ブログ“愛里跨の部屋(ありかのへや)”

本ブログでは、毎月の占いと癒し記事をお届けしております。

愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 48)

2011-10-31 17:35:51 | Weblog
48、穂乃佳からのメッセージ




東さんは、少し潤んだ瞳で、
今にも泣き出してしまいそうな私を見ていた。


(東の自宅)

東 「蒼さん、奏士くんと今度は何があったの?」
蒼 「あの、それは…
   KATARAIで飲んでいて、彼が…みんなや私の前で…
   一緒に来ていた後輩の女の子を好きだと言ってキスして…
   その時の奏士は私が話かけても、
   目も合わさないし、話しかけてもくれなかったんです…」

私は泣かないように、
必死で湧き上がる辛い感情を抑えて震える声で話した。
東さんはソファーに座わったまま、両肘を両膝の上に置き、
組んだ手を顎に当てて穏やかにじっと私を見ていた。
そして優しく微笑んで、私に教えて諭すように話し出した。

東 「蒼さん、それは彼の本心じゃないよ」
蒼 「えっ…」
東 「もし奏士くんが本当に彼女のことを好きなら、
   みんなの前で、ましてや君の前でキスはしない。
   彼は必死で君への気持ちをセーブしようとしてるんだと思う」
蒼 「セーブ?…何故気持ちをセーブするんです?
   私がドイツに行くことを決めたから…それで」
東 「それもあるだろうね。
   君は彼とちゃんと話しをして、
   彼も仕事のことを受け入れてくれたんだろ?」
蒼 「はい…」
東 「だったら多分、奏士くんのお兄さんのせいだ」
蒼 「えっ、お兄さん…」
東 「ああ。生が奏士くんのお兄さんで、
   アートディレクターの一色幸雅さんを、
   茜さんの『実写ツイン・ビクトリア』のスタッフに加えたから」
蒼 「えっ…お兄さんを?」
東 「ああ。この間、奏士くんは生に呼ばれて、
   スター・メソドの事務所に行ってるんだよ」
蒼 「あっ…そう言えば、
   神道社長がバイト先にきて話をすると言ってました」
東 「そう。その時、奏士くんは一色さんに会ってる。
   奏士くんはスター・メソドに行く前に僕のところに来て、
   何故、生が自分に協力を仰ぐのかと理由を探りにきたんで、
   君の事や絵のことを話したんだよ。
   僕は生の気性を知ってるから、
   彼が何を言われるのか心配になってね。
   後から事務所に駆けつけたんだが話した後だった」
蒼 「神道社長やお兄さんは、奏士に何を話したんでしょうか…」
東 「僕も詳しくは知らない。生も奏士くんも何も言わなかったから。
   でも、撮影が終わるまで、
   君に近づかないようにとでも言ったんだと思う。
   奏士くんは僕に、蒼さんを頼むと言って帰っていったから」
蒼 「えっ…そんな…」
東 「だから彼は、君に触れないようにしたんじゃないだろうか。
   僕と奏士くんは性格も年齢違うから、
   本当のところは分からないけど、
   これが僕なら、ワザと君から嫌われるように仕向けるだろうな」
蒼 「そんな…指切りげんまんして、約束したんです…
   これから二人でこの問題を乗り越えようって…
   絶対に別れたりしないって…
   なのに、いくら神道社長やお兄さんに言われたからって…
   あんなことするなんて…奏士は酷いです」
東 「約束か…そうだね。確かに残酷だな。
   でも、男っていうのは変なプライドがあるんだ。
   まぁ、それで失敗することも多々あるんだけどね(笑)」
蒼 「男のプライド…」
東 「多分だけどね。蒼さん、何も心配しなくていい。
   奏士くんは君を愛してるし、別れたりしないさ」
蒼 「はい…」
東 「(腕時計を見て)ああ、もうこんな時間だ。
   蒼さん、もう休まないとね。
   明日からはかなりハードスケジュールだよ」
蒼 「はい」
東 「僕はソファーで寝るから、蒼さんは僕のベッド使って」
蒼 「えっ…すみません。私がわがまま言ってお邪魔しちゃったから、
   東さんがゆっくり休めないですよね」
東 「いいよ(笑)寒くない?」
蒼 「はい、大丈夫です」
東 「風呂上がりだから湯冷めして風邪引かないようにね。
   じゃあ、ゆっくり休んで。おやすみ」
蒼 「おやすみなさい」
東さんは私のおでこにキスすると、
クローゼットから布団を取り出しリビングに行った。
私は東さんの言葉で、少しだけ再び崩れそうな心が安心できた。



その頃、KATARAIにでは…

(KATARAI、一階店内)

茜 「一色さん、蒼ちゃんを支えてあげて下さいね」
奏士「えっ…」
茜 「多分…蒼ちゃん、限界だと思うから」
奏士「限界?」
茜 「蒼ちゃんは強がったり、平気そうにしているけど、
   物事の急激な変化に弱くって、とっても打たれ弱いんです」
奏士「あの、茜さん、ヤスさん。すみませんでした…(頭を下げる)」
ヤス「ん?一色さん、何で僕らに謝るんですか」
奏士「僕はまた蒼を傷つけてしまったんです…」
茜 「え?傷つけたって…」
頼 「茜さん。この馬鹿は、
   蒼さんに対する気持ちを抑えようとしたんですよ。
   だから彼女に冷たくしてしまって」
ヤス「それって、うちの事務所で神道社長に何か言われたからですか?」
奏士「えっ…」
ヤス「何を社長から言われたかは知りませんが、
   蒼ちゃんがモデルの仕事を続けていく為には、
   一色さんの存在が絶対に必要です。
   東さんだってそう思ってます」
茜 「蒼ちゃんにとってモデルの仕事をするだけでもストレスなのに、
   その上、初めていく海外での仕事が待ってるんです。
   仕事に慣れてる私達でも、外国で仕事をこなすのは毎回緊張して、
   心身ともに疲れて思うようにいかない事が多いんですよ。
   いくら海外経験のある東さんが居るといっても、
   今の蒼ちゃんなら、きっとボロボロになってしまうと思うんです。
   だから、蒼ちゃんをお願いします(頭を下げる)」
奏士「茜さん、頭を上げて下さい」
ヤス「一色さん、俺からもお願いします。
   半年間離れ離れになっても、
   日本から蒼ちゃんを支えてやって下さい」
奏士「茜さん…ヤスさん…」

奏士くんはお願いする茜とヤスくん二人を見つめてた。
奏士「分かりました。僕で役に立てるなら、
   蒼が仕事頑張れるように、僕なりに精一杯支えます」
茜 「一色さん!ありがとうございます!」
ヤス「ありがとう!僕らもお二人をサポートしますから」
奏士「はい。僕こそ、宜しくお願いします(頭を下げる)」
茜 「良かったぁ(笑)これで蒼ちゃんも元気になるわ」
譲 「なぁ、奏士。僕達も出来ることは手伝うからさ。
   ひとりで抱えないで遠慮なく言えよ」
奏士「譲。サンキュー」
譲 「おおっ!」
頼 「奏士、さっきの痛みと、俺と香澄との約束…忘れるなよ」
奏士「はい」
頼 「よし!話が纏まったところで、
   茜さんとヤスさんが来てくれたことだし、
   俺からの気持ちだからみんなで食べてくれ」
頼さんは焼きたてのピザを出してくれた。
茜 「うわぁ!美味しそう!」
ヤス「マスター、ありがとうございます!」
譲 「頼先輩、太っ腹~(^○^)
奏士くん達は、頼さんの優しい心遣いに舌鼓を打った。
奏士「蒼、ちゃんと家に帰ったかな…」



(東の自宅、寝室)



私はまた、あの夢を見ていた。
やはりそこは湖って霧が立ちこめていた。
白いドレスをきた穂乃佳さんは、森の中で茶色の木箱を抱え、
私の前にそれを差し出した。
 
蒼  「穂乃佳さん…これは何?」
穂乃佳「光世に…蒼さん、お願いね…」
蒼  「この中に何か入ってるのね。東さんに渡せばいいの?」
穂乃佳さんは私に木箱を渡すとゆっくり頷いた。
蒼  「この箱の鍵は?どこにあるの?」
穂乃佳さんは、花が咲き誇る小さな家を指差して微笑むと、
ゆっくり霧の湖に向かって歩いていく。
蒼  「穂乃佳さん、分かってあげて。
    東さんはあの時、穂乃佳さんに会おうと必死だったのよ!
    彼は貴女を愛していたのよ!それだけは分かってあげて!」

穂乃佳さんは立ち止まり振り向くと、寂しそうな目で私を見つめて…
右手を挙げて霧の森を指差した。
蒼  「え?…何?…あの霧の向こうに何かあるの?」
穂乃佳「蒼さん…お願いよ…お願い…止めて…」
蒼  「え?…止めるって何を…」
穂乃佳さんは森を指差したまま立っている。
私は穂乃佳さんが指差す霧の森に視線を向けて、目を凝らしてみた。
うっすらと人のシルエットが見えて、その影は…奏士くんだった。
蒼  「え?奏士?…」
私が奏士くんに気づくと、穂乃佳さんは微笑み頷いて、
湖の向こうに消えていった。


私はゆっくり奏士くんに近づいて声をかけた…
蒼 「やっと見つけた…奏士!私はここよ!」
奏士くんは私の声に気がつくと振り向いた。けれど…
何も言わずに微笑むと、森に停めてあったバイクに跨がった。
蒼 「奏士?…穂乃佳さん、止めてって…まさか…
   奏士、駄目…。
   駄目よ。奏士!そのバイクには乗らないで!
   そっちに行っちゃ駄目よ!!」
彼はバイクのエンジンをかけるとゆっくり走りだした。
蒼 「奏士!お願いだから戻ってきて!!」

走り去る奏士くんに、急に巨大な黒い何かにぶち当たり、
バイクと一緒にゆっくり飛ばされて、
敷き詰められた茶色の落ち葉の上にドサッと落ちた…
蒼 「奏士…奏士!嫌ぁーっ!」
私は必死で落ち葉を掻き分けて倒れた彼の姿を追いかけ必死に探した。
でも私は彼を見失ってしまい、いつまでも続く森の中を、
ハァハァと白い息を吐きながら手探りで捜していた。
でも、どこにも彼の姿はなかったのだ…
蒼 「嫌だよぉ…奏士…お願い…戻ってきて…嫌ーっ!」



(東の自宅、寝室)

蒼 「きゃぁーっ!嫌ーっ!奏士ー!」
東 「蒼さん!?(蒼を揺さぶる)蒼さん!?大丈夫か!?」
蒼 「(飛び起きる)嫌っ!ハァハァハァ…」
東 「蒼さん!?…怖い夢でも見たの!?」
蒼 「東…さん…奏士がぁ…(泣)」
私は東さんの呼ぶ声で目を覚まし、
汗びっしょりで泣きながら東さんの両腕に力強くしがみついていた。
東 「蒼さん、大丈夫だよ。夢を見たんだ」
蒼 「夢…夢…あぁ…良かったぁ…うっ…(泣)」

はっ!
私は気になってベッド脇のチェストの時計を見た。
2時22分…


蒼 「あっ…やっぱりあの時間…(泣)」
東 「2時22分か。
   蒼さん、凄い汗…(引き出しからタオルを出し、汗を拭く)
   また夢を見たんだね。今度は穂乃佳の夢じゃなかったんだ。
   夢の中で奏士くんと何かあったの?」
蒼 「奏士が…バイクで事故る夢を…
   大きな黒い何かにぶつかって…穂乃佳さんが教えてくれたんです」
東 「穂乃佳が?黒い何かって…もしかして黒いトラック?」
蒼 「えっ…。それはわかりませんでした。
   穂乃佳さんが指差して、止めてと言ってくれて…
   あっ、まさか!…(ベッドから出る)」
東 「蒼さん?」
私は急いでベッドから出ると、
寝室のソファー上に置いたバッグの中から慌てて携帯を取り出し、
奏士くんの携帯に電話をした。


プルプルプル…(携帯呼び出し音)


(奏士の自宅マンション)

奏士「もしもし。蒼?」
蒼 『奏士!大丈夫!?怪我はない!?今どこ!?』
奏士「え?怪我?…いや、大丈夫だよ(笑)
   今は家だよ。さっき頼先輩のとこから帰ってきて、
   シャワー浴びたとこだけど、どうしたの?こんな時間に」
蒼 『家…あぁ、無事で良かったぁ…』
奏士「ああ。蒼こそ無事に帰ったんだね」
蒼 『……(泣)』
   ん?、蒼?どうした?何かあったのか?」
蒼 『ううん(涙を拭く)夜分遅くにごめんなさい。
   奏士の夢を見て、ちょっと心配になったから電話したの』
奏士「そう(笑)…夢の中まで蒼に会いに行けるなんて、
   夢の中の自分が羨ましいよ(笑)」
蒼 『奏士…』
奏士「蒼、さっきはごめんな。あんな酷いことしちゃって…」
蒼 『ううん。そんなこともういいの。気にしてない。
   奏士が無事ならそれで…』
奏士「蒼、譲から聞いたよ。今夜KATARAIに来てくれるよね?」
蒼 『うん。行くよ。必ず奏士に逢いに行くから』
奏士「分かった。楽しみにしてるよ。
   じゃあ、もう遅いからゆっくり休んでね。電話ありがとう」
蒼 『うん。奏士の元気な声聞けて良かった』
奏士「僕も蒼の声、聞けて嬉しかったよ。蒼、愛してる。おやすみ」
蒼 『うん。愛してる。おやすみなさい…(切る)』



(東の自宅)

蒼 「(携帯を切る)無事だった…良かったぁ…」
東 「奏士くんと仲直りできたみたいだな(笑)良かった」
蒼 「はい。あっ、東さん…すみません。
   眠ってるところ起こしてしまって…」
東 「そんなことはいいよ(笑)
   蒼さんも色々あったからな。そんな怖い夢を見るのは、
   精神的にも肉体的にもかなり無理がきてるんだよ。
   心も身体もゆっくり休めないと」
蒼 「はい…でも眠ったら、またあの夢を見るのが怖くて…」
東さんは私の傍にきて、私の肩に手を置くとベッドに導いた。
東 「蒼さん、ベッドに横になって」
蒼 「東さん…(ベッドに寝る)」
東 「何もしないから大丈夫だよ(笑)
   (蒼に布団をかける)
   蒼さんが眠るまで傍に居てあげるから、安心して寝ていいよ」
蒼 「東さん…」
東さんはルームライトを落として、
私の横に添い寝すると私の肩を引き寄せて髪を撫でた。
蒼 「東さん、ありがとうございます…」
東 「うん。おやすみ」
蒼 「おやすみなさい…(目を瞑る)」
私は東さんの優しい腕の中でゆっくり眠りについた。


東さんは私の寝息が聞こえるまでずっと髪を撫でて、
私が眠った横顔を見守りながら小さな声で呟いた…
東 「穂乃佳…君の助けが必要だよ。
   蒼さんと奏士くんを助けてやって。
   二人が僕たちみたいに離れ離れにならないように
   見守っててくれ…お願いだよ…」
東さんは、首にかけた真鍮の小さな鍵のネックレスを握っていた。
私は夢の中で、穂乃佳さんからたくさんのメッセージを貰った。
今は、されが何の意味があるのかよくわからないけど、
それはのちに、明らかになっていくのだった。
(続く)



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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 47)

2011-10-29 16:54:33 | Weblog

47、光世、穂乃佳との別れ



生は日本から約12時間かけて、
ここドイツのフランスフルトに到着した。
今回の仕事の担当者中山さんと共に。
二人は空港近くのホテルに泊まり、昼前に僕達と合流した。


12月23日11時30分、フランクフルト。
(フィリックスホテルロビー)

神道 「光世ー!相棒元気にしてたか?
    会いたかったぞー(肩を叩き合う)」
東  「生!ああ、元気だったよ。僕も楽しみに待ってたよ」
神道 「おい、お前かなり痩せたな。ちゃんと飯食ってんのか?」
東  「え?ああ(笑)久しぶりに親友にあって交わす会話がそれか?
    生は僕の女房や母親じゃないんだからさ」
神道 「まぁ、仕事ではそれに近いようなもんだろ(笑)
    ああ、こちらは今回の企画担当で、
    ファブリック社の中山さんだ」
中山 「お電話ではお話しましたが、お会いするのは初めてですね。
    私はファブリック社の海外情報部担当の中山と申します。
    東さんにお仕事を引き受けて貰えるなんて本当に光栄ですよ。
    宜しくお願い致します(頭を下げる)」
神道 「こちらこそ宜しくお願い致します(一礼する)
    こちらは僕の友人でフリーカメラマンの、
    フランク。フランク・ドナート。
    日本語堪能で日本通ですから、
    多分僕らより日本人らしいですよ(笑)」
フランク「初めまして。拙者はフランク・ドナートで御座います。
    どうぞ宜しくお願い致します。
    来年の春に京都や金沢を転々と回って、
    日本の指定伝統的工芸品の加賀友禅や、
    京友禅を撮影する予定にしております」
中山 「そうですか。本当に日本語が上手ですね。
    日本文化は私より詳しそうだ。
    中山です。宜しくお願い致します」
神道 「フランク、久しぶりだな。光世の授賞式以来か。
    また一段と男らしくハンサムになったな」
フランク「Mr.神道も貫禄が出てきたじゃないですか。
    光世はもう少し貫禄欲しいけどね(笑)」
神道 「だな!(笑)」
東  「え?何だよ、二人して(笑)」
神道 「この続きは打ち合わせが終わって、
    夜の飲みの席で話そう。じゃあ、行こうか」
東  「ああ、そうだな」
僕ら4人はファブリック社のオフィスに向かった。


(マインツァー・ランド通り、ファブリック社ドイツ支社)

