月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

初夏の台所仕事

2020-05-31 | 美味しいもの
今年も実山椒の出回る時期がやってきた。
副作用、コロナでの外出自粛などで、購入のタイミングを逃してはいけないと、いつもの宅配野菜のオプションで実山椒を依頼。
奈良の農家さんが育てた無農薬のものが手に入った。
二人の農家さんのものが混ざっていたので、大粒・小粒と不揃いだったが、それが逆に自然に感じ好ましく思えた。

やわらかいグリーンが爽やかで美しい。


しびれて動かしにくい手先をリハビリのように動かし、3時間かけて小枝取りをした。
(口にさわるので、私はわりと丁寧に小枝を取る)

5分茹でて、何度も水を変えながら4時間かけて丁寧にアク抜き。
齧った時に、山椒のピリリとした刺激は残っているが、苦みや渋みのようなアクは感じなくなるまで。


10~20gずつ小分けにして冷凍しておけば1年もつ。
ちりめん山椒、佃煮、鶏肝山椒煮などになくてはならない。

去年の山椒も、先日の山椒昆布作りでちょうどなくなったところだ。
出汁をとった後の昆布を冷凍しておき、100gくらいたまったら山椒と一緒にコトコト炊く。
左上(炊き始め)→右上(煮詰まってきた)→下(出来上がり)


何度か作ってみて、炊き方や調味料を調整し、ようやく自分好みのレシピができた。カンペキだ。
これだけで、白ごはんでも日本酒でも、永久にいける。

少しずつ豊かな日常が戻ってきた。
こんな何でもない時間が幸せだ。
初夏の訪れを感じられる、大好きな台所仕事。

無為自然

2020-05-30 | 癌について
朝目覚めると、両手首、両足首に枷をはめられているのではないかと思う。
触ってみて何もないことを確かめるが、ホッとするよりも不安になる。

体の中からの枷。
縛られるような痛みと重み。

そうだった、副作用ってこんな感じだったと、文字通り身をもって思い出させられた。
この数ヶ月、あるのかないのかわからないような副作用に安心しきっていた分、気持ちも体も重い。
抗がん剤は体内に蓄積する。
アレルギー反応が出たことからもわかるように、今回で私の体はクスリを受け付ける限界に達したのだろう。
細胞たちは本当によく頑張ってくれたけれど、もう限界だと悲鳴をあげたのがわかった。

少し活動しては横になり、また活動しては横になり。
久しぶりに家の階段を這って上がる。
手足が痺れ、足裏に感覚がなく、手の指先に鋭い痛みがピンと走る。
体中が内側から破壊されるようだ。
信じられないほどの倦怠感。
気が付くと心の中でマイナスの言葉をつぶやいている。
ハッとして取り消すが、またしばらくすると同じことを繰り返している。
「痛み」は人の心を折るのだと知る。

それでも、今日生かされている意味を考えると、一日横になって何もせずに過ごすことが罪のような気がして。
ぽつぽつと原稿を書き、休み休み料理をし、そうだ、この期間に自分の料理のレシピをまとめようと、ファイルを整理しレシピを1つ1つパソコンで打ち直し、印刷してまたファイリングするという作業を2日間かけて行った。
何かに夢中になっている間は、不思議なことに痛みが来ない。でも、一区切りで我に返ると、活動した分がどっと跳ね返るように痛みとなって襲ってくる。仕方なく、また横になる。

26日の誕生日に、たくさんの人からお祝いメッセージをもらった。
タイミング悪く、副作用が一番きつい日だった。
横になりながら返信する。ありがたくて、いろいろ書きたいのだけど、なんだかあまり力も出なくて。
マイナスのことを書かないようにするだけで精いっぱいだった。人は弱いね。

一昨日の朝、目覚めた時、ふと「無為自然」という言葉が思い浮かんだ。
なぜだろう。
こんな言葉、特に聞いたり印象に残ったりした覚えもないのに。
何の作為もない、ありのままの自分で生きたいと思ったら、この言葉が頭に浮かんだ。
これからの私の生き方。そうできればいい。

