々に授けてくれます。実行には思い切った決断が必要です。優柔不断・意志薄弱では、負の連鎖は断ち切れないですね。

> 突破口は「可能性発」の思考。学校教育以外の可能性に目を向ければ、このサイトを始め、無数の可能性のある情報を得る事が出来る。

‘Yes, we can.’ ‘学校・学校以外’ には関係がなく、これは言語の問題でしょう。
使用言語の問題ですから、日本人は上から下まで、切って揃えられたようなメンタリティになります。
自分自身の考えを表現できないから、愚鈍・愚直の世の中になっています。

> その「可能性」に照準をあて、その可能性の実現に向けて「どうする?」一人ではなく、みんなを巻き込むには「どうする?」思考が働き始め、行動の欠乏、それを実現するための力の欠乏が生じてくるのを感じている。

同感です。意思が無ければ力が出せない。無力感 (sense of impotence) にさいなまれます。
非現実の内容を現実の内容に変換できれば、我々は創造をしたことになります。「どうする」には、「英語を習い、英語で答える」が答えです。一人ではなく、国をあげての運動が必要です。
問題克服の道筋は、未来時制の文章内容で展開可能です。だが、日本語には時制がないから、英語を使ってその内容を言い表すことが必要です。だが、日本人には、その意思を示すことが難しいでしょうね。



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曲学阿世

2016-05-16 09:24:38 | 政治
私は、東京の大学に進学するときに、’頭でっかちになるな’ と、田舎の衆から忠告された。今考えてみると、本当にそうだと思う。
現実肯定主義の日本人は、西洋哲学を学んでも、頭の中には入らない。非現実の内容を語っても、’そんなことを言っても駄目だぞ。現実はそうなっていない’ と言い返されるばかりである。意味のない知識をつめこんで、ただの頭でっかちになるだけであるから、曲学阿世の輩は、哲学 (非現実) を処世術 (現実) の口実に使う。曲学阿世とは、学問上の道理まげて世間の人気にこびへつらうことを言う。これしかない。考えの混乱・東洋の阿呆というものであろうか。
日本語には時制が無いから、実況放送・現状報告の内容以外は言葉に言い表せない。だから、日本人には非現実の内容は考えられない。非現実の内容は想定外となっている。最悪の事態の内容は、目の前に起こっている事ではないので、想定外となっているのである。活躍しない自衛隊は、税金の無駄遣いと考えられている。自衛隊が活躍しなかった現実が我が国民にとっての最高の幸福とは考えられてはいない。これでは、危機に備える国防論は成り立たないので、精神状態はきわめて危険である。我が国民は頭に致命的な欠陥のあることを知らなくてはならない。哲学者・政治家・教育者は責任を感じなくてはならない。
平和憲法は、政治哲学である。遠い未来の行き着く先の内容を示している。我が国は、無哲学・能天気の民族国家である。だから、哲学は知っても役に立たない。そして、それを処世術に切り替える。哲学の無い政治家は、政治音痴の政治屋になっている。彼らは来るべき世界の内容を提唱しない。
この現状を幸いとして、我が国の防衛を外国人に担わせるときの口実に使う。’当方には立派な平和憲法があるのですよ。残念ながら、日本人は戦うことができません’。 ‘どうぞ、我が国のために戦ってください’ という。これは、世界にも見られない極上の口実であると、一般には信じられている。どうして日本人はこうも頭が良いのかと思っている人も多いと思うが、悪知恵とちがうのかな。
インテリで哲学を信じる者はいない。だが、習い覚えた哲学の利用法として、処世術の中で口実・方便として役立てることを知って得意顔をしている。西洋から得た知識の片鱗を見せて、進歩的である思い込み得意顔をしている。ちょうど釈迦如来の手のひらの上で得意顔をしている孫悟空のようなものである。彼には世界観がない。この口実を告げられたアメリカ人で、日本人の欺瞞に気づかない者はいない。安保ただ乗りか。
時制ある英語を学べば、非現実の内容を理解できていない人間は、未熟な子どものようなものであることがわかる。英米の高等教育は、子供を大人にするための教育である。この教育に失敗すれば、民度は子供の水準にとどまる。どうか、このことを確かめてみてもらいたい。
日本人は教養がないから、相手に対する説得力に欠けている。そして、我が国の出版物は英米のものに比べて質が劣る。新聞に ‘THE WALL STREET JOURNAL’や ‘Financial Times’,のようなものが無い。週刊誌に‘Newsweek’や ‘TIME’,のようなものがない。科学雑誌に ‘NATURE’や ‘SCIENCE’,のようなものが無い。これでは国際社会において名誉ある地位を占めることはできない。

