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感想:『戦う司書と追想の魔女』

2009年11月04日 21時01分38秒 | 山形石雄
戦う司書と追想の魔女 (集英社スーパーダッシュ文庫)戦う司書と追想の魔女 (集英社スーパーダッシュ文庫)
価格:¥ 650(税込)
発売日:2006-12


シリーズ5作目。奇数巻と偶数巻で別シリーズほどの差を感じる。奇数巻、それは当たりの巻である。

本書のためにシリーズが描かれてきたと言いたくなるほど印象的な物語。武装司書と神溺教団の知られざる裏面が明かされ、シリーズの主人公たるハミュッツ=メセタが悪役を演じている。彼女と対峙するのは、武装司書の申し子たるヴォルケン=マクマーニ。正義感溢れる若き武装司書であり裏切り者でもある。
一方、『戦う司書と黒蟻の迷宮』に登場したレナス=フルールの記憶を持つ女性。彼女は自分自身、つまり、本来の記憶の持ち主であり、神溺教団から肉として扱われていた当時の存在と対峙することになる。レナス=フルールという光のような存在と、目的のために他の肉たちを肉として扱った肉という闇のような存在との対峙である。

二重の光と闇の対決は、激しく交錯する。表面上の正義と悪の構図は、物語が展開していくうちにその境界がどんどん曖昧となっていく。最後に明かされる事実によって、再び善と悪の図式が現れる。しかし、悪=ハミュッツという認識もまた現時点で語られたものに過ぎない。
ハミュッツ=メセタはシリーズを通して、単なる善や悪といった枠に捕らわれない存在として描かれている。単純な善悪を超えた戦いの化身。

前巻の感想で述べた不満、シリーズを通した構成の不備が本書で解消されそうだ。ようやく物語が動き出した。もちろん、それが魅力的なものとなるかどうかは分からない。ハミュッツ=メセタを単純な造型に落としてしまえば物語は成立するが魅力は激減する。捉えられない存在として描けば、物語の展開は難航するだろう。それでもここまで描いたものを簡単に地に落として欲しくない。これだけのものが書けるのだから、もっと先を目指して欲しい。




これまでに読んだ山形石雄の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)

戦う司書と恋する爆弾』(☆☆☆☆☆)
戦う司書と雷の愚者』(☆☆)
戦う司書と黒蟻の迷宮』(☆☆☆☆)
戦う司書と神の石剣』(☆☆)


感想:『虚空の旅人』

2009年11月04日 20時30分41秒 | 上橋菜穂子
虚空の旅人 (偕成社ワンダーランド)虚空の旅人 (偕成社ワンダーランド)
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2001-07


シリーズ4作目はバルサは登場せず、チャグムの物語となっている。

児童文学というジャンルではあるが、これまでは中年女性であるバルサが主人公であり、特に『闇の守り人』で語られたものは子供向けと呼ぶには不似合いなほどだった。自身の過去との対峙は大人向けと呼ぶに相応しい。
それに比べ本書は、チャグム以外にも同年代の少年少女たちが登場する。彼ら彼女らのほとんどは、一般人ではなく、その若い年齢に不釣合いな高い地位と責任を負っており、当人たちもそれを自覚している。その意味では、特殊なキャラクターだが、同時に少年少女らしい青臭さも持ち合わせており、その葛藤がテーマとなっている。

児童向けのストレートな物語ではあるが、エンターテイメントとしてもこれまでの3作以上に魅力的に描かれている。チャグムの視点、サンガル王子タルサンの視点、少女スリナァの視点を軸に重層的に展開し、悪の側に位置するラスグのみならず、大人の論理との対決が見所となる。

一方で、チャグムの成長の様子も心惹かれるものとなっている。『精霊の守り人』の当時11歳だった彼は14歳となり、皇太子として立派に立ち居振る舞いができるようになった。しかし、バルサらとの出合いを通じて得た経験は、彼を人間的に成長させたが同時に皇太子としての危うさも齎すことになった。その不安定さの描写が彼の魅力を生み出している。

