弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

化学発明の進歩性

2007-02-25 21:07:43 | 知的財産権
パネルディスカッション「化学発明の進歩性」(2月21日)を聞いてきました。日本弁理士会研修所の主催です。
参加者は事前にインターネット配信「化学・バイオ発明の進歩性」を視聴するようにとのことで、当日の朝にそのことに気付き、あわてて視聴してから参加しました。こちらによると、配信はその日を最後に終了しているのですね。

進歩性の議論というと、最近の審査・審判・裁判における進歩性判断の実情を明らかにした上で、
(1) 最近の動向に立脚して、「進歩性あり」の判断を得るために出願人サイドはどのような動きをしたら好ましいか。
(2) 最近の進歩性の判断のハードル高さは妥当か。妥当でないとしたら、どうしたらいいのか。
の2点が論点となります。

今回は、インターネット配信で主に上記(1) を扱い、パネルディスカッションでは上記(2) について議論された、といったところでしょうか。

パネルディスカッションの登壇者は
コーディネーター
  渡邉一平弁理士 弁理士会元副会長
パネリスト
  増井和夫弁護士 「特許判例ガイド」著者
  細田芳徳弁理士 上記インターネット配信の講師
  杉村純子弁理士 弁理士から東京地裁調査官を経て現在弁理士
  佐伯憲生弁理士 元特許庁審判官
  加藤実弁理士   花王知財センター部長
  高橋秀一弁理士 武田薬品知財部シニアマネージャー

以前(10年ほど前)に比較し、現在の進歩性の判定が厳しくなっていることは皆が認めています。私も認めます。当時の進歩性の判定が甘すぎたと私は思っていますので、当時と比較して厳しくなるのは構いません。問題は、「厳しすぎる方向に振れすぎたのか、それとも妥当なレベルに落ち着いているのか」という点です。

企業在勤の2名のパネリストの意見がはっきりしません。高橋弁理士は冒頭、「厳しくなっているが厳しすぎるほどではない」と発言しました。
加藤弁理士もその点(厳しすぎるのかどうか)は明確にしません。
ただしお二人とも、「進歩性の基準が時期によって変動するのはよくない。また判断する人によって判断にばらつきが生じるのはよくない」という点では共通しています。

結局はばらつきが問題なのかもしれません。
私が現実に担当している案件でも、大多数の査定は妥当な判断がなされていると理解しています。一方で、判断のばらつきが最近増大しているように思います。意見書の主張を精査していない無造作な拒絶査定が増え、それらは拒絶査定不服審判の前置審査で特許査定になります。もちろんその際にクレーム範囲は減縮補正されるわけですが。
意見書はより一層の丁寧さを要求され、また査定不服審判に進む率が増え、企業知財部の人たちの業務負荷は増大しているだろうと推察されます。

パネルディスカッションでは、いつくかの判決例が議題にのぼります。その中には「これはひどすぎる(進歩性に厳しすぎる)」と思われる実例があります。これも、判決が平均値として厳しすぎる方に振れているというより、ばらつきが生じて妥当でない判決が現れているる、ということかもしれません。
審査段階では審査官ごとにばらつきが生じることがあるとしても、せめて知財高裁ではばらつきのない安定した判決を出すようにしてほしいものです。


事例:防汚塗料組成物事件(H16(行ケ)259)
・本願発明:防汚塗料において、亜酸化銅に銅塩を含有させることにより、ゲル化せずに長期保存を可能にした。
・刊行物1~3:亜酸化銅が防汚塗料の主たる活性化合物
・刊行物4:銅塩を含む材料の防汚活性を開示
・裁判所の判断:刊行物1~3に刊行物4を組み合わせることに困難性はなく、「ゲル化せずに長期保存が可能である」ことを確認する試験に格別の困難性はなく、優劣の判断は直ちにできる。従って「容易に見いだせる効果」であって進歩性の根拠にできない。

この判決については、パネリストの誰もが「おかしい」という意見でした。
ばらつきの原因となる判決の一例かもしれません。


パネリストの最後のコメント
《高橋弁理士》進歩性の判断に「技術常識」が多用され、技術常識であることの証拠が示されていない場合が多い。
《佐伯弁理士》審査基準が時代によって揺れ動き、世の中が振り回されている。
発明の実体をとらえた上で、いい発明はいいクレームで生かしていくべきである。
《杉村弁理士》医薬品の特許を国際的に取得するに際し、日本発の医薬の特許が日本で無効になるというおかしなことが起きている。
論理付けなしで「設計事項」で片付けられる場合が多い。
特許すべき発明はブラッシュアップして特許にする、という立場に立って欲しい。
《細田弁理士》進歩性についての適切な基準作りが必要である。効果参酌の基準など。
《増井弁護士》進歩性基準の一番の基本は、発明者のインセンティブであることを忘れてはならない。
hind sight(後知恵)を排した判断が必要である。日本の判決では、良くも悪くもhind sightを述べない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする