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日本人の知的能力を増進するための提案をするブログです。

松下さん

2017-01-19 05:09:55 | 国際・政治

>・・・・・、国の動きに、あまり力強いものがないし、政治もなんとなく頼りないということになるわな。

そうですね。金は目的に対する手段にしかならないでしょう。国民に確たる目的が無くては、余っている金は、景気回復の起爆剤にもなりえませんね。我々には未来社会の建設が必要でしょう。

>金は出すけど、自分の考えは示さんということでは、軽蔑されるだけや。

同感です。無哲学・能天気ではいられませんね。夢も希望もない ’瘋癲の寅’ にはなりたくないですね。

>これからの日本は、「風格ある国家」を目指さんといかんな。

気分・雰囲気の問題ですか。低俗のままでは風格は出ませんね。人間は、高尚でなくてはいけない。我々には、’あるべき姿’ の明示が必要でしょう。高尚な ’考える人’ になれると風格が出ますね。我々は、まず心を磨かなくてはいけないですね。それには、英米流の高等教育が必要でしょう。

>自分の国のことだけを考えるのではなく、世界のこと、国際社会全体のことも考え行動する。

そうですね。現在の日本人は、’今だけ、金だけ、自分だけ’ の処世術で生きていますね。低俗ですね。地球村に住んでいながら社会性に欠けていますね。我々は世界観 (world view) を持つ必要があります。現在は、釈迦如来の手のひらの上で得意になっている孫悟空のようなものです。世界が全然見えていない。

>企業も国民もまた、思いやりの心を世界に広げる。

同感です。企業も国民も聡明にならないといけませんね。人間には、思慮の深さが必要です。

>自分の言動に責任をもつ。

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way.) 方法があれば、責任が果たせます。
ところが、日本人には意思 (will) がないので方法もない。意思は未来時制の文章内容で、日本語文法には時制 (tense) がない。だから、日本人には意思がない。優柔不断・意志薄弱に見える。自分の言動に責任が持てない。

>そういう国民にならんといかんね。

そうですね。今は、’とかくこの世は無責任’ といったところですからね。国際社会から信頼が得られない。何を考えているのかわからない。考えていないのだから、方針を示せない。方針を示さない方が得策であると考えて、自分はその分賢いのだと考えて安心しないほうが良い。そうでなければ、相手の協力は得られない。

>まあ、国際社会から尊敬され、美しい国民だと言われるようにならんと。

気分・雰囲気の問題ですか。上辺だけでなく、やはり哲学が必要でしょう。相も変らぬ歌詠みではいられませんね。孤高の人にとどまるべきではありません。
国民に ‘あるべき姿’ を考える知力が必要ですね。それを聞けば、人は信頼できる。腹に表現できないどろどろとしたものを抱えているだけでは、相手の信頼はえられない。バラバラな単語は文章にして、明確な意味示すことが必要です。

>そのためにも、日本の国として、そういう方針をつくって、国の内外に、ハッキリと宣言して、それに基づいて、国として、国民として考え行動するようにせんとね。

同感です。国としての方針が必要ですね。未来社会の設計図のようなものが必要ですね。それをみんなで考える。その中で最良のものを我が国の方針に選んで、国の内外にハッキリと宣言する。まずは、国内に確たる構想を育てる個人主義の確立が必要ですね。それは教育の問題でしょう。
教育といえば、今は ‘よみ・かき・そろばん’ の時代を過ぎて、高等教育の時代です。明治は遠くなりにけり。




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考える自由

2017-01-18 00:32:06 | 教育
>……….最近の若い社員は自分で考えない、主体性がないと批判されるし、たしかにそういう面もあろう。>しかし実際には、ほとんどの会社や組織で、それは歓迎されず、むしろ禁じられているのではないか。>学校と同様、発言は求められるが、そこで許容されるのは、正しい答え、よい答え、上司や会社の意向に沿う答えである。

同感です。上司や会社は、自分自身に都合の良い内容の発言を待っていますね。

>そこから外れることを言えば、怒られ、笑われ、諭され、無視される。

そうですね。他人から嘲笑されるような人間になってはいけない。

>そのように自由にものが言えないところに考える自由はない。>結局学校と同じく、仕事も与えられたことを決められたやり方で遂行するよう期待される。

不自由を常と思えば不足なし。

>時に創意工夫は必要だろうし、仕事によっては個々人の裁量が認められていることもある。>けれども、「なぜそうするのか」という質問や「こんな仕事をしたい」という希望は、なかなか受け入れられないだろう。

