後期ゴシック彫刻・市民運動・演劇教育

小学校大学教師体験から演劇教育の実践と理論、憲法九条を活かす市民運動の現在、後期ゴシック彫刻の魅力について語る。

〔244〕新刊『反逆老人は死なず』(鎌田慧、岩波書店)を読んで、もはや反逆老人になるしかないな。

2019年12月27日 | 図書案内
 私達団塊の世代にとってもしっかり読むべき本が出版されました。鎌田慧さんの『反逆老人は死なず』です。
 反原発や集団的自衛権反対、沖縄辺野古基地反対などの集会やデモに参加しても若い人の参加が少ないことにいたずらに嘆くことが多いこの頃です。そんな私達をぴしゃりとたしなめてくれるのが鎌田さんです。

 「若者がいない」と言ってもはじまらない。いまの若者の空白には、六〇年安保世代やそのあとの全共闘(団塊)世代など、戦後民主主義を食いつぶした者の責任がある。つぎの世代につなげる努力を怠ってきたのだ。(はじめに)

 秘密保護法、周辺事態法、集団的自衛権容認など、あたかも戦前の治安維持法下の亡霊が彷徨っているような、戦争に傾斜するグロテスクな時代を招くに至ったのは、われわれ老人が、平和の恩恵のなかに安閑と暮らしてきたからだ。
 その罪を思えば、すこしぐらい身体にむりをさせても、若者不在の空白を埋めなければならない。一緒にデモにでていた同世代の仲間が、姿をみせなくなり、やがて訃報がくる。しかし、広場や街頭に若者たちがまた姿をあらわすまで、それまでが反逆老人の役割なのだ。(同)

 ぐうの音がでないとはこのことです。今まで私は何をしてきたのかが問われているのです。
 鎌田さんは他人に対してだけ厳しい方ではありません。あのフクシマ3.11が起きたときに、自分は今まで原発に何をしてきたのかを鋭く問うたのが鎌田さんでさようなら原発運動を主導したのでした。そうした人のことばには説得力があります。
 では、本の内容、構成を見てみましょう。 

●『反逆老人は死なず』鎌田慧、岩波書店(出版書誌データベースより)
〔ソデ〕デモに行っても「老人」ばかり。それでもいいじゃないか。もう後もない年齢.何を恐れることがあろう。軍備に金をつぎ込み,人は切り捨て。そんな安倍政権では孫・子のいのちがおびやかされる。八〇歳超のルポライターが,安保法制,沖縄,原発,冤罪,労働など,いのちのために闘う 誇り高き叛逆老人同志に贈る熱いエール。

〔目次〕

はじめに

Ⅰ 叛逆老人は今日も行く
 叛逆老人は今日も行く
 戦前を知る叛逆老人たちの覚悟
 森友・加計問題からの逃げは許さない

Ⅱ 沖縄は基地をつくらせない
 やんばるの森の視えない戦争
 オスプレイ墜落と高江の森
 ミサイル基地にされる沖縄・南西諸島
 「叛逆知事」翁長雄志の遺言
 ステルス選挙 vs 市民選挙
 玉城デニー知事に聞く沖縄の針路

Ⅲ 亡国の原発政策
 生ぎろ東北!――原発事故から八年目の被災地を歩く
 鉱毒と核毒――明治を模する「富国強兵策」の愚
 原発マネーで壊れた男の半生記
 再処理工場廃棄宣言
 シジミ貝たちの見る夢
 原発の跡で

Ⅳ 死刑大国の好戦内閣
 死刑大国と戦争願望
 無実の死刑囚・袴田巖
 三鷹事件再審請求棄却判決の誤謬
 永山則夫未完の連続射殺事件
 丸山議員「戦争」発言の背景

Ⅴ 叛逆老人列伝
 石牟礼道子――「小さな命」の仇討ちに賭けた生涯
 上野英信――ある記録文学者の家庭戦争
 林えいだい――孤高の作家・記録の鬼
 むのたけじ――気骨のジャーナリスト
 わが友 石川文洋

あとがき
初出一覧


 この本の素晴らしいところは、固有名詞が続々と登場するところです。さすが一流の足で書くルポライターです。だから文章に説得力があります。
 Ⅴ 叛逆老人列伝の「上野英信―ある記録文学者の家庭戦争」は秀逸です。評伝文学にも定評のある鎌田さんならではの琴線に触れる文章でした。


 早速この本をたんぽぽ舎のメルマガで取り上げた方がいました。共感多々!

