元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ヒミズ」

2012-01-27 06:34:28 | 映画の感想(は行)

 早くも今年度のベストワン候補が登場したという感じだ。決してウェルメイドな作品ではない。作劇がゴツゴツと荒っぽく、余計なシークエンスや“もっと整理した方が良い”と思われる箇所もかなり目立つ。しかし、本作に込められたメッセージ性は、そういうマイナス材料を跳ね返すほどの強靱なものだ。本当に観て良かったと思える逸品である。

 15歳の中学生・住田の家は貸しボート屋で生計を立てている。しかし母親は男を引っ張り込んで、挙げ句の果てに家出する。父親はほとんど家におらず、時々戻ってきては住田に暴力を振るい、なけなしの金を奪う。そして“お前なんか要らないんだ。子供の頃に死ねば良かったのだ”と、息子に本気で言い放つのだ。さらには、父親の借金の取り立てに来たヤクザからも手酷い仕打ちを受ける。

 まさにドン詰まりの状況だが、それでも“こんな定番の不幸話に負けてたまるか! 立派な大人になるんだ!”と必死で叫ぶ住田。ところが事態はさらなる窮地に彼を追い込んでゆく。

 そんな住田を見守るのはボート小屋の周辺に住むホームレス達と、クラスメートの女生徒・茶沢だ。青テントの住人は、はるか年下の住田を“さん”付けで呼び、茶沢はどんなに邪険にされても住田に付きまとい、彼の力になろうとする。どうして彼らが住田の味方になるのか、徐々に明らかになるその理由は、実に辛く切ない。ついには一生“終わりなき非日常”を送るハメになった住田に、彼らはそれでも未来を託すのだ。

 監督・園子温の諸作には宗教的なモチーフが数多く登場するが、今回それは終盤に示される住田と“水”とのイメージに顕著である。これは洗礼を意味しているのかもしれない。あるいはこの世の不幸を一身に背負ったような形で犠牲となり、やがて復活したキリストをも彷彿とさせる。

 本作はおそらく、あの震災を題材にした初めての日本映画ということになるのだろう。住田が熱望する“普通の生活”が、被災者だけではなく多くの人々にとっても縁遠くなりつつある現在、このロクでもない世の中に“復活”した救世主は、闇の中にかすかに光る一縷の望みに向かって全力疾走する。住田だけではなく、我々すべてが“頑張る”しかないのだ。

 主演の染谷将太と二階堂ふみは先のヴェネツィア国際映画祭にて新人俳優賞を獲得したが、その評価も頷けるほどの見事な演技だ。染谷は前から何本かの映画で目にしていて、そのナイーヴな持ち味は予想通りだとも言えるが、この映画で初めて出会った二階堂のパフォーマンスには圧倒された。凄い逸材だ。関係ないが、彼女は宮崎あおいに似ている(笑)。いつか姉妹役で共演して欲しいものだ。

 渡辺哲や吹越満、神楽坂恵、でんでん、黒沢あすか、吉高由里子といった今までの園映画における“オールスター”が顔を揃えているのも嬉しい。劇中に流れるモーツァルトのレクイエムとサミュエル・バーバーの弦楽のためのアダージョが抜群の効果を上げている。とにかく、強烈な求心力は観る者に強い印象を与えることは必至で、2012年初頭を飾る傑作だと言って良い。

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