kaeruのつぶやき

日々のつぶやきにお付き合い下さい

展開公式を勉強しました。

2022-09-30 01:53:04 | 算数+数学

前回の設問に回答しましたら「ピンポーン❗正解です」と太鼓判を押され、kaeru君も気分を良くしていましたら、R 先生も「これは教え甲斐がある」と思ったのか矢継ぎ早に問題を投げかけてきます。

この間「項」という言葉を使いましたが、項が一つの式を単項式、いくつかの単項式の和として表される式を多項式といい、単項式と多項式を合わせて整式といいます。いくつかの整式の積の形をした式において、積を計算して単項式の和の形に表すことを、その式を展開するといいます。

例えば

(2x-3y)(x+y)=(2x-3y)x+(2x-3y)y=2x²-3xy+2xy-3y²=2x²-xy-3y²

となります。中学のとき展開公式なるもの習いませんでしたか? 

展開公式は、交換法則、 分配法則、 結合法則を使って得られたものです。では微分のとき使うので(a+b)²を展開してみて下さい。結合法則とは、(3+2)+8=3+(2+8)だから(a+b)+c=a+(b+c)、(6×2)×5=6×(2×5)だから(a×b)×c=a×(b×c)のことです。交換法則、結合法則、分配法則は、普段何気なく使ってますね。

設問としては、「(a+b)²を展開してみて下さい」というのです。そして、「中学のとき展開公式なるもの習いませんでしたか?」と言うのです。これは難問です、70年前の数学の教科書が手元にあれば「習いました」とか言えるでしょうが……。更に、「交換法則、結合法則、分配法則は、普段何気なく使ってますね」と……。こう法則という言葉が連なって出てくると、ここは物理の教室か? と感じます、がそこで一考するに物理の根底には数学が在るのだ、と気付きます、多分化学もそうでしょうし、『資本論』のなかでも価値法則などと出てきますが、その根っこには数学があるのですね。

さて、問題です、例題にそって(結合法則によって)考える前に、

(a+b)²を(a²+b²)と解いたとすると、例えばaが2、bが3として計算すると、2²+3²で4+9=13になってしまう。正解の(2+3)²=5²=25とは違うわけで、この設問の解き方には万国共通の解き方がある、ということになります。それを展開公式と名付けているのでしょう。

ここでタネ本から、

こうやってみると展開公式という言葉は別にして「これは習った!」と、でも九九のようになってはいません、中学生の時はなっていたかも知れませんが。だから80歳代の日常普段に何気なく使っているということはないでしょう。

さて、設問 を、(2+3)² で展開して、

(2+3)²=2²+2×2×3+3²=4+12+9=25

これは自信をもって「正解❗️」だと思いますが、先生どうでしょう。

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R先生の設問第1は、これでした。

2022-09-29 20:41:13 | 算数+数学

昨日「ピンポーン❗️正解です」と採点してくれたR婦人、今後はR先生と呼ばせてもらいます。そのR先生から問題を出されたのは昨日回答したのが第一問ではありませんでした。18日に、

今日は数学の文字式についてちょっと。「正の数、負の数」は、数の反意語。「文字」は、数の代名詞です。2+3=3+2。2×3=3×2。は、当たり前のこととして使ってますよね、これを加法交換法則、乗法交換法則といいます。文字を使って書くと、a+b=b+a、ab=baですよね(文字式では×の符号は省略はします)

こんなふうに設問されていたのです、

では問題です。一冊150円のノート3冊と、一本80円の鉛筆3本を買いました。合計の値段をだす式を2通りの式で表して下さい。この式を文字式でもお願いします。

この設問にはkaeru君は、何か理屈を捏ねているうち忘れていましたら、R先生が答えてくれていました。 

3×150+3×80=3(150+80) 左辺と右辺を交換して

3(150+80)=3×150+3×80

これを文字式で表すとa(b+c)=ab+ac となり分配法則といいます。

ここで数学(算数)の分配法則と交換法則について説明され、続いて数学(算数)の教育分野で知られる遠山啓先生の言葉を紹介しています。

「数学の法則も土台はやはり現実の世界にあるのであって、数学者が頭の中で考え出した白昼夢ではない。ただ他の科学よりは抽象の程度が高いだけである」とは遠山啓先生のお言葉です。当時東工大の先生でしたがわざわざ私達の大学に来て数学教育についての授業をして下さいました。