イザヤ・ベンダサンは、自著<ユダヤ人と日本人>の中で、我が国の評論家に関して下の段落のように述べています。
評論家といわれる人びとが、日本ほど多い国は、まずあるまい。本職評論家はもとより、大学教授から落語家まで (失礼! 落語家から大学教授までかも知れない) 、いわゆる評論的活動をしている人びとの総数を考えれば、まさに「浜の真砂」である。もちろん英米にも評論家はいる。しかし英語圏という、実に広大で多種多様の文化を包含するさまざまな読者層を対象としていることを考えるとき、日本語圏のみを対象として、これだけ多くの人が、一本のペンで二本の箸を動かすどころか、高級車まで動かしていることは、やはり非常に特異な現象であって、日本を考える場合、見逃しえない一面である。 (引用終り)

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神格化の否定

2016-05-09 15:42:09 | 政治
>昭和20(1945)年12月、GHQは我が国と神道(しんとう)のつながりを断ち切るため、国家が神道を支援したり、あるいは普及させたりすることを禁止する神道指令を発しましたが、その次の段階として、天皇の神格化を否定しようと考えました。

日本語の階称 (言葉遣い) による ‘上とみるか、下とみるか’ の判断は、天皇の神格化につながりますからね。天皇の神格化は、アメリカ人には考えられないこと。法王 (現実) も神様 (非現実) にはなれないのだから。無哲学の国民には、これは分からぬこと。

>しかし、これをGHQの主導で無理やり行えば、日本国民の反発を招き、占領政策に悪影響となるのは確実でした。
>このため、GHQは昭和天皇があくまでも「自主的」に神格化を否定することを期待したことで、その意を汲(く)んだ宮内省によって、GHQを納得させることができる詔書の作成が行われました。

天皇の神格化否定されても、我が国の人間序列が消滅するわけではない。無哲学・能天気な人間の発する ‘上意下達’ が無くなるわけではない。日本人には意思が無いので、この場合、上意は ‘上位の者の恣意 (私意・我がまま・身勝手)’ になる。上位の愚鈍、下位の愚直は今なお続く。

>こうした動きに対し、昭和天皇は元々自らが現人神(あらひとがみ)であることを否定されておられたので、特に問題には思われませんでした。なぜなら、天皇と国民とのつながりは、神格化によってのみ保たれるような弱いものではないことを、陛下ご自身が一番理解されておられたからです。

日本語には、階称がある。階称は文法ではないけれども、その使用法を知らなければ、日常会話にも差し支えるほどの重要な意味を持っている。それで、日本人にとって序列判断は強迫観念になっている。敬語を想い起しただけでも、この身がしびれる。’上とみるか、下とみるか’ の想いは、玉砕精神を呼び起こし、海行かば、 ・・・。 これも (修身) 教育の効果であるか。

自己慶賀の話はとてつもなく気持ちが良い。だから、国粋主義 (超国家主義) はやまらない。国際社会の中において、名誉ある地位を占めたい。これも伝統的な向上心の表れであるのか。日本よい国、きよい国。世界に一つの神の国。この道は、いつか来た道。ああ、そうだよ。序列メンタリティは治らない。

日本人の礼儀作法は、序列作法である。我々は、礼儀正しい人間にならなくてはならない。序列判断は、自分の身の回りだけで通用する基準である。哲学が無い。皆に対して大同を提示すことができない。処世術であるのか、世界観がない。’自分さえ善ければ’ である。孤高の人だから、外国人に対して説得力がない。日本人の励みは孤軍奮闘に終始して、常に自己満足に終わる。国際性に欠けた作法になる。一国平和主義のようなものか。諸国民の公正と信義に信頼を寄せる能天気に危険はないのか。

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