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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

リアリティ

2016-11-29 22:18:34 | 政治

カレル・ヴァン・ウォルフレン (Karel van Wolferen)氏 は、<日本/権力構造の謎> (The Enigma of Japanese Power) の<”ジャパン・プロブレム”>の中で下記の段落のように述べています。

>、、、、、日本の社会でいう “現実” (リアリティ) とは、客観的に観察した結果としての実際の事実というより、心情的なイメージに合わせて構築された、そうあるべき “リアリティ” だからである。

日本語脳には、‘今ある姿’ と ‘あるべき姿’ の内容の混乱がありますね。両者の内容が同じ現実の中で、領域を争っている。日本は必ず勝つのか。敗退は転進か。敗戦は終戦か。など、気分・雰囲気の良くなる方法が考え出され、現実を直視する目がゆがめられる。

>そしていうまでもなく、望ましいと想定されるイメージは、そのときその人の属するグループの利益と一致することが多い。 、、、、、

‘今だけ、金だけ、自分だけ’の処世術に徹しているので、他者に対する説得力もない。この世における独りよがりは避けられない。哀しからずや。

>西洋では、現実はそうやすやすと管理されたり、意のままに作り変えられたり、相談で決められたりするものとは、考えられていない。

西洋人には、異口同音をもって現実とする習慣がありませんね。日本人は、声を一つにしてご唱和、実況放送・現状報告の内容を作り上げている。基準はない。ただ、気分に合わせて歌を詠む。現実の声があるのみである。

>つまり、こうあるべきだという任意の考えによって左右されるものとは考えられていない。

現実は、頭の外の内容ですね。’こうあるべきだ’ は非現実で、頭の中の内容ですね。両者は別の個所に存在して、お互いに左右されませんね。そこのところは重要ですね。

>事実、西洋の哲学または西洋の常識の基礎は、人間にはつきものの自己欺瞞をおさえるには、妄想や幻想を入り込ませないようつねづねよく注意することだと教えている。

非現実の内容に矛盾が混入していると、哲学にはならない。空想・妄想になりますね。文章を立てて矛盾を取り除く方法を習得していないと、自己欺瞞から抜け出すことも難しい。

>ギリシャ文明以来、西洋の知の発達の歴史を貫いてつねに強調されてきた戒めが一つあるとすれば、それは、「矛盾を育むなかれ」ということである。この戒めは、論理、数学、科学の根本法則である。(引用終り)

同感です。
言語に時制が無ければ、非現実を内容とする文章ができない。文章ができなければ、考えの言葉に意味もない。その矛盾も指摘できない。非現実の内容に矛盾と同居していては、真理も見えてこない。信じるものは何もない。ああ、むなしい。


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理解と同意

2016-11-28 18:01:00 | 国際・政治

カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、<日本/権力構造の謎・上>の中で、日本語の”理解”について下記のごとく述べています。

>“信念”が社会・政治的状況によって変わり、”リアリティ”も操作できるものであるとすれば、多種多様な虚構 (フィクション)を維持するのはかなり容易になる。

“信念”が社会・政治的状況によって変わるのは ‘その場主義’ ですね。信念という非現実の内容が、現実の内容に置き換わっていますね。
だから、理詰めの議論は必要ない。すべて丼勘定で行く。

>このような虚構によってもたらされる国際的な言語表現上の混乱は、日本の評論家や官僚が”理解”ということばを口にするときの特別な意味づけによって、さらに複雑になる。

日本人の理解は論理ではない。心情である。だから、国際的な言語表現上の混乱は避けられない。

>”相互理解”をさらに深めることかが急務である、という表現をもって強調されることが多い。

そうですね。相互理解とは、なあなあ主義のことです。以心伝心かな。恣意 (私意・我がまま・身勝手) には意味がない。矛盾さえも指摘できない。

>ところが、たとえば日本語で「わかってください」というのは、「私の言っていることが客観的に正しいかどうかはともかく、当方の言うことを受け入れてください」という意味の「ご理解ください」なのである。

そうですね。理屈などを述べる気は毛頭ない。’自分の恣意の存在を認めよ’ とのことでしょう。役人は、’上意下達’ が仕来りですからね。上の者の恣意を下の者に到達させることですね。