しんどくても「日にち薬だから」と言い聞かせ、昨日より今日、今日より明日、少しずつ良くなると信じ、投与から1週間。
昨日は80%くらい復活して、車で出かけることもできたし、花壇の植え替えもした。
花や土に触れていると、エネルギーが体にみなぎってくるのがわかる。ずっとずっとこうしていたいと思う。

そして、今日は90%近くよくなったように思う。
昨日からどこかが「しんどい」ということはないのだが、手足の痺れ(痛みと重みも含めて)だけはあまり変わらない。
こうしてキーボードを叩く両腕にも重りをつけられているようだ。
手足の痺れは長く引きずるというから、体全体の回復とは別にして考えないといけないようだ。
それでも、少しずつ良くなっていることがわかるから、気持ちはもう沈まない。
明日はきっと100%回復しているはず。

良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?

2020-05-23 | 癌について
・・・と聞きながらも、まずは良いニュースから。

入院2日目の朝、看護師さんから「個室が空いたんですけど、移動されますか?」との打診あり。
もちろん「移動します!」と即答。
朝食後、ベッドや棚ごとの大移動が行われ、無事に個室へと入室できた。

移動してみて思うのは、やはり個室の快適さ。
自分のストレス値がぐ~っと下がっていくのがわかる。
人が同室にいないこともそうだが、周りの「音」が全然違うのだ。
同室の人がうるさいということではなく、大部屋は場所が悪い。廊下側の大きな扉が全開なので、フロア中の音が流れ込む。それも、給湯室の正面もしくはナースセンターの前、エレベータそばなど、どの大部屋も音のする場所に近いのだ。
なるほど、これが無料か有料かの違いなのだなと納得。
その点、個室はどちらかといえば静かな場所にあり、扉を閉められる。それでも看護師さんは24時間バタバタしているし、いろんな音は聞こえてくるのでうるさいなぁと思っていたが、大部屋に比べれば静かなものだ。
ようやく1人の空間を確保し、穏やかな気持ちで抗がん剤投与に挑んだ。

良いニュース二つ目は、点滴ルートが一発でとれたこと。
今回は女性のちゃんとした先生だったので安心していたら、やはり何の痛みもなく(採血レベルのチクッと)ものの一分で完了!!素晴らしい!

11時から点滴開始。
吐き気止めの薬、パクリタキセルと順調に進み、点滴に繋がれたままお昼ごはんも完食。
正直、前回くらいから点滴が始まると驚くほど食欲がなくなる。食指が全く動かない。「残す」という選択も簡単だが、やはり私は食べることの力を信じているので、無理やりでも食べる。
人の生命力は、食べられなくなったら終わりなんだ!
頑張って食べて、ずっとうとうとした状態で点滴を受けていた。とにかく眠い。(パクリタキセルにはアルコールが含まれているので眠気を誘う)

その後はカルボプラチン。
以前も書いたが、この薬はアレルギー反応が出るので危険だ。体に蓄積されるため回を重ねるほどそのリスクは増す。だから、9クール目だけど、4年前の3クールも合わせて「12回目なので気をつけましょうね」と言われる。
心電図の機械も体に装着されるし、何か変わったことがあればすぐに言わなければならない。

悪いニュースはここからだ。
うとうとしながら点滴を受け、終わりに近づいてきた頃、もう10分くらいで全部落ちそうだなぁと点滴の薬の入った袋を下から眺めた。
その時ふと、手のひらが痒いことに気づいた。「気づく」くらいなので痒みはたいしたことはない。
例えるなら、寒い場所でかじかんだ手を熱いお湯につけるとじわ~っとしてピリピリするような感覚があると思うが、あれくらいの刺激。
もう数分で終わるので、その時に看護師さんに言おうと思った。

カルボプラチンが終わり、看護師さんが来た。最後に生理食塩水を点滴して、管の途中に残っているわずかなカルボプラチンも全部流すので、点滴はあと1つになる。
それを交換しようとしている看護師さんに、手のひらの痒みのことを話した。ついさっきのことだと。
看護師さんが手を止めて、いくつか質問している間に、腕や首回りが一気に赤くなった。
「あ、これはアレルギー出てますね!」と看護師さん。「残っているカルボプラチンは流さないほうがいいかも。先生呼んできます!」と出ていった。