個人の内容は取り上げられませんね。希望は滅私奉公でなくてはいけないのでしょう。

>同様のことは高齢者になった後も続く。>生涯学習にせよ、養護施設での生活にせよ、高齢者は、自分でどうするかについて考える余地を与えられていない。>医療関係者や福祉関係者が彼らに必要なものを考えて提供する。

日本人には、自主・独立の気風に乏しいですね。

>しかし、高齢者自身の生き方が重要なら、当事者である彼ら自身が何をどうしたいのか発言をし、考える自由が与えられなければならず、また彼らはその自由を行使しなければならない。>そうでなければ、学校教育と同じく、自分で自分の人生の帰結に責任をとることなどできない。>人生の締めくくりの段階が、そんなことでいいのだろうか。

同感です。自己の意思を示せば当事者・関係者となる。意思を示さなければ、傍観者にとどまる。

>地域コミュニティでも同じことが繰り返されてきた。>地元住民が当事者として地域をどうするか考えなければならないはずなのに、それを国や自治体、もしくはどこかの企業が代わって考え、決めてきた。

同感です。国や自治体、企業は責任感なく決定する。

>何か問題が起きたら、住民は行政や企業を非難するが、彼らは責任をとらない。

意思を示せば責任がある。だが、日本人には意思がない。だから責任はない。この国がひっくり返った時にも、敗戦の責任者は出なかった。とかく、この世は無責任。

>当たり前である。>それは彼らの人生ではないからだ。

人生は、処世術を使って護るもの。今だけ、金だけ、自分だけである。

>しかし当事者である住民は、自分たちで考えも決めもしなかったから、責任がとれない。>しかしその結果は引き受けるしかない。

一億総懺悔のようなものか。消極的な人生か。

>まさに学校教育と同じである。

すべては、受け身・消極である。意思が無ければ、能動・積極はない。

>私たちは、自分の生き方に関わることを誰かに委ねるべきではない。

そうですね。我が国は、自国の安全を他国に委ねるべきでない。と同じこと。

>また誰かに代わって考えて決めてあげることもやめなければならない。

そうですね。それは親が子供にすることですね。大人の甘えは許されません。

>人間は自ら考えて決めたことにしか責任はとれない。

意思の無いところに責任はない。

>私たちに必要なのは、考える自由である。

自由とは意思の自由です。日本人には意思がない。意思は未来時制の文章内容で、時制は英文法にはあるが、日本語文法にはない。だから、日本人には意思がない。

>そしてそのためには、何でも話していい場が、つねにではなくても、どこかで絶対に必要なのである。

言論の自由は確保されなくてはなりませんね。

>しかもそれが対話を通して行われれば、自由が自分勝手になることも、責任が個人で背負う重荷になることもない。

対話が談合にならなければよいですね。なーなー主義では対話ができない。我が国の言語教育の問題です。

>お互いの間で承認され、共に享受するものになるのである。

うまくゆくと良いですね。


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知的退廃

2017-01-16 20:49:02 | 政治
>そもそもロックフェラー3世がダレス特使の文化問題顧問として日本に派遣されたのは、トルーマン大統領が1951年に 「心理戦略本部」(PSB:Psychological Strategy Board)を創設したことに由来しています。
>ですからロックフェラーの機密報告書「英語教育プログラム」も、日本にたいする心理戦すなわち「いかにして日本を『半永久的な米国依存の国』にするか」という戦略の一部として提案されたものでした。

日本は根っから甘えの国ですからね。米国依存はお似合いですね。

>松田武『戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー、半永久的依存の起源』(岩波書店)は、1951年1月に日本政府と対日講和条件を協議するために東京を訪問した時のダレス国務長官を次のように描写しています。
>「ダレスは公衆の面前では、日本のことを『戦勝国によって指図される国』ではなく『相談される当事国』と表現し、雅量のある調子で語った。しかし私的な場所では、解決すべき主たる重要な問題は『我々の好きな場所に我々の好きなだけの期間、我々の好きなだけの軍隊を駐留させる権利を手に入れることではないのかね』と側近に語った。…そして実際にアメリカ政府は、日本の領土内に合衆国の基地システムを保持することに成功した。」(126頁)

自己の意思を表明すれば、当事者・関係者となる。意思を表明しなければ、傍観者にとどまる。
日本人には、意思がない。意思は未来時制の文章内容であるが、日本語文法には時制というものがない。だから、日本人には意思がない。我が国は、世界の中にあって、世界に属していない。

