遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 今野 敏  徳間書店

2016-11-11 10:29:11 | レビュー
 横浜みなとみらい署暴対係という警察小説シリーズもたしかこれが第4作となる。
 このシリーズ作品には、ストーリーを読み進める上で読者を惹きつける3つの軸があるように思う。
1) 暴対係の係長・諸橋夏男(もろはしなつお)と係長補佐・城島勇一(じょうじまゆういち)の絶妙な関係という軸がある。諸橋は暴力団及び暴力的組織の根絶を目的・悲願とする刑事であり、通称「ハマの用心棒」と称されている。しかし、本人はそう呼ばれることを嫌っている。城島は諸橋ほどには暴力団根絶という意識はない。暴力団とひと括りにせず、一般市民に多少のプラスとなっている側面のある組織の存在を否定はしていない。法律に抵触するかしないかという基準で判断する。この微妙な価値観の差が、捜査活動でも現れてくる。相棒を組む立場ではないが、それに準じた行動をとっていくところがおもしろい。二人の思考方法は結果的に相互補完的にうまく機能していく。捜査推理における2人の関係と行動が読ませどころになる。
2) 諸橋と神野義治(じんのよしはる)の心理合戦的関係の軸がある。神野は常盤町に古い日本家屋の自宅を持ち、そのあたりだけが昔のたたずまいを残す区画になっている。自宅の表札の脇に「神風会」という看板を掲げる組である。とはいっても、組長の神野と代貸の岩倉真吾の2人しかいないというヤクザである。ただし、ハマでは一目置かれた組でもある。
 諸橋は神風会もヤクザだから何か事を起こせば潰すという立場を堅持している。城島は神風会を昔ながらの任侠団体的存在ととらえていて、神野にある意味で好感すら抱いている。城島と諸橋にとり、結果的に神野は横浜という地域に関連する裏社会の情報源という存在になっている。神野からの情報収集が事件解決の大きなヒントにつながっていく。そこに両者の心理的な攻防戦が常に加わる。ここがストーリーの展開のなかでのおもしろい部分であり、読ませどころになる。
3) 諸橋と神奈川県警の笹本康平監察官との関係という軸がある。笹本警視はまだ30代のキャリアであるが、神奈川県警への異動となった折、警察組織内の綱紀粛正のために自ら警務部監察官室を志望したという変わり種である。彼は諸橋の行動が警察内の組織人としての行動枠から外れがちな点に注目していて、諸橋を監視下に置いている。諸橋の仕事のやり方が気に入らないふしがある。つまり、見た目には一種対立関係にある。ただ、このシリーズが重なるにつれ、対立関係にありながら、その関係が微妙に異なる色合いを加えて行く。この変容する局面が読ませどころになりつつある。

 この3つの軸が、諸橋の所轄区域で発生した事件の展開、捜査推理にどのように作用しストーリーに織り込まれていくかが興味深いところなのだ。

 事件の発端は、桜木町駅近くの飲食街で起こる。12月の冷えこみがきつくなったある夜、居酒屋で諸橋と城島が熱燗のコップ酒を呑み小休止していた時に、喧嘩という声を聞く。300mほど先の現場に2人が出向くと、どちらも柄の悪い連中が2対3で対立していた。諸橋が双方の間に入る。警察手帳をみて2人組は引いたが、3人組は逆ギレしたかのように、諸橋・城島に突っかかっていく。3人をうまくあしらい、手錠をみせるとやっと3人組は一旦引き下がった。
 ところがその後、諸橋、城島が居酒屋で飲み直しをしていると、先ほどの3人組が5人に増えて、刑事と知りつつ意趣返しに現れたのである。諸橋は城島に部下を招集するよう指示する。勿論、諸橋らに5人組は制圧される。それは事件の予兆だった。

