山本馬骨:たそがれジジイの呟きブログ

タイトルを変更して、これからは自分勝手なジジイの独り言を書くことにしました。

ジジババ冥利を味わう

2018-09-28 04:50:06 | つぶやき

 長いことこのブログを休んでいた。別に放置したということではないのだが、結果的には同じことだったと言える様である。久しぶりに開いて見たら、やっぱりどこかの広告が入り込んでいて、「記事を投稿すると表示されなくなります」とあった。何とかしなければならないと思った。

 自分は二つのブログを開設している。こちら「たそがれジジイの呟きブログ」の方は、老人を意識しての同世代向けの所感表明のようなつもりで、その時々に感じたことを投稿している。もう一つはくるま旅くらしの報告や所感を述べたもので、自分的にはこの方をメインとした運営を考えている。

 今年は5月の下旬から9月の中旬までの間、思うことがあって長期間の北海道の旅をして来た。蝦夷地と呼ばれていた北海道が、明治になって北海道と名を改められてから150年を迎えることになるので、それを期して北海道150年の来し方を訪ねてみようと思い立ったのである。具体的には全道179ある市町村の各地を巡り、郷土資料館、博物館、それに役場などを訪ねて、来し方の資料や情報を集めようと考えたのだった。

 このような目的的な旅をしている間は、老人の心境となって平常心でブログの投稿を続けるのは困難となる。というのも旅の間は、毎日旅の様子を投稿することにしているので、もうそれだけで精一杯となり、つまりは放置状態となってしまったわけなのだ。旅が一カ所の長期滞在であれば、呟くことも多くあって投稿も可能なのだけど、3カ月半で11千キロ超の走行となる移動多き旅だったので、老人には到底不可能だった。

 旅から戻って半月が過ぎようとしており、一先ず一段落を迎えたので、再開することにした次第。

 さて、旅から戻って真っ先に感じたことといえば、久しぶりに孫たちと逢ってジジババの冥利を味わったということ。それに尽きるような気がする。

同じ屋根の下で暮らす二人の孫は、上は5歳の男の子、下は3歳の女の子である。旅の間にも時々どうしているかなと思ったり、偶に電話で声を聞かせようと親たちが懸命に努めてくれるのだけど、幼児というのはいざとなると、何を言ったらいいのか戸惑うらしく、なかなか声を聞かせて貰えないのだ。下の孫娘などは「ヤダ!」などと言っているのが聞こえてくる。そのような状態だったので、孫たちは早やジジババのことはもうすっかり忘れ果ててしまっているのではないか、と悲観的な気持となったりしていたのだった。

そのような状態だったので、旅から戻ったら孫たちがどのような反応を示すのかが気がかりだったし、楽しみでもあった。そのような気持で112日ぶりに家に戻ったのだが、生憎家は留守だった。幼稚園にでも行っているのかと、少しがっかりしたけどこれはもう仕方のないことである。荷物の積み出しを終えて一段落して一休みしていると、階下が急に騒がしくなり、どうやら孫たちが戻ってきたようである。

さっそく土産を持って階段を下りて行くと、自分たちに気づいた二人の孫たちは「あっ、ジイジだ!バアバだ!」と叫んで飛びついて来た。112日のブランクなど少しも感じさせず、却ってその分が濃縮されて撥ね返ってた感じがした。こうなるともうジジババはメロメロとなる。完全にジジバカ、バババカとなったのだった。

二人とも幼稚園から戻ったようで、下の子は何とドレスなどの衣装でおめかししている。嫁御の話では、なんと下の孫娘も今月から幼稚園に通うことになって、今日は9月生まれの児のお誕生日の会が開かれたとのこと。幼稚園は来年の4月からだと思っていたので、益々驚いてしまった。そのお誕生会のVTRを見せて貰って、孫娘の落着きぶりを見て感心するとともに、世の中の進行のスピードは益々早やまっているのだなと、ちょっぴり複雑な気持ちとなったりした。

この歳となると、孫というのは格別の存在である。特に幼稚園の頃はまだまだ心が純粋な部分が大きいので、物事をそのまま素直に受け入れているから、大いに歪みきった大人の世界を通り超えて、やや疲れを覚え出している老人たちから見ると、何もかもどの児でも可愛いのだ。ましてや自分たちの血を受け継いでいる児であれば、世の中の何よりも愛しく可愛いのである。

ということで、その後は毎日やって来る孫たちに癒されて、ジジババの旅の疲れは少しずつ忘れつつあるという現状である。


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