>こうして日本は、沖縄の基地問題に象徴されるように、アメリカ兵が犯罪を犯しても、垂直離着陸機オスプレイが事故を起こしても、政府が独自に調査し処罰できない軍事的従属国になっています。そして軍事的に従属しているだけでなく文化的にも従属するようになり、「アメリカのものは優れているが日本のものは劣っている」と思考形態をいつのまにか身につけてしまいました。

日本語には階称 (言葉遣い) というものがある。我が国は伝統的な上下思考の国ですね。自分の身体と子供は自分自身で護る。これは、アニマルの鉄則です。我々はアニマルに劣るのか。

>というよりも軍事的従属は、英語教育などを通じた文化工作の結果として生まれた文化的従属の結果でもありました。あるいは軍事的従属は文化的従属と手を携えながら進行したと言うべきでしょう。

人類の知的財産の大半は英語の文献として蓄えられています。この知的財産を我々日本人は自由に活用できるようにするのが最善の道でしょう。軍事的従属は、他力本願・神頼みです。文化的従属は、井の中の蛙の立場に起因するものです。

>その典型例がカタカナ語の氾濫です。明治の知識人は外来語を何とか日本語に移し替えようとして悪戦苦闘しながら新しい語彙・新しい日本語を創造する努力を積み重ねて来ましたが最近はそのような努力を放棄して、英語教師でさえ意味のとりづらい「コンプライアンス」などという語を、NHKでさえ平気で使うようになってきました。

‘compliance’ とすべきですね。カタカナ語はローマ字 (alphabet) で綴るべきです。そうでなければ、英語を知っているつもりになっていても原書が読めない。外国人にも、カタカナ語を英単語で書いて示せない。

>これは老人や子どもにとって生活上の障害になるだけでなく、明治の知識人が外国語と格闘するなかで日本語を磨き、それを土台にして創造力を鍛えてきた先達の遺産を放棄するという意味で、知的退廃につながっていきます。

二千年前の漢字を使えば、その数は限られ、意味も限られてくる。我が国に押し寄せる非漢字圏の言語を漢字で処理することはできませんね。漢字は本来、中国人の考えを表すために造られたものです。外国人の考えを表すために造られたものではない。

>日本のノーベル賞受賞者の多さも、このような先達の知的努力が生み出したものの成果だとも考えられるからです。

日本のノーベル賞受賞者も英語のおかげで受賞にこぎつけたのでしょうね。

>このような知的努力を放棄しているかぎり、小学校から英語を導入しても、そのような世代からはノーベル賞受賞者は決して生まれないでしょう。

日本語圏から日本のノーベル賞受賞者が出るのではなくて、英語圏から日本のノーベル賞受賞者が出ているのでしょう。

>それどころか、日本の進路を大きく左右しかねないTPP(環太平洋経済連携協定)という協定文書は、正式な交換文書であるにもかかわらず、政府はその日本語版を要求しなかったばかりか、全文の翻訳すらもおこなおうとしませんでした。

これは政府の怠慢によるものですか。

>こうして、国会議員は内容もよく分からないままTPPへの賛成を強いられることになりました。

国会議員もよくTPPの勉強しなくてはなりませんね。

>カナダが、英語国であるにもかかわらず、ケベック州の公用語が仏語であるという理由だけで、協定文書の仏語版をも要求したのと、なんという大きな違いでしょう。

我が国は、英語に弱い国ですから、英語版が入手できると国会議員も助かりますね。

>これはまさに知的退廃の極みです。これでどうして国益を守ることができるのでしょうか。これでどうして安倍首相の言う「美しい国」を築くことができるのでしょうか。

貴方は、知的退廃から逃れる術を何かお持ちですか。



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未来志向

2017-01-13 09:21:00 | 国際・政治
>【ソウル=宮崎健雄】韓国外交省によると、ケリー米国務長官は11日、韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相と電話会談し、「日韓関係が未来志向的に発展し、日米韓の協力も継続することを期待する」と述べた。

同感です。日韓両国には未来志向の協力関係が必要です。
日本語にも韓国語にも文法に時制というものがない。だから、日本人も韓国人も、未来時制の文章内容を自分の考えとして脳裏に蓄えることが難しい。ナウな感じでばかりいる。
お互いに未来に関する考えを熱心に表明する余地が無いのでしょう。だが、未来の内容は非現実であるから、日韓両国の大同になる可能性があることがらで、大切な内容です。

>昨年末、釜山(プサン)の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置され、駐韓日本大使が帰国するなど日韓関係が悪化したことを受け、日米韓の協力に悪影響が及ばないよう韓国側に善処を促した形だ。