生と中山さんは、僕とフランクが三週間撮りまくった、
写真や集めた資料を手に取りみていた。

神道 「これ…光世、凄いよ!
    かなりいいの撮れてるし凄い資料だな。
    これなら年内には出来上がりそうじゃないか」
東  「ああ、その代わり何もかもほったらかして、
    二人して何日間も不眠不休状態であちこち走り回ったからね。
    日本で契約してたカメラマンが元気で渡欧してても、
    こっちに来てたら倒れるくらいハードだったぞ」
神道 「そんなにか。じゃあ、お前が痩せるのも無理ないなぁ」
フランク「光世は凄いですよ。
    私は少ししか手伝ってないですからね」
東  「何言ってる。土地勘があって、
    経験あるフランクが一緒だからここまでやれたんだ」
中山 「本当にありがとうございます。
    それでは、変更事項に伴う、
    明日からのスケジュールについてお話を」
東  「え?変更事項?変更って…どこが変わったんですか」
中山 「上からの追加指示なんですが、“中世の宝石箱”と呼ばれる、
    ドイツのローテンブルクのクリスマス市のイルミネーションと、
    ハンブルグの街の風景、
    クリスマスマーケットを撮影してこいと言われてまして、
    なんと言いましても世界最古の歴史ある街ですからね」
東  「え!?…ドイツの北部…ほぼ北海の近くじゃないですか」
神道 「ああ、光世。せっかくのクリスマスだが、
    お楽しみも返上で明日から撮影に出掛けるんだそうだ」
東  「中山さん、貴方は日本の感覚でお考えのようだが、
    確かにクリスマスは盛大でも、こちらは頻繁に雪は降るし、
    飛行機だってまともに飛ぶかどうかも分からないんですよ」
フランク「ハンブルグのアルスター湖は
    この時期になると完全に凍ります。
    人が歩いたり滑ったりできる。
    そのスケジュール通りにはいかないでしょう。
    今日だって気温は0.3度です。強行スケジュールは危険です」
中山 「そうなんですかぁ。
    僕も海外での仕事は初めてなので知らなかった」
神道 「まぁ、普通は長い時間をかけて撮影に入りますからね。
    特に冬場のヨーロッパとなれば尚更です。
    だから私達は光世に何ヶ月もかけてパリに飛んで貰ってる。
    一週間足らずでは二つの都市を撮るのは不可能に近いですよ」
東  「中山さん、何故変更事項があるなら、
    先に一言連絡してくれないんですか」
中山 「すみません。私も昨日、日本を立つ前に口頭で言われたもので、
    ドイツ支社のスタッフにも私から伝えるように言われたんです。
    なので、神道さんにも飛行機の中で変更をお話した次第です」
東  「そんな…困ったな…」
神道 「光世。何か都合悪いことでもあるのか?」

僕は変更スケジュールを告げられてかなり動揺していた。
何故ならそれは、クリスマス・イヴに休暇は疎か、
シャロン・アン・シャンパーニュに帰れないことを意味したからだ。

穂乃佳との約束が守れない…

打ち合わせの間、僕はずっと穂乃佳の事を考えていた。
彼女にどうやってこのことを切り出せばいいのか。

全く思いつかない…

東  「あの、中山さん。
    僕だけ後で行くということは出来ませんか?」
中山 「え?何か他に予定があるんですか?」
東  「ええ。実はシャロン・アン・シャンパーニュで、
    どうしても外せない大切な用事がありまして、
    できれば今からフランスに一度帰って用事を済ませて、
    僕だけ後から皆さんを追いかけるというのは駄目ですか?」
中山 「んー。それは難しい要望ですね。
    貴方が居ないと撮影ができません。
    東さん。大変申し訳ありませんが、
    フランスの用事をずらして貰えませんか?
    そして明日昼の便で私達と一緒に行ってくれませんか。
    明日出発しないと、
    今後の全てのスケジュールに遅れが出るんです」
東  「はぁ…(何でスケジュールに余裕持たせないんだ!)」

困り果てている僕のことを心配したフランクが、
僕の隣の座り小声で話しかけてきた。

フランク「光世、大丈夫?フランスにフリーカメラマンの親友がいる。
    ランスの南の街コルモントライユに住んでるコンラート。
    光世も以前僕の個展やパーティーで何度かあったことあるよ」
東  「ああ、覚えてるよ。ブロンドの髪の」
フランク「そうそう。急ぐなら今からコンラートに頼もうか?
    彼の家から高速道路使えば、
    シャロン・アン・シャンパーニュまですぐだよ」
東  「Thank you。フランク、仕事の用じゃないんだ」
フランク「もしかして、ホノカさんのこと?」
東  「ああ。最近彼女の様子がおかしいんだ。
    ほったらかしにし過ぎた。何だか胸騒ぎがするんだ。
    フランク、最悪はコンラートにお願いするかもしれない」
フランク「OK。彼に事情話しておくからその時は言って。
     光世、僕たちがいる」
東  「ありがとう…フランク」


結局、何を言っても僕の要望は相手には通らず、
明日ローテンブルクに行くことになった。
僕は状況を変えようとしても変えられないもどかしさと、
無知な担当者が同行する仕事のやりにくさでピークにイラついていた。
生はそれを察してくれていたので、
言い辛いことは生が仕切って話してくれた。



打ち合わせが終わると、生と僕はレントランに行った。

神道「ええ!?穂乃佳さんはドイツに来なかったのか!」
東 「ああ」
神道「…光世。今から穂乃佳さんに電話しろ」
東 「え?電話って…」
神道「彼女に今から連絡して来てもらえ。
   今から高速列車に乗れば間に合うだろ。
   それで明日一緒にローテンブルクに連れていけ」
東 「生。きっと穂乃佳は来ないよ」
神道「来ない?何故」
東 「僕が何度言っても聞かなかったから」
神道「じゃあ、俺が話す。
   当人同士だから感情的に意地張って話せないんだ。
   俺から頼んで臨時アシスタントとして来てほしいと頼む。
   光世、今ここで電話しろ」
東 「生…」
僕は生に言われるまま、穂乃佳の携帯に電話した。
しかし、留守電に切り替わる。
僕と生はメッセージを聞いたら連絡するよう伝言を残した。
だけど一時間が過ぎ、二時間と時間が刻々と過ぎても、
穂乃佳からの連絡はなかった。

東 「(立ち上がる)僕、今から穂乃佳の所に帰ってくるよ」
神道「光世、もう少し連絡を待て」
東 「今なら!今帰れば、
   明日昼にはここに穂乃佳を連れて帰って来れるんだよ!」
神道「おい、少し落ち着け!何を焦ってるんだ」
僕は生に宥められ、ソファーに座った。
東 「穂乃佳がずっとおかしいんだよ…」
神道「おかしい?」
僕は、これまでの穂乃佳との事を生に話した。


(12月23日17時半過ぎ)
その頃穂乃佳は仕事を終え、店の近くのドラッグストアに薬を買い、
ホテルには帰らずあの木箱の店“Bell a amant”に立ち寄っていた。
後で知った事だが、彼女は僕がドイツに行った翌日から、
強い精神安定剤を毎日服用していた。
そんな薬を常用していれば、自力でドイツまで来る気力はなかったはずだ。


(ホテルフィリックス1階、ラウンジ)

やっと20時過ぎて、穂乃佳と電話が繋がった。
東  「穂乃佳!何回も電話したんだぞ」
穂乃佳『何回も…。ごめんなさい、気が付かなくて』
東  「穂乃佳、お願いがあるんだ。
    約束していたクリスマス・イヴなんだけど、
    そっちには帰れそうにない。ごめん。
    仕事の変更で明日昼から、
    ハンブルグに行かなければならないんだ。
    それで、お願いだから明日昼までに、
    今から一番早い高速列車でフランクフルトに来てくれ。
    穂乃佳、ローテンブルクで一緒にクリスマスを過ごそう」
穂乃佳『光世…また帰れないの?』
東  「ああ。約束したのに本当にごめんな。
    そっちに帰る時間を貰える様に頼んだんだが却下された。
    お願いだ。穂乃佳、フランクフルトに来てくれ。頼む!」
穂乃佳『……』
東  「穂乃佳?…」
神道 「光世、電話換わってくれ(携帯を貰い)
    穂乃佳さん、神道です。お久しぶりです」
穂乃佳『神道さん…お久しぶりです(笑)神道さんもフランクフルトに?』
神道 「ええ、昨夜着いたんです。光世と一週間仕事するんですよ。
    穂乃佳さん、光世が貴女に凄く逢いたがってます。
    さっき、穂乃佳さんの所に帰るというあいつを、
    無理矢理止めたくらいです。
    私も久しぶりに元気な穂乃佳さんに会いたいし、
    出来れば光世の仕事を手伝って貰えないかと思って。
    さっき光世が話した通り、
    明日昼までにこちらに来てくれませんか?」
穂乃佳『えっ、手伝い…。そういうことなら…分かりました。
    一番早い列車で行きます。フランクフルトに』
神道 「本当に!?良かったぁ!助かります!
    久しぶりにお会いできるの楽しみにしていますよ。
    今、光世と換わります(電話を渡す)光世、OKしてくれたぞ」
東  「え!本当に!?生、ありがとう!(電話を持ち)
    穂乃佳、ありがとう!来てくれるんだね」
穂乃佳『光世が帰れないなら仕方がないもの。行くわ』
東  「うん!今は出先で詳しいこと話せないから、
    一時間後また電話するから!」
穂乃佳『うん、電話待ってる』
東  「じゃあ、後で。穂乃佳、愛してる」
穂乃佳『うん。光世、私も愛してるわ』



僕は携帯を切って大きな溜め息をつきながら、
目を瞑って両手で携帯を握りしめた。
東 「良かったぁ…これでやっと穂乃佳に会える…」
神道「おい、お前らずっと逢ってなかったのか」
東 「うん。ドイツに来てからずっと忙しくて帰る暇もなかったし、
   電話すらできない日があったから」
神道「そうか。…始めから東光世契約の仕事なら、
   相手の会社もこんな無理なスケジュールは組まない。
   世界的有名なカメラマンがこなすスケジュールじゃない。
   今回の仕事は…
   頼んだ俺にも責任があるな。すまない、光世」
東 「生、何言ってるんだよ。受けたのは僕だ。
   誰も代わりが居なかったんだ。生が謝ることじゃないよ。
   それに穂乃佳を御座なりにしたのは僕のせいだ。
  “二言目には仕事仕事”って彼女に言われたけど本当にそうだ(笑)」

神道「そうか(笑)仕方ないな。俺達の仕事はそういう世界だ…。
   俺だってそんな生活だったから、
   菜桜(なお)は俺に愛想尽かして出ていったんだよ。
   何年付き合ってたって、俺達の仕事なんか理解してくれないさ。
   光世、早く列車の時間調べて彼女に連絡してやれよ。
   俺は先に待ち合わせのレストランに行ってるから」
東 「すまないな。
   中山さんとフランクにすぐ行くからと伝えておいてくれ」
神道「ああ。ゆっくり話して安心させてやれよ」
東 「ああ(笑)」


僕はホテルの部屋に戻って、時刻を調べて穂乃佳に電話した。

東  「穂乃佳、時刻調べたから今から列車の時刻言うよ。
    メモに書きとめて」
穂乃佳『大丈夫よ、独りで行けるから。
    光世、神道さんまで出しにして辻褄合わせてごまかすの?』
東  「え?…何言ってる…」
穂乃佳『やっぱり女が居るから帰れないのね。あんなに約束したのに。
    普通ころころスケジュールなんて変わらないでしょ』
東  「おい、まだ疑ってるのか…」
穂乃佳『そんなにドイツに呼びたいなら、
    今から行って女に会って話すわ』
東  「穂乃佳…君はまだそんな事を言ってるの…
    君がドイツに来るのは、僕の浮気を確認する為なのか」
穂乃佳『だって、何度も約束したのに騙されたわ。
    私にはもう…光世が何考えてるか分からない』
東  「穂乃佳。そんな気持ちなら来なくていいよ!
    僕は潔白だし、浮気なんてしてないけど、
    君がそんな気持ちで来るつもりなら、
    訳の分からない我が儘を言って僕を困らせるなら、
    僕の仕事の足手纏いだし迷惑だ!
    それでなくてもスケジュールが過密過ぎて大変なんだ!!
    協力してくれるつもりがないなら来るな!
    後10日もすればフランスに戻る。
    イヴは一人で寂しいだろうけど、我慢してくれ」
穂乃佳『光世!ごまかさないで!私はフランクフルトに行くわよ!
    こんな関係をはっきりしたいの。
    友達に車を借りたから今から出かける』
東  「車!?車で簡単に来れる距離じゃないんだぞ!」
穂乃香『分かってるわよ…そんなこと。ぷっ!本気にしたの?
    あははっ(笑)冗談よ。車でなんて行かないわ』
東  「穂乃佳、君は…僕は心配してるんだよ!
    真剣に話してるんだ!こんな時に冗談なんかよしてくれ!」
穂乃佳「光世、聞いてよ。私ね、今日“Bell a amamt”に行ってきたの。
    私たちのこと覚えててくれて、木箱ことで裏話聞いたの。
    そして、そこの店員さんに頼んで光世の…』
東  「ごめん、無駄話してる時間ないんだ。人を待たせてる。
    これから、取引先の社員と交流会なんだ。
    悪いけどもう切るよ」
穂乃佳『私達にとっては大切なことなのに聞いてくれないの!?』
東  「大切?今の僕には木箱のことなんてくだらない話だ。
    帰ったら聞くよ。じゃあ」
穂乃佳『くだらない!?くだらなくないわ!光世…(電話が切れる)』
僕はもう、支離滅裂の穂乃佳と話すのにも疲れて、
彼女の話も聞かずに電話を切った…


そして、タクシーに乗って、
ファブリック社の近くにある約束のレストランに向かった。
レストランに着くと僕は、
生とフランクに事情を話して、穂乃佳は来ないことを伝えた。
僕たちは深夜までローテンブルク行きについて話していた。


午前2時過ぎ、ファブリック社の社員達と分かれた後、
僕と生、フランクはホテル近くの小ぢんまりとしたバーに入った。
そして12月24日3時半過ぎ…運命の時。
僕のポケットの携帯が鳴った。
それは、ヴェルダンの警察からで、
穂乃佳が事故を起こして病院に運ばれたという知らせの電話だった。
僕がヴェルダンの街に行ったのは、同日の昼…
国道沿いのエデンランド病院に生とフランクと共に。
既にフランクの友人のコンラートはランスから駆け付けてくれていた。
僕は…冷たく変わり果てた彼女と対面したんだ…



蒼 「東さん?あの、大丈夫ですか?」
蒼さんが、心配そうに僕を覗き込んでいた。

(神楽坂、東の自宅)
東 「…え?ああ、ごめん…」
蒼 「私の為に無理をして思い出して…
   穂乃佳さんのこと、とても辛い思い出なのに、
   私に話してくれてありがとうございます」
東 「いやっ、もう忘れなきゃいけないんだ(苦笑)
   あの時と同じ時期にドイツに行くんだ。
   引きずってたらハイデンベルグでも仕事はできなくなる」
蒼 「東さん…」
東 「蒼さん。奏士くんとまた何があったかは知らない。
   でも、愛してるなら別れちゃ駄目だ。
   僕は自分の仕事の為に穂乃佳を犠牲にした。
   失ってからでは取り返しがつかないんだ。
   君達はこの世に生きて、まだ同じ土地にいるんだよ。
   愛し合ってるのに、離れ離れになることはない。
   昨日まで当たり前にいた愛しい人が、
   明日も必ず自分の傍に居るとは限らないんだ。
   意地を張って嘘をついて、自分の気持ちをごまかして、
   本当に大切なものを逃してはいけないよ」
蒼 「東さん…(涙ぐむ)」

今の僕には何故だか蒼さんと奏士くんが、
あの当時の穂乃佳と僕にシンクロして見えていた。
夢で訴えている穂乃佳もきっと僕と同じ気持ちなんだと。
蒼さんの言った“真鍮の鍵”が、それを伝えてると僕には思えたんだ…
(続く)


この物語りはフィクションです。    
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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 46)

2011-10-28 15:56:15 | Weblog
46、光世、運命の分かれ道




穂乃佳と、シャロン・アン・シャンパーニュに来て、
早1ヶ月ちょっとが過ぎた。

二人で過ごす時間は穏やかに流れていたけど、
穂乃佳はかなり退屈な日々を過ごしていたようで、
口数も少なくなり、少し怒りっぽくなっていた。
彼女は日本やパリでも、
バリバリ仕事をしていた女性だったから無理もないけど、
いくらお気に入りの街でも、
ホテル暮らしと仕事のない日々は、かなりのストレスだったようだ。
僕はそんな穂乃佳のデリケートな感情なんて気にも留めず、
パリとこの街を行ったり来たりしつつも、
最終地トロアの撮影にも行きながら仕事に専念していた。


ここ、アヴォワール・ドゥ・ポットホテルは、
三階建ての建物で部屋数は少ない。
一階は小さなカフェとランドリースペースがあり、
小ぢんまりではあるがキッチンの付いたアパルトマンタイプで、
冷蔵庫やセフティボックスもあり、ネット接続環境も割と良かった。
部屋も広かったので、六畳と四畳半くらいの別室があり、
長期滞在する者にはもってこいのホテルだった。
穂乃佳にも気を遣わずに仕事をすることが出来て、
僕にとって環境のいいホテルだったから、
まるで長年住み慣れた我が家のように暮らしてた。
そんな仕事人間の僕が穂乃佳にしてあげられた事と言えば、
時間のある日は、二人でワール・オーブ湖のあるフォレドリオン公園に、
彼女をドライブに連れて行くことくらいで、
この時だけは穂乃佳も笑顔でお弁当を作り、無邪気にはしゃいでいる。


僕がトロアの撮影から帰ってくると、穂乃佳は手料理を用意していた。
バターたっぷりで焼き上げるふわふわのオムレツと、
例の眉間にしわを寄せた気難しい店主の店で購入する、
とろけるカマンベールチーズをのせた、クロック・ムッシュ、
(チーズやハム・チキンなどをパンにはさんで、
 ホワイトソースを塗りオーブン焼いたもの)
を作って、僕を笑顔で待ってくれてるんだ。
その姿は彼女がご機嫌だと言うことを、鈍感な僕に解らせた。



