元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「人生はビギナーズ」

2012-03-10 06:50:35 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Beginners )監督マイク・ミルズの妙技に魅了される一編だ。彼自らの体験を元にしたプライベート・ストーリー。余命幾ばくもない老年の父が“私はゲイである”とカミングアウトしたことにより、今まで何気なく日々を送っていた主人公オリヴァーが思いがけず“人生の転機”に直面する。それはまた、自分が今ここにあるのは生まれてから積み上げられた無数の体験によるものだということを再確認する切っ掛けでもある。

 不規則的な動きをする内面に呼応するかのように、作劇は異なった時制にランダムアクセスする。同性愛が許されなかった時代に父と知り合い、彼の性癖を承知した上で結婚した母。二人の間に子供(主人公)は出来たが、本当の意味で母は父を理解するには至らなかったように見える。

 家庭の中にうっすらと“壁”が作られて、それが主人公の心に微妙に影を落とす。40歳近くになっても独身で、一応アートディレクターというクリエイティヴな職を得ているが、仕事に対してはとても淡泊。オリヴァーのそんなキャラクターを形成していったのは、家庭環境にあったことは間違いない。

 こういう多面的なドラマツルギーを採用するには作者の強い求心力と才覚が必要だが、ミルズの仕事ぶりはそれを易々とクリアする。人生の最後に差し掛かって、自分らしく生きることを選択した父。それと呼応するかのように、自分の立ち位置を確認し、手探りで新しいステージに踏み出そうとするオリヴァー。主人公の足取りと、父そして亡き母との間に交わされた哀歓とがシンクロするように、絶妙に(過去と現在との)シークエンスが切り替わる。その呼吸の巧みさに感心してしまった。

 本作でアカデミー助演男優賞を手にした父親役のクリストファー・プラマーの飄々とした持ち味は特筆物だが、それよりも主人公役のユアン・マクレガーの演技が光る。長すぎたモラトリアムから脱却して(屈託を引きずりながらも)自分の人生を歩み出すオリヴァーの姿を、これ以上ないほどにナイーヴかつ繊細に演じきる。今までの彼の仕事ではベストに近いと思う。また主人公と付き合うことになる、何を考えているか分からない奔放なフランス娘に扮したメラニー・ロランも実に魅力的だ。

 そして何と言っても、オリヴァーが飼っているジャックラッセル・テリアのアーサーが最高である。芸達者なのはもちろんだが、アーサーの心の声が字幕となって表現され、これがまた正鵠を射たようなウィットに富んでいて笑わせる。申し訳ないが、オスカー俳優のプラマーよりも数段目立っていた(爆)。キャスパー・タクセンのカメラによる寒色系の絵づくり、ブライアン・レイツェルによる音楽と選曲もセンスが良く、これはなかなかの佳編と言って良い。

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