弁理士の日々

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特許権の消尽-大合議判決

2006-04-06 00:07:25 | 知的財産権
遅ればせながら、キャノンvsリサイクル・アシスト大合議判決(知財高裁平成17(ネ)10021)(インクタンク事件)を読んでいます。
特許権者又は正当権原者が特許製品を譲渡した場合、特許権はその目的を達したものとして消尽します(BBS事件最高裁判決)が、その後その製品をどのように扱うと特許権が消尽せず、特許権者による権利行使が可能になるか、という問題です。

判決は、
(1) 一般原則として、どのような場合に特許権は消尽しないのか
(2) 特許権者キャノンが製造したインクタンクについて、インク費消後の使用済みのものに、リサイクル・アシストがインクを再充填して製品化する行為に対し、特許権者キャノンは権利行使できるか(特許権は消尽していないか)
の2点について判示しています。

本件特許発明には、物の発明(本件発明1)と物の製造方法の発明(本件発明10)とがありますが、まずは物の発明について検討します。

ここでは、第1の一般原則論について見てみます。

裁判所は、判決の「第3当裁判所の判断1(1) 物の発明に係る特許権の消尽」で、一般論を述べ、以下の第1類型・第2類型に該当する場合は、特許権は消尽せず、特許権者による権利行使が許されるとしています。
[第1類型]その特許製品が製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合
[第2類型]第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合

判決によると、原審(地裁判決)は、特許製品に施された加工又は交換が「修理」であるか「生産」であるかにより、特許権侵害の成否を判断しており、このような考え方は学説等においても広く提唱されているが、この考え方は判断手法として是認できない、としています。その代わりに上記第1類型・第2類型を提起しました。

出回っている論評では、今回の知財高裁による第1類型・第2類型の考え方ですっきりした、という評価が多いようです。
それでは、従来の考え方を吉藤著「特許法概説」から拾って、今回の大合議判決と対比してみたいと思います。

特許法概説12版443~446ページでは、「特許部分」を「特許品のうち、特許発明としての特徴を具備する構造部分」と定義し、以下のように整理しています。
①特許部分以外の部分の修理・・・非侵害
②特許部分の修理・・・修理の内容による(下記)
(a)特許部分の部品を取り替えないオーバーホール・・・非侵害
(b)特許部分を全面的に取り替え・・・侵害
(c)全面的取り替えに準ずる程度に取り替え・・・原則侵害
 (保証耐用期間以内にメーカーに代わって修理 → 侵害とは言えない)
(d)特許部分の過半数に満たない部品の取り替え・・・原則非侵害
 (各部品の技術的価値に差異がある場合は例外としてその差異を考慮)
(e)修理の程度が(c)と(b)の中間・・(c)と(b)のどちらに近いかで決めざるを得ない
(f)特許部分の一部が他の特許部分に比べ著しく破損又は摩耗しやすい部品である場合
  → 製砂機ハンマー事件(侵害とする)を紹介

以下、大合議判決の「特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材」を、特許法概説にならって「特許部分」と呼びます。
今回の大合議判決の第1類型・第2類型の分類において、耐用期間経過後の再生利用であっても、特許部分の加工又は交換による再生利用であれば、第2分類が適用されます。従って、第1分類の存在意義は、特許部分以外の修理による再使用・再生利用であると考えることができます。
そうすると、大合議の第1分類は、吉藤の①に対応し、大合議の第2分類は吉藤の②に対応するということができます。そのように考えると、今回の大合議判決は、吉藤にも記載された従来の考え方を以下のように修正したということができます。
(1)特許部分以外の部分の修理であっても、その修理によって本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用を可能とした場合には、特許権は消尽せずに侵害となる。
(2)特許部分の加工又は交換については、従来は(a)から(f)まで細かく分類わけして侵害か非侵害かを検討していたが、特許部分の一部であっても加工又は交換がされたら特許権は消尽せずに侵害となる。

意外にも上記のような結論に達してしまいました。

[第1類型]・吉藤の①・上記(1)については、どのような内容の再使用・再生利用であれば侵害になるのかに関し、大合議判決では事細かに場合分けして説明しており、これは実際に役に立つと思います。
[第2分類]・吉藤の②・上記(2)については、吉藤では詳細に場合分けしているのを無視し、大合議判決では「特許部分のの全部又は一部につき加工又は交換がされた場合は無条件に侵害」としてしまっているのですが、本当にそれで良かったのでしょうか。

それとも、吉藤の「特許部分」と大合議判決の「特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材」との間には差異があり、「本質的部分に限っては、その一部であっても加工・交換すれば侵害なのであるが、このように考えたとしても吉藤の②(a)~(f)の場合分けとは矛盾しない」ということにでもなるのでしょうか。

吉藤の「特許部分」:「特許品のうち、特許発明としての特徴を具備する構造部分」
大合議判決の「特許発明における本質的部分」:「特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核を成す特徴的部分」
ですから、両者の間にはそれほど差異があるようには見えないのですが・・・。

大合議判決は、従来通説の「修理」か「生産」かによって消尽を判定する考え方を批判する中で、「特許製品に物理的な変更が加えられない場合に関しては、生産であるか修理であるかによって権利行使許否の判断をすることは困難」という理由を挙げています。しかしこの点は、今回対象製品のインクタンクにインクを再充填する行為がまさに該当します。つまり、今回対象製品に関して結論を導く必要から、第2分類を提起したのではないか、との憶測も可能になります。
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