kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

11年前に戻って……、 『百万人の数学』 

2022-09-21 15:22:47 | 算数+数学

一昨日の「つぶやき」の〆の部分です、

この本がこれです、下巻もあります。

2011年6月ですから東日本大地震のあと、何か思うところがあり数学の本を、とこの本を入手し読みだしたのでしょう、第2章まで読み終わっていたようで、こんな書き込みがあります。

ここには煉瓦の大きさについて書かれていて、シュメール人が貿易で活躍した時代に、大きさの違う容れ物を比較するために、共通の標準を認めることが社会的必要になった。ある立方体物が何個入るにかによって体積を計ったのであろうし、おそらくレンガで家を建てたシュメール人がつかいはじめたものであろう、と想定しています。

kaeru君はなるほどと思ったのでしょう、そのあと本の余白に「レンガの各国の大きさの規格」がメモしています。こういうことに気が移るので本筋から外れるのでしょうか、第3章以降に目が移っていった跡がありません。

『百万人の数学』に関連してこんな一文が目に入りました。

宜しければ一読して下さい、

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsmep/51/9/51_1/_pdf/-char/ja

「kaeruのつぶやき」も根なし草にようにならぬよう、11年前に中座した席に戻り一読二読に臨むべきでしょう。

 

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「〆に」 のあとですが……。

2022-09-20 23:34:01 | 算数+数学

この本『百万人の数学』上・下については明日にします。

と昨夜はこう「つぶやき」(続「おーい! 数学」)を〆たのですが、今日は100年問題で狭い脳内がいっぱいになりました、約束の「明日」を繰り返します。

明日にします

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今日の〆に……。

2022-09-20 23:23:09 | 非詩的なつぶやき

 

 

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100年前に……。

2022-09-20 20:20:27 | kaeruの近現代史

昼の最中雨を気にしながらある御婦人宅を訪問、91歳で一人暮らしですが元気いっぱいで尊敬する御婦人のひとりです。そこに80余歳この御婦人も一人暮らし、が来られまして話し込んできました。話の中心は100歳まで生きる、ということでしたが、その内容をつぶやくのは後日にしまして、ここでは、さて100年前にこの日本社会と世界で何があった時代だったんだろうと思いましたことを、wikiで見たのが以下の通りです。

【内】はkaeruが書き入れました。

【1922年の】できごと

1月

2月

3月

4月

5月

6月

7月

注【日本共産党の100年の翌月に経団連の前身の日本経済連盟会が設立しています】

8月

9月

10月

11月

12月

 

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続 「おーい ! 数学」 

2022-09-19 18:15:05 | 算数+数学

例の御婦人などと書くと何か謎めきますので、R婦人でいきましょう

以下はR婦人からラインでの投稿を、勝手に少し手直しして載せています。

先生をしてたのは3年間で、  最初の高校は、男女共学でした。担任はなし、一年生の数学だけ。どんな授業をするのか心配だったのでしょう。ある日校長先生が生徒に混じって聞いてたんです。気が付かずそれが良かったのかも、いつも通りの授業が出来たので。

校長先生が「僕もこんな丁寧に理論的に説明してもらえたら数学好きになっていた」と言われ、ちょっと自信がつきました。生徒も真剣に聞いてくれるようになり、校長先生のお陰です。でも今なら数学は日常生活に関係してるし物理学にも役立ってるとエピソードを交えながら授業できたかな? と思います。

この一文を載せたかったのは昨日紹介しました『数を考える』の「まえがき」のこの部分なのです、

ところで、数の計算法則に慣れてしまうと、上に述べたような意味を離れて、一つの世界が形づくられてきます。この「数の世界」の美と調和と、そして神秘に魅せられた人達は、外界とのつながりを忘れてしまいそうになるでしょう。

「数の世界」に引き込まれた人は、こういうページを見ても何の苦もなく読みとっていくでしょう。

それは「音楽の世界」の人がこれを見た頭中にたちまち音が沸き立ってくるようなものでしょう。

そんなことをつぶやき出したら思い出した本がありました。

これはある本のあるページなのですが、2011年6月9日朝に第1章を読み終わったというサイン(kaeruのサインです)があります。写真で読み取れます様に第1章は「数学は文明の鏡」です。

この本『百万人の数学』上・下については明日にします。

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おーい ! 数学

2022-09-18 23:02:57 | 算数+数学

「正の数、負の数」は、数の反意語。「文字」は、数の代名詞です。2+3=3+2。2×3=3×2。は、当たり前のこととして使ってますよね、これを加法交換法則、乗法交換法則といいます。文字を使って書くと、a+b=b+a、ab=baですよね(文字式では×の符号は省略はします)

次の法則の前に問題です。一冊150円のノート3冊と、一本80円の鉛筆3本を買いました。合計の値段をだす式を2通りの式で表して下さい。この式を文字式でもお願いします。

