Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

第五福竜丸

2023年05月29日 | 身辺雑記
 東京都江東区の夢の島公園にある「第五福竜丸展示館」を訪れた。第五福竜丸を保存・展示する施設だ。第五福竜丸を見るのは初めて。なんでもそうだが、現地を訪れ、または現物を見ると、感じることが必ずある。第五福竜丸の意外に大きな船体を見ると、この船がたどった数奇な運命が実感される。

 今の世の中では、第五福竜丸といわれても、わからない人も多いかもしれない。わたしは1951年生まれなので、第五福竜丸のことを知っている世代だが、その第五福竜丸が都内に保存されているらしいとは知っていても、それがどこなのかは知らなかった。ただ、ずっと気になっていたので、先日、場所を調べたら、夢の島公園だとわかったので、重い腰を上げて行ってみた次第だ。

 第五福竜丸はマグロ漁船だった。1954年3月1日にマーシャル諸島で漁をしているときに、アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験に遭遇し、大量の死の灰をかぶった。焼津港に戻ったのは2週間後の3月14日。乗組員23人全員に高度の放射能反応があり、「急性放射能症」で入院した。9月23日には無線長の久保山愛吉さんが亡くなった。「原水爆の犠牲者は私を最後にしてほしい」と言い残した。

 第五福竜丸事件は当時の社会に大きなショックを与えた。反核運動が盛り上がった。日米両政府は躍起になって抑えようとした。久保山愛吉さんの死についても、放射能との関連を否定する言説を流布した(それは今も続いている)。

 第五福竜丸はその後除染され、改造されて、東京水産大学の練習船として使われた。そして老朽化の末、夢の島のゴミの中に放置された。やがて埋め立てに使われる運命にあった。ところが1968年3月10日の朝日新聞に当時26歳の会社員の投書が掲載され、第五福竜丸の運命を変えた。

 「第五福竜丸。それは私たち日本人にとって忘れることのできない船。決して忘れてはいけないあかし。知らない人には、心から告げよう。忘れかけている人には、そっと思い起こさせよう。いまから14年前の3月1日。太平洋のビキニ環礁。そこで何が起きたのかを。そして沈痛な気持ちで告げよう。/いま、このあかしがどこにあるかを。/東京湾にあるゴミ捨て場。人呼んで「夢の島」に、このあかしはある。それは白一色に塗りつぶされ船名も変えられ、廃船としての運命にたえている。(以下略)」

 投書は大きな反響を呼び、保存運動が起こった。紆余曲折があったが(それ自体がひとつのドラマだ)、保存が決まり、保存施設の建設にむけて動き出した。施設は1976年6月10日にオープンした。それが現在の展示館だ。もし今だったら保存できただろうか。
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コンポージアム2023「近藤譲の音楽」

2023年05月26日 | 音楽
 東京オペラシティ恒例のコンポージアム2023。今年の作曲家は近藤譲(1947‐)だ。演奏はピエール=アンドレ・ヴァラド指揮の読響。ヴァラドは以前グリゼーの「音響空間」とブーレーズの「プリ・スロン・プリ」で忘れがたい名演を聴かせた指揮者だ。なお後述する3曲目は国立音楽大学のクラリネット・アンサンブル。

 1曲目は「牧歌」(1989)。事前に「ぶらあぼ」ONLINEの特設ページを読んだが、小室敬幸氏のリハーサル・レポートによると、本作品には「“4分”の“3分の4”」とか「8分の1+“4分”の“3分の1”」とかいった「見たこともない拍子」が登場するらしい。どんな拍子かというと、「四分音符の三連符――つまり四分音符を三分割したうちの「1」もしくは「2」だけが拍子に挿入」されるとのこと。そう説明されてもさっぱりわからない。笑うしかないが、ともかく一定の拍節感に障害を設けて、つかえたり、ひっかかったりする感覚を生むのだろうかと……。

 で、実演を聴いてどうだったかというと、たしかにそうかもしれないが、それ以上にオーケストラの響き自体が新ウィーン楽派のように聴こえたことにびっくりした。予想もしなかったことだ。濃厚な音楽、密度の濃さ。わたしが室内楽曲「視覚リズム法」(1975)で抱いていた近藤譲の乾いた感性のイメージとは相反する響きだった。