┏┓ 
┗■3.鎌田 慧さんの新著
 |  『叛逆老人は死なず』(岩波書店)が刊行されました!
 |  「こんなひどい政治には黙っていられない!」と思う
 | 一人ひとりがこの本の主人公
 └──── 大山美佐子(叛逆老人にあこがれる中年)

 御年81歳の鎌田慧さん。原発や基地問題で全国を駆け回って
おられますが、本書は、闘いの現場でがんばっている
「叛逆老人同志」への熱きエールです。
 たんぽぽ舎をはじめ、「経産省前テントひろば」、
「さようなら原発」、「国会前行動」、「大間」、「辺野古」、
「高江」、「石垣」などが登場。
 「こんなひどい政治には黙っていられない!」と思う一人ひとりが
この本の主人公です。
 権力への批判はめっぽう鋭く、しかし叛逆老人たちの年齢を
突き抜けた強味は敬意とユーモアを込め描く鎌田さん。
 なんだか元気の出る1冊。ぜひご一読ください。

『叛逆老人は死なず』(岩波書店、1900円+税)
 こちらもご参照下さい。
https://www.iwanami.co.jp/book/b487923.html



〔243〕「戦前」の今だからこそ、北村小夜さんの新刊『画家たちの戦争責任』を丁寧に読むべきでしょう。

2019年12月26日 | 図書案内
 北村小夜さんに数年ぶりにお会いしたのは、12月6日の福田緑写真展「祈りの彫刻 リーメンシュナイダーを歩く」のギャラリートークの時でした。緑と私のトークが終わって、小夜さんがいらしていることを知り、嬉しいやら、びっくりするやらでした。94歳という年齢を伺い恐縮するばかりでした。
 小夜さんは演劇教育の大先輩で、いつだったか、関連する書籍を段ポールで送っていただいたことがありました。廃棄するのはもったいないからということでした。また、数年前に国立市であった彼女の講演会に伺ったことがありました。まとまった話を聴くのは初めてでした。このことはブログにも書いたことです。
 立ち話の最後に、出版されたばかりの御著書をいただきました。それが『画家たちの戦争責任』でした。「太平洋戦争連合軍反抗作戦図」と一緒にお手紙が入っていました。


 大げさに云えば公立の美術館が戦争画を隠し続けること
は誰の戦争責任も問わないこの国の姿です。
 長年 ぶつぶつと「いつでもだれでも見ることができる状
態にしてちやんと論議をしようではないか」と言い続けてきた
ことが本になりました。
 私が軍国少女に到り藤田の戦争画に心酔するに至る過程
にかなりの頁を費やしています。遅すぎた感もありますが今
の課題でもあります。
 ご一読の上御講評いただければ幸甚です。

     二〇一九年九月 北村小夜


 まずはどのような本なのか、アマゾンの紹介文を借りたいと思います。
 

●北村小夜『画家たちの戦争責任-藤田嗣治の「アッツ島玉砕」をとおして考える』梨の木舎、2019年(アマゾンより)
 あの時、心も身体も国に取り込まれた。今そんな時代になっていないか。戦争画のプロパガンダを、著者自身の体験から検証する。

 加藤周一は、この絵に「戦意昂揚の気配さえもない」という。だがあのとき、人びとはこの絵の前で、仇討ちを誓い、戦場に赴いた。「撃ちてし止まん」が巷に満ちた。ヘイトスピーチが溢れ、表現の不自由展が中断される今はどうか