こういうことをkaeruのラインに書きこんできた御婦人がおられて、私としても何か言わねば、と書いたのがタイトルなのです。「おーい!数学」というのは書名です、こちら

kaeruだって算数水準から数学段階までになんとか届きたいと、自らを励ました時期があった、という証がこの2冊なのです。パラパラとめくってこれなら分かりやすいと思った記憶はあるのですが、手元に置いたらいつでも読めると思いそのままになっていました。

それにしても不思議なのは、算数的問題(この問題を文字式で……)などと言われると途端に思考停止状況になるのです。こういう状況の頭で実は先ほどまで「資本論」の講義をiPadで視聴していたのです。

そう言えば、先ほどの御婦人から算数問題に続いて、

以前に新聞で読んだんですが、今の世の中、科学的な知見に基づいた的確な判断力を持ちながら、社会的な活動をする事が求められていると、ありました。

さらに文字式に関連して、

なんで文字式なんてと思われるかも知れませんが、ニュートンとかアインシュタインの話をする際どうしても必要ですし、量子力学を専攻してられるお孫さんに説明してもらう際もこの位は使えると便利かなと思いまして。

こういう風に言われると、頭のなかが数学性から日常性に移って日常生活のなかでの「科学的な知見」とはどういうことなのか、その知見のなかには算数問題を文字式で言い表すという課題も含まれるのだろうか、と考えてしまいます。

今日的問題では、旧統一協会問題です。私の姪が合同結婚で韓国に行ってしまったのは1995年くらいでしょう、30歳くらいだったと思います。兄からの手紙で兄夫婦と彼女の兄と妹、家族会議で話し合い「親兄弟を取るか、文鮮明を取るか」と迫ることになり「文先生を取ります」と言って最後になったとのことでした。

姪がどのようにして旧統一協会に絡め取られたのか、何年くらいの期間だったのかよくわかりませんが、少なくとも高校卒まで親兄弟と共に暮らし、日常的な「考え方、感じ方」の大元は家族のなかで育まれていたでしょう、学校生活、友人関係等のなかでの成長変化も含めてですが……。

日常生活のなかでの科学的感性とでも言うべき感覚を養うものは、何か?という思いが深まるのです。

そう言うことで算数問題の文字式を逃れようとするのではない、とこころを引き締めて一晩考えます。

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「俺と……所帯を持つか」 男はつらいよ第49作

2022-09-17 22:47:02 | 私の寅さん

男はつらいよ第49作は「ハイビスカスの花 特別篇」

「伯父さんはどうしているのだろう」
出張先の駅で、寅さんの幻影を見た満男は、 まだ小学校だった頃のひと夏を思い出していた。 それは寅さんとリリー (浅丘ルリ子) の沖縄の灼熱の恋の日々だった。 今から20年前 柴又に届いたリリーからの手紙。 沖縄で病床にいるリリーを、 嫌いな飛行機に無理に乗って、 見舞いに行た寅次郎。 二人の同棲の日々……。


 渥美清の没後一年に作られた 「特別篇」 は第25作のリマスター版。 音声をデジタル化し、 映像を丹念にコンピューターで補正し、 お色直しをしたバージョンに新撮影部分を加えて完成した。 それは若い世代にも寅さんの楽しさを知っていて欲しいというスタッフの思いの具現化であった。 新撮影部分は、 満男が出張先の静岡県の駅のホームで、 通過する列車の向こうに寅さんを見るというシーン。 CGで合成された渥美清の姿は、 西田敏行の 『虹をつかむ男』 にも登場している。 最新の技術で、 スタンダードがよみがえる。

山田監督がなぜ「特にすきな一篇」として第25作を選びだしたのか、見終わって気づいた寅のセリフ「リリー…オレと所帯持つか…」でした。

こちらの場面については、

男はつらいよ全作品覚え書ノート 第25作「寅次郎ハイビスカスの花」

 

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「神奈川4区市民連合」 からの報告

2022-09-16 17:27:02 | せいじの政治カフェ

日刊ゲンダイの記事に鎌倉市と葉山町の議会での「国葬反対の意見書」採択記事が載っていました。

 

9.27安倍国葬に地方で反対世論に火がつく 自治体の首長・議会から「NO」が続々|日刊ゲンダイDIGITAL

 日に日に反対が強まっている安倍元首相の国葬。10、11日実施の朝日新聞の世論調査では反対が56%に達し、賛成の3...