 2曲目は「鳥楽器の役割」(1975)。近藤譲の書いたプログラムノーツによると、「管楽器は、非常にゆっくりとした旋律線を、「点」の間遠い連なりによって描き、弦楽器は、その点と点との間をグリッサンドで繋いでいく」曲。唐突かもしれないが、音の点とグリッサンドの多様から、高橋悠治の「オルフィカ」(1969)を思い出した。

 3曲目は「フロンティア」(1991)。3人のソリストと5群の合奏(各群5人、合計25人)のすべてがB管クラリネットだ。それほどおもしろいとは思わなかったが、不思議なことに、一夜明けたいまも純正な音色が耳に残っている。

 4曲目は「ブレイス・オブ・シェイクス」(2022)。この曲ではまた新ウィーン楽派を思い出した。ただし1曲目がアダージョ的なゆっくりした音楽だったのにたいして、この曲はスケルツォ的な音楽だ。と思ったら、突然、断ち切られるように暗転して終わった。

 5曲目は「パリンプセスト」(2021)。ピアノ曲「柘榴」(2020)をオーケストラ版に編曲した曲。「柘榴」は上記の特設ページに載っていたので、事前に聴いたが、それとはまったく印象が異なった。謎の音型が、異なる楽器編成で変奏され、それが変形されながら、一定周期で続く。その茫洋とした持続がメシアンの後期の様式を思わせた。
(2023.5.25.東京オペラシティ)
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ノット/東響

2023年05月21日 | 音楽
 ノット指揮東響の定期演奏会は、マーラーの交響曲第6番「悲劇的」が演奏されたが、その前にリゲティのピアノ曲「ムジカ・リチェルカータ」から第2番が演奏された。ピアノ独奏は小埜寺美樹。新国立劇場でおなじみの人だ。照明を落として、舞台奥のピアノにスポットライトが当たる中で、演奏された。はっきりした発音の演奏だった。消え入るように終わりかけると、照明が次第に明るくなり、オーケストラが浮かび上がる。そしてマーラーの演奏が始まった。

 マーラーの交響曲第6番とリゲティの「ムジカ・リチェルカータ」第2番に音楽的なつながりがあるかどうかは別にして、聴衆の身からは、演奏会でいきなりマーラーが始まるよりも、その前にリゲティの小品があったほうが、精神を集中する効果があった。

 余談だが、「ムジカ・リチェルカータ」はわたしの好きな曲だ。全11曲からなり、第1曲は2音、第2曲は3音、第3曲は4音と、次第に使われる音が増え、最後の第11曲では12の音がすべて使われる仕掛けだが、そのおもしろさよりも、わたしには11曲がどれもドビュッシーのように美しく感じられる。

 「ムジカ・リチェルカータ」第2番が終わると、そっとマーラーの交響曲第6番の第1楽章の行進曲の刻みが始まった。文字通り、そっとだ。けっして威圧的ではない。柔らかい音で音楽的な弾みをもって刻まれる。すぐに充実したトゥッティの強奏に達するが、その音も硬くはない。あくまでも音楽的だ。けっして音がつぶれない。そこまでの経過がこの演奏の基本的な性格を物語る。尖った音でのスリリングな演奏ではない。

 中間楽章は、第2楽章スケルツォ、第3楽章アンダンテの順で演奏された。そのスケルツォも過度に第1楽章をパロディ化するのではなく、至極まっとうな演奏であり、またアンダンテも過度に甘美ではない。カウベルのエピソードも、コラージュ風に浮き上がるわけではなく、楽章全体の流れの中に収まる。

 第4楽章はショックだった。ハンマーが5回打ち下ろされたからだ。よく2回か3回かと話題になるが、そんなものではなく、5回だ。提示部で1回、そしてコーダで1回打ち下ろされ、両方ともショックだった。初めての経験だ。こうなると、悲劇の主人公が闘争に立ち上がる都度、それを打ち砕くように運命の一撃に見舞われるというよりも、初めから運命の打撃音が一定間隔で鳴り続けるように感じられる。

 長谷川京介氏のブログ「ベイのコンサート日記」によると、ハンマー5回はマーラーの出版前の自筆譜にあるそうだ。珍しい体験をさせてもらった。
(2023.5.20.サントリーホール)
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下野竜也/N響

