48、穂乃佳からのメッセージ
東さんは、少し潤んだ瞳で、
今にも泣き出してしまいそうな私を見ていた。
(東の自宅)
東 「蒼さん、奏士くんと今度は何があったの?」
蒼 「あの、それは…
KATARAIで飲んでいて、彼が…みんなや私の前で…
一緒に来ていた後輩の女の子を好きだと言ってキスして…
その時の奏士は私が話かけても、
目も合わさないし、話しかけてもくれなかったんです…」
私は泣かないように、
必死で湧き上がる辛い感情を抑えて震える声で話した。
東さんはソファーに座わったまま、両肘を両膝の上に置き、
組んだ手を顎に当てて穏やかにじっと私を見ていた。
そして優しく微笑んで、私に教えて諭すように話し出した。
東 「蒼さん、それは彼の本心じゃないよ」
蒼 「えっ…」
東 「もし奏士くんが本当に彼女のことを好きなら、
みんなの前で、ましてや君の前でキスはしない。
彼は必死で君への気持ちをセーブしようとしてるんだと思う」
蒼 「セーブ?…何故気持ちをセーブするんです?
私がドイツに行くことを決めたから…それで」
東 「それもあるだろうね。
君は彼とちゃんと話しをして、
彼も仕事のことを受け入れてくれたんだろ?」
蒼 「はい…」
東 「だったら多分、奏士くんのお兄さんのせいだ」
蒼 「えっ、お兄さん…」
東 「ああ。生が奏士くんのお兄さんで、
アートディレクターの一色幸雅さんを、
茜さんの『実写ツイン・ビクトリア』のスタッフに加えたから」
蒼 「えっ…お兄さんを?」
東 「ああ。この間、奏士くんは生に呼ばれて、
スター・メソドの事務所に行ってるんだよ」
蒼 「あっ…そう言えば、
神道社長がバイト先にきて話をすると言ってました」
東 「そう。その時、奏士くんは一色さんに会ってる。
奏士くんはスター・メソドに行く前に僕のところに来て、
何故、生が自分に協力を仰ぐのかと理由を探りにきたんで、
君の事や絵のことを話したんだよ。
僕は生の気性を知ってるから、
彼が何を言われるのか心配になってね。
後から事務所に駆けつけたんだが話した後だった」
蒼 「神道社長やお兄さんは、奏士に何を話したんでしょうか…」
東 「僕も詳しくは知らない。生も奏士くんも何も言わなかったから。
でも、撮影が終わるまで、
君に近づかないようにとでも言ったんだと思う。
奏士くんは僕に、蒼さんを頼むと言って帰っていったから」
蒼 「えっ…そんな…」
東 「だから彼は、君に触れないようにしたんじゃないだろうか。
僕と奏士くんは性格も年齢違うから、
本当のところは分からないけど、
これが僕なら、ワザと君から嫌われるように仕向けるだろうな」
蒼 「そんな…指切りげんまんして、約束したんです…
これから二人でこの問題を乗り越えようって…
絶対に別れたりしないって…
なのに、いくら神道社長やお兄さんに言われたからって…
あんなことするなんて…奏士は酷いです」
東 「約束か…そうだね。確かに残酷だな。
でも、男っていうのは変なプライドがあるんだ。
まぁ、それで失敗することも多々あるんだけどね(笑)」
蒼 「男のプライド…」
東 「多分だけどね。蒼さん、何も心配しなくていい。
奏士くんは君を愛してるし、別れたりしないさ」
蒼 「はい…」
東 「(腕時計を見て)ああ、もうこんな時間だ。
蒼さん、もう休まないとね。
明日からはかなりハードスケジュールだよ」
蒼 「はい」
東 「僕はソファーで寝るから、蒼さんは僕のベッド使って」
蒼 「えっ…すみません。私がわがまま言ってお邪魔しちゃったから、
東さんがゆっくり休めないですよね」
東 「いいよ(笑)寒くない?」
蒼 「はい、大丈夫です」