>つまりそこには、どうしても容認してほしい、あるいは我慢してほしいという意味が込められている。

平たく言えば、‘恣意を容認せよ’ とのことですね。’許せよ’ということです。我が国の伝統ですね。

>したがって、このように使われる場合の”日本語”の理解は、同意するという意味になる。

そうですね。’長い物には巻かれよ’ という意味になります。さすれば、何事も穏便に済ますことができます。我が国は、天下泰平の国になります。

>だから、”理解”の真の意味は、その人や物事を変えるだけの力が自分にない限り、そのままで受け入れるということである。、、、、、(引用終り)

そうですね。‘力は正義’ (Might is right.) ですからね。昔も今も変わりありません。理解は、観念・諦めのようなものですね。独りよがりの日本人の自信は、外国人を前にしても消えることはない。




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大学に入ると

2016-11-27 02:39:06 | 教育


>大学に入ると馬鹿になるのは「生きた対象=現実」をどうする?という命題に向かっていないからである。

暗記ものに専念するからでしょうね。意思が無くては、’現実をどうする’ の答えは出ませんね。
意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way.) 日本人には、意思がない。だから、方法もない。
意思は未来時制の文章内容であり、日本語文法には時制がない。だから、日本人には意思がない。優柔不断・意志薄弱に見える。無為無策。’座して死を待つ’ ということになるのか。いさぎよいのか。

>仕事の世界はまさに目の前の課題=生きた対象をどうする?が求められている。

そうですね。個人の意思を示す必要がありますね。

>現実から逃避したところ(=大学)で何十年も前の使えない情報を学び続けると確かに馬鹿になりそうである。

暗記ものを学び続けると馬鹿になりますね。現実の変化に対処できない。

>それなら仕事の現実社会に早く飛び込んで、自ら模索しながら「身につける」ことの方がはるかに役に立つ。

専門学校で実学 (技術) を学んで実社会に出る。実業界で活躍するということですね。目先・手先の問題に神経を集中するのですね。これは昔から日本人がやってきたことです。お金になります。でも、お先真っ暗。一寸先は闇。
それは、’今だけ、金だけ、自分だけ’ の処世術だからです。現実対応しか考えていない。

日本語文法には時制というものがない。だから、過去と未来の非現実の内容は文章にならない。文章が無ければ意味もない。矛盾さえも指摘できない。歴史認識・未来構想は出鱈目になる。だから、雑念として捨てておかれる。考察がない。そして、今だけという判断になる。
金は目的に対する手段にしかならない。日本人には世界観がない。移行すべき次の世界は、脳裏に想定されていない。だから、未来社会の建設は人生の目的にはならない。金は金だけになる。内需を掘り起こして我が国の経済の活性化につなげることも難しい。
世界観が無いので、自分と一緒に住む相手を想定することができない。世界の人と対話ができない。協調できない。だから、考えは自分だけのものとなる。私達には、生涯にわたって努力を重ねる価値のある到達点 (偉大な社会) を持たないということです。金の使い道がない。ああ、むなしい。

>大学に行かないという選択肢は馬鹿にならない為にも必要なのだ。

バカを作る大学を選ばないことが大切ですね。だが、我が国には、このような選択肢はない。それが深刻な問題なんです。




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真理の探究

2016-11-21 23:39:25 | 教育

>日本も一時は詰め込み教育が問題視され、ゆとり教育を採用したが、根本的な「受験戦争」がなくなったわけではなく、中身のない道徳の授業が増え、学力のみが低下するという中途半端な結果に終わってしまった。もちろん海外の教育システムをそのまま日本で採用すればうまくいくというほど単純なものではないが、今の教育制度では「子どもに考える時間を与えない」というのが一番の問題点であるように思う。

イザヤ・ベンダサンは、自著 <日本教徒>の中で、議論のできない日本人について次の様に述べています。

>、、、、だが彼 [ハビヤン] は常に、その「破棄した部分」しか口にせず、その「内なる自らの基準」は明示していないのである。

ハビヤンは消去法の専門家ですね。日本人には哲学が無いから、「内なる自らの基準」は明示できませんね。無思想の人ですからね。

>これは、、、、、今の日本人も同じであって、「反論」はできるが、その反論の基準となっている自らの思想を理論的・体系的に明示せよと要求すると、できなくなってしまう。

同感です。日本語文法は今も昔も変わりがない。時制がないから、非現実の内容は文章にならない。非現実の内容は ‘考え’ の内容であって、これは頭の中にある。これに対して、現実の内容は、頭の外に存在する。
自分では考えられないから、他人の考えを頭に詰め込んで頭デッカチニなっている。それを使って代弁する。受け売りする。反論する。’ああでもなければ、こうでもない’ と力説する。このようにして、論客となっている。自らの思想を形成する能力はないので、論拠を明らかにすることもできない。

