徒然なるまま”僕の趣味と遊ぶ”

タイガース、水彩画、鉄道などの、僕の気ままな”独り言”

秋の福井・金沢の旅 ⑥ -兼六園ー

2012年11月26日 17時23分14秒 | 旅行・観光

日本三大庭園のひとつである”兼六園”に行きました。
日本三大庭園とは、兼六園のほか、岡山の後楽園、水戸の偕楽園で、この三大庭園は、全て江戸時代の大名屋敷の池泉回遊式庭園です。

この北陸の旅は、出発時点から天候との戦いとしていましたが、今までは、それほど雨で困ったことがなかったのですが、ここ兼六園に着くなり、一段と雨が激しくなり、その上風も吹き始め、カメラもまともに撮ることが出来ませんでした。

 

「兼六園」の名称は、宋代の詩人 李格非(りかくひ)の洛陽名園記に記されている「宏大」「幽邃」「入力」「蒼古」「水泉」「眺望」の6つを兼ね備えていることから、松平定信が名付けたと言われています。

 

日本の庭園には、大きく分けて「池泉庭園」「枯山水」「露地(茶室の庭)」の3通りがあるようです。
その内、池泉庭園には、小川や池に舟を浮かべて楽しみ庭や周りを歩いて散策を楽しむ庭、それに書院などの建物から座ってゆっくり眺める庭などがあります。

 

 

それにしても、この兼六園は、あまりにも広過ぎます。 3万坪(10万㎡)。
ゆっくり周りを歩いてひとつひとつ吟味しながら回れば、どのくらいの時間がかかるか分かりません。
僕が訪れた時は、あいにく風雨が激しく、なかなかその余裕がありませんでした。

本来は金沢城もゆっくりと見学したかったのですが、ここも含め、天気の良い日に再び訪れたいと思います。

雨の兼六園 動画
 


秋の福井・金沢の旅 ⑤ -ひがし茶屋町ー

2012年11月23日 11時33分23秒 | 旅行・観光

昔の面影を多く残している金沢へ来ました。
昨日は、山中温泉で泊まりましたが、一晩中雷雨が激しく、今日の天候が危ぶまれ、予報でも降雨確率90%で、今日は、雨との戦いを覚悟して、金沢駅に降り立ちました。

しかし、今のところ、その雨も明け方から収まり、今日一日なんとかこのままでと思い、まずひがし茶屋町に向かいました。
金沢には、茶屋町は、ひがし茶屋町、にし茶屋町、主計茶屋町と三つありますが、今日はその内のひとつ、ひがし茶屋町に行きました。

この、ひがし茶屋町は、文政3年(1820年)加賀藩、前田侯による街割りで金沢市浅の川界隈に隣接して設置されました。

  
  小雨けむる ひがし茶屋町界隈                      ”懐華樓”   


現在では、国の重要伝統的建造物保存地区に選定されています。
その中でも”懐華樓(かいかろう)”は、ひがし茶屋町の中程にあって、金沢で一番大きな築190年以上のお茶屋だそうです。

今では、昼は一般公開されていますが、夜は一見さんお断りで華やかなお座敷が上げられています。
で、この懐華樓を見学しました。
玄関を入ると、真っ赤な階段が目につき、2人が並んで昇れるようになっているそうです。
但し、帰りは、この階段ではなく、誰にも分からないように裏の狭い階段を一人で降りて帰るようになっているそうです。

  
  赤い階段をのぼると・・・・・                     玄関には、赤い、丸いゲタが・・・・
 

  

遊びも、町人とお武家さんのそれとは違うようで、部屋も違います。
太閤も負けそうな金箔の畳の部屋には金箔の茶器があり、剛毅な遊びをしたのが伺えられます。

  
   金のたたみと金箔の茶器              ”花嫁のれん” 金沢の伝統は今・・・

  
   茶屋の部屋の一つ                         雨もまた情緒が・・・・


中では、この当時の話を面白、可笑しく、人をそらさない巧みな話術で我々お客を引き込む仲居さんの話に耳を傾けました。

雨も小ぶりで、この界隈を傘をさして歩くのも、中々趣がありました。


秋の福井・金沢の旅 ④ -丸岡城ー

2012年11月21日 20時14分55秒 | 旅行・観光

先日、白浜に行っていましたので, このブログの投稿が出来ませんでした。
白浜の内容は、次の機会に譲るとして、まずは、福井・金沢の旅の続きを・・・・・・

                       

丸岡城は、既存の天守のある12の城の一つです。
このことについては、以前に述べましたので、下記を参照してください。

  http://blog.goo.ne.jp/ganbaro433/e/3364f56e61b18f5be1388ec93692bf17

既存の天守のある12の城の中でも、この丸岡城は、日本最古だそうです。
今から430年前の天正3年(1575年)、織田信長は越前の一向一揆を平定するために大軍を派遣し、丸岡の東北方面にあった豊原寺の寺坊を焼き払い、この恩賞として柴田勝家に越前の国を与え、北の庄に城を築きます。

  

勝家は、甥の勝豊に築かたのが、この丸岡城です。
別名は、霞ケ城とも云われていますが、その由来については、今シリーズで掲載しています城の別名シリーズで書きます。

現在最古と呼ばれていますが、現在の天守は1948年(昭和23年)の福井地震によって倒壊し、1955年(昭和30年)に修理再建されたものです。

屋根が全部石瓦で葺かれているのは、全国でも稀な特徴で、鯱鉾(しゃちほこ)も石製で、天守の下には、福井地震で落下した鯱が置かれています。

  
        天守から丸岡市内を望む             石の鯱鉾

独立式望楼型二重三階の特殊な建築法で、重厚な城を支える天井の梁により、階段の位置の関係で階段は非常に急で、今は上からひもを垂らし、それを掴んで登って行くようになっています。
既存の天守の階段は、全て勾配がきつく、良く昔の人は、袴で登ったり、甲冑を着ての、この階段の登り降りしたと思うと、昔の人は、足腰が強いと感心せざるを得ません。

同じ望楼式天守でも、後の時代の彦根城や姫路城などの層塔式天守閣と比較すると、いかにも城郭建築の初期のものであるのが伺えられます。

  
  石落し                              急こう配の階段には綱が・・・・

丸岡城で有名なのが、「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな、馬肥やせ」 の書簡です。
徳川家康譜代第一の功臣の本多作左衛門が陣中から妻あての書簡で、短く、簡素にして要件を伝えているとして知られています。

文中のお仙とは、嫡子の仙千代のことで、後の6代目の丸岡城主 本多成重のことだそうです。

  
  お城の下の公園は、紅葉で真っ赤に染まっていました・・・・



この他に、このお城に伝えられている伝説があります。
”人柱のお静”とか”大蛇の出る井戸”とか”樹齢500年のタブの木”とかありますが、その話は、また別の機会に書きます。

 


秋の福井・金沢の旅 ③ -永平寺ー

2012年11月18日 08時30分17秒 | 旅行・観光

雨が心配されたのですが、ここまで曇り空ながら時々薄日が射す安定した天候となりました。

一乗谷を後にして、今回の旅行の目的の一つである永平寺に向かいました。
参拝する前には、途中で雨が降ればと思い傘を持ってゆこうとしたのですが、それは全く杞憂でした。
と言うのも、この伽藍は、全て渡り廊下など屋根の下で参拝出来ることが出来ました。

永平寺には、七堂伽藍と呼ばれる七つのお堂があり、日常の修行に欠かすことのできない重要な建物です。
「七堂伽藍」とは、山門、仏殿、僧堂、庫院、東司(お手洗い)、浴室、法堂のことだそうです。

