元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「紙屋悦子の青春」

2006-10-23 06:51:21 | 映画の感想(か行)

 自らの母親の体験談を元に劇作家の松田正隆が書いた戯曲が原作となっているためか、場面展開が少なくカメラも長回し主体で、ほとんどがセット撮影というように、演劇的なテイストがかなり多い。しかしそれは、登場人物の性格と想いを誇張なく伝えるための賢明な手段であることが、観ているうちに分かってくる。

 昭和20年の鹿児島を舞台に、海軍航空隊の明石少尉と彼の親友である永与少尉の間で揺れ動く紙屋悦子の姿を描くこの作品、何より登場人物の佇まいの美しさに感動する。

 決して声高に自分の主義主張を押しつけず、しかし確固とした矜持を持って暗い世相と境遇に対峙する彼ら。今の日本が遠い過去に置き忘れてきた、大切な物をひとつひとつスクリーン上で提示されるようで、観ていて胸が一杯になってくる。そしてそんな理想的な市井の人々の生活を押し潰してゆく戦争の理不尽さも、また無理なく伝わってくるのである。

 とは言っても決して高踏的な作品ではない。誰が観ても楽しめるシャシンであり、特に会話の面白さは昨今の日本映画の中ではダントツだ。笑えるシーンも満載で、見ようによってはベテラン芸人達のネタ披露大会にさえ思えてくるほど。

 ヒロイン役の原田知世の演技に感心したのはほぼ20年ぶりか(爆)。明石役の松岡俊介、永与役の永瀬正敏、兄に扮する小林薫、みな持ち味を遺憾なく発揮した好演だ。驚いたのは兄嫁役の本上まなみで、天然ボケが入った絶妙のコメディ・リリーフで画面を盛り上げる。こんな演技が出来る人とは思っていなかった。

 とにかく、冒頭の現代のシーンが長すぎることを除けば完璧な出来映えで、黒木和雄監督にとっても会心作だ。これが遺作になってしまったのが残念でたまらない。

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