(ホテル・アヴォワール・ドゥ・ポット201号室)

東  「穂乃佳、ただいまー(ドアを閉める)」
穂乃佳「光世、お帰りなさい。食事出来てるよ」
東  「うん。おー!美味そうなオムレツじゃん」
僕は穂乃佳にkissをして、洗面所で手を洗うとテーブルについた。
穂乃佳「実はこのチーズね、
    前に光世が撮影拒否されたチーズ専門店で買ってきたの」
東  「えっ、あの鬼瓦みたいな顔の気難しい頑固店主の店?」
穂乃佳「うふふふっ、鬼瓦(笑)言われてみれば確かに似てる。
    うん。でも試食したらね、
    このカマンベール本当に美味しくて。
    ナイフを入れて少しするとトロンととろけるんだから」
東  「へぇー。見かけによらずあのオヤジ腕はいいんだ。
    あー、腹減った。いただきますっ」
穂乃佳「うん」
東  「(オムレツを食べて)んっ!美味い!
    何度食べても穂乃佳のオムレツはサイコーだ」
穂乃佳「そう?(笑)…あのね、光世。話があるの」
東  「ん?何?(ワインを飲む)」
穂乃佳「私、この街で仕事しようと思うの」
穂乃佳「え?…だってあと少しで僕の仕事が一段落して、
    年末には日本に帰る予定なんだよ」
穂乃佳「うん、分かってる…。
    でも私、何もしないでここに居るの限界なの。
    光世は一度出掛けたらなかなか帰ってこないし、
    酷い日は夜中に帰ったり、外泊してくることもあるじゃない」
東  「それは…仕事なんだから仕方ないだろ。
    僕らは何年付き合ってるんだよ。
    そういうこと今更言わなくても、
    僕の仕事がどんなだか穂乃佳だって理解してるだろ?
    ここはフランスで東京とは訳違うんだ。
    移動にも時間がかかるんだぞ」
穂乃佳「そんなこと分かってるわよ!
    でも…私ここには友達がいないし、
    毎日パソコンとにらめっこするのも、もう耐えられないの。
    こんなに退屈な生活になるんだったら、
    モンルージュに残ってた方が良かったかな」
東  「何だよ、今さら。
    あの時僕がパリに残れっ言っても、
    穂乃佳が勝手に仕事辞めて僕についてくるって言ったんだろ」
穂乃佳「そうだけど、少しは私の気持ちも分かってよ!」
東  「……」


カチャカチャとナイフで食器をこすり合わせる音だけが聞こえて、
とても気まずい空気が二人の間に流れていた。
僕は黙って食事を続け、彼女はそんな不機嫌な僕をじっと見ていた。

すると…
穂乃佳「光世。実は、パリに住んでる従姉妹のエミちゃんに相談したら、
    エミちゃんの大学時代の友人が、
    この街でボディケアショップをしてるらしくて、
    ちょうど店員募集してるから、
    アルバイトならって口聞いてくれたの」
東  「えっ。アルバイト…その店はどこにあるの?」
穂乃佳「フランソワ通りの“ベルガモット”っていうお店。
    前に赤のシルクキャミソール買ったお店の近くで、
    ここから歩いて5、6分の距離だから近いの」
東  「んーっ。…」
僕は食事する手を止めて、少しの間考えていたけど、
縋るような穂乃佳の目線に根負けして…
東  「そうだぁ…。知り合いの店なら…まぁ、いいか。
    穂乃佳も毎日部屋の中じゃ退屈だろうし…」
穂乃佳「ありがとう!光世」
東  「で、いつから?」
穂乃佳「私さえ良ければ明日からって…
    って言うか、実はもう仕事してるの」
東  「え!?就職事後報告かよ!…いつから働いてんの」
穂乃佳「実は二週間前から…」
東  「え!?二週間前!?」
穂乃佳「光世、ごめんね。なかなか切り出せなくて」
東  「全く気づかなかったなー。本当にやれるのか?」
穂乃佳「うん。大丈夫!」
東  「ふん。そんな大切なこと切り出せないなら、
    それこそ穂乃佳が言ってた“木箱の伝書鳩”使えばいいだろ?」
穂乃佳「え!?…そんな使い方する為に買ったんじゃないわ!
    とにかく仕事してると気が紛れて本当に楽しいの(笑)」
東  「ふぅん…」
僕はニコニコしながら話す彼女に少々腹が立っていた。
そんな僕の悶々とする気持ちをよそに、
穂乃佳は何もなかった様にチーズを頬張ってた。



ある日の昼下がり、日本に居る生から電話が入ったんだ。

東 「おー、生。久しぶりだな」
神道『光世。どうだ、フランス暮らしは。
   穂乃佳さんは元気してるのか?』
東 「ああ。元気だよ。ここの暮らしは快適だよ。
   今居るホテルがとっても居心地が良くてさ、
   こんな仕事環境のいい所ならずっと住みたいくらいだ」
神道『そうか。もう日本に帰りたくないなんて言うなよ(笑)』
東 「ああ。ただ、チーズやパンにもそろそろ飽きてきたし、
   日本食や畳が少し恋しくなってきたから、
   東京に帰ったら一番に、
   座敷でしゃぶしゃぶと寿司が食べたいよ(笑)」
神道『よし!その時は一緒に、東京一の料亭に食いに行こうな。
   ところで撮影の方はどこまで進んでる?』
東 「今日、トロアの撮影が全て終わったよ。
   後は今日の写真現像と全ての編集済ませたら渡すだけだ。
   パリで最後の仕上げが済めば、年末には日本に帰れそうだよ」
神道『そうか。…あのな、光世。
   ひとつ頼まれて欲しい仕事があるんだが』
東 「ん?何だよ仕事って」
神道『実は、今月末にドイツの写真集の仕事で渡欧して、
   1ヶ月撮影する予定で契約してたカメラマンが、
   急に倒れて腸の手術で入院してな。
   年明けまで代わりにドイツに飛べるカメラマンがいないんだ。
   それで、光世にはかなり無理を言うんだが、
   来月から1ヶ月間、ドイツで撮影を頼めないかな』
東 「1ヶ月…。そっか…。そうことならいいよ。
   ドイツならマンハイムに、
   友人のフランクがいるから手伝って貰えるし、
   僕の方は後2、3日あれば仕上がるから、
   ギリギリ何とかなるから」
神道『そうか。本当に無理言って悪いな。
   詳しい仕事内容は添付して今からメールするよ。
   内容を確認出来たら、パブリック社の中山さんに連絡してくれ。
   今回の仕事の担当者だ。彼の連絡先も一緒に送るよ」
東 「ああ、分かったよ」
神道「俺もクリスマス挟んで一週間、
   ドイツに行く予定にしてるから、
   久しぶりに一緒に仕事しような。
   本場のビール飲みながらな(笑)』
東 「ああ、楽しみにしてるよ(笑)」
神道「穂乃佳さんもドイツに連れて行くのか?」
東 「出来ればそうしたいんだけど、あいつが何て言うか。
   仕事始めたから一緒にくるかどうか。
   最近の彼女、ストレス溜まってるのか、
   些細な喧嘩が増えてさ」
神道「そうか。とにかく、
   穂乃佳さんにドイツの件は話しててくれよ。
   じゃあ、光世。また連絡するよ」
東 「ああ、分かった。またな(切る)」



その夜、僕は穂乃佳に来月のドイツ行きを話した。
すると、彼女は酷く憤慨して大ケンカになった。
穂乃佳「光世、信じらんない!そんな仕事断ればいいでしょ!?」
東  「は!?何言ってんだよ。断れる訳ないだろ!
    僕にとっては依頼されればどの仕事も大切なんだ。
    飛び込んでくる仕事は全てがチャンスなんだ。
    僕の仕事は穂乃佳の様に、
    その時の気分でコロコロ変えられる仕事じゃないんだよ!」
穂乃佳「酷い…(涙ぐむ)光世!酷いわよっ!!」
穂乃佳は泣き叫びながら自分の部屋へ入っていった。
東  「はぁーっ(溜め息)何でいつもこうなるんだよ」

僕はそれから3日間、黙々と自分の仕事をこなし、
同時にドイツ行きの準備を進めていた。
ドイツに住んでいるカメラマンの友人フランクに連絡を取り、
彼に仕事内容をメールして、今後のスケジュールを決めた。
あの喧嘩以来、穂乃佳はずっとつんけんしていて、
結局まともに彼女と話せないまま旅立つことになった。
朝起きると、穂乃香はもう仕事で出掛けていた。
彼女のいない静かで寂しい部屋…
僕はテーブルの上にメモを残し、荷物を持ってホテルを出た。


11月30日。
僕はフランスのランスから高速列車に乗って、
ドイツのフランクフルトへ向かった。
僕にはちょっとした期待と策略があった。
ドイツに行ったら彼女が前の様に仕事を辞めて、
「寂しい…」と言って僕のところに飛んでくるんじゃないかと…
そして年明け、日本に帰ったら春に結婚しようと思っていた。
この仕事が完了するまでは、彼女にプロポーズはしないでおこうと決めて。
でもその策は裏目に出て、穂乃佳の怒りに拍車をかけた。
彼女は居ない間にメモだけ残してドイツに旅立った僕を、
電話するたびに容赦なく責め続けた。


4日目に入ると仕事が急に忙しくなりスタッフも増えた。
休憩もろくに取れないくらいのハードスケジュールに変わり、
仕事が終わってホテルに帰ると、シャワーを浴びる気力も体力もなく、
倒れこむ様にベッドで眠る日が続いた。
そんな僕だったから、穂乃香にまともに電話も出来なくなった。
携帯を見れば、彼女からの着信の数は日に日に増えて…
留守電を聞くのがちょっと恐怖ですらあった。
穂乃佳は、夜中であろうが早朝であろうが電話で僕を起こすんだ。



僕がドイツに来て10日目の深夜。
穂乃香は電話をかけてきた。
終始泣きながら怒りと不満をぶつけ、
とうとう日本に帰りたいとまで言い出した。
さすがの僕ももう心身共に限界だった。

東  「穂乃佳…もういい加減にしてくれよ。
    今日も忙しかったから、くたくたなんだよ。
    頼む。眠らせてくれ…」
穂乃佳『光世、本気で私のこと愛してるの!?
    この間の電話で、今日帰ってくるって言ったのに!
    何で帰ってこないの!?どうして帰れないの!?」
東  「え?そんな約束したっけ?…してないだろ。
    今回の仕事には、たくさんの人が同行してるんだ。
    パリやランスの一人でする仕事の時のように、
    僕の自由になる時間なんて殆どないんだよ」
穂乃佳『光世は私のことなんて眼中にないしょ!』
東  「そんなことないよ!愛してるに決まってるだろ。
    でも本当にハードスケジュールで、
    1ヵ月びっしり仕事が入ってるから、
    こっちの方がダウンしそうだよ。
    他の奴らも休日が取れなくて家に帰れないんだ。
    僕だけ特別に休みくれなんて、とても言えないよ」
穂乃佳『…ねぇ、もしかして…女?浮気してるの?」
東  「は!?そんな訳ないだろ!」
穂乃佳『嘘!仕事スタッフに女性がいるんでしょ!』
東  「何馬鹿なこと言ってんの。野郎ばっかだよ!
    勝手な妄想もいい加減にしてくれ!
    そんなに僕が信じられなくて、浮気を疑うなら、
    穂乃佳がバイトなんて辞めてドイツに来ればいいだろ!?
    そして一日同行すれば僕がどんな仕事をしてるか分かるさ!
    その方が僕も助かるし、毎日一緒に居られるじゃないか」
穂乃佳『え!?何故私ばかりが光世に合わせて生きなきゃいけないの!?
    やっとここで友達が出来たのに光世はまた私に、
    ドイツでホテルに缶詰めの寂しい日々を過ごせって言うの!?』
東  「穂乃佳。そんなこと言ってないだろ。
    あと少し我慢してくれよ」
穂乃佳『我慢…。光世は分かってない(苦笑)私のこと何も…』
東  「え?何が。君のことは僕なりに、
    理解しようとしてるだろ?でも本当に仕事が」
穂乃佳『光世って、二言目には“仕事仕事”なのね。
    やっぱり私のこと分かってない!
    今日が何の日かも、何も分かってない!』
東  「え?今日…今日って…」
穂乃佳『光世、もういいわ!…』
東  「穂乃佳?…穂乃佳!(電話が切れる)」


僕は電話を持ったまま必死で考えていた…今日が何の日か。
疲れと眠気で働かなくなった思考回路をたたき起こし、
フル稼働させて…思い出そうとしていた。

今日は12月9日…

それは穂乃佳の29回目の誕生日だった。
彼女は僕が誕生日を覚えていて、
今日はシャロン・アン・シャンパーニュに戻って、
誕生日のお祝いをしてくれるんだと期待していたのだ。
そう言えば、ドイツに着いた日。
電話で話して、穂乃佳の損ねた機嫌を取るために、
誕生日にシャロン・アン・シャンパーニュに帰ると約束した。
東  「あっ!!しまった…穂乃佳、ごめん」
僕は慌てて彼女に電話をかけ直したが、
僕に失望し憤慨した穂乃佳は電話に出てくれなかった。
それから仕事が終わって毎日電話をしても、
コールする呼び出し音だけが僕の耳に虚しく聞こえた。



一週間後、彼女から電話が掛かってきて、
僕は久しぶりに冷静な穂乃佳の声を聞いた。
僕は真っ先に誕生日に帰れなかったことと祝えなかったことを謝り、
クリスマスイヴには何とか休暇を貰って、
シャロン・アン・シャンパーニュに戻ってお祝いすると約束した。
穂乃佳『光世、寂しい…会いたい』
東  「僕もだよ。穂乃佳、愛してる」
穂乃佳『ねぇ、帰ってきて。今すぐ帰ってきて抱きしめて…』
東  「ごめん、穂乃佳…もう少し、あと一週間我慢して」
穂乃佳『うっ…(泣)』
東  「ねぇ、穂乃佳。仕事は辞めなくてもいいから、
    1日か2日でも休みを貰ってフランクフルトに来いよ。
    僕がチケット用意するから」
穂乃佳『光世が帰ってきて…お願い…』
東  「困ったな。…そんなに一人が辛くて、ドイツに来るのが嫌なら、
    僕が帰るまでパリの伯父さんのところに行ったらどうだ?」
穂乃香『……(泣)』
彼女は電話先で泣きながら、すぐ一緒に日本に帰ることと、
カメラマンを辞めて、普通の企業に勤めて結婚を考えて欲しいと訴えた。
いくら大好きな穂乃佳の頼みでも、泣きながらお願いされても、
仕事のことだけは頑として、強い口調ではねのけた。
彼女の一時の我が儘を、そんなに簡単に受け入れる僕ではない。
僕は再度、彼女に仕事を辞めてドイツに来るよう説得したが、
結局今日も互いの意見をぶつけるだけの会話に終わった。


僕がドイツに旅立つ時に思っていた甘い策略は、
今の頑なな穂乃佳には通用しなかったのだ。
きっと、こういうことを“策士、策に溺れる”と言うのだろうか…
この出来事が、僕と穂乃佳の運命の別れ道となった。
そして…この頃から穂乃佳に変化が起きていたのだ。
(続く)


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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 45)

2011-10-26 22:03:51 | Weblog
45、光世、永遠の愛



真鍮の鍵…
穂乃佳、君は今も僕に伝えたいことがあるの?



