元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「君を想って海をゆく」

2011-04-12 06:31:51 | 映画の感想(か行)

 (原題:Welcome )長い間映画を見続けていると、今まで知らなかった事実を扱っている作品に出会って驚くことも多々あるが、本作もそのひとつだ。ここで描かれているのはクルド人難民問題。もちろん故郷を追われたクルド人達の存在は誰でも知っているが、他国にたどり着いた彼らを待つシビアな境遇には身を切られる思いがする。

 舞台はフランスのカレなのだが、この地ではクルド人は完全な“異質なもの”として処遇され、彼らに便宜を図った者はもちろん、親切心から手助けをすることも違法だ。市民ボランティアでさえ、ゲリラ的な活動を余儀なくされている。たとえ普遍的な人情の発露であっても、国家権力によって抑えつけられるという不条理。それがフランスのような先進国で罷り通っている事実は、閉口するしかない。

 物語はクルド人の少年が英仏間のドーバー海峡を泳いで渡ろうとする様子を中心に進むが、もちろん記録に挑戦するわけではない。英国に移住した恋人に会いたいがための切羽詰まった行動なのだ。彼はその前にも密航を企てるが、ことごとく発覚して検挙される。残る手段は自力で海を渡るしかない。だが、水泳は素人である。彼はかつて五輪のメダリストだった水泳コーチに、無理矢理に弟子入りして教えを乞う。

 昔は一流選手として知られたこのコーチは、中年になった今は落ちぶれて地方の市民プールで働いている。彼の造型は巧みである。妻とは別居中で、離婚寸前。若い頃は天狗になって周囲を思い遣ることはなく、トシ取った今そのツケが回ってきたのだ・・・・という、よくある設定を用いていないのが良い。

 彼は元々他人と心を通わすことが苦手な人間だったのだ。彼の部屋にある大量の書物やCD類は、世間一般で言われるような“体育会系”のイメージではない。内向きのキャラクターであったにも関わらず、水泳の才能で思いがけず世に出てしまった。そのディレンマが年を重ねた今も彼を悩ませている。そして、何とか人のために生きたいと思っていた時に出会ったのが件のクルド人少年だ。

 二人がやがて家族のような親密な時間を過ごすようになるまでのプロセスは、なかなか自然で良い。なお、アメリカ映画なんかとは違って本作は万々歳のハッピーエンドにはならない。社会情勢そのものが楽観を許さない局面に達しているということだろう。そんなフィリップ・リオレ監督の指摘は痛切だ。

 少年役のフィラ・エヴェルディ、コーチに扮するヴァンサン・ランドン、共に好演。コーチの妻を演じるオドレイ・ダナもしっとりとした魅力があって良い。語り口は幾分ウェットなところがあるが、まずは観る価値はある佳作だと言える。

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