いずれにしても、禅の修行に相応しく、老杉に囲まれた深山の地で、全国1万5000に及ぶ曹洞宗寺院の大本山として、心が引き締まる思いがします。

  永平寺の歴史等詳しいことは、下記を参照してください。

http://www.mitene.or.jp/~katumin/index.html

 
 秋の永平寺 スライド写真   

 
 永平寺 伽藍 
 


秋の福井・金沢の旅 ② -一乗谷朝倉氏遺跡②-

2012年11月16日 19時18分00秒 | 旅行・観光

朝倉氏の遺跡は、写真だけでは、なかなかその様子・雰囲気は現地に行かなくては分からないと思います。
そこで、動画とパノラマ写真でその一端でも見て下さい。


 朝倉氏遺跡 <動画>

 

 

   


なぜ、朝倉氏は、滅びたのでしょうか・・・・・

その昔、福井を治めていたのが朝倉氏で、その本拠地が一乗谷でした。
その後、織田信長との戦いに敗れたあとは、信長の家臣である柴田勝家が治めました。
しかし、勝家が築いた城は、本拠地を北の庄で、9層の天守閣があったそうです。

この城も、秀吉に滅びされ、焼失します。
その後、徳川家康の次男・結城秀康が関ヶ原の戦いのあと、越前68万石を与えられ福井城を築城します。
この福井城は、現JR福井駅の北、徒歩で約5分のところにあります。
北の庄城祉は福井城の南で、現在は柴田公園になっています。

朝倉氏が103年もの間、栄えたにもかかわらず、この地から出て行くことがなく、そしてこの地、一乗谷は、海に遠く、街道筋からも外れ、山に囲まれた袋小路という戦略的に悪い地形に留まっていたことが、結果的に朝倉氏が壊滅した理由ではないでしょうか・・・・

その後も、この地は、政治的に重視されることはありませんでした。


秋の福井・金沢の旅行 ① -一乗谷朝倉氏遺跡ー

2012年11月15日 19時28分26秒 | 旅行・観光

今年も、夏ごろから紅葉を求めての小旅行を、どこに行こうか考えていました。
以前に北陸の温泉と東尋坊は行ったのですが、永平寺は行っていませんでしたので、今年は永平寺と金沢の兼六園を主にしてその周辺に行くことにしました。

ところが、時期的には11月中旬というのは、ある交通会社の人のアドバイスもあり、紅葉には良かったのですが、さすが天候だけは分かりませんでした。

天気予報では、13日から北陸方面は寒気が入り、大荒れで、13日午後は、降雨確率が80%、14日は100%でところにより雪という予報で、この二日間は、雨と寒さとの闘いになるのを覚悟して出かけました。


一日目は、大阪からサンダーバードで福井に出て、そこから一乗谷朝倉氏遺跡、永平寺、丸岡城をタクシーでめぐり山中温泉で一泊する予定です。

日中は薄日さえ射してていたのが、旅館に帰ってから雷雨となりました。
日頃の行いのよさが証明されました???のでしょうか???

 

  

さて、最初の訪問先の一乗谷の朝倉氏遺跡は、行くまでは、余り期待していませんでした。
なにしろ、遺構と言っても、礎石が置いてあるだけとおもっていました。

ここ一乗谷は、福井一体を治めた朝倉氏の本拠地で、豪壮な館を中心とする城下町があり、初代朝倉孝景から5代義景までの103年もの間栄華を極めていました。

しかし、織田信長に敗れ、ここは焼け野原となり、その後は柴田勝家が治めますが、勝家の本拠地は北の庄に移したため、この一乗谷は忘れられた存在だったようです。

この地が、3方を山に囲まれて、戦になれば袋小路になる不利な地形になっているのが、朝倉氏が滅びた理由の一つだったように思われます。

この遺構は、長い間埋もれていたのを、昭和42年から発掘調査が進められ、昭和46年に国の特別史跡に指定されました。

  

  

  

現在は、そこに街並みが復元され、館跡には、唐門だけが再現されて、この地に広大な館や寺院があったことが想像されました。

寺院と町屋群、復原武家屋敷を見学し、一乗谷川を渡って、朝倉館にある湯殿跡庭園、中の御殿跡、諏訪館跡庭園に至る約1時間、見学しました。
ここから標高473mの山頂に一乗谷城跡がありますが、その余裕がありませんでした。