October19, five years ago…
フランス、シャロン・アン・シャンパーニュ。

(レピュブリック広場)

東  「穂乃佳ー、ちょっと待てよ!
   (カメラを構えて)遊びに来たんじゃないんだから。
    少しはゆっくり写真取らせてくれよ(シャッターを押す)」

カシャーカシャーカシャー…


穂乃佳「光世は仕事でも、私は仕事じゃないものねー(笑)
    世間は休日だし、ここはフランスなんだから、
    せかせか仕事なんてしないで、エンジョイしなきゃね」
東  「…て言うかさ、穂乃佳はほんとに子供だよな。
    スーツ着てパリで仕事してた時の君は、
    全く別人だったのにな」
穂乃佳「あのね。その意外性がいいのよ。
    二つの顔を持ってる女の方が魅力的でしょ?」

東  「え?何?…誰が魅力的だって?(シャッター押す)」

カシャーカシャーカシャーカシャー。

穂乃佳「酷ーい!私に魅力がないって言いたいの!?
    ふん!(ふてくされて)いいわよ。
    光世、今夜はひとりで寝てよね!
    でも。んーっ!気持ちいいー!(背伸びする)
    ずっと来たかったのよねー。嬉しいっ!」
東  「穂乃佳、君は魅力的だよ(笑)
    だからさ、冷たいこと言わずに一緒に寝てくれよ」
穂乃佳「あー、うそうそ。今、笑いながら言ったものね。
    いやよ!絶対一緒に寝てあげない(笑)」


そんな無邪気にはしゃぐ穂乃佳を見ながら僕は、
長閑なレピュブリック広場の街角に立って、
カメラのシャッターを押していた。


当時の僕は、生(せい)のサポートで、
長期契約していた取引先から、
パリ・東フランスの写真集の撮影を依頼されていた。
フランスに渡り、ホテル暮らしをしながら、
パリ、ランス、シャロン・アン・シャンパーニュ、
最終地トロワと転々と飛び回り、シャッターを押していた。
その頃の僕は、カメラマンでは名誉ある賞を貰った後だったので、
仕事が波に乗っていたものあって、
何年も先までスケジュールが決まっていた。
プライベートと言えば、かなり御座なりになってたくらいだったんだ。


穂乃佳は、大手日本企業でインテリアデザイナーの仕事をしていたが、
僕のフランス行きを期に退職届けを出して、
僕の後を追う様に渡欧して、パリのモンルージュという街で、
親戚の北欧家具の仕事を手伝いながら、デザイナーの仕事を続けていた。
だけど、あまりに転々と移り変わる僕のホテル生活と、
なかなか会えない寂しさから、
穂乃佳はまた仕事を辞めて、僕についてきたんだ。
それから、僕と穂乃佳のホテル生活が始まった。

前々から、穂乃佳はシャロン・アン・シャンパーニュにある、
手作り雑貨の店『Bell a amant(恋人の呼び鈴)』に、
僕と一緒に行きたいと頻りに言っていた。
今日は念願叶って、やっとこの街に来れたせいか、
穂乃佳はまるで、少女の様に満面の笑みではしゃいでいた。
僕たちはレピュブリック通りにあるホテル、
『Avoir du pot(アヴォワール・ドゥ・ポット)』に宿を取り、
僕はカメラ二台と大きなバッグを持って穂乃佳と出かけた。


東  「あの店いいなぁ。店の中、撮影させてくれないだろうか」
穂乃佳「何だか気難しいおじさん。光世、やめておいた方がいいわよ?
    もっと有名な所あるじゃない。そこに行こうよ」
東  「あのね。レアな店や珍しいものを集めないと、
    個性も面白みも出ないんだよ。
    パリや南フランスの写真集なんて書店にゴロゴロあるだろ?
    この見たまんまの長閑で素朴な感じがいいんだよ。
    人と同じ事してても良い仕事なんてできないの」
穂乃佳「ふぅーん。怒鳴られても知らないからね」
東  「まぁ、見てろって。僕が丁寧に頼めばOKしてくれるから」
穂乃佳「光世ったら。凄い自信ね(笑)」


目についたその店は、手作りチーズの専門店で、
店頭には気難しい、いかにも職人っぽい男性が立っていた。
僕は多分店主であろうその男性に近づいて、写真を撮りたいと頼んだ。

東  「Voila,je suis desole de votre mari.
    Je suis un photographe an japon n'est pas,
    je peux prendre des photos de l'interieur?
    (あの、ご主人すみません。
    僕は日本のカメラマンなんですが、
    店内の写真を撮って宜しいですか?)」

店主 「Non!Est absolument inutile!
     S'il vous plait une autre chance au.
    (駄目!絶対駄目です。他で撮影して下さい)」
東  「Je comprends.Nous grossier.
    (分かりました。失礼致しました)」

バツ悪そうに店を出てきた僕に、
穂乃佳は両手で口元を抑え笑っている。

東  「何だよ」
穂乃佳「うふふふふふっ(笑)
    光世ったらカッコ悪い。(腕にしがみついて)」
東  「ふん。そうかよ」
穂乃佳「だから言ったじゃない。怒鳴られるって」
東  「あー、仕事にならないよ。穂乃佳が居ると調子狂うなぁー」

僕は撮影を止めて、穂乃佳の買い物に付き合った。
そして、手作り雑貨の店『Bell a amamt(恋人の呼び鈴)』に…


(『Bell a amant』、店内)


入り口は、石畳の小道が玄関先まで続いており、
建物は、クラシックで瀟洒な雰囲気だった。
穂乃佳は店内に入ると、店全体を見回して、
出窓の側にあるテーブルの上にディスプレイされた、
ダークブラウンのアンティークの木箱を見つけた。
それは全体に薔薇とオリーブの枝をくわえた鳩が彫ってあった。
穂乃佳は、木箱を手にすると、
何の躊躇いもなくレジに持っていき精算した。


東  「えっ…、穂乃佳。他にまだたくさん商品があるのに、
    何でそんな古ぼけた木箱を買うの?
    ほらっ、あのショーケースの中の白い脚の付いた箱なんて、
    ゴージャスでいかにも高級感があるだろ」
穂乃佳「いいの。この木箱を買いに来たんだから」
東  「え?これだけの為に来たのか?」
穂乃佳「ええ(笑)」
穂乃佳は宝物でも見つけたように喜びながら、
店員から木箱の入った紙袋を貰うとスタスタと店から出ていった。
僕も店員に会釈して、慌てて彼女を追いかけた。

東  「おい、穂乃佳」
穂乃佳「光世。これからまた仕事の続きをしていいわよ。
    私、まだ寄りたいお店が幾つかあるの。
    だから買い物終わったらホテルに帰るから」
東  「え?何故。今日は仕事はもういいよ。
    買い物に行くなら付き合うよ」
穂乃佳「えー。だって下着屋さんも行きたいんだもの。
    一緒に来るつもりなの?」
東  「え!?それは勘弁だな(苦笑)
    でも、パリの『ギャリー・ラファイエット』や、
    『プランタン』みたいに、何でも一カ所で揃う訳じゃないし、
    ひとりじゃ危ないから心配だよ」
穂乃佳「大丈夫よ。下調べしてきたしね。
    仕事しないんだったら、光世は先にホテルに帰ってて」
東  「お、おい、穂乃佳ー」
穂乃佳はそう言うとひとりで買い物に行ってしまった。


ひとりでホテルに帰っても、何をするでもないし、
仕方なくまたカメラを構えて、
シャロン・アン・シャンパーニュの街並みを撮影することにした。

僕は2時間半くらい街を探索して、7本のフィルムを撮り終わると、
ホテル・アヴォワール・ドゥ・ポットに戻った。



(ホテル・アヴォワール・ドゥ・ポット201号室)

僕はポケットからキーを取り出し、
鍵をあけると201号室のドアを開いた。
東  「穂乃佳ー。ごめん、結局仕事してきちゃったよ…」

穂乃佳はもう部屋に帰っていて、
センターテーブルとベッドのチェストには、
火のついたアロマキャンドルが灯り、それぞれの炎が微かに揺れて、
イランイランの香りを漂酔わせる淫靡な空間に、
真っ赤なシルクのキャミソールドレスを身に纏った、
セクシュアルな穂乃佳が僕を待ってた。

東  「穂乃佳…」
穂乃佳「光世。今日は光世のお誕生日でしょ?」
東  「え?…あっ、そっか。すっかり忘れてた」
穂乃佳「Happy birthday,Kousei.Serre moi dans tes bras,Kousei…
   (お誕生日おめでとう、光世。私を抱き締めて…光世)」

僕はゆっくり穂乃佳に近づいて、彼女のサラサラした柔らかな髪に触れた。
東  「穂乃佳…。Vues etes tout pour moi.
    Je t'aime plus que tout,Honoka…
   (君は僕の全てだよ。何より君を愛してる、穂乃佳…)」


僕は穂乃佳の両頬に触れて、ふっくらとした唇にkissをした。
お互いの舌を激しく絡め合うと、穂乃佳の頬は紅く染まっていく。
そして彼女を強く抱き締めてベットに横たわらせると、
僕は穂乃佳の胸に顔をうずめ、
キャミソールドレスの下の彼女の白い肌に口づけした。
穂乃佳「あ…っ。光世…」
彼女の吐息と悩ましい声が僕の心を一段とかき立てる。
右手でふっくらとした胸に触れながら、
どんどん彼女のお腹から太ももへと唇と滑らせていった。
東  「穂乃佳…」
僕達は熱い吐息を漏らしながら、吸い付くように裸体を重ねて、
互いの神聖な場所に優しく触れながら、
本能の赴くままに愛を確かめ合った。
そして、二人の心と身体は昇天したのだった。



穂乃佳との愛の余韻に浸り、ベッドの上でうつ伏せて寝そべる僕に、
穂乃佳はろうそくの灯った小さなバースデーケーキと、
ワインののったプレートを持ってきて、テーブルの上に置いた。
僕は体を起こしてベッドから出ると、ソファに座った。

東  「買ってきてくれたの?」
穂乃佳「うん。光世、ちゃんとお願い事して消してね」
東  「うん」
僕は目を瞑り、お願い事をした。

どうか、穂乃佳とこれからも細やかでも幸せな日々が送れますように…

そしてろうそくの火を吹き消した。
東  「ふぅーっ!」
穂乃佳「おめでとう!(拍手する)」
東  「ありがとう(照)改めてこういうのって何か照れるよ(笑)
    よし、ワイン開けようね。
    おっ!ル・オー・メドック・ジスクール2001年ものか」
穂乃佳「うん。私達が出逢った年だし、
    それにその年は光世が、最優秀ファインダー賞と、
    ピクチャー賞を受賞した年でもあるでしょ?」
東  「うん。そうだった」
穂乃佳「ちょうどワインショップで見つけたから」
東  「そっか、ありがとう。じゃあ、乾杯しよう。穂乃佳も座って」
穂乃佳「うん」


僕はワインを開け、ワイングラスにつぐと彼女にグラスを渡した。
東  「二人のこれからに」
穂乃佳「光世の仕事繁栄とこの一年がHAPPYであります様に…」
東  「Cheers!(乾杯)」
穂乃佳「Cheers!(乾杯)」

僕らはグラスを合わせて、
グラスで揺れる綺麗なルビー色のワインを飲んだ。
深みがあって仄かにスモーキーな味わいを楽しみながら、
美味しそうにワインを飲む穂乃佳を見ていた。
彼女はワインを飲むとグラスをテーブルに置いて…
穂乃佳「美味しい!光世と一緒だから尚美味しい」
東  「えっ?そう(笑)」
穂乃佳「うん(紙袋を出して)はい!プレゼント!」
東  「えっ!いいの?(袋を受け取る)ありがとう…」
穂乃佳「うん。今からの必需品でしょ?光世に似合うと思ったから。
    開けてみてよ」
東  「うん」


僕は、ワクワクしながら、袋を開けて袋を覗き込み取り出した。
それは黒のカシミヤのVネックセーターだった。
東  「カシミヤじゃないか…高かったろ」
穂乃佳「もう、本当に光世はムードないんだから。
    お金の事なんか言わないの!ねぇ、着てみせて?」
東  「あ、ああ」

僕はセーターの袖に手を通して着てみた。
東  「うん、着心地良いよ。温かいしね」
穂乃佳は、ゆっくり僕の側にすり寄ってきて、
僕の胸に頬をつけて抱きつき、右手で僕の胸を撫でた。
穂乃佳「本当だ…光世…あったかいよ…」
僕は穂乃佳を抱き寄せて、右手で髪を撫でた。
東  「ありがとう…。ねぇ、穂乃佳」
穂乃佳「ん?」
東  「何故あのアンティークの木箱が欲しかったの?」
穂乃佳「うん。あれはね、あのお店の初代店主が、
    愛する女性の為に手作りの呼び鈴を作り、
    あの木箱に、その鈴と愛の言葉が溢れるメッセージと、
    彼女を思うがゆえに犯してしまった自分の罪を、
    告白した手紙を一緒に入れて贈ったの。
    それから二人は結婚して、あったかな家庭をもって、
    あのお店『Bell a amant(恋人の呼び鈴)』を立ち上げた。
    その恋話が周囲にどんどん伝わって、
    愛する人に愛の告白や、どうしても伝えたい思いがある時は、
    あの木箱に手紙を入れて送ると、
    思いが伝わると言われるようになったの。
    それに恋が実ったり、チャンスに恵まれるとも言われてるのよ」
東  「ふぅん。そうなんだ」
穂乃佳「木箱に掘られた薔薇は『愛』を、
    オリーブの枝をくわえた鳩は『無垢と平和』を意味してるの。
    店主は聖書の創世記8章8~11節、
    ノアの箱舟に肖って作ったらしいのよ」
穂乃佳はさっき買った木箱を袋から出して箱を開けた。
中にはビロードの布が敷いてあり、その中に真鍮の鍵が二本入っていた。

東  「鍵が二本入ってる」
穂乃佳「うん。この木箱の鍵よ。
    恋が成就した後は夫婦や恋人同士で、
    この箱に日頃はなかなか言えない、
    お互いの想いを書いたラブレターを入れるのよ。
    そうすれば、二人の愛は永遠に続くって言われてるの」
東  「そうなんだ。とっても奥深い箱なんだな。
    ただのアンティークの木箱とばかり思ってたよ」
穂乃佳「そう?(笑)
    女性はこういうロマンチックなものに目がないのよ」
東  「へぇー。そんなもんなんだ」


穂乃佳は鍵を一本取り出し、別の袋から鎖を出して鍵に繋いだ。
そして、僕の手のひらにのせると包む様に握らせた。
彼女は、鍵の握られた僕の手を両手で握り、
穂乃佳「この鍵は光世が持ってて。
    私達の愛の伝書鳩だから。絶対に無くさないでね」
東  「うん。分かった」

僕は貰ったその鍵をその場で首にぶら下げた。
東  「こうすれば無くなることはないさ(笑)」
穂乃佳「うん、ありがとう。
    これで私に何が起きても、思いを伝えることができる…」
東  「ん?何を縁起の悪いこと言ってるんだよ。
    僕らの間に何も起きたりしないよ。
    大丈夫。この鍵があればずっと一緒だよ」
穂乃佳「うん」


穂乃佳は安心した笑顔で僕にkissをして、
もう一つの鍵に鎖をつけると自分の首にかけた。
穂乃佳「これで、私も光世との愛を無くすことはないわ(笑)」
僕は、そんな純粋で健気な穂乃佳がとても愛おしくて、
彼女を思い切り引き寄せて抱きしめた。
フランスのシャロン・アン・シャンパーニュで迎えた32歳の誕生日。
僕が穂乃佳を一生のパートナーに決めた大切な日でもあった。
(続く)


この物語はフィクションです。
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あの悲劇から感動の再会

2011-10-25 09:00:59 | Weblog
今朝はちょっぴり肌寒い朝。(#^.^#)
お洗濯、部屋のお掃除、お風呂掃除を済ませ、
洗濯物をベランダに干して、
いつものようにプランターに水をあげていたら…


ん?何かが違う…

「あー!!四つ葉のクローバーの苗が!!!」

9月10日の記事でお話しました「ど根性クローバー」の苗!
ない。ない!ないー!!
うちの母上が訪ねてきて、私が鑑定しているときに、
ベランダの掃除をした母上から、「綺麗にしといたわよ」と…
雑草と間違えて抜かれて、無残にも他の雑草と一緒に捨てられた、
あの悲劇のクローバーくんがぁ…(泣)

復活しとるやないですかぁー!!!

と言うわけで、非常に貴重なクローバーの苗は2鉢となりました!
本当にすごい根性を持ったクローバーちゃんでございます。
このパワーはすごい!!

過酷な試練に耐えぬいて復活を遂げたとはいえ、
まだ、生え始めたばかりの初々しいクローバーちゃん。
これから厳しい越冬が待っています。
皆さん、今後もクローバーちゃんの、
ど根性ぶりを温かく見守って頂きたく思います(ρ_;)

朝から感動体験した愛里跨が、八幡西区の現場からお伝え致しましたφ(・o・)
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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 44)

2011-10-24 10:04:47 | Weblog
44、Lovers in a Dream(夢の中の恋人)



(尾久、救急医療センター)

真一さんは、救急病院の処置室のベッドに横たわる私の手を握り、
じっと寝顔を見つめていた。
そして時々、壁時計と点滴の落ちる雫に目をやって…
私はまだ夢の中にいて、
深い深い霧の森を彷徨い、穂乃佳さんと奏士くんを探してた。

蒼 「う…ん。待ってよ…穂乃佳さん…」
真一「蒼さん?…大丈夫?」
蒼 「シャロン・アン・シャンパーニュ…レピュ…広場の…」
真一「え?シャロン・アン・シャンパーニュって…。
   蒼さん?僕が分かる?」
蒼 「ん…。奏士…私はどうしたらいいの…
   お願い…いかないでよ…(涙を流す)」
真一「蒼さん…(蒼の頬に流れる涙をハンカチで拭って)
   …一色くんと何かあったのか…」


ブンブンブン…(紺野の携帯バイブ音)

真一さんはポケットの携帯を取り出し、病室から廊下に出ると、
救急外来入口に向かって歩きながら電話を取った。


真一「はい。紺野です」
東 『紺野さん、東です。まだ病院ですか?』
真一「東さん、はい。
   ついさっき医師から蒼さんの病状説明を聞いたので、
   連絡がなかなか出来なくてすみません」
東 『いや、いいんです。多分そうだろうと思っていましたから。
   蒼さんの容態はどうですか?』
真一「それが、酷い貧血を起こして倒れたらしくて、
   今点滴中で処置室で眠ってます」
東 『貧血…そうですか。あの、僕は熊野前まで来たんですが、
   先ほど電話で、町屋に居て医療センターに行くと聞いたので、
   多分、尾久の救急医療センターかと思ったんだけど』
真一「はい、そうです。東さん、来てくれたんですね。
   あの、僕は救急外来入口に居ますから」
東 『分かりました。もうすぐ着きます』
真一「はい。お待ちしてます(切る)」



10分後、駐車場に車を停めて、心配そうな顔をした東さんが、
急外来の入口に走ってやってきた。

(医療センター救急外来入口)

真一「東さん、ご無沙汰してます(一礼する)」
東 「こちらこそ、お久しぶりです。
   今日はありがとうございました。
   紺野さんが傍に居てくれて助かりました」
真一「いえ。僕の家も町屋で蒼さんとはご近所なんですが、
   ちょうど近くのコンビニの前で、
   東さんと電話中の彼女と出会したものですから」
東 「それも凄い奇遇ですね。彼女は運がいいんだな。
   誰かにしっかり守られてるんだろう…
   それで彼女はどうですか?まだ眠ってるんですか」
真一「はい。ただ、ずっとうなされてて。
   一色くんと何かあったんですかね」
東 「え?うなされてる?」
真一「はい。フランスの地名を言ったり、一色くんの名前を言ったり。
   泣きながら譫言をずっと言ってまして」
東 「フランスの地名…」
真一「ええ。えっと、確か…
   シャロン・アン・シャンパーニュのレピュなんとかって。
   確かフランス北部の街ですよね」
東 「シャロン・アン・シャンパーニュ。レピュブリック広場…
   (“Hotel Avoir du pot”
   [ホテル アヴォワール ドゥ ポット]…穂乃佳…)
真一「東さん」
東 「はい」
真一「蒼さんはドイツ行きが決まったんですね」
東 「はい。彼女に聞いたんですか」
真一「いえ、彼女の親友経由で香和から聞きました。
   こういうこと言うと東さんに失礼かもしれないですけど、
   僕は、蒼さんが今まで仕事を辞めて、
   モデルの道を選んでドイツにいくのを反対していたんです。
   一色くんとの付き合いが上手くいかなくなると思ったんで」
東 「そうですか…僕もですよ」
真一「え?東さんが反対されてたと?」
東 「はい。始めは違いましたが、今は僕もドイツ行きは反対です。
   個人的には連れて行きたいと思っていますが…
   でも、カメラマンの立場から言うと、
   今の蒼さんでは連れていって撮影しても、
   きっと良い作品はできないだろうと思いまして。
   今の彼女は輝きが半減してる…あの時もこのお話しましたよね」
真一「はい」
東 「先程、紺野さんが言われてましたが、
   一色くんと何かあったんだと思います。
   多分彼も、本来の輝きを失いかけてますから」
真一「もしかして、神道社長ですか?」
東 「え?…ええ。まぁ、そんなとこです」
真一「そうですか…、やっっぱり。
   日本ならまだしも、海外に半年は長いですから。
   僕ならきっと耐えられないだろうな」
東 「そうですね」
真一「東さん、とにかく蒼さんの所に行きましょう」
東 「はい」
真一さんと東さんは救急外来の入口から院内に入り、
私のいる処置室に向かった。