「1925年、治安維持法公布の年に生まれ、旗(日の丸)と歌(君が代)に唆されて軍国少女に育った。…音楽・絵画など芸術性の高いものほど戦争推進のプロパガンダとして大きな役割を果たし、私たちを唆かした。…プロパガンダに取り込まれた恨みを晴らすとともに、戦争推進の役割を果たした私の責任も明らかにすることである。」(「まえがき」)



 藤田の戦争画についてはかつてNHKが特集で取り上げたことがあります。興味ある方はこのブログにそのことを書きましたので探してみてください。私自身も竹橋の東京国立近代美術館で初めて「アッツ島玉砕」を見たとき、これは単なる戦意高揚のための戦争画ではないと思ったものも事実です。他の藤田の戦争画とは一線を画すものと思ったものでした。ところが、小夜さんの『画家たちの戦争責任』は私が知らなかった新しい視点を与えてくれました。当時の軍国少女の小夜さんがこの絵をどう見たかということです。

「断末魔の叫び声が聞こえるような画面が、見る人の敵愾心を唆す。その場にいる人は皆、『仇を討たなければ…』と感じたに違いなと思った。」70頁
 関連して次のようにも書かれています。
「『海ゆかば』はあたかも鎮魂歌のように思われている向きもあるが、本来は勇壮な出撃譜である。」68頁
 
  藤田が「戦争画制作の要点」(巻末資料として掲載されています)を書いていることを初めて知りました。
「我々はこの大戦争を記録がとして後世に残すべき使命と、国民総蹶起の戦争完遂の士気昂揚に、粉骨砕身の努力を以て御奉仕しなければならぬ。」126頁
「…現下の皇軍が窮地に陥ったり或いは悪戦苦闘の状況をも絵画に写して、猶皇軍の神々しき姿を描き現さねばならぬ。」128頁

 日本だけではなく世界中に焦臭さが充満する現在、あらためて芸術の果たす役割について考えてみる必要がありそうです。

〔242〕塚越敏雄さんの、憲法9条への「自衛隊」明記は危険だという自作チラシとニュースを読んでください。

2019年12月18日 | 市民運動
  塚越敏雄さんは以前このブログに登場されたことのある、元小学校教師です。経歴について簡潔に書いていただきました。

「私は、定年退職後、再任用で初任者指導を2年間行い、8年間は非常勤講師として働いてきました。ただし、ある学校で再任用の初任者指導が終わろうとしているとき、『次年度の再任用は学級担任』との打診があり、それを断ったことがあります。そして、それまで初任者指導をしていた学校で非常勤の理科専科として働くことになりました。そして、それから7年間、同じ学校に勤めました。」
 
 本当は「憲法改正反対のような運動をするよりも、子どもと関わる仕事の方が好き」だという塚越さん、教職を辞してから、憲法改正反対の運動を進めるため自らチラシを作って配布し、さらに署名活動を進めてきました。最近のメールにこう書かれています。

「腰越9条の会では、今まで月2回、スーパー前と駅前でチラシ配りと署名活動をしてきました。けれども、署名の集まりはあまりよくありません。江ノ電鎌倉高校前駅、七里ヶ浜駅では高校生の通学時間にチラシ配布をしていますが、受け取りはわずかです。
 そこで、10月からは、戸別訪問ローラー作戦を始めました。」

 配布するチラシを自分で作るというのはさすが塚越さんです。憲法学者の伊藤真さんとも交流があり助言を受けたというのですから徹底しています。しかも戸別訪問ローラー作戦とは素晴らしい! 私達の清瀬・憲法九条を守る会、清瀬・くらしと平和の会では取り組めていないことです。
 そしてなんと、集めた署名が2000筆を越えたというのですからもはや拍手しかありません。
 