ここに示されている「(数学が)他の科学よりは抽象の程度が高い」という言葉を読んで「我が意を得たり」とkaeruは叫びたくなり、『資本論』のこの部分をアップしたくなったのです。

『新版 資本論』第1分冊p8〜9です。

経済的諸形態の分析に役立つのは抽象力だ、という指摘です。

そして、当時(19世紀後半)のドイツでは、物事を抽象し分析し統合する能力という「素養のない者」にとっては、『資本論』第1章の理解は困難である、と言っているのです。

しかし21世紀の現代、当時の数学(算数)の社会一般への理解の広がりはどれほど差があるか、私には論じることはできないとしても隔世の感がある、言えるでしょう。当然それは社会諸現象への抽象力を駆使しての理解を得る条件に、隔世の相違を生み出していると考えるのが妥当です。

現代社会で『資本論』に対する理解が広がる条件は、一般社会の一般人の間での抽象力の向上という状況を受けて深く広く存在してます。

〝なんじの道を進め〟とはマルクスが『資本論』の序言を締めた言葉ですが、〝なんじの立つ時代となんじ自身を知れ〟と言えるでしょう。算数から数学へのたどる道は、それに応える道のようです。

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算数から数学へ、 何に向かっていくのか。

2022-09-28 18:19:12 | 算数+数学

まずこの本です。

この本は私にものではなく兄の本です。ですから下のページの書き込みは兄の手によるものです。なぜこの本が私に手元にあるか、それがいま進めようとしてる算数の学び直しとどう関係しているのか? そんなことが頭に浮かんできたのでタイトルを書きました。

書き込みのページ、

この兄の書き込みについて理解していただくためにはもう一種類の資料が必要なのです。かなり探したのですが、雑然とした書類のなかに紛れ込んで見つかりませんでした、いつか披露出来れば……。

それは国際金融危機に関するものでした。兄が亡くなったのが2016年でその数年前から認知症の症状が表れはじめていたし、本の発行年が2007年ですから2008年の世界金融危機を受けて持った問題意識を論文にまとめたのは2010年頃だったでしょう。住んでいた上田市の高齢者向けの講義に参加し論文作成に向け共同研究もしていたようです。私の中学校の同級生が「お兄さんが寿大学で勉強しているわよ」と同級会で教えてくれました。

兄が国際金融問題に取り組むなど思いもよらないことで、夜学の高校卒で勤め先が電線工場その現場出で定年退職まで勤め上げた人です。その生涯の最後の時期に、私などが読んでも理解の及ばない内容のものを仕上げていた。それはこの本への書き込みからだけでも、問題に対する食い込み方の執拗さが汲みとれ、諸数表の活用も含めこの難題に向き合った姿を感じ取るには十分なものでした。

その兄を頭におきながらいま算数から数学へ向かう先に何を置くのか、と考えるのです。

例えば、R婦人からの出題、

8ab+3bc-6ab-9bcの同類項は、8abと-6ab、3bcと-9bcです。整理すると、(8-6)ab+(3-9)bc=2ab-6bcになります。では練習問題です。3a²-ab+6b²-5a²+9ab-4b² の同類項をまとめ整理して下さい。

という練習問題を解くためには数学(算数)用語としての項、整理する、などの用語の理解が前提です。そこには、数学習得の前提は「日本語の理解度」だという指摘を思い起こさせます。同時にそのことを通じていかなる問題に向き合った時にも、その根底を数字(数学)と言葉(国語)で認識する努力を尽くさねばならない、根底に達した所から認識し得たという確信を求めるべきだという立場に立つことが求められているのです。