東 「風呂上がりだから湯冷めして風邪引かないようにね。
じゃあ、ゆっくり休んで。おやすみ」
蒼 「おやすみなさい」
東さんは私のおでこにキスすると、
クローゼットから布団を取り出しリビングに行った。
私は東さんの言葉で、少しだけ再び崩れそうな心が安心できた。
その頃、KATARAIにでは…
(KATARAI、一階店内)
茜 「一色さん、蒼ちゃんを支えてあげて下さいね」
奏士「えっ…」
茜 「多分…蒼ちゃん、限界だと思うから」
奏士「限界?」
茜 「蒼ちゃんは強がったり、平気そうにしているけど、
物事の急激な変化に弱くって、とっても打たれ弱いんです」
奏士「あの、茜さん、ヤスさん。すみませんでした…(頭を下げる)」
ヤス「ん?一色さん、何で僕らに謝るんですか」
奏士「僕はまた蒼を傷つけてしまったんです…」
茜 「え?傷つけたって…」
頼 「茜さん。この馬鹿は、
蒼さんに対する気持ちを抑えようとしたんですよ。
だから彼女に冷たくしてしまって」
ヤス「それって、うちの事務所で神道社長に何か言われたからですか?」
奏士「えっ…」
ヤス「何を社長から言われたかは知りませんが、
蒼ちゃんがモデルの仕事を続けていく為には、
一色さんの存在が絶対に必要です。
東さんだってそう思ってます」
茜 「蒼ちゃんにとってモデルの仕事をするだけでもストレスなのに、
その上、初めていく海外での仕事が待ってるんです。
仕事に慣れてる私達でも、外国で仕事をこなすのは毎回緊張して、
心身ともに疲れて思うようにいかない事が多いんですよ。
いくら海外経験のある東さんが居るといっても、
今の蒼ちゃんなら、きっとボロボロになってしまうと思うんです。
だから、蒼ちゃんをお願いします(頭を下げる)」
奏士「茜さん、頭を上げて下さい」
ヤス「一色さん、俺からもお願いします。
半年間離れ離れになっても、
日本から蒼ちゃんを支えてやって下さい」
奏士「茜さん…ヤスさん…」
奏士くんはお願いする茜とヤスくん二人を見つめてた。
奏士「分かりました。僕で役に立てるなら、
蒼が仕事頑張れるように、僕なりに精一杯支えます」
茜 「一色さん!ありがとうございます!」
ヤス「ありがとう!僕らもお二人をサポートしますから」
奏士「はい。僕こそ、宜しくお願いします(頭を下げる)」
茜 「良かったぁ(笑)これで蒼ちゃんも元気になるわ」
譲 「なぁ、奏士。僕達も出来ることは手伝うからさ。
ひとりで抱えないで遠慮なく言えよ」
奏士「譲。サンキュー」
譲 「おおっ!」
頼 「奏士、さっきの痛みと、俺と香澄との約束…忘れるなよ」
奏士「はい」
頼 「よし!話が纏まったところで、
茜さんとヤスさんが来てくれたことだし、
俺からの気持ちだからみんなで食べてくれ」
頼さんは焼きたてのピザを出してくれた。
茜 「うわぁ!美味しそう!」
ヤス「マスター、ありがとうございます!」
譲 「頼先輩、太っ腹~(^○^)
奏士くん達は、頼さんの優しい心遣いに舌鼓を打った。
奏士「蒼、ちゃんと家に帰ったかな…」
(東の自宅、寝室)
私はまた、あの夢を見ていた。
やはりそこは湖って霧が立ちこめていた。
白いドレスをきた穂乃佳さんは、森の中で茶色の木箱を抱え、
私の前にそれを差し出した。
蒼 「穂乃佳さん…これは何?」
穂乃佳「光世に…蒼さん、お願いね…」
蒼 「この中に何か入ってるのね。東さんに渡せばいいの?」
穂乃佳さんは私に木箱を渡すとゆっくり頷いた。
蒼 「この箱の鍵は?どこにあるの?」
穂乃佳さんは、花が咲き誇る小さな家を指差して微笑むと、
ゆっくり霧の湖に向かって歩いていく。
蒼 「穂乃佳さん、分かってあげて。
東さんはあの時、穂乃佳さんに会おうと必死だったのよ!