「鎌倉駅前での署名集めは、週1、2回、続けています。全国から集まる観光地ですから、このところ0ということはなく、夫婦合わせて2000筆を越えることができました。『継続は力』ですね。」

 それではそのチラシと、腰越九条ニュースを読んでください。





〔241〕矢部顕さんの「追悼佐々木松雄さん『鶴島哀歌』のうたがながれる」に耳を澄ましてください。

2019年12月12日 | メール・便り・ミニコミ
 矢部顕さんからお便りが届きました。添付されていた原稿にもしっかり耳を澄まさなければいけないと思いました。

●福田三津夫様

 ハンセン病問題で「鶴見俊輔とハンセン病」を社会福祉法人新生会の広報紙
に書きましたが、またまたハンセン病関連の原稿を書くことになりました。
 多磨全生園に入所している佐々木松雄さんという方が、先日お亡くなりに
なったのですが、その追悼記事を頼まれたからです。
 NPO法人むすびの家広報紙「むすび便り」編集部からの依頼でした。
 お読みいただければ幸いです。添付します。
                               矢部 顕


追悼佐々木松雄さん
「鶴島哀歌」のうたがながれる
 ―佐々木松雄さんと鶴島哀歌―


                矢部 顕
●鶴島哀歌 独唱 佐々木松雄
 11月8日(2019年)、佐々木松雄さんが亡くなった。急性肺炎。享年73歳。新良田教室第6期生。
 多磨全生園でのご葬儀に参列するという友人に頼んだ。青い鳥楽団演奏会「らいを聴く夕べ」のパンフレットを棺に納めてほしい、と。
葬儀後、友人からはていねいにもパンフレットを棺に入れた写真がメールで届いた。その写真にはパンフレットの他に、大きな活字が印字された白い紙が見てとれた。よく見ると詩が書かれているようだった。拡大してみると、なんとそれは「鶴島哀歌」の歌詞だった。「鶴島哀歌」の歌詞を棺に納めた人がいたのだ。
 愛生園盲人会の青い鳥楽団が、療養所内や病院内でなく、一般市民の前ではじめて演奏会をしたのは大阪城の近くの大阪厚生会館(現在は大阪府立青少年センター)大ホールで1968年6月のこと。交流(むすび)の家開所記念行事としてFIWC関西が主催して行われた。
 B5版20頁のこの当日パンフレットの演奏プログラムの頁のなかに、鶴島哀歌 独唱 佐々木松雄 とある。青い鳥楽団メンバー紹介の頁を見ると、佐々木松雄(岩手県出身、新良田教室卒業、宮城県東北新生園より協力参加)と記されている。この日のために東北新生園から大阪に駆けつけたことがうかがわれる。
 佐々木松雄さんは東北新生園で療養していたが、療養所で唯一の高校である新良田教室(岡山県立邑久高校の分校)に入学するために長島愛生園に転園した。その高校生の頃、青い鳥楽団楽長近藤宏一さんと出会う。近藤さんの高潔な人格に感銘を受け、その時から生涯の師として仰ぐようになった。近藤さんは詩人でもあった。
盲目十年
人間の
ものを見るという不思議
見えないという不思議
これぞ まこと
神の傑作・・・・
 佐々木さんはこの詩が好きで高校時代いつも口ずさんでいたそうだ。
 近藤宏一さんがスイスでのウエルズリー・ベイリー賞(*)授賞式(2007年)に赴くときも、目の見えない近藤さんの手足となって案内した。その時の様子を「むすび便り」に原稿を依頼したのだが、出来上がった原稿は紙面に載せるにはあまりにも長かったので、エッセンスだけを抜粋して「むすび便り」(2007年12月)に掲載し、全体は「近藤宏一さんの授賞式随行記」として冊子として印刷発行した。(2008年)。
 長島愛生園でFIWC関西が実施しているように、多磨全生園の祭りのときFIWC関東はチンドン隊を編成して祭りを盛り上げた。夜の交流会で、チンドン隊に参加した若い人たちにむかって、チンドン隊の演奏曲「青い鳥行進曲」(青い鳥楽団のテーマソング)について語ったのは東北新生園から多磨全生園に移っていた佐々木松雄さんだった。若いころから、そして今も尊敬してやまない近藤宏一さんの作詞作曲のこの曲ができるまでの青い鳥楽団の歩みについての話だった。彼が近藤さんの話をはじめると、熱がこもってきてなかなか終わらない。話を聞いている若者の中に、ひとりの若くない者がいた。大阪での青い鳥楽団演奏会を主催したメンバーのひとりの私がいて、後で名乗り出たものだった。そのころ私は東京に住まいしていたので、それ以来、たびたび佐々木さんを訪ねて親交をむすんだ。病気で麻痺した手のリハビリのために始めた陶芸の作品が家の内外に処狭し置かれていたのを思い出す。

