Over 60's yukinokoブログ

実家の片づけ、そして義母を送って、次は自分の生前整理だな

天気は上々だったのに

2024-01-31 08:41:50 | 田舎暮らしの現実

昨夜顔を洗っていたら、鼻のてっぺんに何やら感じるものが。

鏡をよく見ると(老眼なのでぱっと見だけだとわからない:笑)、鼻の頭がなんとなく赤くなっています。でも触っても痛くないのでおできでもなさそうな。

となると、これもしもやけ、か?

ほっぺたに出来たしもやけはふくらみがへこんで平らになり、紫っぽい色が残る程度に回復したのだけれど、鼻の頭にはこれまで出来たことはないんです。

外に出るときにはマスクでもすれば隠れるのでいいけど、早く治ってほしいものです。

 

さて、昨日一昨日と畑に行ってきました。

前回と打って変わって、今回はとても暖か。と言っても日中だけの話で、朝晩は冷え込みが厳しいです。

畑に残してあった野菜の多くを収穫しましたが、かなりよれよれ。凍って溶けてを繰り返すので水分もかなり抜けてしまって、一部はまるで紙のよう。雪が積もるところならその水分が

あるけれど、降ってもほんの少しの土地柄。前回日陰に少しは残っていた雪も今回は全くありませんでした。

ごく平和な畑での時間、だったのにトラブル発生したのは昨日の朝。

トイレがまた詰まってしまいました。もう~っ!またかよーっ!!

今回も相方が用を足した後。前回詰まってから紙を大量に流していない、と言い張りますが、信じられない。だってこの現実だもの。

しかも今回は前回よりひどくて、何度水を勢いよくバケツで投入しても一向に詰まりが解消する気配なし。逆に床が水浸しになりそうになって二次災害のおそれに。

そして私だって用が足したくなるのが自然の摂理というもの。

開店時間を待ってホームセンターへ買いに行きましたよ、ラバーカップ。ついでに先にトイレも借りてすっきりしてから(苦笑)。

帰ってからラバーカップを押すこと数回で、ごぼごぼっ、という音と共に水が流れていきました。よかった~!

そう何度も詰まってもらっても困りますが、こうした道具はやっぱり持っていると安心だなと思いましたね。自宅にもありますが、買ってからかなりになるので劣化が気になるところ。

一度確かめたほうがいいかな。

買いに行ったホームセンターは、結構小ぢんまりした店舗。自宅近くのそれと比べたら3分の1かそれ以下の広さなので、正直ラバーカップを置いてあるか心配だったんですが

広さだけで判断しちゃいけませんね。

 

最後に、前回相方が干した大根はこんな具合。

                  

いくらか縮んできたものの、完成はまだまだ先の様子。お店でいい具合に干しあがったものが売られているのを見て、出来がかんばしくなかったら買えばいいか・・・と思った

ことは相方には内緒です。


普通でいい、いや、普通がいい

2024-01-28 10:05:02 | 食べものいろいろ

ヘアカットからの帰り道熱田神宮の横を通るのですが、駐車待ちの車列が出来ていました。土曜日ということもありますが、年始からずっとこんな感じ。

近隣にコインパーキングはいくつもあるんですけど、今は知りませんが年始の時期は法外な値段に変わっていて、えげつないなぁと毎年思います。とは言っても名古屋駅前あたりに

比べたらそれでもまだ安いのではありますが。

 

昨日夕方外に出ていたとき、ご近所さんが数人どこからか帰ってきました。聞けば地元の議員さんの懇親旅行でお出かけだったとか。

そのうちのおひとりが「ちょうどよかったわ」と我が家の玄関に立ち寄ってお土産をくださいました。

まず「焼きたてだったから」と言って渡されたのがメロンパン2つ。それらしいメロンフレーバーが袋の外までただよいます。

それだけで終わらずまだ袋をごそごそと探っていると、中からマグロやカツオを使った佃煮系のパックを3つも出してくれるではありませんか。えっ?それ多すぎない???

いいのいいのと言われてまあ遠慮なく頂戴しました。その方は今組長さんをやっていて、今日はちょうど町内の廃品回収の日でもあるのですが、そのお宅は車も男手もないので、

相方が毎月お手伝いをしているんです。なのでお礼のつもりでしょう、何かといただくのです。

 

いただいたのではありますが、問題だったのがこのメロンパン。

世の中にはいろいろなメロンパンがありますが、私が好きで食べるのは昔からあるメロンパン。好きで食べると書いたものの、よほどでないと買わない、つまりパンの順位としては