日刊ゲンダイDIGITAL

 

葉山町については9日の「つぶやき」で紹介してます、

 

安倍氏の「国葬」反対 葉山町議会が意見書 - kaeruのつぶやき

昨日付「しんぶん赤旗」です、今日の「しんぶん赤旗」に折り込んでありました。党議員団の「通信」の表が、裏が、安倍元首相の国葬に反対する意見書葉山町議会は、安倍元首...

goo blog

 

鎌倉市議会へは4区市民連合も参加して市内の諸団体が「要望書」を提出していました。

これを受けての市議会での論議を経ての採択でした。

「日刊ゲンダイ」によると鎌倉市と葉山町以外には小金井市と日南町(鳥取県)が挙げられています。4つの自治体のうち2つが神奈川4区内であることに、この選挙区の可能性の広がりを感じました。

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今夜はワイコマさん、で宜しく……。

2022-09-15 22:13:30 | どこまで続くかこのブログ

遅く帰りきて、夕食も食べなかったのでカップラーメンを腹にいれ、さてブログに何を呟くか? と思案した時、目に入ったのが、

でした。

何時も助けてくれてるワイコマさんです、Facebookを覗きにいったら

「天野清司」3人も!? そう言えば一回変になって別に作ったら、元のも使えるようになった事があった、この顔写真のどちらかがそうです。この4人並んでいるのは鹿児島に行ったときのもので、何か考えがあってこしらえたのですが、考えの中身は忘れています。三人官女なら見る価値聴く価値がありますが、三人天野のことは忘れてください。

 それよりも自分で驚いているのは、今回初めてワイコマさんの名前の由来に気付きました。「Y Koma」なんですね、もう何年ものお付き合いなんですが、そしてこのFacebookも見ている筈なんですが、重ねて言います、今日始めて知りました。

 なんて間抜けな話なのか!

さて、間抜け話は傍におきまして、 

「国税当局が雑所得に注目している」ことに注目したい人は、こちらをクリックして下さい。

 
 
 
 

国税当局が雑所得に注目している - 日本の屋根裏人のワイコマ日記です

今朝の信州は気温21度少し暖かめでしたが信州南部は雨で交通機関の乱れがあるようです。ここは朝曇り今は晴です国税庁は8月1日、「所得税基本通達の制定について」の一部...

goo blog

 

ワイコマさん、ご迷惑でしょうが怠けカエル・🐸にお力をお貸し下さい。

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「政治と経済」 その3 「政治の底流に経済の動き」

2022-09-14 21:22:02 | 日本共産党のこと。

もう一冊の「マルクスは生きている」、この本のなかの「公開連続セミナー」のページです。

·

このセミナーのなかで不破さんが「マルクスの社会観」で述べていることです。

 私は、マルクスが社会観にもち込んだ新しい見方、観点として、次の三つのことをあげたい、と思います。
 第一は、社会の動き全体の土台にあるのは経済である、経済が土台だ、ということです。ものをつくる生産、ものや人を運ぶ運輸・交通、生産されたものが誰の手に入るかという分配、そしてそれらの活動のなかで人間同士がどういう関係を結ぶか、こういう経済活動、経済関係が社会の土台をなす、という見方でした。実際、経済の問題というのは、マルクス以前の社会観のなかで非常に軽く見られていた問題でした。
 第二は、社会の仕組みは交替する、ということです。社会の仕組みは、いったん与えられたら、いつまでもそのままで続くというものではありません。歴史を見ても、いろいろな社会の仕組みが次々と交替して人間社会の歴史をつくってきたし、これからもそうなるだろう、という見方です。
 実際、人間社会の歴史をふりかえると、最初の出発点は原始共同体の社会でした。実は、文明のあけぼのの時代にこういう社会が存在していたということは、マルクスもかなりあとになって発見したことでした。それに続くのが、奴隷制の社会、封建制の社会、そして資本主義の社会です。マルクスは、そこまでを人間社会の「前史」と呼び、そのあとにくる社会主義・共産主義の社会から、人間社会の「本史」―人間社会にふさわしい歴史が始まる、と位置づけました。
 第三は、この社会では、人間はいろいろな集団をつくって活動し、歴史をつくってゆくものだ主役をなすのは「階級」だ、という見方です。社会の経済生活のなかでどういう位置にあるか、その位置によって区別されるのが「階級」です。階級という人間集団の動きとその総体が、社会を動かすいちばん大きな力になる、マルクスはこういう見方を確立しました。
 この三つの点が、社会観にマルクスがもち込んだ新しい見方です。

政治は社会の動きの代表的なもので、「社会の動き全体の土台に経済がある」ということは日々の政治の動きの底流に経済がある、ということを示しています。

なお、4日の「つぶやき」で触れました不破さんの『マルクスは生きている』をこちらで紹介してますので、クリックしてみて下さい。

 

『マルクスは生きている』を書いた不破哲三氏(日本共産党付属社会科学研究所所長)に聞く

「マルクスと現代」の視点から、マルクスの全体像をとらえようとする新書が好評だ。「マルクス研究」60年余の著者にその理解のエッセンスを聞いた。--「マルクスを、マル...

東洋経済オンライン

 

 

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