2023年05月15日 | 音楽
 下野竜也が指揮するN響のAプロ定期は、グバイドゥーリナの「オッフェルトリウム」が演奏されるので、注目の公演だった。

 まず1曲目はラフマニノフの歌曲集作品34から「ラザロのよみがえり」と「ヴォカリーズ」。「ラザロのよみがえり」は下野竜也の編曲だ。トロンボーンが朗々と歌い、さらにはトランペットが朗々と歌う。N響のトロンボーン奏者、トランペット奏者の優秀さに聴き惚れた。一方、「ヴォカリーズ」はラフマニノフ自身の編曲。こちらは弦楽器主体だ。なるほど、下野竜也は「ヴォカリーズ」とのコントラストをつけるために、「ラザロのよみがえり」を金管楽器主体にしたのか、と。

 2曲目はグバイドゥーリナの「オッフェルトリウム」。実質的にグバイドゥーリナのヴァイオリン協奏曲第1番だが、通常のヴァイオリン協奏曲とはまったく異なる音楽だ。冒頭にバッハの「音楽の捧げもの」のテーマが現れる。ちょうどウェーベルンの編曲のような楽器法だ。そのテーマが解体される(らしい)。荒涼とした音の世界になり、テーマの断片が時おり浮かぶ。やがてテーマを見失い、殺伐とした音の世界が広がる。そこから音楽が再生する。感動が胸に染みる。

 グバイドゥーリナの出世作だが、1981年のウィーンでの世界初演(ギドン・クレーメルのヴァイオリン独奏、レイフ・セーゲルスタム指揮ウィーン放送交響楽団)から40年以上たった今でも、その衝撃力と再生の感動は色褪せない。

 今回のヴァイオリン独奏はバイバ・スクリデ。クレーメルと同じラトヴィア生まれだ。この曲は2021年11月にグバイドゥーリナの90歳を祝してライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団と共演したそうだ(プロフィールによる)。そのせいなのか、クレーメルよりもこなれていて、さらに先に行っているように感じる。張り詰めた繊細極まる演奏だ。

 オーケストラの演奏も緊張感あふれる演奏だった。下野竜也とN響の本領発揮だ。スクリデの独奏ヴァイオリンともども、この曲の隅々までを描きだす、正攻法の、究極の名演だったと思う。付言すれば、後半に出てくるチェロ独奏(辻本玲が弾いた)が豊かな音だった。

 3曲目はドヴォルザークの交響曲第7番。これも立派な演奏だった。どのパートもしっかり弾き(または吹き)、いい加減さがない。下野竜也の壮年期の演奏スタイルと、郷古廉がコンサートマスターを務めるN響の若返りとが、相乗効果をあげているような演奏だ。がっしりと構築され、緩みのないアンサンブル。ずっしりした重量感。ボヘミア的な気楽さには欠けるが、手ごたえ十分の演奏だった。
(2023.5.14.NHKホール)
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沖澤のどか/読響

2023年05月14日 | 音楽
 読響の5月の定期演奏会が行けなくなったので、土曜マチネーに振り替えた。沖澤のどかの指揮を聴くのは2度目だ。前回は2021年7月、日本フィルの定期演奏会だった。メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」が記憶に残っている。

 今回1曲目はエルガーのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏は三浦文彰。偶然だろうが、日本フィルのときも三浦文彰のヴァイオリン独奏でベルクのヴァイオリン協奏曲が演奏された。そのときの三浦文彰の印象は薄い。むしろ沖澤のどかが織りなすオーケストラの明快なテクスチュアと一体となったような演奏だった。

 はたしてというべきか、今回も同じような印象を受けた。沖澤のどかが読響から引き出す演奏は、穏やかで、自然体で、淡い抒情を漂わせるものだった。わたしはなんてロマンチックな曲だろうと思った。そのオーケストラ演奏に三浦文彰のヴァイオリン独奏は溶け込んだ。だからなのか、第3楽章の後半の長大なカデンツァは、意外に音楽が煮詰まらず、淡々としていた。

 プログラム後半は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲とリヒャルト・シュトラウスの「死と変容」。じつはわたしは勘違いしていた。「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と愛の死をやって、それから「死と変容」だと思っていた。ところが愛の死はやらずに、前奏曲とつなげて「死と変容」を演奏する趣向だった。会場でそれを知って、なるほどと思った。前奏曲から「死と変容」への流れがどう聴こえるか。興味がわいた。