●殉教の島に歌がながれる
 「むすび便り」の読者のみなさんは愛生園のある長島に行ったことのある人は多いと思うが、近くに鶴島という島があることをご存知だろうか?
  長島の東5km、周囲2kmの小さな島で人は住んでいない。流刑地として明治初期の1870年、長崎の浦上地区の潜伏キリシタンがこの島に送られ、拷問の末に棄教を迫られ、死者もでた。江戸時代の弾圧だけでなく、明治政府誕生後もこんなことがあったことを初めて知った
 岡山カトリック教会が主催する巡礼の旅は昨年50回を数え、岡山以外の県からもふくめて163人が参加した。なんと163人! この人数に驚いてしまった。わたしが親しくしている近隣の友人の娘さん夫婦が最近近くに引っ越してきた。その若いご夫婦と話していて、この夫婦が巡礼に参加したことを聞いて、またびっくり。
  この若い夫婦が日曜日に通っている岡山教会が作った「殉教地 鶴島」と題した小冊子によると、幕末にも、また明治になってからも、浦上地区の潜伏キリシタンに対する大弾圧があり、3394人が西日本の21藩に流刑者として預けられた
  岡山に流された117人は牢獄に入れられた後、113人が島に送られ、貧しい食事と狭い住まいしか与えられず、開墾を強制され棄教を迫られた。激しい拷問で転ぶものが続出。その数は半数を超えたという。しかし死を通して信仰を守った人もいた。明治新政府が成立してもなおこのようなことがあったのは、神道国教主義を政府方針としてキリシタン弾圧を決定したからであった。その後、各国がまず我が国を責めたものはこのキリスト教弾圧政策であり、その解放であったと言われている。その結果太政官布告により我が国で初めて宗教の自由が保障されたのは明治6年。鶴島の人々は、3年余の流刑から解放され、浦上に帰ることができた。鶴島に残る十二の魂は、結局我が国最後の殉教者となった訳である。
  この巡礼に参加した人たちはキリシタン墓地と呼ばれる場所で、野外ミサを行った。配布された16頁のプリントにミサ式次第が詳しく書かれ、その1頁は「鶴島哀歌」の歌詞と音符が印刷されていた。ミサ終了後、「鶴島哀歌」を全員で合唱した。

瀬戸の渦潮 見下ろす丘に
石の十字架は 静かに眠る
流刑の鞭に 倒れし人の
悲しい祈りよ その声よ
ああ 鶴島に
今日も蜜柑の 花散るばかり

うつし世遠く 捨てし心に
秘めて指操る ロザリオひとつ
涙にぬれし 踏み絵の御母に
捧げし誓いよ その魂(たま)魂(たま)よ
ああ鶴島に
今日も海鳥 さえずるばかり

巡る砂浜 たたずむ小道
しのぶ歴史に かげろう燃える
永遠(とわ)永遠(とわ)の救いに 生命(いのち)生命(いのち)をかけた
せつない願いよ その歌よ
ああ鶴島に
今日もひそかに 夕凪せまる
(作詞作曲近藤宏一)