マルクスの言葉「全てを疑う」が思い出されました。

上記の問題に答えてみます。

「3a²-ab+6b² -5a²+9ab-4b²を、同類項をまとめ整理する」


 3a² -5a²+6b²-4b²+9ab-ab

=(3-5)a²+(6-4)b²+(9-1)ab

=−2a²+2b²+8ab

=2(−a²+b²)+8ab

これでいいのか?小学生の時だったら「いい」と言えただろう、が……。

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この世の 「未来社会論」 その1

2022-09-27 17:43:38 | kaeruの『資本論』

今回もワイコマさんのコメントに繋がったタイトルです。昨日の「つぶやき」のIUU漁業に関連してこの世に盗人の種が尽きないことを、石川五右衛門の辞世の句をひいて嘆かれたのです。まったくその通りですが、それでは五右衛門の逝った先のあの世では盗人はどうしているのだろうと気になりました。

統一協会によれば、霊界にいる先祖の苦しみを消滅するため「解怨献金が必要である」そうです。これは韓国ではじめられたことでしたが、日本にも「地獄の沙汰も金次第」とあります。石川五右衛門が大盗人になったのは統一協会的に考えれば、解怨献金を子孫に負わせないため、自ら稼ごうとしたのでしょう。閻魔大王の前に千両箱を積み上げ「袖の下などケチなことはしねえ」と叫びが聞こえる気がします。

こんな連想の先に、マルクスのこの世の先(あの世ではなく)未来社会をどう考えていたのか覗いてみたくなりました。そこでこの本、

目を通していたら、 ここに4年前の今日(2018年9月27日)の日付けが……。中国社会科学院の『馬克思(マルクス)主義月刊』の18年9月27日号に載っている不破哲三さんへのアンケートへの回答全文です。

このアンケートへの回答は、

「『共産党宣言』と日本共産党の発展 ——『共産党宣言』一七〇周年を記念する「中国社会科報」への回答——

という表題です。全文で14ページです、今日は写真のp210と次ページを載せます。

今年(二〇一八年)七月、中国の社会科学院から、『共産党宣言』 一七〇周年を記念するアンケートが、日本共産党の不破哲三社会科学研究所所長に寄せられていました。そのアンケートへの回答が、中国社会科学院の社会科学報『馬克思(マルクス)主義月刊』一八年九月二七日号に、「『共産党宣言」と日本共産党の発展」という表題で掲載されました。そのさい、インタビュー形式にしたり、質問の順序を変更するなど、編集の手が若干加えられていますが、本紙では回答の原文を紹介します。(見出しは編集部)

 日本共産党の創立と『共産党宣言』

 第一に、『共産党宣言』と日本共産党との根源的な関係についてお聞かせください。
 すなわち、『共産党宣言』がどのように日本に伝わってきたのか、後世の人々が振り返るのに値する、かつハイライトとなる歴史を重点的に語ってください。日本共産党員にとって、『共産党宣言』に初めてふれた時、この著作をどのように認識したのでしょうか。当時の日本共産党員の思想状況はどのようなものだったのでしょうか。

 不破 社会主義運動の先覚者たちは、二〇世紀早々から、『共産党宣言」を読んで発言していますが、その日本語訳が最初に刊行されたのは、一九〇四年一一月でした。 社会主義者の堺利彦と幸徳秋水の共訳で、 日露戦争反対の論陣をはっていた平民新聞に掲載しました。しかし、この号は政府によってただちに発売を禁止されました。
 堺利彦は、その二年後の一九〇六年、雑誌 『社会主義研究』を創刊、その第一号に『共産党宣言』の全文を掲載しましたが、発行部数の少ない研究雑誌だったためか、これは発売禁止の弾圧をうけず、戦前の日本で、『共産党宣言』が合法的に刊行された唯一の日本語訳となりました。
 とくに、一九二二年に日本共産党が創立されて以後は、言論出版面での弾圧はいよいよ強烈となりました。一九二八〜三五年に、多くのマルクス主義研究者の協力によって、『マルクス・エンゲルス全集』(全三二冊)が発行され、世界的にも戦前唯一の全集となりましたが、ここでも『共産党宣言』だけは、収録を許されませんでした。
 しかし、言論弾圧のこの体制のもとでも、非合法での『共産党宣言』の出版はくりかえしおこなわれ、手から手へという方法で流布され、そこに記された革命理論は、多くの先進的な人々の共有財産となりました。このことが、一九二二年七月の日本共産党創立への大きな力となったこ
とは、言うまでもありません。