(処置室)

真一「東さん。僕は一件電話かけてきますから、
   その間、蒼さんをお願いします」
東 「はい」
真一「すみません(病室を出る)」

東さんはカーテンをくぐり、私の眠っているベッドに来ると、
私の髪を撫でながら話しかけた。
東 「今度は逆になっちまったな。
   君は今も夢の中にいて、穂乃佳と会ってるの?
   蒼さん…今度は一色くんと何があった…」


(青山、第一スタジオ)

茜は『ツイン・ビクトリア』の撮影を終えて、
ヤスくんとロビーで待ち合わせていた。

茜 「ヤス、遅いなぁ。いつまで待たせんのよ。
   もう30分以上経つじゃないの」
そこに、撮影に参加している奏士くんのお兄さん、
幸雅さんが仕事を終えてロビーにやって来た。

幸雅「金賀屋さん」
茜 「あ、はい。お疲れ様でした(頭を下げる)」
幸雅「撮影お疲れ様。
   昨日から演技拝見してたけど、とても良かったよ」
茜 「ありがとうございます」
幸雅「君、一色奏士と付き合ってるんだよね」
茜 「え!?…あの、何故それを?」
幸雅「ああ、奏士とは兄弟なんだ。僕は奏士の兄だよ」
茜 「えー!そうだったんですか!
   それは私じゃなく姉の蒼です(笑)
   私達、双子なんでよく間違えられるんですよ」
幸雅「双子…君じゃないんだ。
   神道さんからモデルだと聞いたから、てっきり君かと」
茜 「まぁ、ルックスはほとんど同じですから、姉もこんな感じです(笑)
   姉もうちでモデルの仕事を始めて、来月ドイツに行きますから」
幸雅「そっか」
茜 「でも初耳です。一色さんにお兄さんいたなんて。
   しかもアートディレクターされてるとは」
幸雅「そうですか。奏士とは6年間会ってませんでしたからね。
   久しぶりにこの間スター・メソドの事務所で会いましたから、
   アイツが話したがらないのも無理ないですよ。
   今度是非、蒼さんにもお会いしたいな。
   こちらの撮影には来ないんですか?」
茜 「ええ、多分。
   でも事務所にはこれから来るでしょうから、
   近いうちに会えると思いますよ」
幸雅「そうですか。それは楽しみだな…。では、また明日」
茜 「はい、お疲れ様でした(一礼する)」
幸雅お兄さんは茜にそう言うと玄関に歩いていった。
ヤス「茜!遅くなってごめん」


二階からヤスくんが黒い大きなバッグを抱え降りてきた。
ヤス「あれ、昨日から入ったアートディレクターの一色幸雅さんだよな」
茜 「うん、話しかけられてさ。
   一色さんのお兄さんだって。私と蒼ちゃんを間違えてさ。
   なんか6年ぶりにうちの事務所で一色さんと会ったとかで」
ヤス「え!?うちの事務所で!?
   なんで一色さんが事務所に来るんだよ」
茜 「確かにそうよね。なんか話し聞いてて変だなとは思ったけど」
ヤス「しかし…ほんとかよ。一色さんのお兄さん…
   俺、何か嫌な予感する」
茜 「え?何でよ」
ヤス「神道社長の策略の匂いがする。一色さん、大丈夫かな」
茜 「うん…何だかヤスにそう言われると私も、
   蒼ちゃんが心配になってきちゃったじゃない」

茜はバッグから携帯を取り出し、私の携帯に電話する。
茜 「……もう、蒼ちゃん出てよ…(切って今度は自宅にかける)
   ……だめ。繋がらない…(切る)まだ家にも帰ってない」
ヤス「なぁ、茜。今から上野行かない?」
茜 「え?上野?何しに?」
ヤス「前に茜と蒼ちゃんがケンカした時、蒼ちゃんが言ってたんだ。
   上野に『KATARAI』っていう、
   一色さんの先輩がやってる店があって、そこに行くって。
   今日は蒼ちゃんが仕事を退社した日だし、
   金曜日の夜だから一色さんと居るかもしれない。
   そこに行けば二人に会えるかもしれないだろ?」
茜 「そっか。ヤスったら鋭い!
   ちょうど食事もしなきゃだし、KATARAIに行こう」
ヤス「よし。俺、玄関に車回してくるよ」
茜 「うん」
茜とヤスくんは、私達に会うために頼さんのお店KATARAIに車を走らせた。



(医療センター、処置室)

ん?…ここ何処…

ガチャガチャという金属音と人の靴音で私は目を覚ました。
蒼 「眩しい…」
一度目を瞑り、今度はゆっくり目を開いた。
そして部屋を見渡し横を見ると、優しい顔の東さんが座っていた。
東 「蒼さん。お姫様、やっとお目覚めだね。大丈夫?」
私の左腕を見ると、点滴の管がついている。
蒼 「東さん…何故ここに?…あの、私…何でこんな」
東 「電話中に貧血で倒れたんだ。
   紺野さんが君を病院に連れてきてくれたんだよ」
蒼 「真一さんが…」
東 「今廊下で電話中だけど、もうじき来るよ」
蒼 「はい…」
東 「また譫言を言ってたね。穂乃佳に会ったの?」
蒼 「あ…はい。
   あの、シャロン・アン・シャンパーニュのことを、
   穂乃佳さんが言ってて」
東 「シャロン・アン・シャンパーニュ、
   レピュブリック広場の並びにある、
   ホテル・アヴォワール・ドゥ・ポット」
蒼 「え?ホテル…そう、ホテルとも言ってました。
   穂乃佳さんから鍵を渡されたんです。
   ゴールド?真鍮だったかな。鎖のついた鍵を」
東 「真鍮の鍵?」
蒼 「はい。でも鍵を渡すと、またお願い…って消えてしまって…
   それから私、霧の中で必死で穂乃佳さんを探して、
   そして奏士のことも探してて…
   でも二人とも見つからなかった…
   あっ。頭痛い…(頭を触る)」
東 「大丈夫?(蒼の頭を触る)
   倒れた時打った?こないだの僕と一緒だね(笑)
   今は穂乃佳のことは考えないで、とにかく身体を休めないと」
蒼 「はい…」


看護士さんと一緒に、電話を終えた真一さんが処置室に入ってきた。
真一 「ああ、良かった。目が覚めたんだね」
蒼  「はい」
看護士「(処置をしながら)点滴終わりましたから抜きますね」
蒼  「はい」
東  「あの、看護士さん。
    彼女頭が痛いと言ってるんですが、大丈夫でしょうか」
看護士「はい。倒れられた時に頭を打たれていたみたいですが、
    頭部検査も異常なかったですから、
    今吐き気がなければ大丈夫ですからね。
    少しの間はこぶが痛むかもしれませんけど」
東  「そうですか」
看護士「金賀屋さん、針を抜きましたから、
    少しの間腕を押さえてて下さいね。
    まだふらつくかもしれませんから休まれてていいですよ。
    歩けるようなら帰られて結構ですからね」
蒼  「はい、ありがとうございました」
看護士「では、お大事に(道具を持って)」
東  「ありがとうございました」
真一 「ありがとうございました。
    …いやぁ。蒼さんが大したことなくて良かった」
蒼  「真一さん、東さんに聞きました。ありがとうございました。
    ご迷惑おかけしてすみません」
真一 「いいんだよ。そんなこと気にしないで。
    蒼さん、もうめまいはない?」
蒼  「ええ、大丈夫です」
真一 「そう」
東  「じゃあ、清算済ませようか。二人とも家まで送るから」
真一 「ありがとうございます」
東  「蒼さん、立てる?僕に捕まっていいから」
東さんはまだ少しふらつく私を支えてくれて、病室をでた。
真一さんは私のバッグを持って、受付けで手続きをしてくれた。
私達は東さんの車に乗って病院を後にしたのだった。



一方、茜とヤスくんは上野に着き、
駐車場に車を止めてKATARAIに向かった。

(絵画ダイニング、KATARAI一階店舗)

店内には奏士くんと譲さん、頼さんが居て、
三人はコーヒーを飲みながら静かに話していた。そこへ…

毅 「いらっしゃいませ。二名様ですか…あっ!蒼さん!」
スタッフの毅さんは、ヤスくんと一緒に入ってきた茜を見て叫んだ。

奏士「え!?蒼!?」
譲 「何だ。蒼さん戻ってきたんだ」
頼 「おお」
奏士くんと譲さんは立ち上がり、入口に居る茜とヤスくんを見た。
奏士「あっ、茜さん!」
譲 「ん?茜さんって誰。…あっ!ポイボスちゃんだ!」
頼 「ん?蒼さんじゃない?顔は蒼さんだぞ」
譲 「頼先輩、さっきと服が違うじゃないですか」
奏士「蒼と茜さんは双子で、茜さんは蒼の妹です」
頼 「ああ。双子…」


茜 「良かったぁ!一色さんが居た!」
奏士「ヤスさんも。二人揃ってどうしたんですか?」
茜 「一色さんと蒼ちゃんに会いに来たんですよ。
   ねぇ、蒼ちゃんは?一緒なんでしょ?」
奏士「えっ、蒼ならもう帰りましたよ」
茜 「え!?いつ?」
譲 「もう三時間以上なりますかね。
   事務所に書類届けるからって帰りました」
茜 「事務所?…おかしいわね。前の会社は今日退社してるし、
   うちの事務所は明日からだからね」
ヤス「今日は夕方から神道社長と東さんは打ち合わせだったから、
   蒼さんは二人には会えないはずですよ」
奏士「え?…じゃあ、まだ帰ってないんですか」
茜 「ええ、多分。
   さっき家にも携帯にも電話したけど繋がらなかったから、
   てっきりこちらに居るんだとばかり」
譲 「何か僕、帰り気になったんだよ。蒼さんの態度がさ」
奏士「蒼…」
頼 「まぁ、立ち話もなんだから、奥にどうぞ」
茜 「はい」

茜とヤスくんは、頼さんに案内されて奥のテーブルに座った。
奏士くんはじっと立ったまま、私の行きそうなところを考えていた。
譲 「奏士。大丈夫だよ。
   もしかしたら、買い物に行ってたのかもしれないし、
   今頃、家に着いてるかもしれないだろ。
   明日ここに来る約束をしたんだから落ち着けよ。
   茜さんもいるんだから、とりあえず座ろう」
奏士「ああ…」
奏士くんは譲さんから諭されてテーブルについた。
みんな私が倒れて病院に運ばれたなんて知らずに、
KATARAIで、穏やかに話しながら食事をしていた。


(町屋駅前、東の車の中)

真一「東さん、ありがとうございました」
東 「本当にここでいいんですか?家まで送るのに」
真一「いえ、僕は弁当買ってから帰りますからここで。
   じゃあ、蒼さん。あまり無理しないで。
   また電話するから」
蒼 「はい。真一さん、本当にありがとう」
真一「じゃあ、東さん。蒼さんをお願いします。
   お気をつけて」
東 「はい。ありがとう。ではまた」
真一さんは車のドアを閉めると、
手を振って歩いてコンビニに入っていった。


東 「蒼さん、ご飯まだじゃないの?お腹すいてない?」
蒼 「私、KATARAIで食べてきましたから大丈夫です」
東 「そう。じゃあ、家の前まで送ろうね」
蒼 「あの、ドイツのこと。なんで早まったのか聞かせて下さい。
   もし、東さんがお時間あるなら何処かでお茶飲みながらでも」
東 「僕は時間はあるけど、蒼さんの身体が心配だよ。
   君は倒れて点滴までしてるんだからね。
   今日は何も考えないでゆっくり休むんだ。
   仕事のことは明日話そう。なっ」
蒼 「東さん。お願いです…今夜は一人で居たくないんです。
   霧の森を彷徨う夢を見たからなのかな…
   なんだか、怖くて心細くって…」
東 「そう…。でも、明日は8時出勤で早いよ?
   んー。じゃあ、蒼さんの家で少し話したら帰るから、
   今夜は家でゆっくり休んだ方がいい」
蒼 「あの、着替えを取りに行って、
   東さんのおうちにお邪魔しては駄目ですか?(東を見つめて)」   
東 「えっ…」
蒼 「私、無理言ってるな。ごめんなさい。やっぱりご迷惑ですよね…」

東さんは私をじっと見ていたけど、頭を撫でて…
東 「ふぅ(小さな溜息)分かった。
   そんな縋るような目で見つめられたらOKするしかないだろ(笑)
   じゃあ、支度してうちにおいで。明日は一緒に出社しよう」
蒼 「ははっ(笑)はい、ありがとうございます。
   また倒れたらって思ったら、何だか怖くって」
東 「でも、夜更かしはしないからね。分かった?」
蒼 「はい(笑)」
私は一度家に帰り、明日の着替えを用意すると、
東さんと一緒に東さんの自宅に向かったのだった。


何故、私が東さんと一緒に居たかったか…
それは心細いのもあったけど、東さんのところに行けば、
また穂乃佳さんの夢が見れるかもしれないと思ったの。
もう一度夢の穂乃佳さんと会って、
夢の中の私に、答えを見つけさせたかったから…
そして、これから私たちがどうなるのか、
夢の中の奏士にも聞きたかったからだった。
(続く)


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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 43)

2011-10-23 00:02:19 | Weblog
43、深い霧の中



(絵画ダイニングKATARAI、二階アトリエ)

奏士くんと頼さんは、香澄さんの絵の下に座り込み話していた。
奏士くんは、東さんとの事や神道社長との事、
そして、6年ぶりに偶然会った幸雅お兄さんのことも…
頼さんは床に胡座をかいて腕組みをして、
奏士くんの話しを黙って聞いていた。

頼 「んー。そうだったのか…。
   でもな、奏士。克服すべきはお前の心の弱さだよ」
奏士「弱さ…」
頼 「ああ。お前の極端な劣等感と、
   訳の分からん不安と家族への怒りさ。
   自分は東光世や親父さんや兄さんに勝てないという劣等感。
   それと、蒼さんが自分から離れていくかもと思う不安だよ。
   業界でモデルや俳優をしてる人だって、
   周囲から反対されて恋人と離れ離れでも、
   愛する相手と別れないで頑張ってる人はごまんと居るはずだ。
   きっと必死で周りに潰されない様に、
   二人の関係を大切にしてるだろう。
   でもそれは、業界の人間に限ったことじゃない。
   この世の中には、自分の置かれた立場や、
   お前と同じ様に育った環境で、
   制約されたり拘束されて自由がない人達だっている。
   だから蒼さんが『スター・メソド』のモデルになっても、
   今まで通り普通に会社勤めしていても、
   二人の気持ちや絆がしっかりしていれば、
   なんら変わらないと思うんだが」
奏士「絆…」
頼 「それにお前の兄さんやスター・メソドの社長が何と言おうと、
   誰も二人を引き裂くことはできないさ。
   お前と蒼さんが信頼して愛し合っていれば、
   それが何より強くて揺るぎないものじゃないのか?」
奏士「揺るぎないもの…か」
頼 「ああ。だが、親父さんが一色昌道で、
   兄さんが一色幸雅という事実も、
   生い立ちも消すことはできない。
   今までの親父さんへの怒りも含めて全て受け入れて、
   自分を成長させるエネルギーに変えるしかない」
奏士「先輩」
頼 「奏士、俺に言われなくてもそんなことは、
   今まで散々悩み苦しんで生きてきたお前なら、
   分かってるはずだろ」
奏士「はい…そうですね」
頼 「どうだ?吐き出して少しは落ち着いたか?」
奏士「はい…。ここと(胸を押さえ)
   譲に殴られた左頬がまだ痛いですけどね」
頼 「そうか。それは蒼さんと讓、二人の愛の痛みだ。
   その痛み絶対忘れるな」
奏士「はい…」
頼 「奏士、今から下行って、
   蒼さんに床に頭擦り付けて謝ってこい」
奏士「はい。蒼に謝ります」
頼 「お前さ、端で見てると本当に格好悪い奴だな。
   もっとカッコいい生き方しろよ。まったく(笑)」
奏士「はい…(笑)」


