徒然なるまま”僕の趣味と遊ぶ”

タイガース、水彩画、鉄道などの、僕の気ままな”独り言”

観光列車あれこれ ② 「TRIN SUITE 四季島」

2016年12月05日 11時43分20秒 | 鉄道のよもやま話

前回 JR西日本の「瑞風」を簡単に説明しましたが、今回はJR東日本の「TRIN SUITE 四季島」について書きます。

「瑞風」より1ヶ月ほど早く、発車・・2017年5月1日に運行される周遊臨時寝台列車(クルーズトレイン)です。
”SUITE”は、甘いの意味の”SWEET”ではなく、”一組”とか”一揃い”とかの意味です。

既に、応募は完了し、競争率は平均6.6倍だったそうです。

  


「四季島」という名は、JR東日本のHPに”コンセプト”として次のように述べています。

この国は広くない。でもこの国は広い。そして深い。
 四季、二十四節季をまたぐ、多彩で気まぐれな自然の気質。・・・・云々」
 そして、「色濃く変わる四季のうつろいと、今までにない体験や発見を通じて、まだ知らなかったことがあったという幸福を実感していただきたい」とあります。

10両編成で展望車、スイート寝台車(5両あり、1両に3室づつ、シャワー、トイレ付)一般スイート車、ラウンジカー、ダイニングカーなどで、定員は全車6名。
費用は、下記の通りです。
瑞風同様に、高額ですが、人気は高く、これも列車が移動手段ではなく、列車自身がホテルであり、観光となるためなのでしょうか・・・

  
  ダイニング車                 ラウンジ車

  
   展望車                  

旅程には、北海道が入っていますが、これは北海道新幹線開業による影響から北海道で定期運行ができなくなる寝台特急「カシオペア」との入れ替えとなります。

3泊4日コース  上野駅ー日光ー北海道(函館・登別)ーあつみ温泉ー新津ー東三条ー上野駅
1泊2日コース  上野駅ー塩山ー姨捨ー会津若松ー上野駅
  上野駅には、ラウンジを設けるようです。
  なお、3泊4日コースの3日目は、五能線コースと縄文コースを選択出来るそうです。

2017年5、6月の上記コースの後に、夏コース、年末年始コース、冬コース、春コースがあり、
2017年9、10月コース出発分は11月1日~2017年1月6日に応募しています。
その他詳細は、下記を参照してください。
    http://www.jreast.co.jp/shiki-shima/
 

 

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観光列車あれこれ ① 「トワイライトエキスプレス瑞風」

2016年11月30日 20時48分25秒 | 鉄道のよもやま話

まず最初に紹介するのは、先日(11/29)にJR西日本から発表された豪華寝台列車「トワイライトエキスプレス 瑞風」です。

  

来年6月にデビューする京阪神と山陽・山陰エリアを結び、運行中に沿線を立ち寄って観光するというものです。
「トワイライトエクスプレス」は1989年から運行を始め、大阪駅と札幌駅を結ぶ寝台特急の名称でした。
往年のオリエント急行を彷彿させる豪華列車でしたが、車両の老朽化や青函トンネルの新幹線通過、経由路線の一部がJRから移管されるなどの環境の変化により、その歴史は閉じられました。

この列車の名を冠したのが、新たに運行される「瑞風」です。
「瑞風」の由来は、「美しい瑞穂の国を風のように駆け抜ける列車」ということからだそうです。

 

車両は10両編成で定員は30名、食堂車、ラウンジカーが連結され、編成の前後両端には、展望スペースが設けられています。

   

車窓から西日本に広がる原風景を楽しみ、日本の素晴らしさを再発見してもらうのが狙いとか・・・
同じような豪華列車には、JR九州の”ななつ星”が2013年10月から観光運行を開始しており、JR東日本も同じような列車が2017年5月1日から運行する予定です。

片道コース(1泊2日)が一人当たり27万~75万円。
京都・大阪から下関経由で戻る周遊コース(2泊3日)が50万~120万。月1~4回運行され来年6月~9月分の予約を12月5日~1月31日に受付、多数の場合抽選となります。