今日2022年9月27日は安倍元首相「国葬」の日でした。このような国民の意思表示と運動を通じ、選挙運動を通じて着実に未来社会へ接近していきます。

今日の行動については、

 

 

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IUU漁業と『資本論』

2022-09-26 20:04:24 | kaeruの『資本論』

夕食に刺身が出ていましたからIUU漁業であり、昼間 “新版 資本論を学ぶ” を見ていましたのでこのタイトルになりました。

IUU漁業については、

知っていますか?「IUU漁業」が世界中で問題に。【3分で解説!】 - クローズアップ現代

知っていますか?「IUU漁業」が世界中で問題に。【3分で解説!】 - クローズアップ現代

世界的な問題になっているIUU漁業。世界第3位の水産物輸入大国の日本にとっても他人事ではありません。IUU漁業について解説します。

クローズアップ現代 - NHK

 

海上での奴隷労働の実態が告発されています、そういう労働の「実績」であるマグロが日本の市場に出回っているだろう、との話でした。この「クローズアップ現代」をご覧下さい。

そして、「資本論」の方は、石川先生の講座のなかの、

経過時間で「56:55」で紹介している『資本論』のなかの過労死の話です、

『資本論』ではこのページです、

一八六三年六月の最後の週、ロンドンのすべての日刊新聞は「単なる働き過ぎからの死”」という「〝センセーショナル〟」な見出しをつけた記事を掲載した。話題になったのは、非常に声望のある宮廷用婦人服仕立所で仕事をしていて、エリーズという感じのよい名前の婦人に搾取されていたメアリ・アン・ウォークリーという二〇歳の婦人服仕立女性工の死亡のことであった。 しばしば語られた古い物語が、いままた新たに発見されたのであって、これらの娘たちは平均して一六時間半、しかも社交シーズンには、彼女たちの「労働力」が思うように動かなくなると、ときおりシェリー酒やポートワインやコーヒーを与えて動くようにしておかれることによって、しばしば三〇時間も休みなしに労働するのである。ところで、時はまさに社交シーズンの最中であった。新たに外国からやって来たイギリス皇太子妃〔のちのエドワード七世と結婚したデンマーク王女アレクサンドラ〕の祝賀舞踏会用の貴婦人たちの豪華なドレスをあっと言う間に仕上げるという魔法が必要であった。メアリー・アン・ウォクリーは、他の六〇人の娘たちと一緒に、必要な空気容積のほとんど 13 もない一室に三〇人ずつとなって、二六時間半も休みなく労働し、 他方、夜は、一つの寝室をさまざまな板の仕切りで仕切った息詰まる穴の一つのなかで、一つのベッドに二人ずつで寝た。 しかもこれは、ロンドンの婦人服仕立屋のなかでは比較的よい方であった。メアリー・アン・ウォークリーは金曜日に病気になり、エリーズ夫人のおどろいたことには、そのまえに縫いかけの婦人服の最後の仕上げさえもせずに、日曜日に亡くなった。あまりにも遅く死の床に呼ばれた医師キーズ氏は、「検死陪審員」の前で、率直に証言した――「メアリー・アン・ウォークリーは過密な作業室における長時間労働と、狭すぎる換気不良の寝室とのために死んだ」と。これにたいして、「〝検死陪審員〟」は、この医師に礼儀作法について教えをたれるために、 〔評決のなかで〕 次のように言明した――「死亡者は脳卒中で死んだのであるが、彼女の死が過密な作業場における過度労働などによって早められたものと懸念される理由がある」と。わが「白人奴隷は」と自由貿易主義者諸公コブデンおよびブライトの機関紙『モーニング・スター』は叫んだ、 「わが白人奴隷は墓場に入りゆくまでこき使われ、ひっそりとなえ果てて死にゆく」と。