 結論的にいえば、大成功だった。帰宅後、読響のHPを見ると、沖澤のどかの言葉が紹介されていた。「『死と変容』の前半の緊張感が更に高まり、集中力が要求されると感じる」と。その言葉は演奏者側のことだろうが、聴くほうも同じことを感じた。

 「死と変容」の感想を書く前に、まず「トリスタンとイゾルデ」前奏曲の感想を書いておきたいが、わたしは大変感心した。文学的な思い入れを排除して、純粋に音楽的にスコアを読み込んだ演奏だ。この曲がこれほど音楽的に聴こえたことはない。その結果、いままで聴いたことのない自然な流れが感じられた。細かい息遣いのようなテンポの揺れはキリル・ペトレンコを思わせた。

 「死と変容」は沖澤のどかのいう「前半の緊張感」はもちろんのこと、後半の音の広がりが、最晩年の「4つの最後の歌」の「夕映えの中で」とまさに同じであることを感じた。「夕映えの中で」には「死と変容」が引用されるとよく指摘されるが、逆の順序で、初期の作品の「死と変容」にすでに「夕映えの中で」が鳴っていることに感動した。
(2023.5.13.東京芸術劇場)
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カーチュン・ウォン/日本フィル

2023年05月13日 | 音楽
 今年9月から日本フィルの首席指揮者に就任するとともに、ドイツのドレスデン・フィルの首席客演指揮者にも就任するカーチュン・ウォンの振る日本フィルの定期演奏会。プログラムはミャスコフスキー、芥川也寸志、ヤーチェクと西欧音楽の周辺国の民族色豊かな曲を並べたもの。

 1曲目はミャスコフスキーの交響曲第21番「交響的幻想曲」。ミャスコフスキーは近年ヨーロッパでは復活の機運があるらしいが、わたしは過去にオリヴァー・ナッセンが都響を振って交響曲第10番を演奏したのを聴いたくらいだ。第21番「交響的幻想曲」は初めて。澤谷夏樹氏のプログラムノーツのおかげで迷子にならずに聴けた。

 プログラムノーツによれば、この曲はA→B→C→B→C→B→C→Aの構成になっている。Aの部分に前後をはさまれて、B→Cが3回繰り返される。繰り返しごとに多少の変形はあるが、B、Cの基本的な性格は変わらない。冒頭にクラリネット・ソロでロシア情緒たっぷりの旋律が提示される。Bは快活な音楽、Cは抒情的な音楽だ。全体的に(表題の通り)幻想的な作品だ。演奏も良かったと思う。

 2曲目は芥川也寸志の「コンチェルト・オスティナート」。独奏チェロは佐藤晴真(はるま)。2019年にミュンヘン国際音楽コンクールのチェロ部門で優勝した逸材だ。以前、別のオーケストラで聴いたことがある。そのときはカバレフスキーのチェロ協奏曲だったので(あまりピンとこない曲だ)、佐藤晴真の実力はよくわからなかったが、今回はよくわかった。豊かな音色で朗々と歌い、急速なテンポの部分も見事だ。

 アンコールにバッハの無伴奏チェロ組曲第3番から「サラバンド」が演奏された。ゆったりした息遣いが印象的な丸みを帯びた演奏だ。万人を惹きつける心地よさがある。

 3曲目はヤナーチェクの「シンフォニエッタ」。2019年4月に聴いたフルシャ指揮N響の演奏が記憶に新しいが、その演奏が正攻法の楷書体の演奏だったのにたいして、カーチュン指揮日本フィルの演奏は、おもちゃ箱をひっくり返したように惜し気もなくアイディアが繰り出される演奏だ。何枚ものプレートが入り組むような多層的な演奏で、どのプレートもテンポが異なり、音色が異なり、性格が異なる。そのためだろうか、最終楽章の後半で第1楽章のファンファーレが回帰するまでの推移が、今まで聴いたどの演奏よりも説得力をもって聴けた。なお、あえて注文をつければ、バンダをふくめてオーケストラには、テンポの急激な変化のさいにフレーズが粗くなる感があった。また、カーテンコールのときにファゴットの首席奏者が、カーチュンに起立を促されながらも、それを辞退(?)する光景が見られた(再度促されて、渋々立ったが)。
(2023.5.12.サントリーホール)
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高関健/東京シティ・フィル