かなり下のほうなんです。

そしていただいたメロンパンが私にとってはかなり残念でした。悪い予感がしていたのですが、中にクリームが入っていたんです。フレーバーたっぷりのクリームが。

大体がメロン自体が好きじゃないし、少々アレルギーも心配なのでほぼ口にしないくらい。昨日は相方と半分ずつ夕食後に食べたけれど、まだあと1つあると思うと気が重い。

と、ここまで書いたのは朝食前。今はそれから3時間ほど経過しました。

今朝はめずらしくパン食の朝でしたが、最後にこのメロンパンをふたりで4分の1ずつ食べました。ふたりとも一度にこれくらいの量なら、同意見。

廃品回収のとき組長さんが言われるには、お店には長い行列が出来ていたんだとか。検索すると1個313円もするんですね。

そんなお高いメロンパンなのに、相方にも私にも不評だなんてことは口が裂けても言えませんが。

あと残り半分、贅沢気分を味わいつついただこうと思います。

 

明日明後日は畑に出かけますので、ブログはお休みします。


なくなってわかるもの

2024-01-27 05:59:44 | えとせとら

今日はヘアカットに出かけるので少々時間がタイト。なのでささっと書かなくては・・・と気持ちがやや焦っております。

 

最近は新聞を購読している家庭が少なくなっているみたいですね。ネットで情報を仕入れる人がそれだけ多いということでしょう。うちの近所で朝夕刊をセットで購読しているのは

うちともう1軒くらい。

町内の廃品回収でも以前より集まる紙類が減っているとか。これはお店などに回収場所を設置しているところが増えているという理由もあるでしょうね。

それに新聞の折込チラシも減っているし、新聞本体のページも少なくなっているな、と思っていたら先日、お正月でもないのにやたらに新聞が分厚くてちょっと驚いたときがありました。

理由は共通テストの問題と解答が載っていたから。なるほどね。

 

新聞、と言えば社会面の左上にお決まりのようにあるのが4コマ漫画。

どの新聞にも同じ場所にあるのが普通、だと思っていました。

それが去年の年末で、うちが取っている中日新聞の夕刊の漫画の連載が終了したんです。

別に漫画を読んでいたわけではありませんが、なくなったあと最初に紙面を見たときの違和感と言ったらなかったですね。なんだか別のページを見ているような。

その感覚は今も変わりません。なので朝刊の社会面に漫画が載っているのを見ると、どことなくほっとするんです。

そうした漫画はくすっと笑えるものがほとんど。何かと暗い記事が多い社会面の中のオアシスみたいなものなんだな、とあたらめて思いました。

私は朝刊はほとんど見ないんです。大嫌いな週刊誌の見出しが目に入るのが嫌だからというのがその理由。でもそうしたものがほぼない夕刊はわりと目を通しています。

なので出来れば夕刊の漫画を復活してもらいたいなと思いますが、夕刊の発行自体をなくす方向で考えている新聞社もあるとかないとか。お願いだからそれだけはやめてよね。

 


今やダイエットよりこっちが大事

2024-01-26 09:15:23 | シニアあるある

                                                                       

先日アピタで、「能登」と書かれた文字につい引き寄せられてカゴに入れました。

この会社の住所を見ると、七尾市。現在どうなっているかわかりませんが、今後出来るだけ北陸のものなど買って支援したいと思っています。

我が家に唯一ある輪島塗の黒いお盆。蒔絵はないけれど文字通り漆黒の美しさ。少し大きめのお椀がずっと欲しいと思っていたのですが、お値段がお値段だけになかなか踏み切れずに

いたけれど、こちらも折を見て購入したい。

この練り物ですが、味はマイルド。焼いていただきましたが、私は特にたけのこの入っているほうが食感がよくて気に入りました。また見かけたら買ってくることにしよう。

 

さて一昨日、臨時休診していた整形外科が平常診療に戻ったので、ほぼ一か月ぶりにリハビリに行ってきました。

今一番痛いのが右肩で、それこそ休診に入る前にはちょっとよくなったかな、と思えるくらいになっていたのに、家にいるうちにどうも自分を甘やかしすぎてしまったようで、

また悪い状態に逆戻りした感じがしています。

後ろに手を回すのが一番痛みが出るし、前に伸ばすときも動きにかなり違和感が。

寒いことでより動かしづらいということもあるけれど、夜中に痛みで目が覚めるのも悩み。朝起きたときは特に動かしづらいです。

相方のように寝相が悪くて寝ていてもやたらに動くのとは対照的に、私はあまり動かないみたいで、そのせいで余計に痛みも感じるのかもしれません。

 

こんなふうに体のどこかに痛みがあると、筋肉や骨などのことが気になります。

古い漫才師のギャグに「金も要らなきゃ名誉も要らぬ。私ゃも少し背が欲しい~」というのがありましたが(これを知っているのはシニアの証:苦笑)、私にとっては背の高さより