まず女性の先生が看護師さんと入ってきて私の様子を見る。そうしていると、主治医まで入ってきた。入院中に主治医の先生が来るなんて初めてのことで、おおごと感に少々びびる。
赤くなった部分を見て、残っているカルボプラチンは流さず、アレルギー止めの薬を点滴することに決まった。
その時、主治医が女の先生にぼそっと「困ったなぁ、、、次はクスリ変えなあかん」と言うのが聞こえた。
看護師さんがテキパキとアレルギー止め点滴を用意してくれ、主治医は何度も「退院後も変化あったらすぐに電話して」と言って、みんな出ていった。

聞いてはいたけど、やっぱりカルボプラチンのアレルギー反応は怖いのね。私は軽かったけど、重症化する場合もある。
痒みや赤みが問題なのではなく、アナフィラキシーショックを起こした例などもあるので、アレルギーが出るともうこの薬は使えなくなる。主治医が「クスリ変えないと」と言っていたのはそういう理由だ。

で、アレルギー止めの点滴の後、中和するために生理食塩水かな?(限りなく水に近いもの)を大量に点滴された。
30分くらいかと思ったら、3時間!
その間、ずっと心電図の機械も付けたまま。
ただ、痒みも赤みもしばらくすると完全に引いたのはホッとした。特に他に変化もなし。

体にいろんなコードを付けられたままというのは、なんとも気分が悪いものだ。何よりトイレと食事が不便。
夕食は、さすがに喉を通らず、、、
(気持ち的なこともあるし、大量の点滴中ということもある。)
それでも6割くらいは食べた。

点滴が終わり、看護師さんが来たので外してもらえると思ったら、「付けたまま寝てください」とのこと。
点滴もいつでもできるよう、ルート(針)は残したまま!
・・・寝にくい。


それでも寝られるんだよなぁ、、、
ずっとうとうとしているのに、睡眠薬をもられたくらい眠い。
20時には本気で寝始めた。

ぼんやりした頭で、主治医の言葉を考える。
「次は」と言った。
主治医はこれをラストケモだとは思っていない。
抗がん剤でガンは小さくなり、1年生きられた。消滅するか死ぬまでいろんなクスリを投与して、私の延命をはかるつもりなんだろう。
もちろんそれは日本の現代医療において間違ってはいない。

でも、世界で見るとそれは違う。
ガン=手術、抗がん剤、放射線しか選択できないのは日本だけだ。
私がこの9ヶ月やってきたのは「統合医療」だ。
極端な代替医療をやるつもりはなく、抗がん剤をやりながらも、それだけに頼らなかった。
もちろん何が効いているかなんてわからないけれど、私は統合医療だからよかったんだと思っている。

次?
次はない。これで終わるんだ。もう治っているから。
でも、万が一、次があったときは、もうカルボプラチンは使えない。先生が「やらせたくない」と言っていた、もっとキツイ(体に負担が大きい、副作用が強い)クスリを使うことになる。

人はさ~、そんなに強くないよ。
もう私は十分がんばった。

抗がん剤治療9クール目【ラストケモ!】

2020-05-21 | 癌について
朝の血液検査では、好中球数は1812!
基準値よりは少ないけれど、明日の抗がん剤を受けるのには十分だった。

ずっと待っていた仕事の資料が届いたのが昨日の夜中だったので、結局また待ち時間にパソコンに向かう。なかなかスッキリと入院できないものだなぁ、、、

そして、残念ながら、また個室希望は通らず四人部屋だった。
救いは今回も窓際奥だったこと。おそらく「個室落ち」の人が優先なのではないだろうか。

いつものようにいきなり昼ごはんを食べさせられ、トレーを下げに行くと、共有スペースにおっちゃんたちが5、6人いてギョッとした。
面会禁止のはずなのに?と思ったが、すぐに手術の付き添いだと気づく。
手術の場合は身内が病棟に待機しておかなければならないのだ。普段は各部屋に入れるが、それができないので共有スペースに集まっているのだろう。