今は原っぱになっているところに立派な館があった事を思えば、当初、思った以上に、興味深いものがありました。
一部町屋などが復原されていますが、館の方も復原されるのでしょうか?
ここは、想像するだけにして、このままにしておいた方が良いのか考えさせられました。


「第18回 兵庫ふれあい美術展」

2012年11月12日 10時52分15秒 | 芸術・水彩画

第18回 兵庫ふれあい美術展が来る11月15日(木)から原田の森ギャラリーで開催されます。
この美術展は、新たな美の創造と世代や分野を超えた人々の交流の場として、美術の創作活動に親しむ人々の作品を公募、展示されたものです。

応募資格は、兵庫県内に在住もしくは勤務先がある15歳以上であれば、一人1点で未発表であれば良いようです。

今年も、出展しましたので、見て頂ければ幸甚です。

会期  11月15日(木)~18日(日)  10時~17時まで 最終日は15時まで。

会場  原田の森ギャラリー
     神戸市灘区原田通り3-8-30   078-801-1591
     阪急 王子公園駅西口から徒歩8分。

  

    「鹿の親子」 今年正月に訪れた春日大社の参道近くで・・・・   水彩画 F20号


鉄道ビジネスと経済 ⑧ -車両1両の値段は・・・-

2012年11月11日 12時45分27秒 | 鉄道のよもやま話

「通勤電車は約1億円、新幹線は約3億円」と、1両当たりの新車価格の相場だそうです。

10両編成に通勤電車は、約10億円ですが、特急電車は、通勤電車より高く、7両編成で10億円を超えると言われています。
新幹線の16両編成で約40億~50億円になります。

と言っても詳細な価格は、一般消費者が買うものではないので、企業秘密になっています。
が、「グッドデザイン賞」を受賞した車両の一部の価格は公表されています。

そこで、新型車両の価格は、次のようです。

                                             1両の価格 
  JR東日本   E1系     日本初の2階建新幹線車両     3億6000万円
  JR西日本   500系    初の営業時速300Km/H      2億9000万円
  
  JR西日本   281系    特急はるかに投入           1億6000万円
  JR九州     885系    振り子式電車 かもめなどに投入  1億8000万円

  JR東日本   209系    京浜東北線などに投入           9000万円
  JR西日本   223系    直流近郊型                1億2000万円

  
     E1系 2階建新幹線車両                500系   


  1両の価格は上記ですが、それが新幹線のように16両編成ともなれば、40億以上かかり、その編成数ともなれば、それこそ莫大な費用がかかります。

  
   特急 はるか                           223系 都市近郊型   

ここでも、費用削減に日夜努力しています。
が、一般の家電製品のように劇的に価格が下がっていますが、鉄道車両はそういう訳にはいかないず、ある資料によると、1994年~2003年の平均車両価格は、1億5900万円に対して、2004年以降は、1億4700万円で価格は大きく変わっていません。
(国土交通省鉄道部会資料 調査対象は、大手私鉄)

それでも、「寿命半分、値段半分、重さ半分」を目指してカットに務めているそうです。
例えば、車両と車両の貫通扉の数を減らしたり、ブラインドのカーテンを廃止したりしているのですが、それでも価格は下がりません。

ステンレス製の車両も増えていますが、鋼製に比べ、強度、耐食性、軽量化などで大幅に優れているのですが、価格は高くなります。

あとは維持費の削減ですが、車両の検査コストは、大幅に削減されています。
それは、検査周期が大幅に長くなったからだそうです。
勿論、安全面は維持されながら、部品の強度や消耗品の減少などが大きな要因だそうです。

乗用車の2倍以上の寿命がある鉄道車両は、その分、維持補修費用も大きく、30年間の使用によるそれは、2億円以上にもなり、新車両価格を越えてしまうようです。

長きにわたり、鉄道車両のコスト構造には、大きな変化はありません。
1両1億円以上で、維持補修費用が700万円以上と言われる車両に乗って、日常、通勤・通学や旅行に出かけているのです。

