元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「白いリボン」

2011-03-11 06:37:32 | 映画の感想(さ行)
 (原題:Das weisse Band - Eine deutsche Kindergeschichte)外道な作劇を得意とするミヒャエル・ハネケ監督らしい、観ていて実にイヤな気分になってくる映画だ。もちろん、その不快さは卓越した演出力の賜物であり、対象の本質を容赦なく暴き立てる力業と表裏一体になっていて、いつでも映画的快感へと転化する巧妙な仕掛けの元に形成されていることは論を待たない。

 だが本作は、ドラマツルギーがかなり“常識的な”スキームを伴っており、いつもの鬼畜的なテイストは幾分希薄だ。その代わりに平易かつ重大なテーマが大きく提示されており、広範囲に支持を集める秀作に仕上がっている。

 1913年の北ドイツの小さな村。麦畑に囲まれ素朴な古き良き生活が営まれているはずのこの地は、実は得体の知れない脅威にさらされている。まず、村で唯一の医者が落馬事故で重傷を負う。原因は自宅前に張られていた1本の針金だ。殺意を持った者の犯行だが、事件は迷宮入りになる。次に小作人の妻が地主である男爵の製材所で事故死する。小作人の息子はそのことで村の主である男爵を逆恨みして、収穫祭の日に男爵家のキャベツ畑をメチャクチャにする。

 男爵の息子が行方不明になり、発見された時には何者かに暴行を受けていたことが分かる。さらに男爵家の納屋が放火によって全焼。また、医者宅の家政婦の息子が誘拐されて大ケガを負わされる。これらの事件は(キャベツ畑の一件を除いて)犯人が分からない。いや、正確には村に赴任してきた教師だけは真相らしきものを掴んでいる。だが、それを確定することは出来ない。不穏な空気が流れる中、ドイツはやがて第一次大戦の混乱に突入してゆく。

 タイトルにもある白いリボンとは、牧師が自分の子供達の腕に巻きつけているもので、それは我が儘や嫉妬などのマイナスの感情に屈しない“純潔のシンボル”であるとされる。しかし、実態は強権的な父親による抑圧に過ぎない。白いリボンは偽善の象徴だ。

 それは牧師の家だけではなく、男爵の家でも使用人の家庭でも、医者の一家でも同じことである。家長の権威は絶対で、女子供は人間として扱われない。それどころか自己の欲望の捌け口に使われたりもする。美しい村も一皮剥けば悪行と不正に満ちたインモラルな世界でしかない。

 この非人間的な搾取と抑圧の仕組みこそが、戦争そのものなのだ・・・・という話の持って行き方は、随分と図式的だ。しかし、並の監督ならば鼻白む“語るに落ちる筋書き”になってしまうこの構図を、ハネケは並はずれた描写力で観る者に熱いメッセージとして納得させてしまう。

 しかも、直截的な暴力場面はほとんど無く、事前と事後の状態によって観客にヴァイオレンスの非情さを伝えるという、悪意に満ちた手法が功を奏している。語り口は静かなのに、内包する物語は激烈を極めているのだ。

 クリスティアン・ベルガーのカメラによるモノクロの美しい映像は、作品全体に格調の高さを付与させている。クリスティアン・フリーデルやレオニー・ベネシュらのキャストも達者だ。2010年のカンヌ国際映画祭で大賞を獲得したのも頷けるほどの、ハイ・ヴォルテージな作品だ。観る価値は大いにある。

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