 近藤さんがこの歌を作った動機が著作『ハーモニカの歌』に記されている。「他人事に思えなかった。縁もゆかりもない流刑の島に、ただ命をさえ捨ててもよいという運命と、ハンセン病によって一生を変えられ、やがて島の療養所の土に帰する私の生きざまとが、どこかで結びついているように思えた」。
――――――――――――
*The Leprosy Mission International(国際救らいミッション)<TLM>の創始者ウエルズリー・ベイリー氏を記念して、TLMが125周年を迎えた1999年に創設された。ハンセン病問題に対する勇気と成果、たぐい稀なる貢献をした人に贈られる。2007年には世界中から2名が選ばれ、スイスでの国際総会における特別歓迎会で授賞式が行われた)。

(やべ あきら)
1965年からFIWC関西に参加。青い鳥楽団演奏会(1968年)を主催した時のFIWC関西の委員長。NPO法人むすびの家理事。

 矢部さんに少し注をつけていただきました。

●新良田教室
――正式名称:岡山県立邑久高校新良田教室(ハンセン病療養所の中に設立されたハンセン病の青年のための全国で唯一の高校)
●多磨全生園
 ――東京都東村山市にある国立ハンセン病療養所
●長島愛生園
 ――岡山県の瀬戸内海の小島にある国立ハンセン病療養所
●交流(むすび)の家
 ――FIWC関西が建設したハンセン病快復者のための社会復帰セミナーセンター
   1967年7月竣工
●FIWC関西
 ――正式名称:フレンズ国際労働キャンプ関西委員会
   戦後の復興に寄与したAFSC(アメリカフレンズ奉仕団)から、日本への土着をめざして独立したワークキャンプ運動を展開するボランティア団体
●東北新生園
 ――宮城県にある国立ハンセン病療養所



〔240〕ついに出版されました,『ことばで遊ぼう 表現しよう! ─ことばあそび・朗読・群読』(日本演劇教育連盟編、晩成書房)

2019年12月08日 | 図書案内
 待ってましたというよりお待たせしましたといった方が良いのでしょうか。演劇教育手引き書のことば編ということで編集をスタートとし、原稿もしっかり集まっていました。ただ現在は出版状況も厳しく、なかなか刊行までには至らなかったのです。このブログでは以前に刊行のお知らせをしたことがあります。本当に遅れてごめんなさい。早々と原稿をいただいた執筆者の皆様、出版を心待ちにしていた皆様、申し訳ありませんでした。

 どんな本なのか、まず表紙を見てください。そしてチラシも。最後に目次を見てください。
 晩成書房は現在アマゾンへの出荷は停止しています。楽天などでは入手可能ですが、私からも本を送ることは可能です。私のアドレスをご存じの方はお知らせください。便宜を図りたいと思います。





●新刊! 『ことばで遊ぼう 表現しよう! ─おとばあそび・朗読・群読』(晩成書房HPより)

編集
日本演劇教育連盟
定価
1,800円+税
初版
2018年12月5日

子どもたちが、ことばの表現のおもしろさ・楽しさを実感できる、
楽しい授業、表現のある教室を創るヒント、実践例を満載!

ことばの表現を楽しむ、実践のてびき

スマホやタブレットの時代だからこそ、
自分の声やことばで、
目の前の相手とコミュニケーションすることが、
ますます重要になっています。

●目次
こえ・ことばの表現を豊かに 刊行にあたって

第1章 声を届けること・語ること=福田三津夫

1 香山美子「ちいさい おおきい」を遊ぶ
2 竹内敏晴の朗読源論を考える
3 朗読劇で「はのいたいワニ」を遊ぶ
4 〈遊ぶ〉感性を磨く

第2章 ことばあそびを遊ぶ

1 ことばあそび=内部恵子

 1 音を重ねる
 2 かけ合い
 3 げきあそび・カノン・しりとり・メロディーにのせて

2 ことばを文字に閉じこめない=霜村三二

 1 まど・みちおの詩をあそぶ
 2 谷川俊太郎の詩をあそぶ
 3 阪田寛夫の詩をあそぶ

3 詩を遊ぶ・ことばで遊ぶ=福田三津夫

 1 ~になって、声を出す
 2 相手に声(気持ち)を届ける
 3 みんなで遊んでみよう!