彼は貴女を愛していたのよ!それだけは分かってあげて!」
穂乃佳さんは立ち止まり振り向くと、寂しそうな目で私を見つめて…
右手を挙げて霧の森を指差した。
蒼 「え?…何?…あの霧の向こうに何かあるの?」
穂乃佳「蒼さん…お願いよ…お願い…止めて…」
蒼 「え?…止めるって何を…」
穂乃佳さんは森を指差したまま立っている。
私は穂乃佳さんが指差す霧の森に視線を向けて、目を凝らしてみた。
うっすらと人のシルエットが見えて、その影は…奏士くんだった。
蒼 「え?奏士?…」
私が奏士くんに気づくと、穂乃佳さんは微笑み頷いて、
湖の向こうに消えていった。
私はゆっくり奏士くんに近づいて声をかけた…
蒼 「やっと見つけた…奏士!私はここよ!」
奏士くんは私の声に気がつくと振り向いた。けれど…
何も言わずに微笑むと、森に停めてあったバイクに跨がった。
蒼 「奏士?…穂乃佳さん、止めてって…まさか…
奏士、駄目…。
駄目よ。奏士!そのバイクには乗らないで!
そっちに行っちゃ駄目よ!!」
彼はバイクのエンジンをかけるとゆっくり走りだした。
蒼 「奏士!お願いだから戻ってきて!!」
走り去る奏士くんに、急に巨大な黒い何かにぶち当たり、
バイクと一緒にゆっくり飛ばされて、
敷き詰められた茶色の落ち葉の上にドサッと落ちた…
蒼 「奏士…奏士!嫌ぁーっ!」
私は必死で落ち葉を掻き分けて倒れた彼の姿を追いかけ必死に探した。
でも私は彼を見失ってしまい、いつまでも続く森の中を、
ハァハァと白い息を吐きながら手探りで捜していた。
でも、どこにも彼の姿はなかったのだ…
蒼 「嫌だよぉ…奏士…お願い…戻ってきて…嫌ーっ!」
(東の自宅、寝室)
蒼 「きゃぁーっ!嫌ーっ!奏士ー!」
東 「蒼さん!?(蒼を揺さぶる)蒼さん!?大丈夫か!?」
蒼 「(飛び起きる)嫌っ!ハァハァハァ…」
東 「蒼さん!?…怖い夢でも見たの!?」
蒼 「東…さん…奏士がぁ…(泣)」
私は東さんの呼ぶ声で目を覚まし、
汗びっしょりで泣きながら東さんの両腕に力強くしがみついていた。
東 「蒼さん、大丈夫だよ。夢を見たんだ」
蒼 「夢…夢…あぁ…良かったぁ…うっ…(泣)」
はっ!
私は気になってベッド脇のチェストの時計を見た。
2時22分…
蒼 「あっ…やっぱりあの時間…(泣)」
東 「2時22分か。
蒼さん、凄い汗…(引き出しからタオルを出し、汗を拭く)
また夢を見たんだね。今度は穂乃佳の夢じゃなかったんだ。
夢の中で奏士くんと何かあったの?」
蒼 「奏士が…バイクで事故る夢を…
大きな黒い何かにぶつかって…穂乃佳さんが教えてくれたんです」
東 「穂乃佳が?黒い何かって…もしかして黒いトラック?」
蒼 「えっ…。それはわかりませんでした。
穂乃佳さんが指差して、止めてと言ってくれて…
あっ、まさか!…(ベッドから出る)」
東 「蒼さん?」
私は急いでベッドから出ると、
寝室のソファー上に置いたバッグの中から慌てて携帯を取り出し、
奏士くんの携帯に電話をした。
プルプルプル…(携帯呼び出し音)
(奏士の自宅マンション)
奏士「もしもし。蒼?」
蒼 『奏士!大丈夫!?怪我はない!?今どこ!?』
奏士「え?怪我?…いや、大丈夫だよ(笑)
今は家だよ。さっき頼先輩のとこから帰ってきて、
シャワー浴びたとこだけど、どうしたの?こんな時間に」
蒼 『家…あぁ、無事で良かったぁ…』
奏士「ああ。蒼こそ無事に帰ったんだね」
蒼 『……(泣)』
ん?、蒼?どうした?何かあったのか?」
蒼 『ううん(涙を拭く)夜分遅くにごめんなさい。
奏士の夢を見て、ちょっと心配になったから電話したの』
奏士「そう(笑)…夢の中まで蒼に会いに行けるなんて、
夢の中の自分が羨ましいよ(笑)」
蒼 『奏士…』
奏士「蒼、さっきはごめんな。あんな酷いことしちゃって…」
蒼 『ううん。そんなこともういいの。気にしてない。
奏士が無事ならそれで…』
奏士「蒼、譲から聞いたよ。今夜KATARAIに来てくれるよね?」
蒼 『うん。行くよ。必ず奏士に逢いに行くから』
奏士「分かった。楽しみにしてるよ。
じゃあ、もう遅いからゆっくり休んでね。電話ありがとう」
蒼 『うん。奏士の元気な声聞けて良かった』
奏士「僕も蒼の声、聞けて嬉しかったよ。蒼、愛してる。おやすみ」
蒼 『うん。愛してる。おやすみなさい…(切る)』
(東の自宅)
蒼 「(携帯を切る)無事だった…良かったぁ…」
東 「奏士くんと仲直りできたみたいだな(笑)良かった」
蒼 「はい。あっ、東さん…すみません。
眠ってるところ起こしてしまって…」
東 「そんなことはいいよ(笑)
蒼さんも色々あったからな。そんな怖い夢を見るのは、
精神的にも肉体的にもかなり無理がきてるんだよ。
心も身体もゆっくり休めないと」
蒼 「はい…でも眠ったら、またあの夢を見るのが怖くて…」
東さんは私の傍にきて、私の肩に手を置くとベッドに導いた。
東 「蒼さん、ベッドに横になって」
蒼 「東さん…(ベッドに寝る)」
東 「何もしないから大丈夫だよ(笑)
(蒼に布団をかける)
蒼さんが眠るまで傍に居てあげるから、安心して寝ていいよ」
蒼 「東さん…」
東さんはルームライトを落として、
私の横に添い寝すると私の肩を引き寄せて髪を撫でた。
蒼 「東さん、ありがとうございます…」
東 「うん。おやすみ」
蒼 「おやすみなさい…(目を瞑る)」
私は東さんの優しい腕の中でゆっくり眠りについた。
東さんは私の寝息が聞こえるまでずっと髪を撫でて、
私が眠った横顔を見守りながら小さな声で呟いた…
東 「穂乃佳…君の助けが必要だよ。
蒼さんと奏士くんを助けてやって。
二人が僕たちみたいに離れ離れにならないように
見守っててくれ…お願いだよ…」
東さんは、首にかけた真鍮の小さな鍵のネックレスを握っていた。
私は夢の中で、穂乃佳さんからたくさんのメッセージを貰った。
今は、されが何の意味があるのかよくわからないけど、
それはのちに、明らかになっていくのだった。
(続く)
この物語はフィクションです。
東さんは、少し潤んだ瞳で、
今にも泣き出してしまいそうな私を見ていた。
(東の自宅)
東 「蒼さん、奏士くんと今度は何があったの?」
蒼 「あの、それは…
KATARAIで飲んでいて、彼が…みんなや私の前で…
一緒に来ていた後輩の女の子を好きだと言ってキスして…
その時の奏士は私が話かけても、
目も合わさないし、話しかけてもくれなかったんです…」
私は泣かないように、
必死で湧き上がる辛い感情を抑えて震える声で話した。
東さんはソファーに座わったまま、両肘を両膝の上に置き、
組んだ手を顎に当てて穏やかにじっと私を見ていた。
そして優しく微笑んで、私に教えて諭すように話し出した。
東 「蒼さん、それは彼の本心じゃないよ」
蒼 「えっ…」
東 「もし奏士くんが本当に彼女のことを好きなら、
みんなの前で、ましてや君の前でキスはしない。
彼は必死で君への気持ちをセーブしようとしてるんだと思う」
蒼 「セーブ?…何故気持ちをセーブするんです?
私がドイツに行くことを決めたから…それで」
東 「それもあるだろうね。
君は彼とちゃんと話しをして、
彼も仕事のことを受け入れてくれたんだろ?」
蒼 「はい…」
東 「だったら多分、奏士くんのお兄さんのせいだ」
蒼 「えっ、お兄さん…」
東 「ああ。生が奏士くんのお兄さんで、
アートディレクターの一色幸雅さんを、
茜さんの『実写ツイン・ビクトリア』のスタッフに加えたから」
蒼 「えっ…お兄さんを?」
東 「ああ。この間、奏士くんは生に呼ばれて、
スター・メソドの事務所に行ってるんだよ」
蒼 「あっ…そう言えば、
神道社長がバイト先にきて話をすると言ってました」
東 「そう。その時、奏士くんは一色さんに会ってる。
奏士くんはスター・メソドに行く前に僕のところに来て、
何故、生が自分に協力を仰ぐのかと理由を探りにきたんで、
君の事や絵のことを話したんだよ。
僕は生の気性を知ってるから、
彼が何を言われるのか心配になってね。
後から事務所に駆けつけたんだが話した後だった」
蒼 「神道社長やお兄さんは、奏士に何を話したんでしょうか…」
東 「僕も詳しくは知らない。生も奏士くんも何も言わなかったから。
でも、撮影が終わるまで、
君に近づかないようにとでも言ったんだと思う。
奏士くんは僕に、蒼さんを頼むと言って帰っていったから」
蒼 「えっ…そんな…」
東 「だから彼は、君に触れないようにしたんじゃないだろうか。
僕と奏士くんは性格も年齢違うから、
本当のところは分からないけど、
これが僕なら、ワザと君から嫌われるように仕向けるだろうな」
蒼 「そんな…指切りげんまんして、約束したんです…
これから二人でこの問題を乗り越えようって…
絶対に別れたりしないって…
なのに、いくら神道社長やお兄さんに言われたからって…
あんなことするなんて…奏士は酷いです」
東 「約束か…そうだね。確かに残酷だな。
でも、男っていうのは変なプライドがあるんだ。
まぁ、それで失敗することも多々あるんだけどね(笑)」
蒼 「男のプライド…」
東 「多分だけどね。蒼さん、何も心配しなくていい。
奏士くんは君を愛してるし、別れたりしないさ」
蒼 「はい…」
東 「(腕時計を見て)ああ、もうこんな時間だ。
蒼さん、もう休まないとね。
明日からはかなりハードスケジュールだよ」
蒼 「はい」
東 「僕はソファーで寝るから、蒼さんは僕のベッド使って」
蒼 「えっ…すみません。私がわがまま言ってお邪魔しちゃったから、
東さんがゆっくり休めないですよね」
東 「いいよ(笑)寒くない?」
蒼 「はい、大丈夫です」
東 「風呂上がりだから湯冷めして風邪引かないようにね。
じゃあ、ゆっくり休んで。おやすみ」
蒼 「おやすみなさい」
東さんは私のおでこにキスすると、
クローゼットから布団を取り出しリビングに行った。
私は東さんの言葉で、少しだけ再び崩れそうな心が安心できた。
その頃、KATARAIにでは…
(KATARAI、一階店内)
茜 「一色さん、蒼ちゃんを支えてあげて下さいね」
奏士「えっ…」
茜 「多分…蒼ちゃん、限界だと思うから」
奏士「限界?」
茜 「蒼ちゃんは強がったり、平気そうにしているけど、
物事の急激な変化に弱くって、とっても打たれ弱いんです」
奏士「あの、茜さん、ヤスさん。すみませんでした…(頭を下げる)」
ヤス「ん?一色さん、何で僕らに謝るんですか」
奏士「僕はまた蒼を傷つけてしまったんです…」
茜 「え?傷つけたって…」
頼 「茜さん。この馬鹿は、
蒼さんに対する気持ちを抑えようとしたんですよ。
だから彼女に冷たくしてしまって」
ヤス「それって、うちの事務所で神道社長に何か言われたからですか?」
奏士「えっ…」
ヤス「何を社長から言われたかは知りませんが、
蒼ちゃんがモデルの仕事を続けていく為には、
一色さんの存在が絶対に必要です。
東さんだってそう思ってます」
茜 「蒼ちゃんにとってモデルの仕事をするだけでもストレスなのに、
その上、初めていく海外での仕事が待ってるんです。
仕事に慣れてる私達でも、外国で仕事をこなすのは毎回緊張して、
心身ともに疲れて思うようにいかない事が多いんですよ。
いくら海外経験のある東さんが居るといっても、
今の蒼ちゃんなら、きっとボロボロになってしまうと思うんです。
だから、蒼ちゃんをお願いします(頭を下げる)」
奏士「茜さん、頭を上げて下さい」
ヤス「一色さん、俺からもお願いします。
半年間離れ離れになっても、
日本から蒼ちゃんを支えてやって下さい」
奏士「茜さん…ヤスさん…」
奏士くんはお願いする茜とヤスくん二人を見つめてた。
奏士「分かりました。僕で役に立てるなら、
蒼が仕事頑張れるように、僕なりに精一杯支えます」
茜 「一色さん!ありがとうございます!」
ヤス「ありがとう!僕らもお二人をサポートしますから」
奏士「はい。僕こそ、宜しくお願いします(頭を下げる)」
茜 「良かったぁ(笑)これで蒼ちゃんも元気になるわ」
譲 「なぁ、奏士。僕達も出来ることは手伝うからさ。
ひとりで抱えないで遠慮なく言えよ」
奏士「譲。サンキュー」
譲 「おおっ!」
頼 「奏士、さっきの痛みと、俺と香澄との約束…忘れるなよ」
奏士「はい」
頼 「よし!話が纏まったところで、
茜さんとヤスさんが来てくれたことだし、
俺からの気持ちだからみんなで食べてくれ」
頼さんは焼きたてのピザを出してくれた。
茜 「うわぁ!美味しそう!」
ヤス「マスター、ありがとうございます!」
譲 「頼先輩、太っ腹~(^○^)
奏士くん達は、頼さんの優しい心遣いに舌鼓を打った。
奏士「蒼、ちゃんと家に帰ったかな…」
(東の自宅、寝室)
私はまた、あの夢を見ていた。
やはりそこは湖って霧が立ちこめていた。
白いドレスをきた穂乃佳さんは、森の中で茶色の木箱を抱え、
私の前にそれを差し出した。
蒼 「穂乃佳さん…これは何?」
穂乃佳「光世に…蒼さん、お願いね…」
蒼 「この中に何か入ってるのね。東さんに渡せばいいの?」
穂乃佳さんは私に木箱を渡すとゆっくり頷いた。
蒼 「この箱の鍵は?どこにあるの?」
穂乃佳さんは、花が咲き誇る小さな家を指差して微笑むと、
ゆっくり霧の湖に向かって歩いていく。
蒼 「穂乃佳さん、分かってあげて。
東さんはあの時、穂乃佳さんに会おうと必死だったのよ!
彼は貴女を愛していたのよ!それだけは分かってあげて!」
穂乃佳さんは立ち止まり振り向くと、寂しそうな目で私を見つめて…
右手を挙げて霧の森を指差した。
蒼 「え?…何?…あの霧の向こうに何かあるの?」
穂乃佳「蒼さん…お願いよ…お願い…止めて…」
蒼 「え?…止めるって何を…」
穂乃佳さんは森を指差したまま立っている。
私は穂乃佳さんが指差す霧の森に視線を向けて、目を凝らしてみた。
うっすらと人のシルエットが見えて、その影は…奏士くんだった。
蒼 「え?奏士?…」
私が奏士くんに気づくと、穂乃佳さんは微笑み頷いて、
湖の向こうに消えていった。
私はゆっくり奏士くんに近づいて声をかけた…
蒼 「やっと見つけた…奏士!私はここよ!」
奏士くんは私の声に気がつくと振り向いた。けれど…
何も言わずに微笑むと、森に停めてあったバイクに跨がった。
蒼 「奏士?…穂乃佳さん、止めてって…まさか…
奏士、駄目…。
駄目よ。奏士!そのバイクには乗らないで!
そっちに行っちゃ駄目よ!!」
彼はバイクのエンジンをかけるとゆっくり走りだした。
蒼 「奏士!お願いだから戻ってきて!!」
走り去る奏士くんに、急に巨大な黒い何かにぶち当たり、
バイクと一緒にゆっくり飛ばされて、
敷き詰められた茶色の落ち葉の上にドサッと落ちた…
蒼 「奏士…奏士!嫌ぁーっ!」
私は必死で落ち葉を掻き分けて倒れた彼の姿を追いかけ必死に探した。
でも私は彼を見失ってしまい、いつまでも続く森の中を、
ハァハァと白い息を吐きながら手探りで捜していた。
でも、どこにも彼の姿はなかったのだ…
蒼 「嫌だよぉ…奏士…お願い…戻ってきて…嫌ーっ!」
(東の自宅、寝室)
蒼 「きゃぁーっ!嫌ーっ!奏士ー!」
東 「蒼さん!?(蒼を揺さぶる)蒼さん!?大丈夫か!?」
蒼 「(飛び起きる)嫌っ!ハァハァハァ…」
東 「蒼さん!?…怖い夢でも見たの!?」
蒼 「東…さん…奏士がぁ…(泣)」
私は東さんの呼ぶ声で目を覚まし、
汗びっしょりで泣きながら東さんの両腕に力強くしがみついていた。
東 「蒼さん、大丈夫だよ。夢を見たんだ」
蒼 「夢…夢…あぁ…良かったぁ…うっ…(泣)」
はっ!
