AMASHINと戦慄

~STARLESS & AMASHIN BLOG~
日々ブログレッシヴに生きる

虚無への供物

2017年07月10日 | 本わか図書室
入院生活で辛かったのは、空腹感の他に、時間を持て余すことにあった。
とにかくヒマなのである。働いてないので、まぁ寝ることすらできませんよ。
やっと寝れたと思ったら、看護婦さんに起こされるし。

入院2週間目に、主治医にいつ退院できるかと訊ねた時、「あと、2週間くらいですかねぇ」と言われた時は発狂しかけました。
「先生・・・コ・・・コンナ非道い・・・冷血な罪悪・・・ああ・・・ああ・・・ぼくはモウ頭が・・・・・」
で、もう読む本も尽きていたので、一時帰宅した時に一冊の本を持参して病院に戻った。

中井英夫の『虚無への供物』である。

“日本三大奇書”の一冊とされている、幻想探偵推理小説と呼称される超大作で、学生の時分に一度読んだんだが、内容の方は一切忘れ果ててしまっていた。
なので、このヒマな入院生活の間に、632ページにもわたる本書をもう一度内容をじっくり吟味しながら読み解いてみようかと思い立った次第である。

探究心旺盛だった学生の頃はそれなりに面白く読んでいたように思うが、物事に興味を無くしつつあるこの歳になって難解そうな本格推理小説を読むってのは、少々困難を要するのではないかと、少々躊躇いがちにベッドの上で読み始めてみた。

まぁ私が生まれた次の年に刊行された昭和の文庫本なので、字が小さくて印刷が薄いページも多々見受けられた。しかも漢字が難しく、仮名をふってくれてないところも結構あるので、読み始めは難儀したが、割と会話文も多く、読み進めるうちにけっこうズンズン読めた。


蒼司、紅司、藍司、橙司郎・・・・代々生まれた月の誕生石に因んだ名前を与えられるという慣習を持つ氷沼家に忍び寄る、呪いがかった不吉な予兆。
1954年に史実上実際に起きた洞爺丸海難事故をキッカケに、次々と起こる氷沼家の不幸。それは偶然なのか、必然なのか?
その犠牲者の中に、宝石商を営んでいながら、薔薇の新種開発に明け暮れた蒼司、紅司の父紫司郎が含まれていた。
そして、猟奇趣味の紅司が構想した『凶鳥の黒影』と題したシナリオ通り、謎の密室殺人が次々に何者かによって遂行されていくのであった・・・・



そこに、外部の3人の素人探偵たちが介入する。
女シャーロッキアンを気取るじゃじゃ馬タイプの奈々村久生、彼女にワトソン役としてアゴで使われる光田亜利夫、そして久生のフィアンセであり頭脳明晰な牟礼田俊夫。
この3人と氷沼家の藍司や世話役の藤木田老なども加わり、これから起こる殺人事件を未然に防ごうと、この5人衆が警察抜きで知恵比べ感覚で推理大会を繰り広げるというのが、この物語の大筋である。

この5人が、いずれも探偵小説マニアみたいな連中で、様々な文学や雑学にも精通しており、そんな博識なやつらが都合よく集まるか?みたいなリアリティのなさは否めないが、要は全員作者の分身みたいなもので、中井英夫の探偵趣味や猟奇趣味をひけらかした集大成みたいなものだ。
本書の構想は、作者の幼少時代に受けた両親の影響も大いにからんでいることも明白であろう。母親は読書好きで、海外の本をたくさん所有していたとか、父親は貧乏植物学者だったのに、子供たちめいめいに誕生石を買い与えていたという。

まぁこの“氷沼家殺人事件”には、目に見えぬ特殊な法則が二つあって、「色に関わることが事件解決のヒント」、「殺人が行われる時は密室殺人でなければならない」ということである。
まぁ前者はサイケな感じがして私好みでいいんだけど、後者はなんつーか面倒くさい。5人の素人探偵どもがそれぞれの推理で密室殺人のトリックなどを発表し合うのだが、文章でそのカラクリを説明されても、私は頭が悪いのでどうもピンとこない。そういう物理学めいたことは苦手なので、密室殺人を扱った推理小説は昔から好きじゃない。

密室殺人の数式とか、こういうのイヤ。



色に関しては、殺人が行われる部屋に、いちいち海外の推理小説作品が取り上げられる。ポーの『赤き死の仮面』や、ガストン・ルルーの『黄色い部屋』などである。
やっぱ色彩の持つ妖しい魔力というのは、猟奇殺人を扱った作品には魅力的な素材なのであろう。

なので、本書は欧米推理小説からの影響が色濃いというのは、まぁ向こうが本場なので仕方ない。
ただ、作者は物語の中でこうも皮肉っている。
一室での素人探偵どもの推理大会の中で、ノックスの『探偵小説十戒』にのっとって推理をすすめなければならないと主張する藤木田老に対し、亜利夫がこう反論する。
「アングロ・サクソンの思考形式に合って発達した本格推理なんてシロモノを、日本人が書いたり読んだりするほうがよっぽど滑稽じゃないか」


アイヌの蛇神伝説、『不思議の国のアリス』の“気違いお茶会”、『五色不動縁起』、シャンソンの歌詞に秘められた意味、そして、薔薇のお告げと・・・・
この“ヒヌマ・マーダー・ケース”には、ありとあらゆる眩惑的な偶然の暗号がからんでくる。
私としては、所在や出生がはっきり知れない蒼司たちの従兄弟2人の不気味な影の存在がとても心騒がされた。
ひとりは広島の原爆の犠牲者となったとされている黄司。
そして、事件発生中に生まれた橙司郎の息子、生まれつき眼の難病(夜になると眼が猫みたいに光り、そのまま放っておくとエンドウ豆みたいな緑色の皺だらけの粒になってしまう)を持つ緑司。

まぁ生まれたての緑司はおいといて、推理ゲームを楽しんでいる氷沼家以外の素人探偵どもも含め、どいつもこいつもが真犯人に思えてしまう。
動機は怨恨か?それともシャレ好きの享楽殺人なのか?


で、実は本当に目に見えない超自然的などす黒い諸力に呪われていた!?みたいな結末に、「え?結局動機は何やったんや?これってほんまに探偵小説か?」てなったのが、本書を読み終えての私の率直な感想である。
私としては、牟礼田が自作の小説の中で創作した○司犯人説が好みだったんだが・・・この結末でいいじゃんって思った。


なんかスッキリしなかったけど、まぁ退屈な入院生活のヒマつぶしにはなったといったところですわな。


今日の1曲:『BALA 薔薇 VARA』/ ガーゴイル

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