>従って日本人には論争は不可能である。

そうですね。語る内容は、何せ他人事ですからね。言い放って、顧みるところが無い。とかく、この世は無責任。

>だがそれでいてこの状態を日本人は"科学的”と考える。、、、、(引用終り)

同感です。
科学というのは、現実に基づいた作り話ですね。だから、個人個人で内容が違う。だから、議論ができる。その内容に矛盾が無ければ、それらは全て真理です。だから、真理はいくつでもある。だがしかし、矛盾を除去できなければ、真理などはどこにもない。
現実の世界にある‘嘘・本当’の区別でいえば、科学は‘嘘’ にあたる。だから、書き換えられて進歩する。本当の内容は進歩しない。一つであり、不変です。
日本人は、作り話が嫌いである。非現実の内容を示す文章ができない。文章が無ければ意味もない。矛盾も指摘できない。矛盾の排除の仕方を知らないので、作り話は常に真っ赤なウソになる。だから、やりたくない。真理の探究は敬遠されている。
英米流の高等教育を受けて、非現実の文章内容から矛盾を取り除く練習を受けなければならない。そうすれば、学究的な人になる。

嘘・本当の区別は、現実の世界では有効である。だが、非現実の世界では役に立たない。’嘘・本当’ の質問だけをする人は、哲学 (非現実の内容) のない人である。
例えば、地球の始まりを本当に見た人がいるのか。恐竜の生きているのを本当に見た人がいるのか。原子の手を本当に見た人がいのか。など、すべては ’見てきたような嘘’ である。
現実の話は低俗である。非現実の話は高尚である。高尚な話ができなければ、真理の探究もまた難しい。
学生たちよ、英米人と日本人では頭の使い方に違いのあることを知らなくてはならない。

>日本人は学校教育がダメだとわかっているから、ほとんどの人が子どもを塾に通わせる。
>僕の息子は9歳。
>クラスの41人中27人が塾に通っているらしい。
>つまり、日本では子どもの教育にお金をつぎ込めばつぎ込むほど、子どもは成功するということ。
>ちなみに僕は6人兄弟。
>6人とも普通の小中学校を卒業して、塾や私立校には通わなかったけど、全員イギリスの大学を卒業したし、兄弟のうち2人はイギリスでトップ10に入る難関大学を卒業した。
>でもこういう話って、日本じゃあまり聞かないよね。


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内部留保

2016-11-17 17:05:41 | 政治
内部留保

>  村上氏は「お金があるのに回っていない。>マイナス金利でお金はあるはずだが、投資やリスクマネーに向かっていない。>これは仕組みの問題だ」と指摘。

‘金は十分あるのだから、わざわざ投資やリスクマネーに向かわせる必要はない’ というのが民の考えでしょう。
国内需要を掘り起こして、我が国の景気回復を助ける手段は無いように見えますね。
金は、目的に対する手段にしかならない。目的が無いのだから、金はひとまず手元に置いておく。この調子で、人生の最後まで行くのが通例か。

>その上で、「日本の1番の課題は、持ち腐れとなっている宝を結果につなげるための仕組みをいかに構造改革で作っていくかだ」と述べ、痛みを伴う構造改革の必要性を訴えた。

日本人には、世界観がない。’あるべき姿’ の未来社会が存在しない。未来社会の内容が人生目的になっていないから、余った金はひとまず、手元に置いておく。’アメリカ人は金には厳しいが、寄付には案外金を出すのだよな’ と国際交流協会の会長が漏らしていた。’あるべき姿’ の内容は、非現実である。われわれの伝統的な判断によれば、現実の内容は本当であり、非現実の内容は嘘である。理想は ‘あるべき姿’ であり、嘘・本当の ‘嘘’ に当たる。だから、現実離れをした話は信じられない。’あるべき姿’ の社会建設は思い当たらない。その投資には魅力がない。昔からある.‘今だけ、金だけ、自分だけ’ の我々の処世術には夢がない。ナウな感じで生きている。
夢は非現実の内容である。非現実はリスクである。日本人の非現実は無謀である。それには筋が無い。未来の内容は日本語の文章にならず、意味もない。矛盾さえ指摘できない。だから、話にならない。
非現実の内容をこの世で実現すれば、それは創造である。
現実の内容をもう一度再現すれば、それは模倣である。
我々は明治以来、模倣ばかり励んできた。だから、金があまっても夢がない。創造がない。未来社会の建設が始まらない。脳裏の構造改革が必要ですね。











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