Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

PERFECT DAYS

2024年02月20日 | 映画
 映画「PERFECT DAYS」を観た。映画を観るのは久しぶりだ。昨年は映画を観なかった。観たい映画はいくつかあったが、結局行かなかった。「PERFECT DAYS」は昨年12月に封切になったので、もう1か月以上続いている。今でもかなりの入りだ。

 話題作なのでプロットを紹介するまでもないだろう。一言でいえば、ドロップアウトした人の話だ。名前は平山という。恵まれた家に生まれたようだが、父親と対立して家を出た(詳しくは描かれない)。その後どういう経緯をたどったかはわからない。ともかく今は下町の老朽化したアパートに住み、公衆トイレの清掃員をしている。貧しいが、自由だ。自由の代償は貧しさと孤独だ。平山は自由を選んだ。

 親ガチャとは正反対の生き方だ。そんな生き方を描く映画を多くの人が観る。なぜだろう。みんな心の底ではそんな生き方に憧れているのだろうか。

 平山の生活は毎日、判で押したように同じことの繰り返しだ。朝まだ暗いうちに起きる。布団をたたむ。外に出て自販機で缶コーヒーを買う。ワゴン車に乗る。古いカセットテープを聞きながら、仕事に向かう。公衆トイレをピカピカに磨く。仕事から帰ると、銭湯に行く。夕飯を定食屋で食べる。アパートに帰る。寝床に入って、古本屋で買った文庫本を読む(上掲のスチール写真↑)。そのうち眠る。わたしは観ているうちに、それらの日常が愛おしくなった。

 そんな生活の中にもいろいろ小さな出来事が起きる。たとえば平山が公衆トイレの清掃をしていると、個室で声がする。平山はドアを開ける。すると子どもがしゃがんでいる。どうやら迷子になったらしい。平山はその子の手を引き、親を探す。すぐに母親が飛んでくる。「どこに行っていたの!」と。母親は平山に礼もいわずに、子どもの手をウエットティッシュで拭き、そそくさと立ち去る。平山を怪しい男だと思ったのかもしれない。だが子どもはそっと振り返り、平山に手を振る。

 また、こんなこともある。平山が公衆トイレを清掃していると、棚に小さな紙がはさまっている。井桁に〇(あるいは×だったか)が書いてある。〇×ゲームだ。平山は×(あるいは〇だったか)を書いて元に戻す。翌日、そこに〇(あるいは×)が書いてある。2~3日それが続く。そしてゲーム終了。余白にThank youと書いてある。孤独な人が(大人だろうか、子どもだろうか)だれかとつながっていたかったのだろうか。
 
 ストーリーの展開上、重要な出来事は他にあるのだが、上記のような比較的小さなエピソードが意外にいつまでも記憶に残る。
(2024.2.12.TOHOシネマズシャンテ)
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