少女像は現実の内容であり、日韓ともに気になる事がらであり、小異そのものである。小異を捨てて大同につくことにしたら、韓国側が善処したことになる。だから、大同の内容を明確にすることは是非とも必要なことである。

>釜山の少女像が設置されて以降、米韓外相が電話会談するのは初めて。
>会談は、2015年末の慰安婦問題を巡る日韓合意の仲介役を果たしたオバマ米政権側の要請で行われた。
>ケリー長官は少女像に直接言及しなかったものの、「最近、日韓に困難な状況が生じている」とし、「米国も日韓関係改善や日米韓の協力強化のため必要な役割をしていく」と強調した。

無哲学・能天気の人たちにより、日韓関係に困難な状況が生じています。未来志向の勉強に励みが必要です。遠い未来の我々が行き着く先の内容を日韓で真剣に考えましょう。これが何よりも日韓協力の価値ある第一歩です。

古人は非現実 (あるべき姿) を現実のものとして手に入れるために、並々ならぬ未来志向型の努力をした。その例を以下に掲げます。

>、、、、朝鮮との交易で藩の財政が成り立ってきた対馬藩にとっては、日朝国交回復による通商締結は藩の存亡にかかわることであり、対馬藩にとっては幕府のためだけでなく、自藩のために是非にでもこの日朝関係の修復を果たし、親善使節を招来させたかった。
>そこで幕府より朝鮮外交を一任されている立場にある対馬藩はついに偽造の国書作成と王墓暴きの偽の犯人の差出しという暴挙によってその難局の解決を図ったのである。これが後に「国書偽造事件」として幕府を揺るがす大問題に発展していくことになるのだが、その首謀者は藩主ということにはなるが、実はその知恵袋として常に玄蘇和尚が控えていて、文書作成から実行まで大きな役割を果たしていた。ともあれ、この偽造国書と偽の王墓暴きの犯人の差出しによって朝鮮は、日本の要請に対し使節の派遣を決めたのであるから対馬藩の狙いは見事に当たり思惑通りの結果が得られたわけである。
>国書の偽造あるいは改ざんは、秀吉の時の慶長・文禄の乱時の停戦、調停の働きかけにも行われている事実があり決して初めてのことではない。偽りだますのは決していいことではないが、そのことにより和平が実現し、互いの物心両面において交流を深め共に発展しあうことが出来ることにおいて、玄蘇は偽りでなく、仏教で言うところの方便としての用いていたのかもしれない。(引用終り)

http://www.jyofukuji.com/11-tyosen/2002/11.htm

現代の政治家も、未来志向型の大人にならなくてはならない。小人の争いに明け暮れるのは恥ずかしい。これは、国民の不幸か。小人を出し抜く術策を考える必要がある。


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意思に任せて

2017-01-11 08:58:15 | 文化
>「変わろうと思っても、なかなか人は変われない」というのはよく聞く言葉だ。

同感です。

>しかし、それは、本人の意思に任せているからだとも言える。

日本人には意思がない。
意思は未来時制の文章内容で、時制は英語にはあって、日本語にはない。だから、日本人には意思がない。

>意思が強ければ何も問題はないが、殆どの人間が誘惑に負けしまう。

日本人に意思を尋ねると、’ああでもなければ、こうでもない’ という。’自分はどうであるか’ をいう意思がない。優柔不断・意志薄弱に見える。

>それぐらいの意思に、変わるか変われるを任せしまうのは、負ける博打にわざわざ大金をつぎ込むのに等しい。

日本人には意思がない。アニマルにも意思がない。だから、調教でやる以外にない。

>それよりも、周りの状況をやるしかない環境に変えてしまった方が、どんなに早いだろうか。。。

意思が無ければ、調教によりやらせる。アニマルと同じ。これが昔からの日本人の教育のやり方で、自主性を育てない。
意思が無ければ自主性がなく、気分・雰囲気に弱いので、環境に左右される。歌詠みの素質があるのか。誘惑に負けてしまうのか。

日本語には、階称 (言葉遣い) がある。序列環境の中で持続的な序列順位の争いをさせる。意思の無いアニマルが環境の影響を受けて馬車馬のように走る。
序列判断は、日本人の礼儀作法となっている。人を見損なってはいけないという心配事がある。かくして、上下判断は日本人の強迫観念となっている。
小さな体に大きな望み。青雲の志。無哲学・能天気でありながら、国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。おそらく能天気と名誉は結びつかないでしょうね。負ける博打に大金か。


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