遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『継続捜査ゼミ』 今野 敏  講談社

2017-10-22 10:36:07 | レビュー
 ちょっと異色な切り口から構想された警察小説バリエーションである。著者のチャレンジ精神が発揮されている。奥書を読むと「週刊現代」に連載後、2016年10月に単行本として出版された作品である。

 法律の改正で殺人等重要事案の公訴時効が廃止されたことにより、捜査本部が設置されて一定期間に解決できなかった事件は、捜査規模を縮小し、特命捜査案件として継続捜査が行われる。継続捜査は以前からあったが、公訴時効の法規が未解決で捜査打ち切りの壁となっていた。法改正により「特命捜査対策室」が警視庁に設置された。当然ながら、その担当者規模は小さいものとなる。時間が経過すれば新しく見いだせる証拠は急減していくばかりだから。一方で新たな犯罪が次々と生まれているという実態がある。
 
 さて、この小説の異色なところは警視庁特命捜査対策室の捜査活動を直接に扱うのではなく、おもしろいワンクッションを置いた点にある。特命捜査対象となり、継続捜査が行われているという案件を、女子大学の中でのゼミ演習として取り扱うという設定で構想されたストーリーなのだ。発想の切り替えである。女子学生たちによる疑似捜査活動という切り口で継続捜査の謎の解明に取り組むというところが斬新で面白い。それが荒唐無稽ではなく、自然に受け入れられる条件設定を巧みにとりいれている。

 三宿女子大学人間社会学部に籍を置く小早川一郎は警視庁退官後に、この女子大の学長からの話があり、准教授として大学で教え始めた。晴れて教授となったことにより、ゼミを担当することになった。ゼミは『刑事政策演習ゼミ』が正式名なのだが、別名が『継続捜査ゼミ』という次第。
 小早川は、警視庁在職中に刑事として活躍し、警察学校の校長が警察での最後の仕事だった。警視庁の刑事としてレジェンドを持つ人物でもある。その小早川自身が継続捜査を担当した経験もある。つまり、捜査の実務経験者が大学教授としてゼミ生を指導する立場に立つ。
 小早川はネット検索で継続捜査案件から15年前に起こった事件を選び出した。選び出した継続捜査案件の関係から、現職警察官の協力者を得る。協力者は警視庁目黒署、刑事組織犯罪対策課刑事総務係の安斎幸助巡査部長。小早川にとって、安斎は警察学校での教え子の一人でもある。小早川は安斎を通じて捜査関連で外部に出せる範囲の資料を入手することにしたのである。安斎はこれをきっかけにして、ゼミのオブザーバーとなることを小早川から認めてもらう。場合によれば、現職警察官からのコメントなども入手できるし、ゼミ生もまたオブザーブされることに抵抗はなく全員が同意した。ゼミとしてまず討議ベースで机上捜査活動が始まって行く。安斎はこのゼミをオブザーブできることを楽しみにしている。

 この小説が成功しているのは、女子大学生がゼミの討議で、警察組織の文化風土に捕らわれることなく、素直な疑問と率直な質問・自由な発想を述べあい、継続捜査対象事件の解明に立ち向かうという新鮮な切り口にある。もう一つは、継続捜査ゼミを選択したゼミ生がそれぞれに個性的な趣味嗜好を持ち、それが事件解決の糸口を導く上でプラスの相乗効果となっていく。つまり、ゼミ生のメンバーを趣味嗜好の領域で特異な能力を持ったキャラクターとして設定している点にある。

 そこでこのストーリーの主役となっていく継続捜査ゼミのメンバー5名を紹介しておこう。彼女たちは三宿女子大の3年生である。
 瀬戸麻由美 世界の謎オタク。常識では説明できないものに関心が強い。
      UFOの画像などの関係から、画像処理技術などにも詳しい。
      身長165cm。胸の大きさが目立ち、それを強調する服を好む。派手好き
 安達蘭子 法律が趣味という。刑法・刑訴法はもちろん民法や商法も通暁している。
      小早川が弁護士をめざしたらというくらいに。
      身長170cm。いつもパンツ姿。ショートカットでシャープな体型。
 戸田 蓮 薬に詳しい。幼い頃体が弱く薬を多用させられたことがきっかけという。
      小早川薬学部に行くべきではと思うくらいに。
      身長155cm。ゼミ生の中で一番小柄。いつも控えめな印象を与える。
 加藤 梓 日本史が好きで、特に城について詳しい。
      身長160cm。セミロングで知的な印象がある。
 西野 楓 大東流合気柔術の修行をしている。直心影流薙刀の使い手でもある。
      身長159cm。長い黒髪が特徴的。
 