LCCや夜行バスにより、鉄道が奪われているということから、反対に高額でゆとりのある旅を提供するという今後の鉄道旅行に新しい旅を楽しみ方の方向性が示されたものと言えます。

しかし、高額のため誰でもというわけにはいきません。
それはそれとして、もう少し一般にも利用出来るものが欲しいところです。

そこで、JR西日本では、この瑞風に続く、新たな観光用の長距離列車をも投入する計画で、瑞風よりも安価なものになると言われていますが・・・。

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伊豆・箱根旅行 ⑦ 中伊豆 ~ 三島

2016年11月27日 13時21分42秒 | 旅行・観光

天城山トンネルから引き返し、修善寺温泉を横に見て、韮山反射鏡に向かいました。
最終日の今日は、三島駅発15時48分の新幹線で帰阪するため、その時間まで界隈を見学してゆく予定です。

最初は、世界遺産に登録された韮山反射鏡。
幕末期、欧米諸国の開国要請に対抗して、日本(江戸)を守るために、韮山代官であった江川太郎左衛門が、幕府に進言して築いた金属溶解炉です。

  
                 韮山反射炉    

品川沖に作られたお台場(砲台)に据えるための大砲を鋳造するもので、安政4年(1857年)に完成し、元治元年(1864年)の使用中止までに大小の大砲数百門を鋳造した。
炉体と煙突が、完全な形で現存している日本唯一の産業遺産で、国指定史跡であるほか、ユネスコ認定の世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」にも含まれています。

 

でも、この価値ある遺産も、この反射炉だけでは、素人には価値観が湧きません

周りの道路等も色々整備されつつあるようですが、出来れば、周りの施設などの建物(上記参照)やその役割などがあれば、より分かりやすくなるのではないでしょうか・・・ 

 

次に訪れたのが、伊豆と言えば、源頼朝が流された所とされていますが、その場所に碑が立っている小さな公園に立ち寄りました。

  
      源 頼朝 配流地に建つ遺跡碑          源 頼朝夫婦像が立つ蛭ヶ小島

平治の乱に敗れた源頼朝は、平清盛に継母・池禅尼の命乞いによって伊豆に配流され、1160(永 暦元)年2月の14歳の少年期から、1180(治承4)年8月に旗挙げする34歳までの20年間をこの地で過ごしたとされます。

当時は沼地でその中の小島に住まいしていたとかで、江戸時代の学者が蛭ヶ小島と推定し、今も周りは全くの田舎景色ですが、天気が良ければ富士山が見えたようです。
1790年に碑が建てられ、伊豆の国市の指定有形文化財となっており、公園内には頼朝・政子夫婦像がつくられています。

次は、JR三島駅近くにある、三嶋大社にお詣りしました。
創建の時期は不明ですが、奈良・平安時代の古書にも記録があるとか・・・

 
   三嶋大社                  七五三詣りに出会いました。

この三嶋大社は、東海唯一の神格と考えられ、この社名・神名の「三島」が地名ともなりました。
頼朝旗揚げ成功以来、武門武将の崇敬篤く、又、東海道に面し、伊豆地方の玄関口として下田街道の起点に位置し、伊豆国 一宮として広く天下に広まっていきました。

平成12年には、御本殿が重要文化財に指定され、当社の文化的価値の高さも再認識されています。

伊豆・箱根の旅の三日間は、最終日は曇り空でしたが、ほゞ満足できる天気でした。
旅の成否は、天候次第とも言えますが、行ってみないと分からないところや、予定以外に遭遇することが多くあり、それも旅の楽しみの一つです。

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伊豆・箱根旅行 ⑥ 天城越え

2016年11月24日 20時19分56秒 | 旅行・観光

旅行3日目
修善寺温泉からまず向かったのは、落差25m、幅7mの浄蓮の滝。
浄蓮の滝は、石川さゆりの演歌の歌詞にあり、滝のそばに歌碑が立っていました。
かつて滝の付近に「浄蓮寺」という寺院があったことから「浄蓮の滝」という名称がついたと伝わっています。

