室井絵里のアート散歩

徒然現代美術&感じたこと、みたもの日記

私が子供だった頃と、次の展覧会。

2009年07月27日 | アート他
NHKで「わたしが子供だった頃」大鶴義丹さんのを見てました。
唐さんも出てましたが、若い頃の唐さん役は、新宿梁山泊の金さんが演じて
いて、なんかちょっと知っているだけに変な気もしましたが。

義丹さんが俳優や物書きになっても、微妙に親とはずれていて。
テント芝居を恐竜に喩えていて、それには「僕は乗らない」という気持ち。
私も少し違うけど、わかりますねぇ。

家の実家は、私が小学生の頃まではアーティストや新聞記者がよく来ていて
時代もそういう時代だったんだけど、唐さんのところほどではなくても
年がら年中酔っぱらった大人というものが、色々な話をしている。子供の頃
そんなんが嫌でしたね。

具体やら、八木一夫やら、その前だと山口薫さんやらなんやら。
アート関係者には、羨ましがられるんですが。そういう育ち。時々。

だいたいにおいて、私は美術関係の仕事をしていますがこれは母の仕事とは
似ていても少しずれたところであって、亡くなった父とも少し違うスタンス
をとって来た。

もともと、そこにスムーズに至ったわけでもなく。

似たところにいつつ、抵抗するってのはわからなくない。

親のやっていることとか、親の回りの大人っちゅうもんは
嫌なもんだ。子供として、迷惑被っていたし。

ただ、一つ言えるのは、私のまわりにいた大人は世間からいえば
やっぱりかなり変だったみたいで、アート関係だし。
かなり、大人じゃなかった。
その上、子供相手に子供として扱わない人たちだったんですよね。

小さい仲間みたいに扱ってくれた。

最近、そういうことを時々懐かしく思い出します。

こちらも五十になってきたら、抵抗もとれてちいとは大人になって来たので
今度やる展覧会は、まぁそろそろ発表してもいいのですが鴨居羊子という人
の展覧会。

亡くなって、二十年たっているし、ずいぶん活躍した女性ですが今知っている人は少ない。だけど、著作とか読んでも、今だからこそわかる面白さもあって。私は、この人の展覧会を亡くなった人とか、母や父の親友だったというより、子供時代の私の大きな金髪の変な仲間として、つまり、生きている人のようにして展覧会を企画していきたいんですよね。

抵抗して来た、親も当然口出してくるわけですが。(友達のことだから)うるさい。
つい「あんたにゃ、展覧会できんだう」と嫌味を言いそうになりつつも
ぐっと我慢して、子供だった頃の自分もふりかえって
展覧会を企画していこうかと思っています。

義丹さんのTVみながら、そんなこと考えてました。
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日食

2009年07月22日 | アート他
日食のおかげか、曇天のせいもあってか今日は涼しい1日でした。
涼しいから、時々日食になってくれた方が温暖化も防げて良いじゃないのかというような不謹慎なことを考えてしまいます。

横浜でも、雲を通して日食を見られたラッキー?な人もいたみたいです。

私は、ほとんど興味が無いので何も見てませんが。
46年前の時は、3歳だったわけか。
小学生の頃、黒い下敷きを買わされて、みんなで校庭で日食を見たけど、
あれはそもそもが部分日食だったのね。

次に皆既日食が見られるのは、二十何年後らしいです。

天照皇大神(アマテラスって字こんなだっけ?)が天岩戸に隠れたんで、むみんなで踊って騒いだっていう日本神話も日食の
ことだったと言われてましたよね・・・。確か。


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