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メロン騒動と算数

2022-09-25 12:54:54 | 算数+数学

R婦人の出題を見つつ、タイトルのようなこと考えていました。『語りかける 中学数学』のこのページここに書かれていること、真ん中の下あたり

質問2「割り算はどんなときに使いますか?」

この前のページから読んできて、この質問に浮かんできた回答がメロンです。昨夜の「男はつらいよ 第50作 お帰り 寅さん」で少し残念だったのが「メロン騒動」の場面でのリリーの啖呵が聴けなかったことです。

それと残念というよりちょっと閃いたのは、メロンを分けみんなが手にした時、満雄が「伯父さんの分は?」と聞いたら、と思ったのです。

(「メロン騒動」については、こちらで)

それにつられて、算数の答えとはどういうことかを考えて思い出したのがこれです。このブログの読み手の方から、親戚の小学生に算数の質問をした時の話、

 私が次のような問題もKちゃんに出しました。


 「Y君はカゴに10個の卵を入れて帰る途中、転んで中の玉子「3個」を割ってしまいました。残った玉子は幾つでしょう。
 
①3個も割ってもったいなかったね。
 
②3個あれば3人分の目玉焼が出来たね。
 
③全部割れなく良かったね。
 
③転んだY君はケガはしなかったの?

勿論小学生の答えでしたが、私は答えの前の彼女の感性に脱帽!
 
こんな答えを出したKちゃんは今や大学の法学部3年生です」

ここにも算数の回答の「内容」があります。

 

さて、この本の「はじめに」のページです。 

この本の発行年は2005年です、買ったのはそのあと2、3年でしょう。ですからこの書き込みはkaeru君70歳前後です。「なにより大切なこと」が出来る、と思い、さらに算数から数学への道筋を日本語を頼りに辿るべし、と言われていると受け取れたことです。

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誰が映画 「男はつらいよ」 を創らせたか?

2022-09-25 00:08:01 | 私の寅さん

 映画「男はつらいよ」今夜の最終回(と一応書いておきます)「第五十作 男はつらいよ お帰り 寅さん」観終わって48本観たことになります、このなかで通してでは始めて観たのは、50作、49作でした。映画館で観たのがはじめの頃のお盆と正月、妻と行くのが恒例でした、と言っても10回は行ってないでしょう。テレビとかYouTubeとか、全部は見れないのをいくつかを梯子して繋いで観ていたりしていました。

あらためて映画版「男はつらいよ」を世に送りだしたものは何だったのかを考えたくなりました。そのためにはテレビ版「男はつらいよ」の最終作終了後の「事件」を見なければなりません。このことについての渥美清さんの「証言」があります。この本のなかで、

·

その場面が終わるやいなや、フジテレビに電話がジャンジャンかかって参りました。その声の主の中にこんなのがありました。
「もしもし、もしもしってんだよ。わかったか  !!  ハイ、わかりました ?
そんならしゃべるけどよォ。オレ、ずっとフーテンの寅、好きで、ずっと見てたんだけどよォ——、何で寅、殺したんだよッ。オマエ !!   殺すことはねえじゃあねえかよ、このヤロー !!   いくらなッ、テレビ局だからって、身勝手なことはさせねえぞォ。今、待ってろよ。オレ、そこへ押しかけるから !!  あッ、そのまま待ってろ、ちょっと、兄貴に代わるから……」
「あ、もしもし、もしもし、言ってんだよォ !!!  お前がプロジューサーか? なにィ、そうだ? じゃあ、聞くけどよぉ、どうして、お前、テメエの一存で寅を殺すんだよォ。お前も人間だろう。だったらお前、あんなかわいそうなことをしちゃいけねえよ。ナニ? ドラマだから仕方がない?  テメェー、ナニ言ってんだ、いくらドラマでもなァ、寅をあんな目に遭わすんだったらな、お前、これからさき、いいことないよ。お前、わかってんのか
よォー。 
月夜の晩ばかりあるんじゃねえぞ、それがわかってんのか、このヤローオッ、いいか、オレは、お前さんとこじゃあ、ケイバと『男はつらいよ』だけしか見てなかったんだ。もう、いっさい、お前んとこのテレビ見ねえから……」

