真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「発情妻 口いつぱいの欲情」(1989『人妻 口いつぱいの欲情』の2008年旧作改題版/企画・製作:メディアトップ/配給:新東宝映画/監督・脚本:鈴木ハル/撮影:斉藤幸一/照明:平岡裕史・菊地宏明/音楽:富永豊/助監督:広瀬寛巳/効果:中村半次郎/協力:ステップbyステップ/出演:川奈忍・岸加奈子・中根徹・下元史朗、他六名)。
 イメージ風の濡れ場に被せられる女の朗読、「人の恨みの深くして。憂き音に泣かせ給ふとも。生きてこの世にましまさば・・・」。能楽『葵上』中、生霊となり葵上の枕元に立つ六条御息所の怨念を綴つた地謡である。これは一体、如何様に業の深い物語となるのか。
 カオリ(川奈)は親の決めた縁談で大田(下元)と結婚するが、大田はアキコ(岸)と堂々と外泊する不倫に耽る。ある夜、終に意を決し果物ナイフを忍ばせアキコ宅へと向かつたカオリは、携帯電話、では当時未だなく、運転中にタバコを吸はうとして気を取られた藤井(中根)の車に撥ねられる。動転した藤井は、カオリを自宅に連れ帰る。翌朝意識を取り戻したカオリは、何故だか藤井のことをセイジと呼び激しく求める。求められるまゝに、藤井はカオリとの愛欲の日々に溺れて行く。藤井をセイジと呼ぶカオリは、どうやら古い時代の、カオリとは別の女・マイの記憶に従つてゐるやうだつた。何処やらの農村で各々既に祝言を挙げてゐたマイとセイジ(それぞれ川奈忍と中根徹の二役)は、矢張り道ならぬ関係にあつた。
 偶さか出会つた男と女、男は女の求める時空を超えた情交に、全てを捧げる。といふ粗筋が纏まつたところで、そこからお話がどのやうに転がつて行くのかといふと。驚くことに、以降まるで膨らまない。最終盤には動き出しもすれ、それもどちらかといはなくとも逆(さか)向きだ。藤井がカオリの素性と、病状とを調べるために多少ウロつき回る程度で基本的には、舞台は藤井の部屋に留まつた、カオリと藤井の幾分は幻想的な濡れ場が延々と繰り広げられるばかり。美しい川奈忍の肢体をお腹一杯に堪能出来るとはいふものの、中弛んでしまふ感はストレートに禁じ得ない。とはいへ最終的には、ラストはなかなかに鮮烈。男は女との夜の夢に、全てを捨てて己が身を捧げた。ところが女はフとした弾みで夢から醒めると、男の前に姿を見せた時と同様、不意に現し世へと再び帰つて行く。いふならば誘(いざな)はれた男は、それでゐて女に置いてきぼりにされたのだ。ここでの男女の立ち位置の対比は、一般論としても有効か。強引な力技ともいへ、情感タップリの劇伴に彩られ同時に豪快なロング・ショットにて押さへられた、居た堪れなくなつた、既に現し世には居場所をなくした男の凶行。近年さういふ撮り方をする人があまり見られないのもあり、行き場を失つた男の激情の暴発が生み出したやぶれかぶれな惨劇は、あつけらかんと捉へられることにより、逆に深い余韻を残す。中盤強力にモタつきながらも、最後の最後には綺麗に突き抜けて呉れた一作。観戦後の感触は、停滞期間を思ふと思ひのほか悪くはない。『葵上』との関連を、どう考へればよいのかはよく判らないが。
 他六名出演者としてクレジットされる内、実際に画面の中に見切れるのは四名まで。無断欠勤を続ける藤井を心配して、といふか直截には業を煮やして家を訪れる上司と、オーラス藤井を取り押さへる、並木道に通りすがりの三人連れの男達。他にカオリの病状を説明する医師と、実名登場朝日新聞の集金人が、声のみ聞かせる。ところで、口唇性行が殊更にフィーチャーされるでは、劇中特にない。

 再びところで、中根徹は勝アカデミーの4期卒業。といふと、吉田祐健の一期先輩に当たる。


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