あたたかき十一月もすみにけり
中村草田男
十一月ときめくことも無く過ぎし
十一月も今日で最後、私がプロ級だと思うほど上手い東京の友人B君が送ってくれた神宮外苑の銀杏紅葉の写真だ。思えば十数年前幾度となく神宮球場へ戦国東都大学野球を応援に行ったことが懐かしく思い出す。
あたたかき十一月もすみにけり
中村草田男
十一月ときめくことも無く過ぎし
十一月も今日で最後、私がプロ級だと思うほど上手い東京の友人B君が送ってくれた神宮外苑の銀杏紅葉の写真だ。思えば十数年前幾度となく神宮球場へ戦国東都大学野球を応援に行ったことが懐かしく思い出す。
園児らに聖母が宿るクリスマス
ゆるやかな時間のなかのクリスマス
新幹線飯山駅構内のクリスマスツリーの飾り付けをお手伝いしている市内のあきは保育園の園児たちの微笑ましい姿が、今日の正午のNHKニュース長野で放映していた。今ではクリスマスツリー作りのお手伝いが恒例となっているようだ。写真は未完成のツリーですが、完成すると高さ三メートル以上になる。良くこんな大きなクリスマスツリーのモミの木があったと思う。想像だとクリスマスツリーの飾りが終わると手入れしてどこかに保管しているのだろう。私はこのツリーを毎年楽しみにしていますが年々濃い緑色が少しづつ薄くなっているような気がしている。
色の無き辺りの沈む冬はじめ
前歯の中心の一本が前触れなくポロン抜け落ちた。抜けたのは夕方暗くなった傍の歩道上でしたので翌日明るいうちに三人の孫達に手伝ってもらいやっとの思いでの歯を捜しあてた。捜してくれたのは「あーちゃん」だった。今日は行きつけの歯医者さんの診察日だった。抜けた歯のいきさつを先生に話すと高い歯ですので良かったですねと言われた。捜してくれたあーちゃんに感謝しながら何か御褒美をと思った。写真は待合室から撮った桜並木ですが、例年だと降った雪が道路の隅にあるのですが、今年は例年になく暖冬のようで、いまだ一回も雪が降らないでいる。
初冬の落紅葉においこっと
冬はじめ飯山線のオイコット
今日は10月の上旬を思わせるほど暖かい好天に恵まれた。閑人の私は温かさに誘われて飯山線の旧駅付近とその周りをゆっくり時間をかけて散策していると、下りの飯山線に遭遇した。そこで、突然と初冬の郷土の風景を楽しみたくなり飯山線に乗車したい衝動にかられたが、ふと、冷静に考えると病持ちの私は一人で勝手な行動は自粛しなければと思い直した。また日を改めて孫のお兄ちゃんを誘って飯山ローカル線を楽しもうと思い直した。
初冬のローカルを走る飯山線「おいこっと」
家々の軒に赤らむ柿すだれ
日と風にさらされ遊ぶ柿簾
安曇野市に住む友人K君が近況報告と伊那谷の早出しの富有柿の干柿を送ってきてくれた。富有柿名産の高森町は飯田市の北隣の町で、伊那谷、天竜川の西の斜面にある。市田柿の干柿最盛期は12月の中旬過ぎと言われていますが、今の早出しの市田柿は珍しさを手伝って値段は高値だが、味はいまいちのようだ。
めぐる道歴史を刻む道祖神
K君は最近道祖神巡りを趣味としているようだ。安曇野は道祖神の宝庫で、道祖神のふるさとと称されてる。道祖神は安曇野地方だけでなく、長野県の全域に点在し、その数は全国で一番とのこと、長い歳月で風化された道祖神の像は、訪れた人々を温かく迎えてくれている。道祖神を巡りながら信州の自然にふれ、街並み・名所旧跡・温泉を楽しむツアーがちょっとしたブームとなっている。
今日は、やすきよの軽快な名漫才をお楽しみください。
うまいもの素直にうまい小春かな
冬の昼漠々食す次男坊
孫達の微笑み残し冬日和
我が家は月に二回は孫達が休みの日に外食をと心がけている。今日はお父さんは仕事ですので、なんだか後ろめたい気持ちがありましたが孫達とレストランガストで食事を楽しんだ。お兄ちゃんと次男坊は成長期のため二人分を難なくたいらげた。スポンサーの爺としては財布の中身が気になった。
シンビジウムの花に水注し冬に入る
一昨年須坂に住む妹から写真のシンビジウムを戴いた。昨年は株分けしたので花芽はまったく出なかった。今年こそはと花の咲くのを期待しながら育ててきたのだが、10月も終わりとなり寒い日々なので鉢を家の中に取り込んで私の部屋で育てていると3~4日前に葉の一部からツンと1本の新芽が出ていた。私はシンビジウムを育てて花を咲かせたことはないので、芽生えた新芽に少し興奮気味となった。
シンビジウムの育て方
金婚の互いに黙しシクラメン
金婚の挨拶したき枯すすき
私どもは昭和42年の今日勤労感謝の日に結婚した。従って今日で52年になる。金婚が過ぎて2年になるのに家内は日々孫たちの世話初め日常の家事に追われる忙しい毎日なので改めて五十年経ったことを話し合うことがなかった。思えば私の両親は飯山市が主催する金婚式に招待された。その日に私の兄弟と孫たちとで両親の金婚をお祝いした記憶が蘇った。今は市主催の金婚式典が無いのか私どもの金婚を祝ってもらえないでいる。近いうち 、写真の御夫婦のように温泉で二人だけで金婚の祝いと老後の生活を語り合いたいと思っている。
