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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

大学教育

2017-02-25 11:32:56 | 教育



>残念ながら、日本には胸を張って「勉強している」と言える学生は多くはない。>だからこそ、「学生に勉強をさせろ」というのは、当然の主張だ。

何を勉強させたらよいのでしょうかね。

>しかし、学生が勉強しないのは、単に怠惰だからではないのではないか。>、、、、、、成績や専攻を軽んじる社会では、大学で勉強する必要がないのだ。

我が国には教養というものが無いのですから、成績も専攻も気にならないのでしょう。

>なぜなら、まだまだ就職時に大学名や大卒資格を重視する学歴主義が残り、大学教育の中身自体が信用されていないからである。

大学教育の中身自体を評価する伝統はありませんからね。大学名や大学資格は、有難いお経のお題目のようなものかもしれない。

>偏差値が違う大学の成績を比較することはできないため、大学名を重視するのは、ある意味合理的かもしれない。

偏差値信仰と大学名信仰ですね。信仰の国・伝説の国というところでしょうかね。ああ、むなしい。

>また、有名大学に合格した学生を評価すること自体が間違い、というわけでもない。
>とはいえ、大学名で学位の価値が決まるのなら、学生が「なにも入学してから必死に勉強することはない」と思うのは仕方ないことだろう。

もっともなことです。何も勉強したくて入学したわけでもない。必死に勉強することもない。だから、キャンパスでは、退屈男・退屈女となります。遊んで暮らすのか。

>「学生が勉強しない」ことの根本的な問題は、「学生の勉学に対する姿勢」ではなく、大学名を重視する学歴主義や、大卒であるという事実だけを採用の指標にする考え方にある。

権威主義ですね。それ以上の判断材料が無いからでしょう。

>求められているのは、「学生が勉強しないから卒業を難しくする」といった、その場しのぎの対処療法ではない。

同感です。原因がわからないから、対症療法になるのでしょう。原因の究明と原因療法の開発が必要ですね。

>「大学で勉強した内容を評価する社会」への、評価基準の本質的な変革が必要とされているのだ。

そうですね。同感です。無哲学・能天気の日本人社会では、英米流の高等教育の内容は評価されませんね。海外で本格的に高等教育を受けた者は、日本人社会で浮き上がってしまいます。だから、評価基準の本質的な改革が必要ですね。
現実の考えは、実学 (技術) となる。その内容は、頭の外側にある。見ることが出来る。見ればわかる。内容は万人共通である。内容が低俗である。世渡りの方法となる。処世術は、今だけ・金だけ・自分だけとなる。残念ながら料簡が狭い。
非現実の考えは、哲学 (教養) となる。その内容は、頭の内側にある。見ることが出来ない。話を聞いても理解できないこともある。個人・個人でその内容が違う。内容が高尚である。人生の指針となる。個人の使命は、永遠・理想・全世界に広がる。政治に必要な構想で、この哲学が無いと国民は政治音痴になる。だが、他方では、理想に倒れる危険も存在する。


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信頼関係

2017-02-23 05:10:47 | 文化
>[ワシントン 2017年2月10日 ロイター] - ワシントンを訪れている安倍晋三首相は10日、トランプ米大統領と信頼関係を築き、日米間の堅固な同盟関係を強調したいと述べた。

インド人は世界観を持っている。前世・現世・来世など各種世界のあることは、インド哲学として日本人でもよく知っている。各種世界の有様はヒンズー語の時制によってそれぞれの世界の文章内容になり、果てしなく展開することが可能になる。聖地に赴いて、長時間の瞑想に耽る人を多く見かける。各種の世界は非現実の世界である。このような世界観は仏教の教えにもなって我が国に伝えられた。