浄蓮の滝        
 

浄蓮の滝の駐車場に”伊豆の踊子”の銅像が立っています。

  
       浄蓮の滝                   ワサビ畑   


伊豆の踊子は、川端康成の小説で有名で、松本清張の小説「天城越え」ともに知られています。

ここから、その小説に出てくる”天城越え”は、静岡県伊豆市と河津町の境にあり、これを超えるのは下田街道の最大の難所でした。
明治37年(1904年)に天城トンネルが開通し、多くの人と物資がここを超えることが出来るようになりました。
途中には、ワサビの段々畑があちこちに見受けられ、浄蓮の滝にもワサビ畑があり、ワサビ漬けなどが販売していました。

  
  浄蓮の滝の駐車場に立つ”伊豆の踊子”     旧天城山トンネル 通行止め区間    

 
     重要文化財碑  天城山隧道 


 天城トンネルに行く途中、工事のため通行止めとなっていました。
今日、天城トンネルに行くことをタクシー運転手に伝えたあったのに・・・・
運転手があちこちに連絡を取り、トンネルの反対側に回ることし、かなりの山の中を通り、何とかトンネルの入り口にたどり着きました。
トンネルの中を往復し、結果的に一応トンネルの両端を見ることが出来ました。

  
    旧天城山トンネル  伊豆側           旧天城山トンネル  修善寺側
 

 

僕らが入ったトンネルの入り口(伊豆側)の手前には若干の駐車スペースがあり、もう一方の入り口(修善寺側)には、トイレや駐車場などもあり、碑も立っていますが、この方向が通行止めだったためなのか、1台の車も通りませんでした。

トンネルを後にして、元来た道を引き返し、世界遺産となった韮山反射鏡を経て、三島駅から帰阪することとしました。
それは次回に・・・・



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伊豆・箱根旅行 ⑤ 修善寺温泉

2016年11月21日 19時34分02秒 | 旅行・観光

修善寺温泉には、修善寺駅からバスで約10分程で着きました。
荷物を旅館に預け、温泉街を散策しました。

この地には、京都と同じ名前の地名などがあり、どうやらこの地に流された人々が京都を忍んでつけたのではないかと言われています。

 川は桂川、橋は渡月橋、そして山は嵐山と言われています。

   

 まず最初に訪れたのが修禅寺。
地名は「修善寺」、寺名は「修禅寺」で、表記が異なるが、両方とも「しゅぜんじ」と読みます。
修禅寺の名前は鎌倉時代初期から定着し、寺領も修禅寺と呼ばれるようにまりました。
ここのお寺は、源頼朝の弟の源範頼と頼朝の息子で2代将軍の源頼家が、当寺に幽閉され、その後この地で殺害されたことで知られています。

  
       修禅寺 境内                菊に囲まれた山門  


修禅寺物語は、岡本綺堂による頼家の死にまつわる戯曲です。
悲劇の鎌倉2代将軍「源頼家」のお墓、その叔父にあたる源範頼のお墓もあり、源氏ゆかりの土地です。

  

     

日枝神社は、修禅寺に隣接し、修禅寺の鎮守で、源範頼が幽閉されていたという信功院跡があります。

前の渡月橋をわたり、竹林の小径に・・・

  竹林の小径  

桂川にかかる赤い橋(楓橋)を渡り、桂川沿いを宿のほうに戻ってゆくと、足湯と”とっこの湯”といわれる修善寺温泉のシンボルが見え、ここは伊豆最古の温泉と言われています。

  
  楓 橋                      とっこの湯   

この修善寺温泉が有名になったのは、修善寺物語にもよりますが、明治時代に多くの文化人が宿泊したということがあります
僕の今日の宿も夏目漱石が泊まったといわれる旅館で、趣のあるたたずまいで、玄関の下には桂川が流れています。

  
      漱石庵        夏目漱石ゆかりの旅館      

明日は、タクシーで伊豆の踊子の舞台となった天城越えをしますが、それは次回に・・・・

 

 

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