ネットから借りた写真
御夫婦二人で静かな温泉の夜、金婚をお祝いしていると想像している。
母の忌の形見の指輪冬麗
母の忌に好物ささぐ枯れ芒
今日11月22日は私の母82歳で亡くなった命日だ。家内はくしくも初めて母の形見として預かった指輪を見せてくれた。毎日商売で忙しく働く母の姿しか知らない私はこんな指輪のしている母の姿を見た記憶がない。私には亡くなった四歳年上の姉がいるので両親の結婚は昭和の十年ころだと思うが、戦前の混沌とした時代、勿論のこと父は母に結婚指輪をやるなんて想像がつかない。多分、母は商売に励んだ自分に御褒美として求めた指輪だと思う。この指輪をケースのまま眺めることが唯一の楽しみだったのだと思う。
母の日といえばカーネーションの花が定番なので家内はスーパーの花屋さんで写真のカーネーションを購入してきて仏壇にお供えした。
先日何気なく再放送テレビを見ていると、その内容は私が薄々知っている郷土が生んだ「丸山邦雄」のさんのことのようなのでテレビに釘付けとなった。テレビの題名はテレビ特集「どこにもない国」の前編「命をかけた満州からの脱出」だった。ネットでは、終戦後、旧満州に取り残された150万を超える日本人の帰国を実現に導くためにわが身を捨てて奔走した男たちがいた。
国家から見捨てられた同胞を故郷に帰すための命がけの戦い、そしてそれを支えた妻たちの愛。複雑怪奇な国際情勢に翻弄されながら、奇跡とも言われた引き揚げ、どのようにして実現に至ったのか―。歴史の陰に埋もれてきた戦後秘話を中国ロケも交え、壮大なスケールでドラマ化。とあった。久しぶりの感動ドラマだった。主人公「丸山邦雄」さんは、まさしく私ども(飯山市富倉滝ノ脇)の出身だった。前編・後編と放映された。
http://www4.nhk.or.jp/P4600/ クイックして見てください。
安倍首相、タモリを無形文化財に認定か? いいとも生出演で
安倍政権のキーマン麻生大臣に問う
偶然に上記の珍しい動画をに遭遇した。そうだ今日もブログの話題が無いのでこの動画を訪問者に見ていただこうと単純な発想をした。
渥美 清(あつみ きよし)さん、名監督山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズで下町育ちのテキ屋で風来坊の主人公「車寅次郎」を演じ、広く国民的に人気を博した。没後に国民栄誉賞を受賞したと記憶している。偶然に『男はつらいよ』シリーズ49作のさわりをPCで見つけた。私はこの映画シリーズが大好きで映画館へしごく通ったものだった。従って大きな財産を手にした気分となった。以後、ブログの話題がなく困窮している時は『男はつらいよ』ブログにしたいと思う。
第1作 男はつらいよ 予告篇
第2作 続・男はつらいよ 予告篇
サボテンの蕾たわわや小春かな
三日前に部屋のカニサボテンが蕾が色付き始めた。毎年濃いピンク花を心待ちにしている私だ。
サボテンの大きく見ゆや息白し
カニサボテンは蕾が色がつき始めるとたちまちにして花開く。蕾を持って二日目の昨日、きれいなピンクの花が両手を開くように咲き誇っていた。相変わらず写真が歪んでしまう、対処方法がわからなく困っているがどうもPCに問題があるとみている。
歩行機の歩き疲れし寒日和
冬の運動不足を補うため写真の歩行機利用の日々である。この歩行機は中々の代物で、歩いた時間、距離、消費カロリー、歩行スピード、道の傾斜度がなど連続に表示される便利機だ。一日の目標は30分で2kの歩行距離を2回~3回で歩こうと思っているが、中々実現出来ない日々が続くとそれがストレスとなることがある。
年のせいか記憶力が薄れてきているので、忘れないためにと思い再びブログに動画再生を試みた。
懐かしいコントレオナルド
自分のブログに動画をアップしたいと思い立ち試みているがなかなか実現しないで沈んでいた。80歳近い年齢になると頭の回転が鈍くなったと痛感している。少し間を置いて再び挑戦したいと思う。その後、頭を休めて再挑戦してみた。やっとの思いで動画が再生できた。
コントレオナルド 風見鶏(名人劇場 昭和58年)
老人の日向が欲しい冬の午後
人生100年時代と言われている昨今、今日のテレビで「サービス高齢住宅」通称「サ高住」についての放映をみていると、ふと、自分のこれからに思いを寄せた。ネットでは、70歳以上の老人の割合は増加し続けている。将来介護や支援が必要と認定されている老人は約600万人近くに及び、つまり70歳以上の約5.5人に1人は要介護・要支援と認定されていることになります。この増加傾向に伴って、介護ニーズの数も多種多様に高まっているとあった。
冬温し温(あたた)か笑顔温(ぬく)しかな
寝たきり老人のイラストを見ると、自分の今の生活環境は七人の家族に囲まれ家内はじめ娘も健在だ。だが、人生何が起こるか皆無だ、もしものことを考えた老後の設計をしなければと改めて思う。