 継続捜査ゼミで小早川が取り上げたのは15年前の事件で、マスコミがあらかた事実を報道してしまっていて、いまやマスコミが関心を抱いていない殺人事件である。

 事案の概要:目黒署館内で発生。被害者は結城元79歳、結城多美78歳。自宅で台所にあった包丁で刺され失血死。結城元は台所で、結城多美は二階から降りてきた場所で死亡。犯行時刻は午後3時から4時の間。発見者は孫の林田由起夫、当時15歳、中学3年生。祖父母宅を訪れた由起夫が発見し、午後5時頃通報。目撃情報なし。警察は空き巣狙いが見つかったことで居直り強盗となった犯行と読み捜査したが、逮捕に到らず継続捜査扱いになり、現在に到る。捜査結果で金品は盗まれていなかった。台所の裏口から侵入したことは残された足跡からわかるが、犯人が家から出た足跡はない。
 学生達は何に関心を向け、何を疑問として、仮説を立てていくか・・・・・。警察の筋読みでは犯人が逮捕できなかったことを前衛に、進められる分析と推測のプロセスが読ませどころである。
 
 継続捜査の事案とは別に、蘭子の提案を受けて、小早川は大学構内で今起こっている事件を演習の一環として手掛けていくというサブ・ストーリーも織り込まれていくことで、ストーリー展開が単調にならず広がりができ、推理にバラエティが加わり、山場づくりで読者を楽しませる効果が出ている。
 学内で発生していた事案は、スポーツシューズが盗まれているというもの。バレーボールサークルで3件、バスケットボールサークルで2件、合計5件の被害が出ているという。
 継続捜査ゼミの演習後にゼミ生の発案でゼミコンパが行われ、そこに安斎も参加する。このコンパの席で今起こっている事案の話題となる。情報の整理分析が、その後大学構内の現場検証に発展し、小早川と学生たちの推理が事案解決につながっていく。
 
 面白いのは、この教授1年生の小早川が学生とコンパをしたということを、噂で知った人間文化学部日本語日本文学科の竹芝教授が小早川に食堂で声を掛けてくる。小早川にとっては、まさに学者らしき教授との交流にも繋がる。そして、学内事件の解決の噂も知ったその竹芝が、初めてゼミの学生たちとコンパをした後で、送信されてきた画像に驚愕し、悩んだ上で小早川に相談を持ちかけるという事案が、もう一つのサブストーリーとして登場する。竹芝教授に身の覚えのない画像なのだ。教え子とラブ・ホテルの前で一緒に居る画像だった。小早川は、この事案もまた、今起こっている事案として、ゼミ生に投げかけてみる。勿論、ゼミ生の特異な持ち味を引き出しつつ、事案解決に役立てていくというところがおもしろい展開となる。

 メインストーリーの展開で面白いのは、研究室での演習としての継続捜査ゼミが、実際の捜査に関わっているというつもりでの学生の発言のその先として、研究室を出て、関係者から聞き込みをしたいという欲求段階に進展する。小早川は警視庁・特命捜査対策室にいる後輩と連絡を取り、出向いて事情説明と情報収集を試みると、第一係長保科警部補が小早川の話に乗ってくる。そして、その事件を引き継いでいる丸山刑事を参加させ、自分もオブザーバーに加わると言い出すのである。研究室のゼミが、継続捜査担当者と連携する形となる。この展開が現在の警察組織文化において現実的か、非現実的か・・・・それは抜きにして、おもしろい展開として一気読みしてしまう流れとなっていく。
 勿論、事件は解決する。それは読んでお楽しみいただくとよい。

 新基軸の警察もの推理エンターテインメント作品である。若い女子大生たちが智慧を絞った分析と推理を元警察官の教授1年生の小早川が指導しつつ、成果を生み出していくという切り口は新鮮であり、かつ、まず楽しく読めることは間違いがない。

 ご一読ありがとうございます。

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継続捜査という領域への関心から、ネット検索してみた結果を一覧にしておきたい。
「視庁本部の課長代理の担当並びに係の名称及び分掌事務に関する規程」:「警視庁」
警視庁組織規則
    第64条の7 刑事部捜査第一課に警視庁特命捜査対策室
         (以下「特命捜査対策室」という。)を附置する。
みんなで選ぶ警視庁140年の十大事件 :「警視庁」
   アンケート結果 1位から10位まで   未解決事件も含まれている。
   アンケート結果 11位から50位まで
   アンケート結果51位から100位まで

未解決事件 追跡プロジェクト  :「NHK」

【閲覧注意】日本で起こった不可解な10の未解決事件【迷宮入り】 :「NAVERまとめ」
【閲覧注意】2000年以降の未解決殺人事件4件  :「NAVERまとめ」
未解決事件ファリル一覧 [~2000年] :「未解決事件X」
未解決事件ファリル一覧 [2000年~] :「未解決事件X」
【未解決事件総覧】(1)日本未解決殺人事件一覧・大全 
     :「未解決事件・失踪/行方不明事件・印象に残った事件」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『サーベル警視庁』  角川春樹事務所
『去就 隠蔽捜査6』  新潮社
『マル暴総監』 実業之日本社
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新5版 (62冊)



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