そこに二人を心配した讓さんが二階に上がってきた。
讓 「あの、頼先輩。奏士はどうですか?」
頼 「讓、心配かけたな。もう落ち着いたよ」
讓 「そっか、良かった。
   奏士、さっきはごめんな。あの、殴ったりして。
   で、でもさ、許せなかったんだよ。
   お前のあれだ…
   ああいう姿を見た蒼さんの辛そうにしてる顔見たらさ、
   今にも泣き出しそうだったから、何か僕、カーッときてさ…」
奏士「僕こそさっきはごめん。ありがとうな。
   讓、蒼は?どうしてる?」
讓 「それが…帰ったんだ」
奏士「え?」
頼 「蒼さん、帰ったのか!?」
讓「うん。なんか、事務所に大切な書類届けるの忘れたとかで。
   でも多分、居辛くなったんじゃないかと思うんだ」
奏士「…僕、今から蒼を追いかけるよ」
讓 「いや、今日はもうそっとしといた方がいいよ。
   蒼さんは明日ここに来るって、帰る前に僕と約束したから。
   奏士も明日バイト終わったら絶対来て、
   その時は蒼さんに謝れよ」
奏士「うん…。分かった」
頼 「奏士、お前はもう一人傷つけた女が居るんだからな。
   朱美にも敦美みたいに誤解されない様にちゃんと謝っとけよ」
讓 「そうだよ。みんなの前で、
   あんなことされて見てて可哀想だったぞ。
   しかも安西から帰れって怒鳴られるしさ」
奏士「ああ…分かったよ」
頼 「ったく。どいつもこいつも。
   (香澄の絵を見ながら)
   なぁ、香澄。こいつら本当にガキで情けないよなぁ。
   いつになったら俺達の手を煩わせないような、
   大人の男になるのかなー。
   本当に先が思いやられるよ。なぁ(笑)」
頼さんは香澄さんの目を見ながら笑顔で話しかけた。
奏士くんと讓さんはバツ悪そうに、香澄さんの絵を眺めていた。
香澄さんは聖母マリアの様な優しい眼差しで三人を見つめていた。




(神楽坂、東の自宅)
東さんはというと…
神道社長が夕方から自宅に来ていた。
昨日の奏士くんの件とドイツのスケジュールについて話す為に。

東 「え!?…11日に変更!?」
神道「ああ。向こうのスケジュールの関係で、
   10日早くなったらしいんだが、11日からドイツに渡って欲しいと、
   伯社長から昼連絡があった。
   その変わりに、手当ては弾むそうだ。
   準備金はお前の口座に振り込んでおいたから確認しておいてくれ」
東 「そんな…度々変更なんてやめてくれ。
   それでなくても日にちがなかったのに、
   更に10日も早められたら困るんだよ。
   まだ充分に準備が出来てないんだぞ。
   (12月11日は確か…一色くんの個展開催日だったな。
   あの狸、何で10日も早めたんだ。くそっ!)」
神道「はぁーっ(溜め息)仕方ないだろ?
   俺もかなり説得したんだが、
   あの傲慢社長は一回言い出したら聞かないんだから。
   光世。とにかく無理してでも間に合わせろ。
   少し経費が掛かってもいいからスケジュールを組み直してくれ。
   今日中に、蒼さんに連絡して、
   明日は毎日出勤してもらうように言ってくれ。
   光世、彼女にモデルとしての自覚を持たせる様な指導宜しくな」
東 「ああ」
神道「ドイツに行くまでは専属のスタイリストも一人付ける予定だから、
   赤いメガネも外させて、イメージも一新してくれよ」
東 「ああ、分かったよ」
神道「そうだ。何なら俺の箱根の別荘使ってもいいぞ。
   あそこなら誰にも邪魔されずに指導できるだろうし、
   ストレス解消がてら二人で泊まり込みで行ってくればいい。
   とにかく最高の仕事ができるなら、場所も人材も提供するからな」
東 「二人で泊まり込みって…。
   お前さ、僕も自分の会社のスタッフが居るんだ。
   いない間の引き継ぎもしなきゃいけない。
   のんびり箱根なんて行ってたら仕事できないよ」
神道「お前にチャンスを与えてるんだよ。
   今なら、蒼さんをお前のものにできるぞ。
   一色幸雅と会った時に分かったんだが、
   一色奏士は兄貴や親父との間にかなりの確執があるらしいから、
   幸雅さんが仕事に入りだしたら、茜ちゃんとは絡むし、
   蒼さんに近づくことに抵抗を感じるだろうな」
東 「生…まさかそれが狙いで!?
   一色さんを呼んだのはそれが目的か!?」
神道「勘ぐるのはやめろよ。
   それだけの為に仕事を依頼したんじゃない。
   俺はそんなせこい男じゃないぞ。
   ただあんな酷い確執があるとは想定外だったけどな」
東 「まったく最近のお前は何を考えるのか分からないよ。
   今までのお前はもっと実直で正々堂々してたろ」
神道「綺麗事だけで利益ある仕事はできないんだよ。
   話しはそれだけだから帰るよ。じゃあ、明日8時に会社でな」
東 「ああ」

神道社長は、東さんに書類を渡すと立ち上がり帰っていった。
東さんはすぐ携帯電話を取り、私に電話をかけた。



(町屋駅前交差点)

私はタクシーを降りて、家に向かって歩いていた。
家の近くのコンビニの前にきたとき、バッグの中の携帯が鳴り、
携帯を出して見ると東さんからだった。

蒼 「(受話ボタンを押す)もしもし」
東 『蒼さん、今話せるかな?』
蒼 「はい…」
すると、後ろから私を呼ぶ声がした。
真一「蒼さん!」

振り返ると、駅の方から走ってくる真一が見えた。
蒼 「あっ、東さん。ちょっと待ってて下さい。
   (電話を押さえ)真一さん」
真一「今仕事帰り?…あっ、ごめん。電話中か」
蒼 「今、東さんと電話中なんで、ちょっと待ってて貰えます?」
真一「じゃあ、僕はコンビニで弁当買ってくるよ」
蒼 「ええ」

真一さんはコンビニの中に入っていった。
蒼 「(電話を耳に当てて)東さん、お待たせしてすみません」
東 『いいよ。実はドイツの件なんだけど、
   この間話したスケジュールが変更になるんだ。
   詳しくは明日話すけど、出発日が12月11日の昼になった』
蒼 「えっ!?11日ですか!?」
東 『ああ。今さっきまで生が来ていて、
   伯社長から今日連絡が入ったということなんだ』
蒼 「はい…」

10日も早い旅立ち…
奏士とも今日あんなことがあったのにどうしよう…
私達どうなるの…

東 『…それで、明日から毎日スター・メソド出社して欲しいんだ。
   交通費は明日会社で申請書を渡すからね』

私はお酒を飲んでいたのと、
今日1日の目まぐるしい変化についていけない自分がいて、
急に動悸と息切れを感じ、目の前の景色がぐるぐる回りだした。
そしてふらっとした後、携帯を持ったままその場に倒れたのだ。

カシャッ(携帯を落とす音)

東 『もしもし。蒼さん?…』
女性「ちょっと!貴女大丈夫ですか!?」
ちょうど前を通り掛かった女性が、
倒れた私に気がついて駆け寄ってきた。
女性「大丈夫ですか!?あの!誰かすみません!」
女性の叫び声にコンビニにいたお客さんや、
通りにいた人達が数人集まってきた。

男性A「救急車呼んだらどうだ!意識ある!?」
女性 「呼びかけても意識が無くて」
男性B「脈や呼吸は!」
当たりはざわざわしている。
コンビニから出てきた真一さんも倒れた私に気がついて駆け寄った。

真一 「蒼さん!どうしたんですか?」
女性 「電話してたみたいですけど、私の目の前で急に倒れて」
男性A「あんたの知り合いか!?」
真一 「はい!友人です。
    病院に連れて行きますので、
    すみませんが誰かタクシー呼んで下さい!」
男性B「よし!俺が呼ぼう」
女性 「私、病院に電話します!
    尾久の医療センターでいいですよね!?」
真一 「はい!お願いします。
   (蒼の傍の落ちた携帯を取り)もしもし!?東さんですか」
東 『もしもし!あの、貴方は!?蒼さんに何かあったんですか!』
真一「東さん!紺野です!蒼さんが倒れて、
   今から医療センターに連れて行きますから一度電話切ります!」
東 『え!?紺野さん!医療センターってどこの!?』
真一「今町屋なんで。また連絡します(携帯切る)蒼さん!」
真一さんは私のバッグを肩に掛け、私を抱いて髪を撫でていた。

そうするうちにタクシーがコンビニの前に着き、
真一さんは私を抱きかかえて、
通りにいる人達にサポートして貰いながら、
タクシーに乗り医療センターに向かった。


私はめまいの中、また夢を見ていた。
また、穂乃佳さんが湖に佇み微笑んで話しかける。

蒼  「穂乃佳さん…」
穂乃佳さんは私に鎖のついた鍵を渡し、透き通った声で言った。
穂乃佳「シャロン・アン・シャンパーニュ…
    レビュブリック広場のホテル…」
蒼  「穂乃佳さん。この鍵は?レビュ…何?広場のホテル?」
穂乃佳「蒼さん…光世をお願い…鍵を…お願い…(後ろを向く)」
蒼  「穂乃佳さん、行かないで!お願いだから分かるように教えてよ」
穂乃佳「お願い…お願いよ…」
穂乃佳さんはまたそういうと霧の中へ消えていった。
蒼  「お願いって…穂乃佳さん…行かないで…
    もう…奏士…私どうしたらいいの…教えて…」


(尾久、救急医療センター)

私は病院で治療を終えて処置室のベッドで眠っていた。
真一さんは救急医の病状説明を聞いていた。

救急医「検査の結果、貧血がありました。
    赤血球の数値も鉄分も数値が低かったので、
    貧血からくるめまいで倒れられたようですね」
真一 「そうですか」
救急医「治療中に意識が戻りましたし、
    今は処置室で点滴をしています。
    お酒を飲まれていたようですが。
    様子を見て落ち着いたら帰られていいですよ」
真一 「はい。ありがとうございました」
救急医「では、お大事に」

真一さんは診察室を出て処置室に入ると、
私の眠るベッドの横に来て、椅子に腰掛けた。
そして手を握ると自分の頬に近づけた。
真一「蒼さん…」

私は、傍らで心配する真一さんが居ることも知らずに、
夢の中で必死に霧の中を走り回り、
奏士くんと穂乃佳さんを探していたのだ。
私自身が深い深い霧の中に迷い込んだ迷子のように…
(続く)



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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 42)

2011-10-21 17:28:06 | Weblog
42、下弦の月…



11月18日(金)。
今日、私は会社を退職した。
いろいろあった会社だったけど、
辞めるとなるとやっぱり寂しいものがある。
朝の通勤ラッシュも帰り道の人混みの中にも、
自分の身を置くことももうなくなる。
満智子や真一さん達との楽しいランチも、
明日からはもう出来なくなるんだ…


あれから二日間、奏士くんは個展の準備と、
コンテストの絵を描くのに専念したいと言うことで、
逢ってなかったけど、今までとは何ら変わりなく、
毎日メールや電話で楽しく会話していた。
そして、今夜は久しぶりに奏士くんに会える。
みんなが頼さんの店に集まるらしく、
讓さんや安西さん、美並さん達とも久しぶり会えるんだ。
私は急ぎ足でKATARAIに向かった。



(絵画ダイニングKATARAI、一階店内)

19時前、私がKATARAIに着いて店内に入ると奏士くんはもう来ていた。
奏士くんの他に讓さん、安西さん、美並さん、瑞樹さん、
そして美術部の後輩で二年生の朱美さんがいて、
賑やかな雰囲気の中、みんな楽しく呑んでいた。
ただいつもと違うと感じたのは、奏士くんの姿…

頼 「蒼さん、いらっしゃい!」
蒼 「皆さん、遅くなってごめんなさいね」
讓 「おーっ!蒼さん!待ってましたよぉー」
安西「蒼さん、早く早く。ここ、奏士の横座って」
蒼 「ええ」
私は奏士くんの飲んでる姿を見ながら、
みんながいるテーブルに近づいた。
奏士くんは振り返って私を見ることも、私に声をかけることもなく、
ただ黙って静かに飲んでる。
頼さんが私の肩に軽く触れて、小声で話しかけた。
頼 「蒼さん。今日の奏士、あの調子でいつもと違って変なんだ。
   ふざける讓とも絡まないし、
   ただみんなが話すのを聞いてるだけで。
   しかも今日は、二年生の後輩の子と一緒に来たんだが、
   蒼さんは何か心当たりはない?」
蒼 「え?…いえ。私も久しぶりに会うんで分かりません。 
   メールや電話ではいつもと変わらなかったから…」
頼 「そうか…。蒼さんは飲み物は何がいい?」
蒼 「えっと…じゃあ私は、
   いつもの『エンジェル・キッス』をお願いします(笑)」
頼 「OK!」


私は奏士くんの横に腰掛けて彼に話しかけた。
蒼 「奏士、お疲れ様。絵は順調?」
奏士「お疲れ様。うん、順調」
蒼 「そう…」
私が話しかけても、私の顔を見ることはなく、
それ以上、奏士くんからは私に話しかけてこない。

私がスタッフの毅さんからドリンクを貰うと、
讓さんがいつもの様に元気に音頭をとり始めた。
讓 「では!蒼さんが来て全員が揃ったから乾杯しよう」
安西「おお!」
(みんながグラスを持って)
讓 「今夜も生一丁盛り上がろう!乾杯ー!」
全員「喜んでー!乾杯ー!」
思い思いにグラスを重ね、私も皆さんのグラスとふれ合わせた。
でも、奏士くんは誰とも絡まず、ただ飲んでいる…
譲さんが、私と奏士くんを気にかけて話しかけてきた。


讓 「蒼さん、聞いてよ。今日の奏士さ、
   僕と全然じゃれ合ってくれないんっすよ(ToT)
   見ての通り、オヤジみたいにただ黙って飲んでるだけで。
   今のグラスで8杯目っすよ」
蒼 「え!?…8杯って…」
譲 「それも、2杯目からジンをガバガバ飲みだして」
安西「多分、引きこもりのせいだな。
   ただカンバスに向かって黙々と絵を描いてるから。
   ストレス溜まってんじゃないのか?」」
美並「でも、凄いじゃない。
   それだけ絵に情熱をかけてるってことよ。
   しかも今回の大きなコンテストにまで、チャレンジするって、
   本当に一色くんを尊敬するわ。
   誰かさんとは大違い。少しは見習ったらどうよ!」
安西「えー!…(美並に睨まれる)
   あ、はい…(落ち込み)美並ちゃん…怖い」
讓 「それに!(奏士を睨みながら)
   蒼さんが来るのにさー、
   なんでお前、朱美と一緒に来るんだよ」
瑞樹「そうですよ。あの子は一色さんのこと好きだって…」
讓 「瑞樹!しーっ!言うな」
蒼 「え…」
瑞樹「あっ(汗)私、至らないこと言っちゃって…。
   蒼さん、ごめんなさい!
   でも一色さんは蒼さんにベタ惚れですからね!」
讓 「そうそう!奏士は蒼さん命だからな。
   でも、僕達のラブパワーには負けてるけどね(`∇´ゞ」
蒼 「え、ええ。そうね(笑)」
讓 「でも、朱美が居ると調子狂うんだよな。
   奏士!何で連れてくんの!?本当に!( ̄・・ ̄)ふん!」


朱美さんは、別のテーブルで友達二人と話している。
讓さんやみんなが気遣って、私に話しかけていると、
今まで黙ってた奏士くんの重い口がやっと開いた。

奏士「好きだから連れてきたんだよ。お前らうるさいよ」
讓 「えっ」
蒼 「……」
奏士くんの一言で賑やかだった場の空気が一変、
一瞬にして凍りついたのだ。
讓 「奏士、今何て言った…」
安西「今…好きだからって…」
みんなは一斉に私の顔を見ている。

え…あの子が好き!?…奏士、どういうこと!?

私はこの気まずい雰囲気を変えようと、
自分の動揺する気持ちを必死で落ち着かせながら、
立ち上がって笑顔でしゃべり出した。
蒼 「やだなぁ、奏士。
   ほら、みんなびっくりしちゃったじゃない(苦笑)
   奏士は、人間的に素敵な人って言いたかったのよね。
   (朱美を見て)彼女、チャーミングで可愛いしさ。
   奏士ったら、飲み過ぎよ(笑)」
奏士くんはゆっくり私を見上げて、更に鋭い言葉を投げかけた。
奏士「違うよ。女として好きなんだ。だから連れてきた」
蒼 「えっ…」

奏士くんはテーブルに両手をついてゆっくり立ち上がり、
私の顔を流す様に見ると、朱美さんのテーブルに歩いていき、
友達と話している朱美さんの腕をぐっと掴んで、
彼女を自分に力強く引き寄せると、いきなりキスをしたのだ。

ガターン!