第3章 朗読を生かす

1 あんな詩・こんな詩─あそぼう!読もう!書いてみよう!=大垣花子

 1 ことばを声に出して遊ぶ(一年生)
 2 まねっこ詩づくり(二年生)
 3 表現を入れて読む(四年生)
 4 「卒業・きりなしうた」(二年生)
 5 あふれる思いをことばに(六年生)

2 物語の世界を朗読で表現しよう 朗読を中心にした授業の展開=刀禰佳夫

 ─表現を中心にした活動の展開例

3 古典の授業の中でできる朗読=藤田昌子

 1 落語「三方一両損」
 2 歌舞伎「外郎売り」
 3 百人一首
 4 平家物語「扇の的」・「敦盛の最期」
 5 漢文「論語」

第4章 群読を生かす

1 「夕日がせなかをおしてくる」を群読する=刀禰佳夫

 1 第一連をどう読み深め表現を工夫したか
 2 第二連をどう読み深め表現を工夫したか
 3 第三連について
 4 できあがった群読台本をどう演じたか

2 「白いぼうし」を音読劇にする=玉垣淳子

 1 初発の感想から
 2 第一場面の様子 音読劇のやり方を知る
 3 第二場面の様子 場を設定し、動作を工夫する
 4 第三場面の様子 ふしぎな女の子について考え、表現する
 5 第四場面の様子 誤った読みを修正する
 6 全体を通しての発表
 7 音読劇をやってみて 子どもたちの感想
 8 終わりに

3 「宮沢賢治作品集」を群読する=松宮文子

 1 なぜ宮沢賢治の詩を選んだのか
 2 「原体剣舞連」について
 3 構成と演出について
 4 それまで取り組んで来たこと
 5 発表を終えて
 群読台本─「宮沢賢治作品集」より 構成=松宮文子

4 授業に生かす群読 『おくのほそ道』の授業をめぐって=大沢 清

 1 群読の授業のねらい
 2 『おくのほそ道』授業記録 記録者=甕岡裕美子
 3 群読の授業のポイント
 4 群読台本例 「平泉」より生徒たちが作成したもの

第5章 これからの音声表現について

 ─あとがきにかえて=刀禰佳夫

編集■一般社団法人 日本演劇教育連盟

 日本演劇教育連盟(略称=演教連)は、1937年に創立され、初めは日本学校劇連盟という名称でした。戦中休止期間がありましたが、1949年に再建、1959年に現在の名称「日本演劇教育連盟」と改められました。2019年に法人化し、「一般社団法人 日本演劇教育連盟」となりました。
 演教連は、演劇の創造と鑑賞をとおして、また、演劇的な方法を生かして授業や学級の活動、集会や行事などの活動の活性化を図り、子どもの成長と豊かな人間性の形成をめざす教育研究団体です。演教連には、教師・保育者・学生をはじめ子ども文化の創造と普及のために働く各分野の専門家、また全国の子ども・おやこ劇場の父母、子ども会や児童館など地域での指導者たちが広く参加しています。機関誌として月刊『演劇と教育』を編集し(発行は晩成書房)、会員に配布しています。
 演劇と教育に関心のある方なら、どなたでも入会できます。詳細はホームページをご覧いただくか、下記事務局までお問い合わせください。

【連絡先】
 〒170-0005東京都豊島区南大塚3-54-5 第1田村ビル3F
 TEL03-3983-6780 FAX03-3983-6788
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[お問い合わせ先]
晩成書房
〒101-0064
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