その一方で、車両にかかる費用以外に、電気代とかその他の部署で費用削減に務めています。

その他の鉄道車両1両の値段は、下記を参照してください。
 http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Race/2520/nedan.htm
  


映画「黄金を抱いて翔べ」

2012年11月09日 11時06分21秒 | 映画・社会

映画「黄金を抱いて翔べ」を見てきました。
大阪の町が映っているということと、金庫破りを日本の映画はどのように撮っているのかに興味がありました。

この映画のキャッチフレーズ「札束より欲しいもの、お前にはあるか?」
それに対して、映画での答えは「札束は信用できないが、金塊は永遠だ」ということでした。

  

大阪に20年ぶりに故郷の地を訪れた幸田弘之(妻夫木聡)は、学生時代からの友人で運送会社のトラック運転手をする北川浩二(浅野忠信)に、仕事と家を用意され、大手銀行本店の地下にある240億円の金塊強奪計画を持ち掛けられることから、この物語が始まります。

銀行担当システムエンジニアの野田(桐谷健太)、元エレベータ技師で、今は公園掃除をしている斎藤順三(西田敏行)、以前、幸田が東京で出会った爆弾のエキスパートのチョウ・リヨファン(チャンミン)、
さらに、北川の弟の春樹(溝端淳平)が加わり、この6人の男たちが大胆不敵な金塊強奪計画を実行に移してゆきます。

 

金庫爆破とカモフラジュの為、銀行の近くの変電所を爆破するための、まずダイナマイトを強奪したり、吹田の豆腐屋でアルバイトしているチョウは、元・北朝鮮のスパイということで、裏切り者として追われていることなどの話が、加わり、計画を進展してゆきます

でも、見終わって、なにか物足りなさを感じてしまうのは、なぜなのでしょうか?
僕が期待した大阪での話でありながら大阪弁がなく、大阪の町らしさがなかったのが残念でした。
別にコテコテの大阪弁を期待しているのではないのですが、なにもこの物語は大阪でなくてもよかったのでは・・・・・

それと、金塊強奪事件ともなれば、もっとハラハラドキドキが欲しかったのですが・・・・
爆破して金庫までたどり着きますが、その金庫が貧弱に見えました。
一流銀行の地下金庫のイメージとはほど遠いものでした。

幸田が胸を撃たれ、モリヒネを打ちながらの動きが、少し不自然に感じました。
せめてかすり傷ぐらいにした方が良かったのでは・・・・

原作は、1990年 高村 薫の作品で、日本推理サスペンス賞受賞の作品です。
僕は、本を読んでいないので、詳しくは言えませんが、ストーリーは、良く出来ているのですが、映画とすれば、迫力に乏しく思われました。


ダメ出しをしましたが、個人の期待というのは、勝手なのでしょうが、これも映画なのでしょうかね。

 


「第27回 鈴懸の径絵画展」が今日から開催・・・

2012年11月08日 09時13分29秒 | 芸術・水彩画

第27回 鈴懸の径絵画展が、今日11月8日から兵庫県民会館前のプロムナードで開催されます。

残念ながら、僕の作品は、入賞しなかったのですが、展示されていますので、ご覧に行ってください。

この絵画展は、兵庫県、兵庫県芸術文化協会が主催され、「兵庫の風物を描く」をテーマに、応募した作品を県民会館前のプロムナードで、道行く人に見てもらうものです。

 会期    平成24年11月8日(木)~11月11日(日)  午前10時~午後4時
 会場    兵庫県民会館前プロムナード
        神戸市中央区下山手4丁目16番3号
   ☆ 雨天の場合は兵庫県民アートギャラリー2階中展示室で開催 (兵庫県民会館内)

      
 
   「おまいり」 昨年11月に訪れた丹波・高源寺にて 水彩画 F8号 
  険しく長い石段を杖をついて必死に登る老人を描きました。