ここで言われている「その場面」とは、テレビ版の「男はつらいよ」第26話が放映された1969年3月27日夜のフジテレビのこの場面のこと。

最終回で寅次郎は、失恋を機に再び旅に出ると、大阪で再会した弟分のユージロー(佐藤蛾次郎)を連れ、ハブで一山当てようと奄美大島に渡るも、あっけなく死んでしまう。さくらはユージローから寅次郎の死を知らされても信じなかったが、その夜、寅次郎の幻を見てやっと確信し、兄に別れを告げるのだった。

 

『男はつらいよ(フジテレビ版) 最終回』

  『男はつらいよ』  テレビ トーキー 60分 白黒  放映日 昭和四十四年(1969年)三月二十七日    制作  フジテレビ       高島事務所  …

俺の命はウルトラ・アイ

 

この作品は、テレビ業界で関心が集中していたのです、これも渥美さんからの言葉です、当時ビデオはありませんので観なければならない作品は直に見ていたのですね。この言葉は上のYouTubeに紹介されています。

 渥美 その『男はつらいよ』を山田さんに書いてもらってやり始めて一番印象に残っているのは、同業者のホン書き、演出家、プロデューサー、俳優、そうした人たちが、いままでよりあの時間を待ってて、チャンネル合わせて見てくれてるっていう、そういう確認があったことを覚えてますねえ。

こういう背景があって、映画「男はつらいよ」が作られて、今夜私は第50作を観ることができました。(「一応最終回」としましたが、山田監督の映画としてはそうなるでしょう、しかし……、という思いがあります。)

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今夜は寅さん、 これ観ます。

2022-09-24 17:45:53 | 私の寅さん
男はつらいよ お帰り 寅さんの上映スケジュール・映画情報

男はつらいよ お帰り 寅さんの上映スケジュール・映画情報

「男はつらいよ お帰り 寅さん」の上映スケジュール・上映館・あらすじ・感想レビュー・みどころ・スタッフ・キャスト・予告篇を紹介します。

映画の時間

 

あなたに
また逢えるなんて、
叶うはずもないと思っていました。
なのに、逢いたくて逢いたくて。
あなたのことを
知っている人も
知らない人も、
あなたを
ずっと待っていた気がします。
どうしてこんなに逢いたかったのか
その理由は、
きっとみんな違うと思うけれど、
ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに。
お帰りなさい。

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毎日が算数です。

2022-09-23 14:23:14 | 算数+数学

R婦人は毎日教えに来られます。

今日は、簡単な文字式の計算をしてみようと思います。微分といっても日常生活にどう関係してるのかぐらいの話です。私だって専門的な細かなことは忘れてますもの。数学は分配法則が、セットの値段とばらばらの値段からきているように簡単な事柄から抽象的な事柄に発展していきますが、要は根本的な理を理解できればいいんです。

これを読んで何も引っかからないで読み終わった大人を尊敬します。「数学は分配法則が」というヶ所、数学は分かります、分配法則も分配+法則なのだから何か分配に関する決まりということ、として分かったことにします。しかし、「数学は分配法則が」となると引っかかるのです。

そこで現代は「検索」です、kaeruの小学生どころか中高校生、いやいやネットで「検索」なんてkaeruの50歳くらいに流行り出したのではないでしょうか。今の子供にとっては日常茶飯事な「検索」を大人それも老人とか高齢者と言われる世代は多いに活用すべきだが、あまり使っていそうもないのです、横道にそれました。