世界の完成度、キャラクターの魅力、物語の重厚性、どれを取っても素晴らしいものだ。それだけに、今更ながらTVアニメに感じた物足りなさを惜しく思う。原作の良さを充分に引き出しきれなかった。今になって余計にそう思えてしまう。




これまでに読んだ上橋菜穂子の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)

精霊の守り人』(☆☆☆☆☆)
闇の守り人』(☆☆☆☆)
夢の守り人』(☆☆☆)


感想:『朝霧』

2009年11月04日 20時09分57秒 | 北村薫
朝霧 (創元推理文庫)朝霧 (創元推理文庫)
価格:¥ 588(税込)
発売日:2004-04-09


円紫さんシリーズ最後となる連作短編集。

卒業、就職、そして新たな出逢い。日常のほんの些細な描写の積み重ねから、日々の心の動きや様々な日常の謎を見つめ、見出し、答えを見つけていく。博学な文学知識もあくまでそれら日常の中の断片に過ぎない。特に、今回多く取り上げられた俳句や和歌はそうした日常の狭間に在る詩の世界である。

「山眠る」は《私》の大学卒業を描いた作品だが、日常の中からわずかにはみ出した哀しみが切なく響くものだった。透き通る刃が斬るような、心へ伝わる想いがある。シリーズを通しても最も印象深い短編だ。

「走り来るもの」はリドル・ストーリーを扱ったもの。先日、『どちらかが彼女を殺した』を読んだ際にWikiを見て『女か虎か』の素筋は知っていた。それを下敷きに作られた短編を鮮やかに解き明かす様は見事。

表題作「朝霧」は祖父の残した暗号の解読自体はとりとめないものだが、そこに描かれた恋の予感がシリーズの幕を閉じるに相応しい内容となっている。

”日常の謎”というミステリの新たな世界を切り開きつつ、《私》の青春記であり、縦横無尽に語られる文学への愛があり、落語という演芸の魅力が大いに語られ、落語家円紫というキャラクターを描き出した、そんなシリーズ。それでいて、緩やかで叙情的な雰囲気があり、些細な断片の積み重ねで少しずつ感情を浮かび上がられる巧妙な技が冴えに冴え、独特の味わいを生み出している。
《私》の造型を始め気になる点は残るものの、それでも心に深く残るシリーズだった。ぬるさも含めた暖かさがこの世界の素晴らしさだったことは間違いないだろう。それもまた現実の確かな一部なのだし。




これまでに読んだ北村薫の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)

空飛ぶ馬』(☆☆☆☆☆)
夜の蝉』(☆☆☆☆☆)
秋の花』(☆☆☆☆☆☆)
六の宮の姫君』(☆☆☆☆☆)


感想:『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 4 絆の支柱は欲望』

2009年11月04日 18時45分17秒 | 入間人間
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん〈4〉絆の支柱は欲望 (電撃文庫)嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん〈4〉絆の支柱は欲望 (電撃文庫)
価格:¥ 536(税込)
発売日:2008-04-10


あとがきを読まずに読み始めたので、この巻だけで終わらなかったことに驚いた。そこまで引っ張るほど面白い話でもないのに。

「クローズド・サークル」での連続殺人事件。とはいえミステリという雰囲気はあまりない。
この設定では動かしがたい、というよりも邪魔なまーちゃんは舞台の外。それだけで作品の魅力は半減以下。相変わらず読むのに苦労する文体をせっせと読んで終わらないという事態に呆然としてしまった。

シリーズの性質からすると外伝に近い内容だけに、それを延々と垂れ流されてもというのが正直な気持ち。これ以上物語を続けても面白くなりそうにないだけに尚更。
初期設定がぶっ飛んだものだっただけに、シリーズで出来のばらつきが大きいのも仕方ないとは思うが、それにしても今回は残念な思いが強い。テンポが悪いのも今に始まったことではないが……。




これまでに読んだ入間人間の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん―幸せの背景は不幸』(☆☆☆☆☆☆)
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん2 善意の指針は悪意』(☆☆)
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 3 死の礎は生』(☆☆☆☆)