日米は、お互いの信頼関係が大切である。これは、安倍首相の望むところでもある。
だが、日本人には世界観がない。個人的なこの世の ‘あるべき姿’ を表明できない。日本人にとっての ‘あるべき姿’ は、すなわち現在は ‘ない姿’ である。’ない姿’ (考え) の内容は日本語では語れない。あえて、それを表明すれば、’そんなことを言っても駄目だぞ。現実はそうなっていない’ と言い返されるだけである。日本人は、現実肯定主義者なのである。非現実は常に想定外になっている。

だから、自分自身の ’努力目標’ とか ‘行き着く先’ の有様を語ることができない。日本人は個人的な考えを明らかにすることがない。個人主義がない。すると、相手の個人的な協力も得られな人は、常に ‘つかみどころのない人間’ にとどまっている。無哲学・能天気の人間は、対外的にはどうなるか。これは、重要な帰結であるから、我々日本人は常に心にとどめておく必要がある。

>私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者になり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない。 (これは、あるアメリカの国務長官の発言である)

日本人の社会は、アメリカ人のように一本調子には割り切れない。だが、現在の世界の枠組みは、ほぼアメリカ主導の枠組みになっている。同じアジア人といえども、日本主導の枠組みに入ることない。だから、平和国家の我が国も、国際社会の中で英米流の信頼関係を築くことが必要である。そのためには、我々に理性の教育が必要である。我々が自国の教育の改善にたゆまぬ努力を続けて行くことが解決への道である。


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メルトダウン

2017-02-17 11:21:32 | 政治
>分厚いコンクリート壁で何重にも遮断する。
>しかしこの遮断の恐ろしさは地面下部の処理だ。
>メルトダウンした燃 料はやがて容器下部を突き抜け、建屋下部の割れ目から地 面の中に浸透する。
>もちろん地下水の汚染だ。
>周辺の地下 水は氷土壁によってある深さまで遮断できてもその氷土壁
の高さ以下に侵入するとこれもお手上げなのだ。
>何百年もの間、日本人は東日本にとんでもない『死の墓 場』のお荷物をかかえることになる。
>人間の科学文明の末 路の墓場を見てそのころの人類は何を想うか、何を笑うか。

日本はガタルカナルもインパール作戦も失敗した。太平洋戦争も失敗に終わった。
我々日本人は浅はかである。未来を見通す知力 (矛盾を含まない考え方) がないからである。
平和憲法が我々を必ず護ると考えるのも、早計であろう。
武器さえ使用しなければ、我々は安全であると考えるのも、誤りである。
平和利用だけを考えていても、今回のようなとんでもない危険は存在する。
いつもお目出度いことばかりを考えている。危険の方は想定外。だから、フェイルセーフの考えが発達しない。国家規模で行われる大規模な人体実験になる。本当に、やってみなければ分らないのか。
問題の核心は 、核でもなく、兵器でもなく、我々日本人の頭の中の ‘浅はかさ’ にある。
浅はかさの退治には、理性的な教育が必要である。努力して、我々は教育立国になれるか。必ず、ならなくてはならない。



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歴史教育

2017-02-16 00:22:24 | 教育
>サザンオールスターズのピースとハイライトという曲に❝ 教科書は現代史をやる前に時間切れ そこが一番知りたいのに何でそうなっちゃうの? ❞という歌詞があります。>痛切に今の教育制度を皮肉った歌詞になってますが、確かにほとんどの人がまともに現代史の授業をたっぷり受けて勉強した経験はないですよね。

そうですね。

>これ、なぜだか考えたことありますか?

私も考えてみましたが、日本人は歴史をあまり深くは考えていないということではありませんか。

>これには戦後のGHQと日教組との関わりに深い関係があったのです。>本来日本人が知らなくてはならない歴史教育の本質を一切学ばせない公正な教育を放棄した教育制度。

我が国の歴史教育は、序列制度の歴史でしたからね。民主主義に基づく公正な歴史教育にはなっていなかったからでしょう。

>日本人が近代史をよく知らない衝撃の理由 まずこの問いかけに対しいろいろ教育事情を調べたところ面白い共通点がありました。>一番にあがる理由が 受験に出ないから なんです。

そうでしょうね。受験に出る内容を暗記することが、試験勉強の目的でしょうからね。

>信じられますか?

否定できませんね。やむを得ない事情によるものです。

>日本人が歴史を学ぶ上で最も大事な現代史が受験に出ないから学生は勉強しない、というめちゃくちゃな理論。

これは、選抜試験のための勉強の要領です。学校に通う目的です。

>では、これは普通ではない国の教育方針、現場の状況が見えてきますよね。

残念なことではありますが、これ以上の教育方針は、我が国では立てられないのではありませんか。

>ただ、面白いことに教育現場の先生は教えるべきだが、この理由でムリと葛藤している方も多いようです。

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way.) 日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語文法には時制というものがない。だから、日本人には、意思・方法がない。ムリと葛藤には解決方法がない。先生の教えるべきことは、はじめから指導要領により定められているのではありませんか。

>では、なぜ受験で大切なこの部分を削り、鎌倉時代やら戦国時代やら江戸時代やらに力を入れて歴史を学ばせるのか。

諸説紛々では、答案の採点もしずらいですからね。試験問題は、なるべく答えが一義的に定まる内容のほうが望ましい。これだと、受験生に対する公平感があります。

>なぜ日本人は民間人の大量虐殺をして謝罪もなく完全な国際法違反なのに罪にも問われないアメリカに対し、こうもすんなり受け入れてアメリカに憧れ(特に年配の方)すら抱いているのか。>ここに敗戦国日本の複雑な事情が見え隠れしていたのです。

力は正義ですからね。(Might is right.)

>戦後に日本を占領下にした米国GHQの一番の目的は “日本人から愛国心を奪い、日本人の精神を弱体化させる事” が一大ミッションでした。>最近ではよくGHQの洗脳政策とも言われていますね。

序列による権威主義は良くないですからね。これを一掃したのでしょう。

>GHQが一番力を入れたのが教育制度改革です。

そうですね。民主主義教育を可能にしたのでしょう。

>この政策のため米国教育使節団を呼び寄せ、愛国心、天皇崇拝を持たせる戦前までの教育を一掃させました。>簡単に言うと、『日本人が知るべき戦争の歴史(現代史)を学ばせず何も考えさせないアホな日本人を作ってしまおう』という大掛かりな教育戦略を作ったんですね。

序列権威は否定された。しかし、日本人の知るべき現代史を日本人は自主的に学ぶことは無かったのでしょうね。無哲学・能天気の民ですね。

>この教育方針を実行するには、それを組織化、形式化させる必要があり、そのために誕生したのが日教組です。>ほとんどの公立学校はこの日教組による偏向教育指針で現近代歴史観の乏しい日本人を作り上げていって現在に至っているわけです。

無哲学・能天気の日教組に対抗する勢力は我が国にはないのですか。

>米国による無差別な日本中の大空襲(よく東京大空襲は耳にしますが、空襲は大都市だけではなく多くの地方でも行われ、推定で30万人以上の一般人が被爆死。>その中にはたくさんの子供達も殺されているのです。

戦時中、日本人は何をしていたのですかね。

>仕上げの原爆2発投下で信じられない大量の民間人殺戮、日本兵捕虜に対する不当な扱い、戦後の理不尽、公平性を欠く東京裁判など現代史の真実を紐解くとアメリカには都合の悪い国際法違反行為ばかりがどんどんでてきてしまうのです。>戦後間もない時期にその時代の勉強をすれば、現存する被爆経験者や記録も多数に及ぶためアメリカの行った行為がどんどん明らかになり、米国=悪のレッテルを貼られ、日本人に再び反米精神を芽生えさせてしまいます。>そうなると都合が悪くなるアメリカGHQが行ったのが現代史の思考停止戦略と侵略戦争への自虐性思想へのすり替え教育でした。

力は正義ですからね。(Might is right.)