現在「数学は分配法則が」ということが数学教育で公式に現れるのは小学4年生の算数の時間なのでした。言うなればkaeruの頭脳の算数水準は10歳水準に達していない、ということなんでしょう。それにしても今から75年前の小学校で「数学は分配法則が」ということを4年生が教わっていたのだろうか。日本における初等教育史のなかで「数学は分配法則が」を教室で取り扱うべき学年がどう位置付けられてきたのか、などという ?が湧いてきます。多分コンピュータが生活のなかに日常茶飯事のこととして入り込んでくる時期の前後に小学校の算数教育は変化しているでしょう。

先日(19日)の「つぶやき」へのワイコマさんのコメントに「今どきの小学生侮れません」とありました。やはりそれは、社会全体の発展成長を促している情報分野の飛躍的発展を背景にしているからでしょう。

考えてみるとkaeruが数学なるものに気持ちが動かされた元は、そういう社会の発展を自分なりに理解していきたいとの思いがあったからでしょう。例えば、岩波新書の『零の発見』や中学生向きの数学参考書だったり、

を本棚におさめた心理には、日進月歩の社会のその発展方向への確信を自らのなかにおさめておきたいという気持ちがあったのだと思います。本を買うたびに手元にあれば何時か中身が自分の頭に入ってくると、その可能性を棚に納めてきた訳です。

ところで本棚の数学参考書も中学生用はありますが、小学生向きが無いのは現在の私の算数水準からいくと準備不十分ということです。と言って「小学生のための中学受験数学参考書」のようなものを買い込むのも大人気ないわけで、ここは「検索」です。

こんな「教室」をのぞいています。

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算数の難しさ……、 数学にたどり着くか?

2022-09-22 22:47:54 | 算数+数学

ニュースに円安の文字が出ると思い出すことがあります。今から50年以上前、円安がかなり進んで政治問題になってきていた頃、ある喫茶店のママから「毎日円の数字が大きくなるのに、なぜ円が安いというの?」と話しかけられたことがありました。

日常の感覚では、数字が大きくなれば「高くなる」のに「安」というのですから……。さて、kaeruはこのところ算数に悩まされはじめています。自ら蒔いた種ですから、R婦人からこんな問題が送られて来ても考えなければと思うのですが、その前に送られいた問題に答えずにいるのでそのままになっていたのです。

まず正の数負の数の足し算、引き算から。3円のもうけに5円のもうけが加わったら8円のもうけになる。式で書くと、(+3)+(+5)=+8。5円のもうけに3円の損が加わったら2円のもうけになる。式で書くと、(+5)+(−3)=+2。5円の損に3円の損が加わったら8円の損になる。式で書くと、(−5)+(−3)=-8。引き算5円のもうけから3円のもうけを引くと3円の損を加えたのと同じ。(+5)−(+3)=(+5)+(−3)。-(-…)の計算は、気温の差で説明。気温22度と3度の差は(+22)-(+3)=+19ですよね。では気温22度と-3度の差は25度になりますから式で書くと、(+22)-(-3)=(+22)+(+3)になります。結局引き算は足し算になってしまうのです。引き算が足し算に直るということは、9-5+4−3は、(+9)+(-5)+(+4)+(−3)と同じですのでこれからは足し算の+を省略して書くことになります。かけ算は明日にします。思い出しましたでしょうか?

「思い出しません」と答えたら、

ということで、今や我が孫たちが卒業した中一時代に戻って、

では正の数負の数の話からしましょう。微分までいくには分配法則を使って式の展開をしなければなりませんし、それにはやはり中1で習う正の数負の数から復習しょうと思います。右へ進む1mと左へ進む1mとを区別するとしたら1にも二つの種類がなければならないし、同じくもうけた10000円と損した10000円とを別のものとするには10000にも2種類があると考えねばなりません。こうした考えから数の反意語として正の数負の数が生まれました。

彼女は昔取った杵柄でこの一老人を算数水準から微分積分とかいう数学の世界に引き上げようと試みているようです、期待に応えるのが高齢者男性としての婦人に対する務めかもしれません。 

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