私は気になってベッド脇のチェストの時計を見た。
2時22分…
蒼 「あっ…やっぱりあの時間…(泣)」
東 「2時22分か。
蒼さん、凄い汗…(引き出しからタオルを出し、汗を拭く)
また夢を見たんだね。今度は穂乃佳の夢じゃなかったんだ。
夢の中で奏士くんと何かあったの?」
蒼 「奏士が…バイクで事故る夢を…
大きな黒い何かにぶつかって…穂乃佳さんが教えてくれたんです」
東 「穂乃佳が?黒い何かって…もしかして黒いトラック?」
蒼 「えっ…。それはわかりませんでした。
穂乃佳さんが指差して、止めてと言ってくれて…
あっ、まさか!…(ベッドから出る)」
東 「蒼さん?」
私は急いでベッドから出ると、
寝室のソファー上に置いたバッグの中から慌てて携帯を取り出し、
奏士くんの携帯に電話をした。
プルプルプル…(携帯呼び出し音)
(奏士の自宅マンション)
奏士「もしもし。蒼?」
蒼 『奏士!大丈夫!?怪我はない!?今どこ!?』
奏士「え?怪我?…いや、大丈夫だよ(笑)
今は家だよ。さっき頼先輩のとこから帰ってきて、
シャワー浴びたとこだけど、どうしたの?こんな時間に」
蒼 『家…あぁ、無事で良かったぁ…』
奏士「ああ。蒼こそ無事に帰ったんだね」
蒼 『……(泣)』
ん?、蒼?どうした?何かあったのか?」
蒼 『ううん(涙を拭く)夜分遅くにごめんなさい。
奏士の夢を見て、ちょっと心配になったから電話したの』
奏士「そう(笑)…夢の中まで蒼に会いに行けるなんて、
夢の中の自分が羨ましいよ(笑)」
蒼 『奏士…』
奏士「蒼、さっきはごめんな。あんな酷いことしちゃって…」
蒼 『ううん。そんなこともういいの。気にしてない。
奏士が無事ならそれで…』
奏士「蒼、譲から聞いたよ。今夜KATARAIに来てくれるよね?」
蒼 『うん。行くよ。必ず奏士に逢いに行くから』
奏士「分かった。楽しみにしてるよ。
じゃあ、もう遅いからゆっくり休んでね。電話ありがとう」
蒼 『うん。奏士の元気な声聞けて良かった』
奏士「僕も蒼の声、聞けて嬉しかったよ。蒼、愛してる。おやすみ」
蒼 『うん。愛してる。おやすみなさい…(切る)』
(東の自宅)
蒼 「(携帯を切る)無事だった…良かったぁ…」
東 「奏士くんと仲直りできたみたいだな(笑)良かった」
蒼 「はい。あっ、東さん…すみません。
眠ってるところ起こしてしまって…」
東 「そんなことはいいよ(笑)
蒼さんも色々あったからな。そんな怖い夢を見るのは、
精神的にも肉体的にもかなり無理がきてるんだよ。
心も身体もゆっくり休めないと」
蒼 「はい…でも眠ったら、またあの夢を見るのが怖くて…」
東さんは私の傍にきて、私の肩に手を置くとベッドに導いた。
東 「蒼さん、ベッドに横になって」
蒼 「東さん…(ベッドに寝る)」
東 「何もしないから大丈夫だよ(笑)
(蒼に布団をかける)
蒼さんが眠るまで傍に居てあげるから、安心して寝ていいよ」
蒼 「東さん…」
東さんはルームライトを落として、
私の横に添い寝すると私の肩を引き寄せて髪を撫でた。
蒼 「東さん、ありがとうございます…」
東 「うん。おやすみ」
蒼 「おやすみなさい…(目を瞑る)」
私は東さんの優しい腕の中でゆっくり眠りについた。
東さんは私の寝息が聞こえるまでずっと髪を撫でて、
私が眠った横顔を見守りながら小さな声で呟いた…
東 「穂乃佳…君の助けが必要だよ。
蒼さんと奏士くんを助けてやって。
二人が僕たちみたいに離れ離れにならないように
見守っててくれ…お願いだよ…」
東さんは、首にかけた真鍮の小さな鍵のネックレスを握っていた。
私は夢の中で、穂乃佳さんからたくさんのメッセージを貰った。
今は、されが何の意味があるのかよくわからないけど、
それはのちに、明らかになっていくのだった。
(続く)
この物語はフィクションです。