>そして日本人に西洋の食文化や娯楽など楽しいことをたくさん与えて快楽思想を植え付け、気がつけばアメリカ人万歳!アメリカのものは凄い!最先端のアメリカ人に憧れる~!という洗脳政策をしたんですね。

我々は物質文明を礼賛していますね。

>そして今日。いまの日本人を見れば一目瞭然です。>恐らく正しい知識で現代史を詳しく語り、海外でも対等に話ができる人はどれくらいいるのでしょうか。

日本人は、外国の本を読みませんからね。正しい知識で現代史を語ることはできませんでしょうね。

>完全にGHQにしてやられたのです。

我々は、してやられるばかりですね。どうして能動的な態度がとれないのでしょう。

>グローバルだの何だの言う前にこの現代史に無知な日本人が山ほどいるのは世界的に恥ずべき問題だと思わないといけないですね。

同感です。無哲学・能天気でいては、無知な日本人になるのも仕方ないですね。

>本当の現代史(アメリカがやってきた史実)を知る日本人ならば、隣国の反日問題や安全保障にいちいちコメントを出す米国に「お前らに何も言われる筋合いはない!」と思わないといけないのでは!?

本当にそうですね。アメリカ人と対等に話ができると良いですね。

>教育とはそれだけ大事なことなのだと改めて思い知らされますね。

日本は教育の国とは言い難いですね。日本人は、無哲学・能天気に終始していますね。


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ハニカミと傲慢

2017-02-11 21:47:06 | 文化
>世界で行商人以外の役割をつとめるには、日本は外国人に話しかけられ、外国人と一緒に暮らし、外国人の前でもリラックスし、外国人と議論し、外国人の熱意をかきたてることができる人間を必要とする。

同感です。だがしかし、自分には考えがない。だから、議論ができない。相手にどう思われるか。それが心配である。品定めのことを考えると、つい緊張せざるを得ない。上下判断は、日本人の強迫観念になっているからであります。そうでなければ、我々は礼儀正しい日本人にはなれません。
自分には意思 (will) がない。だから、優柔不断・意志薄弱に見える。外国人の熱意をかきたてることのできる人間にはなれない。

>これはまた日本が世界に陳列してきたほとんど職業的なハニカミを捨てることであり、ハニカミがしばしば隠し切れない日本教の内面的傲慢さも捨てることを意味する。

意思はないが、恣意 (私意・我がまま・身勝手) はある。恣意 (self-will) は、文章にはならないが、小言・片言・独り言のようなバラバラな単語になっている。恣意を露呈することは、恥ずかしいことである。リーズン (理性・理由・適当) がない。日本人の間でさえも、’恥ずかしながら、、、、’ とか ‘甘えさせていただきます’ とかの前置きなくしては表現できないような内容である。
アメリカ人に恣意を伝えれば、’恥を知れ’ (Shame on you!) と一喝されて相手にされない。だから、日本人は仕方なくハニカミ屋になっている。
恣意は、高じて意地・根性の段階へと進む。これは日本教の内面的傲慢さの源であり、大和魂とも呼ばれて、日本人の間では高く評価されている。’コーラは○○○、ボクシングは大和魂’ というCМもあったし、’大和魂、日本は強い。’ というカルタの読み札もあった。これなら、戦争にも勝てるのかな。ハニカミも傲慢も、出所は同じである。それらは、我が民族の ‘恣意’ から出ている。恣意が我が民族特有であるかどうかは、私は知らない。

意思は未来時制 (future tense) の文章内容である。日本語文法には時制 (tense) というものがなく、日本人には意思がない。
意思を表現するには、時制が必要であり、時制は英文法にある。英語を学んで、意思の表明の仕方を学ぼう。さすれば、外国人と議論し、外国人の熱意をかきたてることができる人間になれる。我々は、世界的な役割を務めることのできる日本人になれる。


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