木曜はオペや検査が集中する日。
隣の人もこれから手術っぽい。

また大部屋と聞いた時はガックリきたが、あきらめが早くなったというか、慣れてきたというか、すぐに気持ちを切り替えることができた。
コロナに関しては、大部屋、個室に関係なく「病院にいる」ということ自体がリスクなので、どちらにしろ気を抜かずにいるしかない。
個室でも、トイレ、お風呂、給湯器などは皆と共有だし、逆に大部屋でもソーシャル・ディスタンスは保てているのだから、大部屋に入ると極端にリスクが高まるわけではない。
それに、ずっと閉め切りだった窓が今日は少し開けられていた!換気ができているので前よりは安心だ。

さっき仲良しのデザイナーさんから「この間の冊子とWebの打ち上げのとき、快気祝いもしましょう!」とLINEが来た。
「快気祝い」という言葉に、じんわりする。
プラスの言葉、ポジティブな考え方をもらえると、それが力になるのを感じる。
そうだ、これで本当に終わりにして、快気祝いだ。
最近は「治そう」とも思わない。「もう治ってるやろ~?」としか思えない。あとは来月、それをまたCTで確かめるだけだ。

そうなると、これが痩せる最後のチャンスでもあるわけだ。
今回はお腹がすいてもこっそりおやつを食べたりせず、しっかり痩せて帰ろう。
目指せ、マイナス3キロ!!

嫌だわ、withコロナの生活なんて。

2020-05-19 | 生活
5月も後半だというのに、今年は朝晩冷える日が続く。
友人がFacebookで「今年はなぜか庭のバラの花がよく咲く」と投稿しており、うちのツルバラのことを思い出した。やはりそうなのか、と思う。気候がバラ科の植物にはちょうどよかったのかもしれない。そういえば、ウォーキングの時に通るご近所のバラも、見事に大輪の花を付けていた。

毎月のことだが、入院日が迫ってくると、仕事が忙しくなる。
取材案件は延期されているままなので量的にはたいしたことはないが、それでも限られた日数でやりあげなければならないため、前倒しで原稿を書く。
土曜日も朝からパソコンに向かった。
断捨離をしてスッキリしたことや、程よい仕事量で「追われる」という感覚がないこと、ガン再発によって改めて「書く」楽しさを知ったことなどの理由から、最近は集中力が高く原稿がはかどる。
日曜にやる予定の分まで早々に終えることができた。いつもこんな感じだと精神的に穏やかに過ごせるのだが。

日曜はコーヒー豆が届いたので、実家におすそわけで持って行った。
いつも気に入っているお店で焙煎仕立ての豆を即日発送してもらうのだが、夫がテレワークになってからコーヒーの消費量が1.5倍になった。
これまで2ヶ月に1回注文していたのが、今は1ヶ月~1ヶ月半に1回。1kgの豆(100杯分)があっという間になくなる。
それで、豆のランクを一番良いものから少しだけ下げた。それでも十分に美味しいのだけど。
大量に注文すると安くなるので、前回から実家にも分けてあげるようになった。
うちは豆を挽くところから抽出まで全自動のコーヒーメーカーなのでわからないが、母が手でドリップしたところ「こんなにコーヒーが膨らむなんて!全然違う」とのこと。
焙煎仕立ての新鮮なコーヒーは、お湯を注いだ時にぶわーっとよく膨らむそうだ。これが新鮮さの証だという。
800gもあげたから当分もつだろうと思っていたら、案外早く「なくなった」と連絡が来たので驚いた。少し待ってもらって、今回届いたものをまた800g持って行った。
母はいつものように庭の花をくれた。


私が最近、宮尾登美子ばかり読んでいると話していたので、「家にもあったから」と何冊か出してきた。母も昔好きだったらしい。(LINEで懐かしい!を連発していた)
まだ持っていない「きのね」「一弦の琴」「天涯の花」を選び、貰って帰った。ありがたい。

これらのやりとりはすべて玄関先で、ドアは開けたまま。全員がマスクをして物々交換し、会話もそこそこに早々に立ち去った。
帰りの車の中で、「変な世の中になったもんやね。家族が集まることもできない。マスクなしで話もできない。えらいこっちゃ」と夫と話す。