朱美さんが座っていた椅子が、引き寄せられた勢いで床に倒れた。
みんなはシーンと静まり返り、
ジャズの音楽だけが店内に聞こえていた。
店内にいる全員が、キスする二人を呆然と傍観していた。


そして、奏士くんは朱美さんの腕を掴んだまま、
彼女の唇から離れ、据わった目で彼女を見ている。
朱美「い、一色先輩…あの…」
朱美さんはおどおどしながら私の存在を気にして、
奏士くんから離れようとしていたが、
奏士くんは彼女の腕を掴んで離さない。
私もその姿をただ呆然と見つめるしかなかった。



頼 「奏士!お前何してる!
   酔ってふざけるにも程があるだろ!」
事態を収めようとする頼さんの声が店内に響いた。
讓さんは、今にも泣きだしそうな私の表情とこの状況を見かねて、
凄い勢いで立ち上がり、奏士くんに近づいていった。
そして朱美さんから引き離し、奏士くんの胸ぐらを掴んだ。


讓 「お前!何やってるか分かってんのか!」
奏士「ふっ(笑)…るせぇよ」
讓 「…んだと!バカヤロウ!」
讓さんは怒りで震えた拳を奏士くんの頬めがけて叩きつけた。
朱美「きゃっ」
殴られた奏士くんは酔っていたのもあったのか、
よろけて、床に座り込んでしまった。


安西「朱美!お前らもう帰れ!」
朱美「は、はい(涙ぐむ)
   あ、あの、蒼さん…すみません!(蒼に頭を下げる)」
朱美さんは一緒に来ていた友達と、
支払いを済ませ慌てて帰っていった。


讓さんは座り込んで立ち上がらない奏士くんを見下ろし、
低く震えた声で上から話しかけた。
讓 「お前さ…やって良いことと悪いことがあるよ。
   あれだけ…
   あれだけ今まで、敦美のことで蒼さん傷つけてきたんだろうが…
   なのに…なのにまた、こんなことで傷つけてどうすんだよ!
   (奏士の胸ぐらを掴んで)またおんなじこと繰り返すのかよ!
   えー!?奏士ー!黙ってないで何とか言えよっ!!(泣)」
奏士「く…っ(涙をこらえて声を殺してる)」
讓さんは泣き叫びながら、奏士くんを前後に揺さぶって必死に問いかけた。
でも、奏士くんは座り込んで、下を向いたままだった。
美並さんは安西さんの肩にしがみつき、
安西さんは二人を心配そうに見守っていた。
瑞樹さんはゆっくり私に近づいて、私の腕を両手で強く握った。
瑞樹「蒼さん…大丈夫ですか?」
蒼 「うん。大丈夫よ」

ううん…大丈夫じゃない…


その空気を見かねた頼さんが、スタスタと早歩きで二人に近づき、
奏士くんの胸ぐらを掴む讓さんの手を解くと、
奏士くんの首根っこ掴み怒鳴った。
頼 「奏士!ちょっと来い!」
頼さんはうなだれた奏士くんを立たせて、心配する私達に話しかけた。

頼 「お前ら心配すんな。すまんが飲み直しててくれ。
   毅、後のこと頼むぞ」
毅 「はい。店長」
頼 「蒼さんも!心配するなよ(笑)」
頼さんはスタッフの毅さんに笑顔でみんなに告げると、
奏士くんの首根っこを掴んだまま、
二階のアトリエに彼を引っぱっていったのだ。

安西「よし!みんな飲もうぜ」
美並「うん。蒼さん、飲みましょう」
蒼 「う、うん」

讓さんは、二階に引きずられるように上がっていく奏士くんを、
泣きながら寂しそうに見つめていた。
安西「ほら!讓も!蒼さんと飲もうぜ!(肩を叩く)」
讓 「ああ(Tシャツの袖で涙を拭って)」
私は奏士くんを気にしながらも、
みんなから支えられるように椅子に座り、
話しながらお酒を飲み始めた。
お酒の弱い私も、奏士くんの姿に動揺してたせいか全く酔えない。



(KATARAI二階、アトリエ)

頼さんはボロ雑巾の様にうなだれる奏士くんを、
香澄さんの絵の前に連れていくと、壁に向かって突き放した。

頼 「奏士。酔っぱらってやったか、ワザとやったのかは知らん!
   だが、お前がさっきしたことは蒼さんを傷つけるだけじゃなく、
   俺と香澄に対しての裏切り行為だっ!
   お前、俺に言ったよな。俺たちが目標だって。
   あれは本心から言ったんじゃなかったのか!
   俺は香澄が生きてる時にあんなこと…
   あんな残酷な事を彼女の前でしたことはないぞ!
   そして、讓たちや朱美の心まで傷をつけたんだぞ。分かってんのか!」

奏士くんは壁にもたれ立ち上がらず、下を向いて座っていたけど、
感情を押し殺すように細い声で答えた。

奏士「いいんです…これで」
頼 「ん!?いいって何がいいんだ」
奏士「これで…
   これで、蒼は僕に愛想を尽かして東さんのところにいける」
頼 「はー!?お前何言ってるんだ!」
奏士「先輩。僕は…やっぱり、父さんや兄さんを超えて、
   一端の画家になるまでは…
   僕は、蒼に触れちゃいけないんです…(泣)」
頼 「ん!?お前まだそんなことにこだわってるのか!
   親父さんや兄弟は関係ないだろうが!
   お前は自分の才能であの絵を描き、
   お前の蒼さんを愛する心があの絵に魂を吹き込んで、
   実力のある画商をも唸らせて、
   世間に自分を名を売る機会をひとつ手にしたんだろうが!
   お前には蒼さんが必要で、
   蒼さんもお前を必要としてるんだろ!?
   蒼さんは12月21日昼の飛行機で、
   フランクフルトに行くことが決まったんだぞ。
   愛する女がドイツに旅立つまで、あと1ヶ月を切ったんだ!
   今揺るぎない絆を深めなくてどうするんだ!」
奏士「頼先輩…。僕はどうすればいいんですか…」
頼 「え?」
奏士「僕は…どうすればいいんですか。
   外部の攻撃や、消してしまいたい自分の生い立ちから、
   どうすれば、逃れられるんですか…」
頼 「ん?、奏士」
奏士「先輩、教えてください…どうすれば…
   どうすれば、蒼との愛を守れるんですかぁ…
   僕はどうすれば……くそぉ…(号泣)」
頼 「奏士…お前何があった!まさか、東光世と何かあったのか!?
   奏士!全部吐き出して話してみろ。ん!?」

頼さんは泣き崩れて座り込む奏士くんに近づいて、
床に胡坐をかいて座り込み、奏士くんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
そんなやるせない二人の姿を、
絵画の香澄さんは優しく見下ろしていた。



(KATARAI一階店内)
私はみんなと楽しく飲んでいたけれど、
なかなか降りてこない二人が気になって、
苦しい感情を抑えきれなくなり思わず立ち上がった。

讓 「蒼さん?どうしたの?」
蒼 「あ、あの…。私、用事を思い出したわ。
   ははっ(笑)大失態」
安西「大失態って?」
蒼 「仕事の大事な書類を事務所に届けるのすっかり忘れてた。
   届けにいかなきゃ…」
美並「今からですか?」
蒼 「う、うん。だから先に失礼するわね」
譲 「……」
安西「蒼さん、まだ居て下さいよ。
   もうすぐ奏士も頼さんも下りてきますよ」
瑞樹「そうですよ。蒼さん居ないと寂しいじゃないですか」
蒼 「ありがとう。本当にごめんなさいね。
   また明日来るから、奏士と頼さんに宜しく伝えておいて。
   皆さん、今日はありがとう(笑)」
   私は微笑んでみんなに手を振ってレジに行った。
   精算を済ませ店を出ようとした時、讓さんが近寄ってきた。
讓 「蒼さん、本当に明日来ますか?」
蒼 「え?ええ。勿論」
讓 「それじゃあ、奏士にそう伝えておきます。
   明日はあいつバイトですけど必ず来させます。
   僕も明日奏士とここに来ますから、
   蒼さんも明日必ず来て下さいね」
蒼 「うん。分かった(笑)必ず来るから」
讓 「良かった(笑)じゃあ、気をつけて行ってきて下さいね」
蒼 「うん(笑)讓さん、ありがとう」
私は心配そうに見つめる讓さんに小さく手を振り店を出た。



私は足早に上野駅からタクシーに乗った。
蒼 「すみません。町屋駅までお願いします」
運転手「はい」
走る車内なら光流れる景色を見ていると涙が溢れてきた。

蒼 「奏士…約束したよね…指切りげんまん…(泣)」


上野から日暮里の街に入ったところで…
♪~♪~♪~♪~♪
カーラジオから偶然に『Walking Away』が流れてきて、
私の不安な心に、尚一層追い討ちをかけた。
ふと、夜空を見上げると、ダークブルーの空に、
下弦の月が白くぽっかりと浮かんでた…

ラスト・クォーターか…
神様…お願いです。奏士との仲を引き裂かないで。
お願いします…


タクシーは悲しみに浸りながら祈る私を乗せて、
自宅のある住み慣れた町屋の街へ入っていった。


(続く)


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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 41)

2011-10-19 12:21:01 | Weblog
41、冷たい街



奏士くんのバイクは公道から、スター・メソドの門を入り、
ゆっくりと駐車場の中へ入ってきた。
裏口近くにバイクを停めエンジンを切って、ヘルメットを脱ぐと、
奏士くんは目の前の不気味に立っている、
黒いビルを鋭い視線で眺めた。
奏士「ここか…」



(スター・メソド、二階オフィス)

神道社長は、実写『ツイン・ビクトリア』撮影の商談中だった。

神道「(書類を見ながら)是非この見積もりでお願いします。
   明後日の『ツイン・ビクトリア』の撮影から加わって頂きたい」
男性「はい、大丈夫です。
   この間出された写真集といい、このお話の実写版といい、
   神道さんの活躍には僕も注目していただけに、
   今回一緒に組めて光栄ですし、本当に楽しみですよ。
   早速、グラフィックとスチール写真を用意します」
神道「ありがとうございます!
   いやぁ、本当に助かりますよ。
   こちらも貴方が味方についてくれれば百人力ですからね」


コンコン!(ノック音)

神道「おお、やっと来たかな。はい、入りたまえ」
奏士「失礼します(ドアを開ける)」


奏士くんはドアを開けてオフィスに入り、
神道社長と打ち合わせをしている男性を見て、
思わず険しい顔で立ち止まり固まってしまった。
奏士「あ、兄さん…」

神道社長と打ち合わせしていたその男性は、
奏士くんのお兄さん、一色幸雅(こうが)だったのだ。

幸雅「ん!?…奏士!何故お前がここに…
   神道さん、これはどういうことですか?」
神道「ああ。彼には別件で協力を依頼してましてね」
幸雅「別件?」
神道「はい。実はうちのモデルの金賀屋蒼が、
   奏士くんと良いお付き合いをさせて貰ってるんです」
奏士「し、神道さん!」
幸雅「え?…奏士がおたくのモデルさんと、ですか…」
神道「はい。一色さんも東光世はご存じでしょう?」
幸雅「ええ、勿論。
   この業界で東光世を知らない人はいないですからね」
神道「その彼女が12月からドイツに渡り、
   東光世の指導で写真エッセイ集を出すんですよ」
幸雅「ほーぅ」
神道「それで彼にも臨時で撮影アシスタントをして貰ってるんです。
   今日はその為の打ち合わせに呼んだんですよ」
幸雅「そうでしたか。
   奏士、お前もやっとこの世界を理解する気になったんだな。
   学生のお前が、神道さんと東さんの元でアシスタントなんて、
   本当に誇らしいことだぞ。僕も鼻が高い。
   お二人に迷惑かけないようにしっかりやれよ」
奏士「……」
幸雅「この話をすればきっと、親父も喜ぶだろうな」
奏士「おい、あの人には言うな!神道さんが今言ったことも含めて、
   あの人や身内の前で僕の話は一切するなっ!」
幸雅「奏士!あの人ってお前の父親だぞ!」
奏士「父親…。…ふっ…くくくくくっ(笑)…」
奏士は声を殺して笑い、じっとお兄さんの顔を睨みつけ、
胸のモヤモヤを吐き出す様に強い口調で言った。


奏士「父親…よく言うよ(笑)
   中学の時以来、まともに話もしてないんだぞっ!
   それでも親か!金さえ渡せば親なのか!
   兄さんだってそうだろ。
   6年ぶりに会っといて、僕に偉そうに説教するか。
   自分の都合の良いときだけ、家族面するんじゃないぞ!」
幸雅「奏士…。神道さん、すみません。
   弟の失礼な態度を許して下さい」
奏士「……」
神道「いえ、いいですよ。身内とは得てしてそんなもんです。
   私にも確執はありますし、どの家庭にも色々あります。
   奏士くんも第三者の私の方が落ち着いて話しが出来るでしょう」
幸雅「はい(苦笑)…では、今日はこの辺で。
   明日宜しくお願いします。
   それから、弟のこともどうぞ宜しくお願いします(一礼する)」
神道「はい、安心して任せて下さい。
   では、こちらこそ明日宜しくお願いします」
幸雅「じゃあ、奏士。またな」
奏士「……」
奏士くんのお兄さんは、奏士くんを横目で見ながら部屋を出ていった。
奏士くんは下を向き、歯を食いしばり両手を握り締めて、
お腹の底から湧き上がる怒りを抑えていた。


神道「一色くん。そんなとこにつっ立ってないで、まぁ座りなさい」
奏士「神道さん…これはどういうことですか。
   何故兄がここに居るんです。
   もしかして、わざと僕と鉢合わせさせたんですか!」
神道「いや、一色さんとは前々から仕事の打診はしていたよ。
   一色幸雅はクリエイティブでなかなか面白い仕事を手掛けてる。
   今回彼に『ツイン・ビクトリア』の撮影に加わって貰うように、
   是非にと私がお願いしていたんだ。
   実写となるとリアリティーが要求されるからね。
   彼の技術と感性が今回の撮影には必要不可欠だ。
   そんなことは、君も美術を学んでるんだから分かるな」
奏士「それだけじゃなく、何故蒼との事を話したんだ。
   僕と蒼の付き合いは兄には関係ないでしょう。
   人のプライベートを掻き回す様な、
   至らない干渉はしないで下さい!」
神道「一色くん!何か勘違いしてないか!
   君はうちの商品であるモデルと付き合ってるんだぞ!」
奏士「商品!?」
神道「ああ。僕らはその一人一人に大金を使ってるんだ。
   そして彼女達を一人前にして、世界に羽ばたかせてる。
   まだ一学生で世間知らずの君が、うちの大事な商品に手をつけてる。
   蒼さんや茜ちゃん、
   情けないことに、光世までが必死で君を庇ってる(笑)
   でも何故か分かるか。
   それは君が一色昌道の息子で、一色幸雅の弟だからだ」
奏士「…それは違う。…蒼は…。
   それに東さんともここに来る前に話したが、
   僕自身を認めてくれている」
神道「ふぅん。果たしてそうだろうか。
   まぁ、私から言われた事が悔しかったら、
   絵の世界で名を売って、自分の実力でこの世界に這い上がり、
   本物の男として蒼さんをものにしたらどうだ」
奏士「……」
神道「蒼さんがこの世界を歩み始めドイツに渡れば、
   今の君たちの絆なんて脆いものだと感じるだろう」
奏士「く…っ(怒りを抑え考えている)」



(スター・メソド一階、裏口通路)
奏士のお兄さんが廊下を出口に向かって歩いていると、
ドアを開けて、東さんが早歩きで入ってきた。

幸雅「東さん!」
東 「んっ…。貴方は…一色幸雅さん!」
幸雅「いやぁー。ここで東さんにお会いできるとは光栄だな。
   貴方も奏士と一緒に打ち合わせですか」
東 「え?一色さん、奏士くんと会われたんですか?」
幸雅「ええ、先ほど上で会い話しました。
   神道さんから、弟は貴方のアシスタントをしてると、
   先ほど聞きました」
東 「えっ。あぁ、はい…」
幸雅「弟はずっとこの世界を避け続けてきたもので、
   話を聞いたときは本当にびっくりでしたが、
   貴方達が居れば、きっと良い刺激を受けて、
   弟の中で何かが変わるかもしれない。
   世間知らずで不束者ですが、
   今後とも宜しくお願いします(一礼する)」
東 「あぁ、いえ。こちらこそ宜しくお願いします(一礼する)」
幸雅「では、失礼します」

幸雅さんは深々と頭を下げて挨拶をすると、
少し寂しそうに歩きながら、ゆっくり出口に向かっていった。
そんな幸雅さんの後ろ姿を、東さんは心配そうに見送ってる。
東 「生の奴、一体何をする気だ。
   兄弟を鉢合わせさせたのか?何を考えてる…」
東さんは階段を駆け上がり、二階のオフィスに向かった。



(二階オフィス)

奏士くんは怒りで震える手を握り締めて、少しの間黙っていたけど…
奏士「神道さん…それは僕が一端になるまで、
   蒼に近づくなと言ってるんですか…」
神道「まぁ、そうとも言うな。
   君だって自分の家族をこれまで見てきたなら、
   この業界のルールくらい少しは分かるだろう。
   さっきお兄さんとの会話を聞いていて、
   君も長い間嫌な思いをして苦しんできたようだから。
   叩かれる人間の末路がどういうものかも察しはつくな。
   いいかげん大人になれよ、一色くん。
   一時の恋の熱に絆されて、君の子供じみた感情で、
   大切な蒼さんをそんな道に引きずり込みたいかい?」
奏士「…蒼と別れろと言うんですか」
神道「いや、別れろとは言わない。
   私が君にお願いしたい協力とは、彼女の撮影が一段落するまで、
   ただ黙って静観して欲しいと言うことだよ。
   君が蒼さんを本当に愛していて、
   守りたいと思っているならこんな協力は簡単なことだ」
奏士「……」


お兄さんとの思いがけない再会に動揺する奏士くんに、
神道社長は半ば強制とも言える口調で、容赦ない攻撃をしたのだ。
怒りと悲しみに追い討ちをかけて…


そんな重苦しい空気を打ち破るように、
奏士くんを心配した東さんが、いきなりドアを開けて入ってきた。
東 「生!」
神道「おお。光世、何しにきた」
東 「(奏士を見て)一色くん…。
   生、お前一体何を企んでる。
   一色くんに何を話して、何を協力させるつもりだ。
   それに何故、一色幸雅がここに居たんだ」
神道「ふぅ(溜め息)来て早々質問攻めか。
   企むって…光世、お前はここの人間なんだ!
   訳の分からん身勝手な同情は止めろ!
   それに、一色幸雅さんに関してはお前は担当外だ。
   いちいちお前に話す必要はない」
東 「お前が一色くんに言ったことは、
   蒼さんとの今後の付き合いに関してだろうから、
   大体検討はつくが、お前がやろうとしていることは、
   これから上手くいく蒼さんの可能性を潰すことになるんだ。
   それくらい分からないのか!」
神道「光世、お前には本当にがっかりだな。
   悪いがこれ以上、この件に関しては話すことはないし、
   私は今から明日の準備をしなければいけないんでね。
   言いたいことがあるなら後日聞くから、今日は帰ってくれ。
   一色くんも、さっきの件宜しく頼むよ」

神道社長は、冷たく突き放すように二人に言うと、
二人の間をすり抜けてオフィスを出ていった。
奏士くんは俯き、黙ったまま一点を見つめていた。


東 「一色くん、大丈夫か?
   僕がさっき言った忠告だが、安易に承諾なんかしてないよな?」
奏士「ええ…承諾はしてません。蒼とは別れませんから…」
東 「ふぅ(溜め息)そうか」
奏士「東さん…」
東 「ん、なんだ?」
奏士「東さんは、僕が一色昌道や幸雅の身内だから、
   ここまで庇うんですか。守ろうとするんですか…」
東 「何言ってるんだ。さっきも話しただろ。今は違う。
   神道に何を言われたか分からないが、蒼さんは勿論、
   僕や茜さんやヤスも、君の純粋さに惹かれたんだ。
   だからみんな守りたいと思う」
奏士「ふっ(笑)そうですか。それを聞いて安心しました。
   あの、…東さん。…蒼を…蒼のことをお願いします」
東 「え…それはどういう意味だ」
奏士「僕が居ない間、蒼のオーラが消えないように、
   あの写真のキラキラしたオーラが消えないように、
   貴方が…貴方が、蒼を愛してやって下さい」
東 「一色くん!何を言ってる!」
奏士「じゃあ、僕もこれで失礼します」
部屋を出ようとする奏士くんの腕をぐっと掴み、
東さんは諭すように言った。
東 「一色くん、あの写真のオーラは、
   あの輝くオーラは君が愛さなければ出ないんだぞ!
   君の描いた『Gaze at the sea』がそれを語ってるだろ!」

奏士くんは東さんの手をゆっくりほどき、
軽く頭を下げて、驚く東さんの目をしっかり見ると、
少し微笑んでオフィスのドアを開けて出ていった。
東「おい!一色くん!」


廊下を歩く奏士くんの足は、早歩きから駆け足へと変わり、
階段を駆け下り裏口からビルの外へ出ると、
ヘルメットをかぶりバイクに跨がってエンジンをかけた。

奏士「くそぉ…何も言い返せない…
   指切りげんまんしたのに…
   蒼…約束…守れそうにないよ…」

ブォン、ブォン、ブォン、ブォーーン!