 5人組の様子から、諸橋と城島は彼らが東京中心に活動しているはずの中国残留日本人の二世や三世の半グレと推測する。なぜ、東京の半グレ連中がハマで事件を起こすのか?横浜に遊びにきただけなのか?
 翌日、5人組の取調べをする一方で、ハマの裏社会の情勢に詳しい神野に二人は念の為聞き込みに出かける気になる。神野から東京の半グレがチャイニーズマフィアのうちの東北幇(とうほくばん)とつながっているようだという情報を諸橋と城島は得る。諸橋と神野の心理合戦的な会話の中で、神野が諸橋の来訪は他の要件と思っていたふしを感じ取り、諸橋が追及すると、神野は「田家川(たけがわ)のことですよ」とひとこと言う。指定暴力団板東連合会相声会の横浜支部長で理事という立場の田家川竜彦は、自らも田家川組という組織を持っているが、本人は刑務所に服役中なのだ。そのときの事件は既にケリがついたと諸橋は判断していた。だが神野は火種がまだ横浜でくすぶっているという。それ以上は、神野の稼業絡みで言えないという。
 そんなやりとりをした夜、羽田野組組長、羽田野繁、40歳が撃たれて死亡するという事件が発生する。羽田野はみなとみらいの海岸方面に建つホテルからの帰り道、羽田野の乗用車に併走してきたバイクに乗る男に銃撃されたのだ。手下により運び込まれた病院で死亡が確認された。羽田野組は、関西に本家がある暴力団の三次団体にあたる。田家川竜彦の目論んだ事件の折に関わり、そのまま横浜に事務所を置いて居座っている組の組長が射殺されたのである。

 半グレ5人組を検挙し、留置場に入れて取調べをしていたが完全黙秘が続いている矢先に羽田野襲撃事件が発生した。5人組について逮捕状請求の手続きをしていないままだった。諸橋の前に笹本監察官が現れ、規則違反を理由に5人組を釈放せよという。それが諸橋のためでもあると言う。諸橋は落ち度を認めざるを得ず、5人組を釈放する。釈放して泳がせることで何かがつかめないかとも考える。つまり、部下に5人組を尾行させ監視に入ることになる。その後、半グレはダークドラゴンという集団の一員だとわかる。

 当然のことだが、羽田野襲撃事件には捜査本部ができ、県警の捜査一課とともに強行犯係が捜査を担当することになる。捜査本部は殺人事件の犯人捜査という視点で事件に取り組んでいく。殺されたのはマルBであるが、ハマのヤクザの組織状況や勢力関係がどうなっているかについて情報をあまり持たない上に、その視点を考慮する意識も少ない。捜査本部は、犯人がバイクを使い、九ミリのオートマチックを使い10発を乗用車の後部座席に向けて撃ち込んだという手口から捜査を進めていく。
 一方、諸橋と城島は、羽田野殺しはハマの縄張り争いと深く関係していると推測する。神野がひとこと言った田家川絡みの火種の線である。田家川竜彦が服役中でも、田家川の意を汲んで動く者が居るはずである。田家川が指示したか、意を理解して独自に動いたということなのか、という観点から諸橋たちは捜査を始める。また、関西系の羽田野組組長の殺害は、関西系の暴力団の本家が横浜に直に現れ、報復を始めるきっかけになりかねない。もし関西系が羽田野繁の葬儀を横浜で行うということで出張ってきたら、それはハマでのヤクザの戦争に拡大する懸念もある。羽田野繁の葬儀がどこで行われるかも、暴対係には大きな関心事になっていく。
 諸橋の部下による監視の報告によると、半グレのリーダー格一人は横浜の安宿に逗留し、横浜の動きを監視するために残っている様子だという。ダークドラゴンの起こした事件の直後に羽田野殺害が発生していることから、この2つの事件はどこかで繋がるかもしれないと諸橋は考える。
 
 田家川の指示あるは意を汲み取って動く人間がいるとしたら誰かという線から、諸橋と城島は、田家川の懐刀で実力ナンバーツーの志麻元雄藏を俎上に上げる。彼は相友組合の理事長であり、相友組合は実質は志麻元組というヤクザなのだ。諸橋は志麻元雄藏の動きを見張りの対象に加える。だが、まず諸橋がそう考えるのは神野のひと言に端を発している。もし、神野の発言を疑うなら、今の状況をどう捉えたら良いのか? 諸橋と城島の思考は二転三転していく。

 諸橋が神野と接触することは、捜査本部の捜査を妨害する事になるという発言すら出てくる。そして、捜査本部の捜査と目撃証言から、神野のところの岩倉が犯人隠避の疑いで捜査本部に引っ張られるという事態に発展する。捜査本部は神野を疑い出す。
 その線はないと確信する諸橋と城島は神野に会いに行く。しかし、その行動は、捜査一課の係長の目には、諸橋たちが神野とつるんでいるのではないかという見方にまで発展していく。見えにくい事件の全体構図の筋読みの違いが、冤罪の可能性を含む大きな問題に変化していくことを諸橋は指摘する。勿論、相手が耳を傾けることはない。
 そこに当然の如く、笹本監察官が諸橋の前に現れてくる。捜査一課のクレームについて諸橋に警告する一方で、諸橋たちの見方・意見を聴取することで、笹本監察官も独自の行動を取り始める。
 
