厚顔無恥な恥母 紫の下着で…

　「厚顔無恥な恥母　紫の下着で…」（2007/製作：フィルム・ハウス/提供：Xces Film/脚本・監督：山内大輔/企画：亀井戸粋人/プロデューサー：伍代俊介/撮影監督：創優和/撮影助手：宮永昭典・安本奈緒子/照明助手：原伸也/助監督：小山悟/監督助手：阿部真也/衣裳：東さなえ/制作協力：フィルムハウス/出演：花野真衣・倖田李梨・椎名りく・牧村耕次・柳之内たくま・吉岡睦雄・山口慎次）。どうもよく判らないのだが、フィルム・ハウスとフィルムハウスといふのは単なる表記のブレを通り越した別組織なのか？
　主婦の徳永佳代子（花野）は、夫と一人娘との三人暮らし。夫・宏三（牧村）との夜の生活は御無沙汰気味で、佳代子は熟れきつた肉体を持て余す。干しておいた紫の下着が無くなつてゐることに気付いた佳代子は、家に侵入して来た目出し帽の男に犯される。男は、娘・朋美（椎名）の同級生で隣室に住む成川悠司（柳之内）であつた。悠司に犯されながらも、佳代子は喜悦に打ち震へる。一方朋美は、悠司と付き合つてゐた。
　お隣同士で差しつ差されつ。マイクロな世界観の中で、ソリッドに縺れる愛欲の連鎖。最終的には強引に投げ放された物語は投げ放されたままで凡そ満足に収束しはしないものの、主人公の放出する即物的ではありつつも重量感溢れる色気と、山内大輔の冷確な映画手法とが、作品世界を放散から踏み止まらせる。エクセス本流の濃厚な、エロスならぬエロは堅実に志向しながら、なほかつ一本の商業映画としての完成度、あるいは強度も一欠片も忽せにはしようとはしない。舌触りの固さに対する好悪の別はあるやも知れぬが、何れにせよ極めて良質のエロ映画である。
　主演親娘を演じる花野真衣と椎名りくは、どちらも当代の人気AV嬢。公式スペックによると昭和58年生の花野真衣と昭和61年生の椎名りくとが、親子役といふのは随分な方便にもその限りに於いては思へるが、如何にも、いはゆる男好きのする濃い顔立ち、タッパもある成熟した花野真衣と、削り途中で肉付けも未だ果たされてゐない、未完成ともいへる幼さを残す椎名りくとは、絶妙にそれでも―まるで血が繋がつてゐるやうには見えないが―母娘に見える。上手い塩梅に、配役の魔術が機能してゐる。最早さういふ実年齢でもないが、下腹の出具合と手足の細さとが幼女から成りたての少女の雰囲気を漂はせる椎名りくは、個人的にはさういふ方面に対する属性は全く持ち合はせぬものでもあるが、高校生役としてのリアルでは必ずしもなくともリアリティーは申し分ない。対して花野真衣、下睫命を公言するだけあり顔立ちにはギャル駅発のケバさが否めないが、長い手足に乳も尻もタップリと肉付きの良いプロポーションは超絶にして圧巻。不得意も公言する演技力は最低限ながら、体の美しさといやらしさだけならば2007年作ピンク主演女優の中でも、随一を誇るやも知れぬ。宏三に構つて貰へず火照りの納まらぬ躰を、ソファーにオッパイを秘裂を擦りつけて慰める自慰シーンの破壊力は絶大。レーベルの看板を偽らず、正しく観客の観たいものを炸裂させて呉れる。
　倖田李梨は、隣家の陽子。女手一つで悠司を育てる、夜の街の女である。順番前後して山口慎次は、悠司の同級生・タツヤ。悠司の差し金で、一方ではそれが母の物であると娘の知る、佳代子の紫色の下着を身に着けさせられた朋美を悠司が犯す中、悠司に渡された目出し帽を被り、佳代子を犯す。母と娘を同時に犯すといふ趣向なのかも知れないが、尺も満足に割かれない山口慎次は純然たる濡れ場要員に過ぎず、この狙ひは余り満足には機能してゐない。出演者としてのクレジットは一切ないままに、朝のゴミ捨て場での陽子ファースト・カット、ライターを切らした陽子が、火を借りる妙に男前の会社員がもう一名見切れる。
　放つておけばハウススタジオの中から殆ど撮影も出でないところが、荒涼とした海浜地帯を生活道路として設定することで、山内大輔は劇中世界が抱へる空虚を効果的に表現する。意外な働きを見せる吉岡睦雄は、さういふ荒涼、乃至は空虚の住人で、行きずりの佳代子を犯す労務者。単なる賑やかしに過ぎないものかと思つてゐたところが、ラストの濡れ場前の母娘の運命の鍵を握る再登場で、劇中世界を一枚分厚くする。段々とソリッドなエロ映画といふ志向が理解出来て来たやうな気もする山内大輔は、随所で徹底したロジックを発揮。ひとつの映画観として商業映画作家といふ職業は芸術家ではなく技術職であるとするならば、第一義的に要求されるものは論理と技術とであらう。夫が枕元に置いたライターから、佳代子が宏三と陽子との不義を察する一幕。陽子が、宏三が一旦は消した灯りを即座に再び点しライターを手に取る演出の十全もさて措き、更なるさりげなくも充実を感じさせられたのは。宏三は、出張と偽り陽子との不倫旅行に出る。夕食の食卓で行き先を訪ねられ回答に窮した宏三は、その晩のおかずのエビフライに目を落とし、「名古屋・・・」。城定秀夫必殺のデビュー作「味見したい人妻たち」での、八ツ橋の件を思ひ出した。当たり前のことをいふやうで恐縮でもあるが、ピラミッドの頂点の高みを保障するものは、最下段からの一石一石の積み重ねに偏に、あるいはひたすらに違ひない。

　とはいひながらも投げ放たれ仕舞ひの物語は、最終的には矢張り全うな起承転結を果たしてゐるとは世辞にもいひ難い。ここはひとつ、自脚本といふこだはり（？）を捨てた山内大輔が傑作脚本を手にした日には、いよいよエクセスの枠も完全に飛び越えて状況全てを決し得ることも、決して不可能ではないと思へるのだが。