筋肉や骨密度が欲しい!あ、やっぱりお金も。

筋肉と言ってもアスリートみたいなものじゃなく、生きていくうえで必要な筋肉量、自分で歩けて自分のことが出来る筋肉がもっと欲しいなと思います。骨密度も同じ。

私の体重は最大値だった頃に比べると幾分減っているけれど、体脂肪だけじゃなく筋肉も一緒に減っていて、それは当然ながらよいことではありません。

体重計に表れる私の肉体年齢はいつも実年齢より2つほど上。せめて歳相応になりたいと常に思っていますが、体を動かすのが面倒くさい残念な性格なのでなかなか思うようには

いきません。

ウォーキングも買い物など何か別の目的でもあれば今日は歩きで行こうかな、と思えるけれど、ウォーキングそのものだけが目的だと続かない。

ここ最近特に衰えてきたことを感じているのは、大殿筋と大腿筋。ちょっと高さのあるところへ「よっこらしょ」と上がるとき、以前より踏ん張りが効かないんです。もちろん手の

助けが必要なのは言うまでもなく。

不整脈のこともあるので、あまり過激な運動は怖い気もします。特に今は寒さも厳しいので。

家にいてもちょっとは体を動かさないといけないな、と感じるようになって、家事などもこれまでは効率よく動くことばかり考えていたけれど、あえて非効率になるようにしようと

思いました。例えば複数何かを動かすとき、一度に動かすのではなくひとつずつ運ぶようにするというような感じ。

これまでだと、一緒に持って行こうと思っていたのに忘れたものがあると、しまったなぁという失敗感が生まれましたが、今は一瞬そう思っても「運動運動」と口にするように。

肩も痛いけれど右膝も少し違和感がありますが、スクワットは今も毎日行っています。他にはテレビを見ているときも座ってばかりいないで体を動かす、など。

たいした運動ではないことはわかっているけれど、やらないよりまし、と信じて。思い込みも大事ですよ、きっと。


写真のプリントアウトは少しだけ

2024-01-25 08:54:20 | シニアあるある

寝る前弱い雪が降っていたので、朝起きたら一面の銀世界になるかも、と危ぶんでいたものの幸い1センチにも満たない積雪でした。

でも晴れているので予想より気温は下がっています。去年は人生で一番かと思われる冷え込みで、洗濯機を回すことが出来ないことがありました。だから屋外にあるのは困るんです。

このパソコンのある部屋も極寒。さっさと書かなくちゃ。

 

一昨日だったか、娘からLINEで、「プロが撮った幼稚園行事での孫の写真、要る?」と訊いてきました。

コロナが5類になってようやくそうした行事を我々祖父母も直接見られるようになりましたが、写真屋さんのカメラマンが運動会なら複数人来てあちらこちらから撮影していました。

私たちも運動会と作品展のとき孫たちと一緒に写してもらいましたが、よかったら一緒に頼むからと、閲覧出来るサイトのアドレスやパスワードなどを教えてもらったので、昨日の朝

見てみると、行事ごとにちゃんと分けられていて見やすくなっていました。

あまりに枚数が多くて、探しながら見ているだけで頭がクラクラしてくるほど。

そこでふと気づくと、既に娘が選んだものは写真下にある「かごに入れる」ボタンが「かごから除外」になっていたのでそれを頼りにしましたが、それでも画面をスクロールする

だけで目が激疲れ。

途中で諦めて、私たちと孫が一緒に写っている2枚と、リレーで走っている姿が写った1枚の計3枚に。

他のは娘が買ったものを見せてもらえばいいや、と割り切りました。自分の写真だって減らす努力をしているところなんだもの。そんなに手元に持っていなくていい。

孫の日々の様子は、娘がネットの共有アルバムで更新していますが、それをわざわざプリントアウトすることはあまりありません。

スマホの待ち受けが孫の写真、という人もいますが、それもしません。

でもごくたまにとてもかわいく写っているものはプリントアウトして、今もこのデスク上に置いています。これももう1年以上前のものだから、そろそろ新しいものに変えてもいいかな。

娘は孫が写っているものを選んではかごにポイポイ入れて、気づいたら155枚!金額も万を超えてしまったので減らさないと、と笑っていましたが、あれはデータの状態で買うの

だろうか。そうでないと管理が大変ですよね。

 

私自身の写真ですが、この前あれこれ処分しました。

亡くなった兄や姉と写っている古い写真を見ると、なんとも言えない気持ちになりましたね。それはまだ処分しきれていません。処分したのは主に自分の若い頃のもの。

残しておこうと思うものは残念ながらあまりないんですが、自分でもわりといい感じに写っているなと思えるものだけ厳選して。直筆ものと写真くらい遺されたとき処分しづらい

ものはない、ということを去年さんざん経験しましたのでね。もので遺す思い出はちょっぴりでいい、というのが持論です。