午後は久しぶりに手芸(こぎん刺し)をして過ごした。
好きなライブDVDを見ながら針を進める。(この日はブレイク・ダウンと、RCサクセション。どちらも1980年~90年代のもの)
まさに至福の時!!
こどもの頃から、音楽を聴きながら手芸をする時間がとても好きだった。
手先が器用なほうではなく絵心も皆無なので、ただバカみたいに同じことを、根気よくひたすら繰り返すような、そしてできるだけ「細かい作業」が好きだ。
おおざっぱで飽き性の人なら「う~~っ!」となるような。
針を進めていると楽しく、どんどん「内に入っていく」のがわかった。人と関わることなく自分だけの世界にこもることができる幸せだ。
これが本来の自分。
初対面の人に何時間もインタビューするような仕事は、本当は向いていないのだろうと、また思った。コロナ収束後、元の生活に戻れるのか心配だ。

とりあえず、ぐい吞み用のコースターが1枚できた。


裏地も手縫いで付けたけど、これが面倒くさい。


母にLINEして「刺したのを持っていくから、裏地付けて」と頼んだら、「任せなさい!」と返信(母は手芸家だ)。よかった。これで安心してどんどん刺せる。
入院中もやろう。時間はたっぷりあるのだから。

スズキがあったのでスズキのポワレを作った。
珍しく、少しだけ洋風の食卓。ほうれん草とじゃがいものクリーム煮が「おいしすぎる!」と夫が大絶賛。グラタンとかそういうクリーム系のものを滅多に作らないから、クリームソース好きの夫にはたまらなかったらしい。目を細めて「たまらん、たまらん」と美味しそうに食べている夫を見て、たまには作ってあげなあかんな、と反省。
日本酒は、アルコール度数が13度の「みむろ杉」。軽いのでワインのように飲める。こういう食事にもよく合う。


昨日は和食。私はこっちのほうが落ち着くんだ。(本当は洋風のものも大好きだけど、人の2倍くらい量を食べるから、和食のほうが罪悪感が少ないのだ)
ハンバーグのように見えるものは、鶏と豆腐のつくね。半分は豆腐なのであっさりしていてパクパク食べられる。
天然の鯛は塩焼きに。肉厚で美味しそうな甘長とうがらしがあったので、それはじゃこと一緒におかか炒めにした。
あとは簡単に、焼き茄子と大根サラダ。
4人前くらいありそうな量を、また二人でペロッと食べた。


夫と「こんなに毎晩一緒にご飯食べたことないなぁ」と話す。
日付が変わらないと帰宅しないような生活をしていた夫にとっては、毎日家でご飯を食べられることがとても嬉しいらしい。
私は外食がなくなって淋しい。
もう2ヶ月も外食をしていない。
SNSで知り合いが「仕事の帰りに立ち寄った」と焼き鳥と日本酒、「ランチを食べた」と行きつけの飲み屋のおいしそうなランチ、カフェの写真などをアップしているのを見ると本当に羨ましい。ずーっと見てしまう。
外で飲食ができる人は、そこまでコロナを心配していないんだろうなと思う。
私は人より重症化リスクが高いので、要請が緩和されても当分は行かないつもりだ。
ほんの少しの気のゆるみも出せない。ガンだったという岡江久美子さんが亡くなってから、ますます怖くなった。
買い物も町内のしょぼいスーパーに週2回買い出しに行くだけ。本当は魚の充実した高槻か長岡の万代に行きたいけどそれすら我慢。
町内はまだ感染者がゼロだが高槻は出ているので、念のため避けている。
次亜塩酸が生活の中にあるのが当たり前になった。
携帯して、病院では何か(トイレはもちろんだが、診察券を通す機械や診断書なども)に触れるたびに、手に次亜塩酸を吹きかける。
帰宅したら、スマホも本も、とにかく触っていたものにはすべて次亜塩酸。

withコロナの生活か・・・。
もう元には戻れないんだろうか。
それなら早く抗がん剤治療を終えて、せめて皆と同じくらいの免疫力が欲しい。
ガン患者がコロナと生きていくのは、あまりにもリスクが高すぎる。
今月がラストケモになりますように。