このストーリーの興味深いところがいくつかある。
1. 横浜の裏社会における縄張り争いの構図という視点である。田家川組の組長が服役中という状況で、どういう情勢変化が起こりうるかというシナリオが二転三転しながら、シュミレーションされる。諸橋と城島の捜査推理が組み直されていくプロセスが興味深い。横浜への関西系暴力団の進出意図が加わることで、その複雑さが倍加する。

2. 諸橋、城島の情報源となっている神野の許にいる岩倉が引っ張られるということが及ぼす影響をどう読み解いていくか。全体構図の筋読みで大きな影響を及ぼすことになる。それは警察組織側にもヤクザ組織側にも言えることである。

3. ダークドラゴンがどのようにかかわっているのか? 誰の指示を受けて動いているのか? ダークドラゴンは氷山の見える部分であり、見えざる部分が問題なのだ。それが裏社会の勢力関係にどう関わり、どのような影響を及ぼすのか? 
 
4. 横浜という土地柄、中華街が関わってくる。チャイニーズマフィア、あるいは幇(ばん)という裏社会がらみの繋がりの側面が最後に登場する。表面に顔を覗かせることなく、まさに裏で動くという底力をみせるという部分が描かれる。これは著者の単なるフィクションの産物にすぎないのか。
 何らかの裏社会のネットワークが現実の中華街の裏にも蠢いているのか・・・・・。

5. 警察組織といえども、捜査本部の下に動く捜査一課・強行犯係の領域と暴対法や暴力団排除条例を背景に動く暴対係の領域とでは違いがある。その思考法の違い、全体構図の描き方の違い、筋読みの違いのコントラストが強く描かれていて興味が強化される。
 併せて、諸橋の部下たち、浜崎・倉持・日下部・八雲の性格や特技・能力の違いがうまく捜査活動に活かされていく。その描写もまたおもしろい。

 最後に、本書のタイトル「臥龍」についてである。私が通読した限りでは「臥龍」という言葉に直接に関連して触れている箇所はなかったように思う。読み落としている懸念も多少はあるが、多分それはなかった。
 「臥龍」を辞書で引くと、「(1)ねむっている龍。(2)民間にうもれている大人物」(『日本語大辞典』講談社)と説明されている。この第二義を考えると、中華街でレストランのフロアマネージャーをやっている陳文栄をこのストーリーの文脈から「臥龍」と位置づけることを意味するのだろうか。最後まで影を潜めていた人物が事件解決の重要な役割をさらりとかつ平然と果たす立場になるのだから。
 タイトルの臥龍の解釈について、本書を読んでご意見、ご教示をいただけたらと思う。
 ご一読ありがとうございます。

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本書と直接関係はないが、キーワードをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
法令編 暴力団対策法の要点  :「暴力追放愛知県民会議」
   暴力団に負けない! その時のための撃退 HOW TO ハンドブック pdfファイル
暴力団対策法で勤仕されている27の行為 :「「全国暴力追放運動推進センター」
怒羅権  :ウィキペディア
ヤクザと乱闘事件を起こしたチャイニーズドラゴンとは?ー中国マフィア「怒羅権(ドラゴン)」ー  :「NAVERまとめ」
「中国人犯罪」最前線をチャイニーズマフィア元幹部が激白! :「Asagei plus」
 (1)億単位の犯罪マネーで正業に  
 (2)旧家に眠る骨董品が標的に
 (3)富裕層に向けたある“サービス”
指定暴力団の状況 pdfファイル  :「全国暴力追放運動推進センター」
全国指定暴力団一覧  :「YAKUZA Wiki」
錦糸町の犯罪 ヤクザと外国人マフィアが激突!集団暴行事件  :YouTube
【衝撃映像】凶暴山口組ヤクザ!日本刀を振り乱す暴力団員が超危険!YYⅡ :YouTube

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
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『真贋』 双葉社
『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
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