2023年05月11日 | 音楽
 高関健と東京シティ・フィルのコンビは9シーズン目を迎えた。前回3月の定期演奏会(ショスタコーヴィチの交響曲第7番他が演奏された)といい、今回といい、絶好調だ。

 1曲目はブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」。冒頭の音が暗く深い音色で黒い雲がわきあがるように鳴った。それだけでも高関健と東京シティ・フィルの積み上げてきた成果が見えるようだ。そのあとも第1楽章「ラクリモーサ(涙の日)」を通じて深刻な演奏が続く。戦前の日本が皇紀2600年(1940年=真珠湾攻撃の前年)の奉祝行事のために委嘱した作品のひとつだ。そのいわれを抜きにしては聴けない曲だが、いま聴くと、ウクライナ情勢を飛び越えて、軍事大国化する日本への警告のように聴こえた。

 2曲目はベルクのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏は山根一仁。2021年のB→Cコンサートで聴いたバルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタが忘れられない。細めの音で鋭く厳しく音楽に肉薄する演奏だった。ベルクのヴァイオリン協奏曲はバルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとはタイプが異なるが、ベルクのこの曲でも、細めの音で鋭く音楽を描いていった。19世紀末の爛熟した文化を引きずる演奏ではなく、はっきり20世紀となった演奏だ(この曲の初演は1936年だった)。

 同時にこの演奏では、オーケストラの演奏も良かった。1曲目のブリテンとは打って変わり、軽くて明るく、透明なテクスチュアを織り上げた。できることなら、いつか高関健の振るオペラ「ルル」を聴いてみたいと思った。

 高関健がプレトークで言っていたが、ブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」とベルクのヴァイオリン協奏曲では、オーケストラにアルト・サックスが使われている共通点がある。プレトークで言われて注意して聴いたが、なるほど、2曲ともアルト・サックスが重要な役割を果たしている。オーケストラの中音域の音色に影響する。

 山根一仁のアンコールがあった。バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番から第3曲「サラバンド」だった。ブリテン、ベルクと聴いた後で、バッハが一服の清涼剤のようにすがすがしく聴こえた。

 3曲目はオネゲルの交響曲第3番「典礼風」。がっしりと緻密に構築されたアンサンブルだ。しかも強面ではなく、潤いがある。第2楽章「深き淵より」がこれほどわたしを慰撫するように聴こえたことは初めてだ。同様に第3楽章「我らに平和を」で凶暴な高まりのあとの静寂(=平和の訪れ)がこれほど胸に染みたことはない。何度か聴いた曲だが、忘れられない演奏になりそうだ。
(2023.5.10.東京オペラシティ)
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マティスとルオー

2023年05月08日 | 美術
 東京ではいま「マティス展」が東京都美術館で、「ルオー展」がパナソニック汐留美術館で開かれている。パリの国立美術学校でギュスターヴ・モロー教室の同級生だったマティスとルオーは、生涯を通じて友人だった。そんな二人が東京で再会しているようだ。

 マティスとルオーは同じルオー門下であるにもかかわらず、作風は正反対といってもいいくらい異なった。薄い塗りで粗い筆触のマティスと、厚塗りになっていくルオー。宗教的な主題には無関心だったマティスと、宗教的な主題を追ったルオー。二人は2度の世界大戦を経験したが、マティスは作品に戦争の影を落とさなかった。一方、ルオーはケーテ・コルヴィッツに匹敵するような戦争の悲惨さを告発する版画を制作した。

 わたしは前からルオーが好きだった。今回の「ルオー展」をみて、とくに第二次世界大戦後の輝くような色彩の作品群に慈愛のようなものを感じた。慈愛に包まれる感覚だ。わたしは無信仰だが、宗教的な感情に近いものを感じた。

 一方、マティスは苦手な画家だった。生きる喜び(ジョワ・ド・ヴィーヴル)という言葉で表されることのある画風が、わたしにはピンとこなかった。だが今回の「マティス展」で「豪奢Ⅰ」を見て、挑戦的ともいえる尖った作風に衝撃を受けた。その他の作品にもさまざまな試行錯誤の跡が(おそらく意図的に)残されているのを見て、マティスの苦闘が少しわかった。