奏士くんはスター・メソドの敷地から公道に出ると、
アクセルを思い切りふかし、バイクを走らせた。
まるで悲しいと憎しみと、私への想いまで吹き飛ばすかの様に、
どんどんスピードを上げて…
奏士くんは心まで凍りつかせる程の冷たい街を、
猛スピードで走り抜けたのだった。
(続く)



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愛里跨の恋愛スイッチ小説 (蒼ちゃん編 40)

2011-10-17 19:45:43 | Weblog
40、指切りげんまん



(絵画ダイニング、KATARAI)

奏士「蒼。やっぱり…東光世とドイツに行くの」
蒼 「えっ」

パリーン(グラスが割れる音)

頼 「ドイツ!?…」
奏士「ねぇ、教えて。アイツと行くの」
蒼 「奏士。…何故そのこと知ってるの?」
奏士「蒼、行くのかって僕が先に聞いてるんだよ」
蒼 「あっ…。うん…行くことになった。
   今日はその話をしなきゃって思ってたの」
奏士「そっか…。アイツの言ったこと、でたらめじゃなかったんだ…」



(回想シーン)

(ファミリア店内)

奏士「いらっしゃいませ(水を置き、メニュー表を渡す)
   メニューでございま…」
神道「君、一色奏士くんだよね」
奏士「あ、はい」
神道「私を覚えてるかな。
   以前神楽坂にある総合病院の玄関で会ってるんだが」
奏士「神楽坂の病院…あっ」
神道「思い出したかね。私は神道というんだ(名刺を渡す)
   君に大切な話があってきた」
奏士「(名刺を貰い見る)
   『スター・メソド』の社長さんが僕に何の用ですか。
    すみませんが、僕は仕事がありますので失礼します。
    ご注文がお決まりになりましたら、
    お声をお掛け下さい(一礼して行こうとする)」
神道「蒼さんに関する事でも君は、聞く気はないと言うのかな」
奏士「えっ…(振り返り神道を見る)
    蒼の事って、今日KATARAIに来た東光世と関連があるんですか」
神道「ん?なんだ、光世と会ったのか。じゃあ、尚話しやすい。
   今夜8時に店の玄関まで迎えに来るから、
   一緒に来てもらいたい。詳しくはその時に話そう」
奏士「あの、すみませんが、僕は10時まで仕事があるんです。
   急に勝手なことを言われても困る」
神道「そうか。では、いつなら話せるかな?」
奏士「話の内容によりますよ。いったい蒼に関する事って何の話ですか」
神道「一色くん、蒼さんはモデルとしてドイツに行くことになった」
奏士「え!?…ドイツに行く!?」
神道「ああ。東光世の指導の元、モデルとしてこれからうちで働く。
   蒼さんも契約を快く承諾してくれたよ。
   その事で君にも協力してもらいたいのでね。時間を作ってほしい」
奏士「協力?」
神道「ああ。それとも、君は蒼さんがドイツに行くなら別れるつもりか。
   もしそうならこちらも手間は省ける」
奏士「お言葉ですが、僕らはそんなに簡単に別れませんよ。」
神道「そうか。それじゃあ、
   君は私の話を聞いておいた方がいいだろうな(笑)一色くん」
奏士「…分かりました。明日夜、貴方の会社に伺います」
神道「よし。では明日9時にオフィスに来てくれ。
   場所は名刺に書いてある。
   門を入ると左手が駐車場で、裏口があるからそこから入りなさい。
   入口のガードマンには君の名前を言えば通れるようにしておく」
奏士「はい。分かりました」
神道「よし、決まりだ。仕事中邪魔して悪かったね。
   では、この続きはまた明日(席を立ち玄関を出る)」
奏士「(呆然として神道を見送る)何なんだ、アイツ…」


蒼 「あの、奏士。誰から聞いたの?」
奏士「『スターメソド』の神道って社長が、
   さっきバイト先に来たんだよ」
蒼 「え!?」
奏士「僕はアイツから話しを聞く前に、蒼から全て事実を聞きたい」
蒼 「そう…分かった。
   でも、私が話したら奏士も私に事実を話してね」
奏士「え?事実って何の…」
蒼 「奏士のご両親やご兄弟の事」
奏士「え…。まさか蒼…知ってるの。家族のこと」
蒼 「うん。知ってる。少しだけね」
奏士「(そうか。東が蒼に話したんだな)
   分かったよ。話す。上に行こう」
蒼 「うん(立ち上がる)頼さん、ごめんなさい。
   グラス割っちゃって(拾おうとする)」
奏士くんは二階のアトリエに上がっていった。


頼 「蒼さん、怪我するからいいよ。俺が片付けるから。
   それより早く二階に上がって話しておいで。
   蒼さん、ドイツに行くって出発は何時なの」
蒼 「12月21日の予定です。
   多分、羽田からフランクフルト行きの昼12時の便で…」
頼 「奏士が居るのに何故ドイツなんか行くんだ?」
蒼 「私が行かないと妹の夢が無くなるから…
   そして、きっと私達も駄目になるからです」
頼 「そうか…また奏士が居ない時にゆっくり話そうな」
蒼 「はい。じゃあ、すみません(一礼する)」
頼 「いいよ」
頼さんは、優しく微笑むと割れたガラスを片付け始めた。
私は、先にアトリエに上がっている奏士くんの所へいった。



(KATARAI二階、アトリエ)

上に上がると、奏士くんは香澄さんの絵を見ていた。
蒼 「奏士」
奏士「蒼。何故こうなったか話して」
私は奏士に近寄り、手を取って話し始めた。
蒼 「昨日奏士の家から帰った後、
   茜とヤスくんに仕事の話をしてたの。
   そしたら神道社長がいきなり家を訪ねてきて……」

私は、事の一部始終を奏士くんに話した。
奏士くんはただ黙って聞いていた。

奏士「それで、電話にも出れなかったんだな」
蒼 「うん。私にも、もうどうすればいいか分からなくて。
   でもこれだけは言わなきゃと思って、
   奏士と別れる気はないし、契約後も今と変わらず会うから、
   もし行動を拘束するならこの仕事は断ると社長に話したの。
   社長は私達の付き合いを承諾して協力すると言ってくれた。
   茜が私の代わりにドイツに行くなんて、
   あの子の夢だった女優の仕事を、
   摘むようなこと私にはできない。
   奏士、私が半年だけ頑張れば日本に帰れる。
   ドイツに行ったら毎日手紙も書くし、
   パソコンでも顔見ながら話しできるから、
   私と別れるなんて言わないで…
   お願い。分かって…奏士…(目を潤ませて)」


私は今にも泣きだしそうになる心を必死で抑え、
奏士の手を握り締めて彼をじっと見つめた。
奏士も私を見つめて少し考えていたけど、
柔らかな笑顔で優しく話し出した。
奏士「蒼。別れたりしないよ。僕は蒼を愛してるから」
蒼 「本当に?…嘘じゃない?」
奏士「うん、嘘じゃない。二人で助け合ってこの問題を乗り切ろう」
蒼 「奏士…ありがとう(泣)奏士、指切りげんまんだからね」
奏士「うん、わかった。針千本は飲みたくないからな(笑)」


我慢していた涙が一気に溢れ、私の両頬を蔦ってぽたぽたと落ちた。
奏士は私の濡れた頬に手を当てて、
ポケットからとりだしたハンカチで拭いながら話し出した。

奏士「僕の父さんは一色昌道と言って、職業は美術評論家。
   母さんはバリオリニストで、二人とも今はパリに居る」
蒼 「……」
奏士「兄さんはアートディレクターやってるし、
   姉さんはピアニストで母と同じ音楽の道に進んだ。
   僕が小さい時から家族は海外活動をしていて、
   コミュニーケーションなんて殆んど無かったな。
   だから僕はずっとおばあちゃんに育てられたんだ。
   唯一、おばあちゃんだけが僕の存在をずっと見ていてくれた」
蒼 「奏士…」
奏士「前にも話したけど、兄弟が殆ど会うことはないし、
   母さんがたまに僕に電話をくれるくらいで、
   父さんとは中学のイタリア旅行以来全く話してないし、
   関わりと言えば、学費と生活を送金してくるだけ。
   だから、早く一人前になって自分の力で生活するんだ。
   僕は自分の家庭をつくるなら、
   そんな体裁を取り繕う様な形だけの家庭なんて欲しくない。
   自分の生涯を連れ添えるパートナーと、
   この日本でずっと生きていきたい。
   僕の初恋の女性、フローラの様に、
   自分の婚約者が僕の前でサイコーの微笑みで居られる様に。
   だから蒼がドイツに行くのを反対していたし、
   君を愛してると言った東光世と一緒に行くなら、
   終わりにしようとこの間は言ったんだ。
   でも今は違う。終わりになんかしないよ」
蒼 「奏士…(泣)」
奏士「蒼、家族がどんな仕事をしてようが、
   家系がどうだろうが僕の人生に関係ない。
   僕は今までずっと、
   天涯孤独だと思って生きてきたから、一色家とは関わらない。
   僕の素性を知っても、
   蒼には今まで通り変わらず接して欲しいんだ」
蒼 「奏士…うん。分かった(涙を拭きながら)
   私の傍にいる奏士は、
   『赤いメガネのお姉さん』って生意気に話しかけてきた、
   絵がとっても上手な、ただの美大生の奏士だもん(泣き笑い)」
奏士「蒼…分かってくれてありがとう」
蒼 「奏士。私これからは、
   赤いメガネじゃなくなっちゃうけどいい?(泣)
   コンタクトにしろって、メタボ気味の社長さんに言われて。
   奏士の好きだった赤いメガネじゃ無くなっちゃうけどいい?」
奏士「あはははっ(笑)僕の前だけ赤いメガネかけてればいいじゃん」
蒼 「うん。そうよね(笑)」
奏士くんは私を包み込む様に抱き締めてkissをした。
私達はゆっくり離れると、お互い照れ笑いしながら見つめあった。
香澄さんが見守るアトリエに安堵の空気が漂っていた。



11月16日(水)19時。
奏士くんは、家庭教師の仕事を終えて、
神楽坂の東さんのオフィスにバイクを走らせた。


(スタジオアルマンド三階、オフィス)

東 「ん?…ねぇ、真実ちゃん。
   このボードに書いてある19時半のお客様って新規?」
今井「はい。お昼にお電話があって、どうしてもそのお時間で、
   今日社長にアルバムの件をご相談したいと言われたものですから」
東 「そう。分かった…」

プルプルプル、プルプルプル(電話呼び出し音)

今井「(受話器を取る)はい。三階オフィス今井です…。
   はい、分かりました(電話切る)
   東社長、お約束のお客様が来られたそうです」
東 「そうか。分かった(時計を見て)19時27分か」
東さんは、バッグを持ちスケジュール帳を手にすると、
一階にある応接室に向かった。



(スタジオアルマンド一階、応接室)

コンコン(ノック音)

東 「失礼します(ドア開けて)お待たせ致しました」
東さんはソファーに座っているお客を見て驚いた。

東 「えっ…一色くん。どうしてここに?
   アルバムの相談って君?」
奏士「そう言わないと貴方に会えないですから。
   それに先に貴方と話さないと、神道さんと話がし辛いんです」
東 「ん?生と…いや、
   神道と君が何故話をするんだ(ソファーに座る)」
奏士「昨夜、神道さんがバイト先に来たんですよ。
   蒼の事で話があると言われて、
   今日9時に『スター・メソド』に行かなければならないので」
東 「そう。神道からは何も聞いてないが、僕に何を聞きたいんだ」
奏士「蒼からも聞きましたが、ドイツ行き決まったんですね」
東 「ああ。決まったよ。取り止めて欲しいの?」
奏士「僕個人の意見としてはそうですけど、
   茜さんも絡んでますから、そういう訳にはいかないでしょう。
   神道さんは僕に協力をして欲しいことがあると言ってましたが、
   僕に何を求めてるのか、
   貴方なら分かると思ったんできたんです」
東 「んー。蒼さんは君が居ないと、
   仕事にならないと僕が話したからかもしれない」
奏士「仕事にならない?」
東 「ああ(立ち上がり、ラックから写真集を出す)
   これは黄金通信社が今回発行した、
   『ツイン・ビクトリア』の特集号、
   こちらは僕が個人的に出した『ミラーツイン』
   メイキングだけを集めた写真集だ」


奏士くんは写真集を取り、ページをゆっくりめくりながら見ている。
奏士「これが…蒼…」
東 「『ツイン・ビクトリア』ダイアナの蒼さんの写真は、
   全て君を思い浮かべた時のものだ。
   そして、メイキングの写真は、
   君と楽しく逢っていた時の蒼さんだよ。
   ダイアナの写真は、君が怪我した蒼さんを偶然見つけて、
   スタジオに連れてくる前に撮影した写真で、
   この時の彼女はかなり緊張していたが、
   いつも寂しげな表情をしていたから、
   僕が彼女に君を思い浮かべるように指示して撮った」
奏士「えっ…」
東 「だからこれが出来た時、
   君にしかこのオーラを引き出せないと、神道に話したんだ。
   僕は別にモデルの代役を見つけて契約を変更しようとしたが、
   僕が着いた時には既に蒼さんは契約した後だった」
奏士「その話は蒼からも聞いてました。
   じゃあ、神道さんが言う協力とは、
   蒼が撮影しやすい環境を作ってくれという事ですか」
東 「多分な。ただ、僕と神道は立場も違うし考え方も違うから、
   本当にそういう協力かどうかは僕にも分からないが」
奏士「そうですか。あの、東さんにもうひとつ聞きたいんですが、
   何故、KATARAIで僕の絵を観ていたんですか。
   僕の父が一色昌道だからですか」
東 「まぁ、始めはそのつもりで興味本位で店に行ったんだが、
   絵を観て気持ちが変わったよ。
   まさか君が写実的な絵を描いてるとは驚きだった。
   『Gaze at the sea』を見た時、
   カメラマンの僕でもドキッとした。
   多分、素人には気がつかないくらい上手く描けてる。
   純粋にいちファンとして拝見したんだ」
奏士「そうですか…ありがとうございます」
東 「一色くん。忠告しておくが、
   神道は僕と違って一筋縄ではいかない男だ。
   新道と僕は、中学の頃からの付き合いだから、
   互いの性格を知り尽くしてる。
   だから、神道がわざわざ君の職場まで押しかけて、
   協力を仰ぐって言うのがね…僕は気になる。
   何を言われても、安易に返事するなよ。
   困った時は僕に連絡してくれていいから(名刺を渡す)」
奏士「はい。…あの、貴方は蒼を愛してるんでしょう?
   なのに親友の肩を持たずに、
   どうして僕にこんなアドバイスをするんですか」
東 「ふっ(笑)…多分、君たち二人が好きになったんだな。
   それに、蒼さんがドイツに行くと言い出したのには、
   もう一つ理由があるんだよ」
奏士「え?…もう一つの理由?」
東 「ああ。これは誰にも言ってないんだが
   蒼さんは、死んだ僕の婚約者、
   穂乃佳との約束を果たそうとしてるんだ」
奏士「穂乃佳さんですか…あの、ネットで記事見ました。
   僕も大切な先輩が目の前で逝ってしまう姿を見てますから、
   貴方の気持ちは分かります。大変だったと思います」
東 「そう…それは君も辛かっただろ。
   大切に思う人がこの世から居なくなるのは、
   本当に何とも言えない辛さがある…
   蒼さんがここに泊まった時、そして僕が病院に運ばれた日、
   彼女は穂乃佳の夢を見て、夢で頼まれ事したんだそうだ。
   不思議な話だけど、僕と穂乃佳しか知らないことを、
   彼女は夢の中で穂乃佳から聞いてる(笑)
   今度、蒼さんに聞いてごらん。
   その時は彼女の言うことを信じてやってほしい」
奏士「はい…分かりました。今日は来て貴方と話して良かった。
   僕は東光世という人を誤解していたかもしれません。
   では東さん、今日はこれで失礼します」
東 「ああ。僕も君と話せて良かった。またな」


奏士くんはヘルメットを持つと、東さんに頭を下げて応接室を出た。
そして、駐車場に停めていたバイクの側にいった。
ヘルメットをかぶり、バイクにまたがってエンジンをかけると、
青山にある『スター・メソド』に向かってバイクを飛ばした。
(続く)


この物語はフィクションです。


   
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