高尾山などの「寅太の山野草」

中越地震で被災した小千谷市と長岡市にある戊辰史跡の復興を応援しています。
山野草を中心にしたブログです。

中越地震から8年が経ちました

2012-10-24 08:22:36 | できごと
2004年10月23日の中越地震発生から、きのうで8年が経過しました。新潟県中越地方の被災地では追悼の催しが各地で開かれました。
当時の画像を見て、穏やかな日の大切さを噛み締めています。


(崩落した榎峠妙見古戦場)

 
(脱線した上越新幹線と山古志村の惨状)

 
(倒壊した悠久山の牧野家霊廟と招魂社の墓標)

 
(長興寺の山本五十六の墓と山古志救出に向う自衛隊ヘリ)


(小千谷慈眼寺倒壊の危機を知らせる地元紙)

地震直後から長岡の小学校でボランティア活動に入りましたが、知人から小千谷慈眼寺の倒壊の危機を知らせる新聞をもらいました。地震前には何度も訪れ、平和の象徴である「会見の間」がなくなる恐れを知り、小千谷市役所で市長に訴えました。
しばらく経ってから慈眼寺からホームページでの復興支援要請がきました。

 
(地震直後と半年後に復興が決まった慈眼寺「会見の間」)

(中越地震の画像から)

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4 コメント

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8年の歳月 (sakurasou)
2012-10-24 13:56:10
寅太さんはホームページで復興を支え続けてこられたのでしたね。長い年月の支援、頭の下がる思いです。
壊れた慈眼寺も立派に復旧されて多くの人達の心のよりどころとなっていることでしょう。

昨年はまた東日本大震災がありました。自然の脅威には立ち向かう術もありませんが、備えだけは忘れてはいけないですね。
みんな何かの縁ですね (寅太)
2012-10-24 20:03:04
sakurasouさん、こんばんは。
寺にはよく言われるのですが、「ご縁がありまして」と。
人と人の付き合いは、みんな何かの縁でつながっています。
大切にせねばといつも思っています。
司馬遼太郎が「峠」という小説で、長岡藩の河井継之助の一生を描きました。
この峠のクライマックスが、慈眼寺で西軍と会談する場面です。
でも交渉相手が無能だったので、会談は決裂し多くの命が失われました。
Unknown (himekyon)
2012-10-25 19:06:21
夕べ、長い長ーーい コメント打ち込んだはず・・・

消えてる・・・ショボン(ーー;)
コメントが長すぎて拒否か (寅太)
2012-10-26 00:36:13
himekyonさん、おはようございます。
コメントが長すぎて拒否されたのでしょうか。
意気消沈なさらずに、またコメントをお願いします。

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