 二人が最後に会ったのは1953年2月28日だ。マティスは83歳、ルオーは81歳だった。体調を崩していたマティスのもとをルオーが訪れた。娘のイザベルが同行した。事前にイザベルとマティスの娘のデュテュイが話し合い、マティスの体調を慮って、訪問は15分までと決めていた。だがマティスはルオーを引き留め、1時間以上にわたって昔話に花を咲かせた。ルオーが滞在先に戻ると、マティスから電話がかかった。マティスはよほど嬉しかったのだろう。「これで僕は10歳ほど若返ったよ!」といった。

 マティスは3月5日に手紙を書いた。「若かりし頃の様々な瞬間に舞い戻った心地だった。おそらく、もうこのように思い出が蘇る機会は二度とやってこないだろう。心からお礼を申し上げたい」と。ルオーは返事にモロー教室のころに歌った戯れ歌を書いた。「呪われし絵描きときたら/己の絵の上で漏らしたり/ションベンで絵の具を混ぜてチョイと描けば/シニョレッリ風レンブラントの出来上がり」と(ジャクリーヌ・マンク編、後藤新治他訳「マティスとルオー 友情の手紙」↑より)。老人二人の友情が美しい。

 マティスは翌1954年11月3日に亡くなった。享年84歳。ルオーは1958年2月13日に亡くなった。享年86歳。
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東京都美術館「マティス展」

2023年05月05日 | 美術
 東京都美術館でマティス展が開かれている。パリのポンピドゥー・センターの作品を主体にマティス(1869‐1954)の作風の変遷をたどる展示だ。マティスの代表作も多い。以下、とくに強い印象を受けた作品の3点に触れたい。

 まず「豪奢Ⅰ」(1907)(画像は本展のHP↓で)。画集では見たことがあるが、実際に見るのは初めてだ。これほど大きな作品だとは思わなかった。縦210㎝×横138㎝の堂々たる作品だ。主張の強さを感じる。それはどんな主張か。画面にむかって左側のひときわ大きな女性の、挑戦的ともいえる傲然とした風情が印象的だ。安易に近寄ると撥ねつけられる思いがする。親しみやすさや感情移入を拒むものがある。

 その女性を直角三角形の垂直線にして、底辺に一人、斜辺に一人の女性が描かれる。底辺の女性は垂直線の女性の脱ぎ捨てた衣服を片付ける。斜辺の女性は垂直線の女性に花束をささげる。二人の女性は垂直線の女性の侍女のように見える。では、垂直線の女性は女主人か。ヴィーナス誕生のヴァリエーションのようにも見える。

 おもしろいのは、絵の具の塗り方にムラがあることだ。丁寧な塗りではない。一気呵成に描いたような荒々しさがある。丁寧な塗りを拒む何かがマティスの中に煮えたぎる。それは苛立ち、憤怒、衝動のようなものか。

 わたしが惹かれた作品は「夢」(1935)だ(画像は本展のHP↓)。青いシーツの上で眠る女性の裸の上半身が描かれる。ある種の絶対的な安らぎが感じられる。武満徹が触発されてピアノ曲を書いたルドン(1840‐1916)の「閉じた眼」(1890)を彷彿させる。

 両腕が不自然に大きい。頭にくらべてアンバランスだ。だが、その両腕の、とくに右腕を描く伸びやかな曲線がポイントだろう。その曲線を描くためには頭とのバランスなど意に介さない。興味深いことには、右腕のわきに描き直された跡が残る。マティスは右腕の位置をどうするか、試行錯誤したようだ。最終的にいまの位置になった。これでよし、と。

 チラシに使われている作品は「赤の大きな室内」(1948)だ(本展のHP↓に画像も)。赤い透明な色面に黒い輪郭線を引いたような作品だ。たとえば画面にむかって右側の四角いテーブルは、天板も脚も背景と同じ赤色なので、透けて見える。椅子の座面も同様だ。物質感が喪失して一種の透明感がある。おもしろいことに、丸テーブルの左の脚の付け根のところに描き直された跡がある。マティスは本作品にも試行錯誤の跡を残した。2点の画中画、2脚のテーブル、2枚の敷物などなど、バルトークの「対の遊び」(「管弦楽のための協奏曲」の第2楽章)を思わせる作品だ。
(2012.5.1.東京都美術館)

(※)本展のHP
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